(シリーズ:其の国)
来る日も来る日も、俺はやる気が無かった。 俺は、この大学4年間、何をして来たのだろう? ただ、のんべんだらりとサークルで遊んできただけだ。 女とヤル事しか考えてなかった。 だが、奴は、違っていた。 小説家を志す奴は、この4年間必死だった。 そんな奴が今日、死んだのだ。 彼は、いつだったか俺に人の生命の短さ、一日の重さを話してくれた。 俺は今になってその言葉に胸うたれるのだった。 奴は、自分の死期を知っていたのだろう。 彼は、全骨癌だった。 彼は、ここ三ヶ月間、一歩も外に出ずに書き続けたのだ。 その生命の結晶となったワープロ原稿が今ここにある。 素晴らしい小説である。人生を高らかに謳い上げている。 読んでいるうちに、どんなに人生が大切か身に染みてくる。 一生懸命に真面目に生きるという事は素晴らしい事なんだ! レイプ・サークルで何10人も女を犯したところで何になる! 奴は童貞にして、こんなに人を感動させる小説を書いた! 素晴らしい!死ぬ事が分かっているからこそ出来たのか? いや、違う!奴は、ひたすら真実を一生懸命に書き残したのだ! 俺は、自分が恥かしい、俺は愚かだった。 俺は彼に対し、又、自分に対し、こう誓ったのだ。 「俺は絶対、この小説を出版してみせるぞ!」 一人の青年が生命をかけて書き上げた、この素晴らしい小説。 それから俺はワープロ原稿をバンバン、プリントアウトした。 そして、俺は懸命になって、恥も外聞も捨て出版社を駆け回った。 何十社回っただろう、どこもダメだった。 どこの会社も商業性に欠ける、売れないの一言であった。 結局、金儲けか!真面目な本は売れないってぇーか! 糞豚どもめ、何が商品性だ、カネの操り人形どもめが! 俺は、あきらめずに何度も何度も片っ端から足を運び交渉した。 秋が来て、冬が来て、まだ俺は日本中の出版社を駆け回っていた。 そうこうしているうちに俺は就職戦線から投げ出されていた。 俺と一緒に遊び回っていた奴らは皆、内定をとっていた。 余裕で、合コン、女、女、と遊び回っていやがった。 俺は、ひとりぼっちになってしまった。 完全に孤立してしまった。 これから俺を拾い上げてくれるような会社は無かった。 俺は、奴の書いた小説の原稿をメチャクチャに破いた。 奴のせいだ!この小説のせいだ!俺はバカだった! 結局、バカなのは命がけで小説を書いてた奴の方だった。 俺が奴に感化されて、バカにならなければ就職決まって余裕だった。 うぉおおおぉぉぉぉおおおぉぉぉぉぉぉーーー! 奴のせいで、俺は奈落のズンドコだぁーー! 俺は自分のアパートで大量に出力した奴の小説を片っ端から破いていた。 こんなものぉぉぉおお!こんなものぉぉおおおおお! お前のせいで!お前のせいで!俺の人生は狂ったぁぁー! その時だった。 部屋中に散乱したワープロ原稿が真っ赤に染まった。 俺は一瞬ドキリとした。 何故か奴の血が原稿からドロドロ滲み出したのかと思った。 違った。 俺は、背中に異様な圧迫感を感じ背後を振り向いた。 窓が開いていた。 ドロドロ、じゅるじゅるの背後からとてつもない巨大さと迫力で真っ赤にバチバチ燃えながら覆い被さってくるみたいだった夏の夕暮れのとろける太陽が、あっという間に窓に向かって迫ってきた。 その窓の向こうに、いつのまにか、あんまりの激しい逆光で真っ黒い影になった人間たちが現れて、俺に言った。 「其の国は其の国は其の国はいいぞいいぞいいぞ行けるよ行けるよ行けるよ君も君も君も行けるぞ行けるぞ行けるぞ」 |
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