Kennyのブログあれこれ

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旅日記⑥ トレド

2012-12-20 13:39:12 | 日記
旅日記⑥ トレド(11.26)

想像していたよりも凄い城塞都市であったので、少々感激する。
街全体が見える場所に案内され、写真とビデオを沢山撮った。
全景に工事用のクレーンが見えないのは初めての事だと案内人が言う。


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タホ川に囲まれた城塞の都市だ!

川の水は綺麗だった。




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トレド(Toledo)はスペイン中央部の都市。
カスティーリャ=ラ・マンチャ州の州都で、
トレド県(人口約60万人)の県都である。
マドリードから南に71kmの距離で、タホ川に面する。

かつての西ゴート王国の首都であり、
中世にはイスラム教・ユダヤ教・キリスト教の文化が交錯した地である。

「町全体が博物館」と言われ、
タホ川に囲まれた旧市街は世界遺産に登録されている


また、ルネサンス期のスペインを代表するギリシア人画家の
エル・グレコが活躍した町としても有名。
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街の中には先ず城門を入る。


そこからエスカレーターを4回乗り継いでやっと街の入り口に着く
高い丘の上に都市が有ることが良くわかる。


街の中の道は狭く、ギリギリに車が通行する。石の建物に沢山のスリ傷がある。
迷路を歩いているようで、迷子になりそうだ。
歩くのも結構疲れる。



大きなカテドラルが・・・(トレド大聖堂)



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トレド大聖堂 - 1226年にフェルナンド3世の命により建築が開始され、
1493年に完成したゴシック様式のカテドラル

webから借用

聖具室にはエル・グレコの『聖衣剥奪』や『十二使徒』などの絵画が飾られている。
アルカサル - ローマ時代に宮殿があった場所で、
アルフォンソ6世やアルフォンソ10世の時代に改築され、16世紀に今の形になった。

全景を

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韓国の新大統領

2012-12-20 11:00:49 | 日記
12月20日 (木曜日)晴れ

 選挙活動最終日の18日、こう呼び掛けていた。

「私には面倒をみる家族も、財産を譲る子供もいない。
 国民が私の家族で、家族のために
 すべてをささげる母の気持ちで国民に尽くす」。 

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独身を通す朴槿恵氏の演説である。


両親を暗殺された「悲劇の娘」が、
韓国初の女性大統領に上り詰めた。

高度経済成長と民主化運動弾圧で功罪相半ばする
朴正煕元大統領の娘という宿命を背負いながら、
父にはできなかった「国民大統合」を目指す。
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★何回か行っていた韓国だが・・・
 ちょうど、朴正煕元大統領が暗殺された直後の年にも
 釜山の工場からソウルの営業事務所に仕事で向かった時

 大統領官邸近辺は厳戒体制で銃剣を付けた兵士が
 2M間隔程で大通りに向けて剣と銃口が覗いていた。
 怖かった記憶が強い。

 街には戦車が待機状態で物々しかった記憶がある。
 北への備えがまずは第一であったんだろう。

暗殺の前から、戒厳令がひかれていて夜12時を過ぎては外を歩けない。
夕刻に国歌が流れると歩行者は殆んど直立不動で立ち止まる。
デパートの中でも全員が停まって聞く。歩いているのは旅行者だ!
郷に入っては郷に従えと言うので一緒に停まって国歌を聞いた。

場合によってはタクシーの運転手まで車を止めて
降りて国歌の終わるまでは動かなかった。
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あれから次々と大統領が代って、いよいよ女性の大統領だ。
随分と変わったものだと思う。
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政権が変わるたびに前大統領が逮捕されるお国柄だ・・・
不思議な国だ。
李大統領は大丈夫なのかな?

~~~~~~~記事~~~~~~~~~

 朝鮮戦争中の1952年、南東部の大邱で生まれる。
 小学6年の時、父が大統領に就任。
 「国母」と呼ばれた最愛の母、陸英修氏の愛情を受けながら
 厳格に育てられ、

 弁当は麦飯だった。今も骨とう品のようなクーラーを使うという
 徹底した倹約家だ。
「国の産業発展に貢献したい」と西江大学の電子工学科に進学し、
 理工学部を首席で卒業。
 大学教授を目指しフランスに留学中、母が銃撃で死亡し、運命は一転する。
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 22歳から約5年間、ファーストレディー役として父を支え、政治感覚を磨いた。
 その父も79年、側近に暗殺される。

 「(北朝鮮と接する)前線に異常はないですか」。
 一報を聞き、真っ先に口にしたのは国の心配だった。
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 失意の中で、隠とん生活に入ったが、
 アジア通貨危機をきっかけに政治を志し98年に初当選する。

 2004年に保守系のハンナラ党代表に就任。
 不利な状況で行われた同年と今年4月の総選挙で善戦し、
 「選挙の女王」の異名を持つ。

 06年の統一地方選では遊説中に暴漢に顔を切りつけられ重傷を負った。
  07年の前回大統領選の与党予備選では李明博氏に惜敗した。

 熱烈な支持者が多い一方、朴政権の軍事独裁を
  批判する勢力の反発は今も残る。
 「信頼と約束を重視する原則主義者」で、
  柔軟性や親しみやすさに欠けるともいわれる。
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朴 正煕(パク・チョンヒ、、1917年11月14日- 1979年10月26日)、
大韓民国の軍人、政治家。第5 - 9代大統領(在任:1963年 - 1979年)を務め、

軍事独裁・権威主義体制を築いた。
また、日韓基本条約の締結を行った。

日本語読みは「ぼく・せいき」。
日本名は高木正雄(たかぎ まさお、 - 1945年)。
日本では1984年の全斗煥大統領訪日を契機に
韓国人人名の現地読み化が行われるようになったが、
昔通りの漢字読みも一般的である。

陸英修は妻、セヌリ党非常対策委員長の朴槿恵は長女、
EGテック現会長の朴志晩は長男。
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