Kennyのブログあれこれ

写真付きで日記や趣味を書くあれこれ

栗拾いと ウメモドキ

2011-09-30 17:55:50 | 日記
9月30日(金)夕

本日も山栗拾いに出かける。
カミさんもなんだか、栗拾いが好きで、一緒に行くことになった。




鉢形城の栗の木に行ってみたが、もうこの巨栗の木は終わりらしい。
それでも、幾つか拾えた。写真の3倍程度。少ないなあ!
朝の9時頃はここも誰もいない。
城跡公園に外曲(そとぐるわ)の通路には彼岸花が植え込んである。
又、多分”ウメモドキ”と思うが真っ赤な実を付けている。


この後、金勝山の山道に入って、道端の山栗の木の下を数か所探った。

今年は、実のなりが少ない様子である。

こんなものであった!

昨年は2升~3升程あったのに・・・残念だ。
やっぱり自然のものは1年間隔で実りが違うのか?なあ!!

カミさんの妹が好きで、少ないが
日曜に東京に行くので、持って行ってあげると言っている。
そういえば、先日のGOLF場には栗が一杯落ちていたのを
夢中で拾っていたのが、おかしかった!
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”ウメモドキ”を調べてみた。

梅擬 (うめもどき)
・黐の木(もちのき)科。
・学名 Ilex serrata
Ilex : モチノキ属
serrata : 鋸歯のある
Ilex は、
「holly(西洋ヒイラギ:ホーリー)」の
古代ラテン名。


・葉や枝ぶりが梅に似ており、また、
実のつき方も小さな梅の実のように
見えることから「梅もどき」になった。

・晩秋から初冬にかけて赤い実をつける。
この実は発芽抑制物質を含んでおり、

小鳥のおなかを通過しないと発芽しない
しくみになっていて、小鳥を使って
種を遠くの方に運んでもらう。

(かしこい・・)
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ヘエ~凄いことなんだ!

・11月1日の誕生花(梅擬)
・花言葉は「知恵」(梅擬)

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秋の七草

2011-09-30 06:57:55 | 日記
9月30日(金曜日)

9月も終わる。いよいよ秋の行楽シーズンだ!
何処に行こうか?迷ってる。
秋の七草が盛りだ。秩父七草寺参りもいいが、もう飽きた感じ。

さあ!写真をみて七草の名前を言ってみよう。








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・「秋の野に 咲きたる花を 指折り(おゆびおり)
かき数ふれば 七種(ななくさ)の花

萩の花 尾花葛花 撫子の花
女郎花 また藤袴 朝貌(あさがお)の花」

                  万葉集 山上憶良

秋の七草は、万葉集のこの歌で山上憶良が選定し
今に至っている。

萩(はぎ)
尾花(おばな)→ 薄(すすき)
葛花(くずばな)→ 葛(くず)
撫子(なでしこ)
女郎花(おみなえし)
藤袴(ふじばかま)
朝貌(あさがお)→ 「朝顔」ではなく
「桔梗」であるとの説が定説。
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●春の七草は「七草がゆ」にして食べるなど、
         ”食”を楽しむものですが、

★秋の七草は花を
       ”見る”ことを楽しむもののようです。

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(参考)春の七草

ハスキーなクフ王 (覚え方、考えました ♪)

< ハ ス キー な ク フ 王 >
萩 すすき 桔梗 撫子 くず 藤袴 女郎花


*****季節の花300からお借りして日記の記録にする。**************


山萩

2011-09-29 16:58:38 | 日記
9月29日(木)
もう一つ花を調べる。

山道に咲く、これは”山萩”?と思うが・・・?
少し調べよう。
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  萩 (はぎ)
(宮城の萩(みやぎのはぎ)、山萩、など)
(秋の七草の一つ)Bush clover)

・豆(まめ)科。
・学名 Lespedeza thunbergii(宮城の萩)
Lespedeza bicolor var. japonica
(山萩)
Lespedeza : ハギ属
thunbergii : スウェーデンの
植物学者「ツンベルク」さんの
bicolor : 二色の
japonica : 日本の
Lespedeza(レスペデーザ)は、
18世紀後半の、アメリカのフロリダ州知事の
スペイン人「Cespedes さん」の名前にちなむ。
誤植のため Cespedes が Lespedez になった。
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・開花時期は、 6/ 5頃~10/ 末頃。

・秋の七草のひとつ。

・日本各地の山野でごくふつうに見られ、
萩といえば山萩(やまはぎ)を指す。


東京近辺で見られるものは
「宮城の萩(みやぎのはぎ)」と
「山萩」がほとんど。
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・「萩」の字は
”秋”の”草(草かんむり)”なので
まさに秋の花だが、
早いものは夏前から咲き出している。
(でもやはり、秋の9月頃が見頃♪)


・花は豆のような蝶形花。
・枝や葉は家畜の飼料や屋根ふきの材料に、

葉を落とした枝を束ねて箒(ほうき)に、

根を煎じて、めまいやのぼせの薬にするなど、
人々の生活にも溶け込んでいた。


地上部は一部を残して枯死するため、毎年新しい
芽を出すことから「はえぎ(生え芽)」となり、
しだいに「はぎ」に変化した。


・秋の十五夜(満月の夜)に、
「薄(すすき)」「おだんご」と一緒に
縁側などに置いて、お供えする習慣がある。


・あんこのおもちに「ぼたもち」と「おはぎ」が
あるが、じつは同じもの♪

◆春のお彼岸 に供えるのは、春を代表する花の
「牡丹(ぼたん)」にちなんで
(または牡丹の花に似ていることから)
「牡丹餅」→「ぼたんもち」→「ぼたもち」と
呼ばれ、


◆秋のお彼岸 に供えるのは、
秋を代表する花の「萩」にちなんで
(または萩の花に似ていることから)
「萩餅」→「御萩餅」→「御萩(おはぎ)」と
呼ばれるようになった。



それぞれには小豆(あずき)のあんこが
入っている。

あずきの粒は夏にできて、
秋の「おはぎ」の頃にはまだ柔らかいために
「おはぎ」は”つぶあん”にし、
冬を越え春になった「ぼたもち」のときには、
固くなった粒のままでは使えないので
粒をつぶして”こしあん”にする。
ここから、”つぶあん”と”こしあん”の
区別ができたらしい。



・別名 「庭見草」(にわみぐさ)
「野守草」(のもりぐさ)
「初見草」(はつみぐさ)
・9月18日の誕生花(萩)
・花言葉は「柔軟な精神」(萩)
・宮城県の県花(宮城の萩)


・「秋風は 涼しくなりぬ 馬並(な)めて
いざ野に行かな 萩の花見に」
万葉集 作者不詳

「人皆は 萩を秋といふ よし我は
尾花が末(うれ)を 秋とは言はむ」
万葉集 作者不詳

「わが岳(おか)に さを鹿来鳴く 初萩の
花妻問ひに 来鳴くさを鹿」
万葉集 作者不詳

「高円(たかまど)の 野べの秋萩 いたづらに
咲きか散るらむ 見る人なしに」
万葉集 作者不詳

「高円(たかまど)の 野べの秋萩 この頃の
暁(あかつき)露(つゆ)に
咲きにけるかも」 万葉集 大伴家持

「宮人の 袖つけ衣 秋萩に
匂ひよろしき 高円(たかまど)の宮」
万葉集 大伴家持

「指進(さしずみ)の 栗栖(くるす)の小野の
萩の花 花散らむ時にし 行きて手向けむ」
万葉集 作者不詳

「かくのみに ありけるものを 萩の花
咲きてありやと 問いし君はも」
万葉集 余明軍

「道の辺の 小野の夕暮 たちかへり
見てこそゆかめ 秋萩の花」
金槐和歌集 源実朝

「一家(ひとつや)に 遊女も寝たり 萩と月」
松尾芭蕉

「白露を こぼさぬ萩の うねりかな」
松尾芭蕉

「行き行きて たふれ伏すとも 萩の原」
河合曽良(かわいそら)

「わけている 庭しもやがて 野辺なれば
萩の盛りを わがものに見る」
西行法師(さいぎょうほうし)

「萩の風 何か急(せ)かるゝ 何ならむ」
水原秋櫻子(みずはらしゅうおうし)


・東京周辺の見どころ
<向島百花園(むこうじまひゃっかえん)>
一年中なにかしらの花が咲いている、
花の宝庫。
20mくらいの「萩のトンネル」が有名。
花見頃9月中旬~9月下旬。
墨田区東向島。
最寄駅 → 東武伊勢崎線東向島駅

<大悲願寺(だいひがんじ)>
五日市の、別名「ハギ寺」。白萩が有名。
花見頃9月中旬~9月下旬。
東京都あきる野市横沢。
最寄駅 → JR五日市線
武蔵増戸(ますこ)駅

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蒲(ガマ)

2011-09-29 16:27:06 | 日記
9月29日(木)夕
昨日、山間いの休耕作地にガマの穂が沢山あった。
手入れをしない水田は荒れ放題に!

それにしても変わった格好になるものだ!
いけばなに使われているのを時折見かけるが、性質など気にとめたことも無い。

************今回はちょっと調べよう********************

・蒲(がま)科。
・学名 Typha latifolia (蒲(がま))
Typha orientalis(小蒲(こがま))
Typha : ガマ属
latifolia : 幅広の葉をもつ
orientalis : 東方の、東部の
Typha(ティファー)は、ギリシャ語の
「沼(tiphos)」が語源らしい。

・池や沼などの浅い水中に群生して生える。
・夏から秋にかけて、茶色の花穂が目立つ。
丸っこい棒みたい(ソーセージに似てる)。



冬になるとこの花穂の中から綿毛がブワーッと
出てきて飛散する。1本の花穂から出る綿毛
には約10万個の種があるらしい。
・葉は線形で厚い。


・昔はこれで”むしろ”などを作るので
「くみ」(組)と呼ばれ、
次第に「かま」になり「がま」になった。

カエルとは関係ないようです。
・朝鮮語の「カム(材料)」にも由来する。

・厳密には穂先の形で「蒲(がま)」、
「小蒲(こがま)」「姫蒲(ひめがま)」に
分かれますが




・「蒲団(ふとん)」の「蒲」の字は、
昔、ガマの綿毛を寝具に入れたことから。


「蒲鉾(かまぼこ)」は、最初のころは
竹輪のような形をしており、ガマの花穂に
似ていたことから。


「蒲焼(かばやき)」は、うなぎを筒状に
切って焼いていた形がガマの花穂に
似ていたことから。


★蒲・・・この字のつくものは皆、ガマに由来してるんだ!驚き


・ガマの花粉は止血、利尿の漢方薬になる。
「古事記」によると、
けがをした”因幡(いなば)の白うさぎ”は、
大国主命(おおくにぬしのみこと)の指示で
ガマの穂にくるまり、その花粉で止血して
傷を治したらしい。



・別名 「御簾草(みすくさ)」

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アザミ

2011-09-29 15:57:07 | 日記
9月29日(木曜日) 日中は暑い!

先日の台風でキャベツやブロッコリーの苗がひしゃげたので
本家に行って余っている苗をいただいて来たので
涼しいうちに植えた。
結構時間がかかってしまった。
とても暑くなった。
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昨日、山に入った時にアザミ(薊)の花が咲いていたので



季節の花や植物図鑑等で調べてみた。

・菊(きく)科。
・学名 Cirsium japonicum(野薊(のあざみ))
Cirsium : アザミ属
japonicum : 日本の
Cirsium(サーシアム、キルシウム)は、
ギリシャ語の古名の「cirsion」が語源。

「cirsos(静脈腫)」の症状に対して薬効を持つ植物
があり、その植物にアザミが似ていることから
この名前になった。



・薊の種類はいろいろあり、
どれもよく似ていて分類が難しい。
日本だけでも約60種類もあるらしい。
「野薊」(のあざみ)
「野原薊」(のはらあざみ)
「アメリカ鬼薊」(アメリカおにあざみ)・・・




・春咲きのアザミは少なく、
ほとんどのアザミが夏から秋にかけて咲く。

・沖縄の八重山地方では、とげを「あざ」と呼ぶこと
から、「あざぎ」(とげの多い木)と呼ばれ、
しだいに「あざみ」になった。

また、「アザム」の言葉に由来するという説もある。
「アザム」には「驚きあきれる」とか「興ざめする」
の意味があり、

 花が美しいので手折ろうとすると
トゲにさされて痛いので、
「驚きあきれ、興ざめする」ということから
この名前がついたらしい。


・昔、イギリスで、スコットランドとイングランドが
戦争をしていた時、この痛いトゲでスコットランドを
守ったことから、

今もスコットランドの国(地方)の
国花となっている。



・葉は羽状に裂け、縁にとげがある。
・花のあとはタンポポみたいな種(たね)になり、
風に乗って飛ぶ。

・9月24日の誕生花(薊)
・花言葉は「独立」(薊)
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あざみの歌
 横井 弘 作詞

(1) 山には山の 憂(ウレ)いあり
   海には海の 悲しみや
   まして心の 花園に
   咲きしあざみの 花ならば

(2) 高嶺の百合の それよりも
   秘めたる夢を 一筋に
   くれない燃ゆる その姿
   あざみに深き わが思い

(3) いとしき花よ 汝(ナ)はあざみ
   心の花よ 汝はあざみ
   さだめの道は 果てなくも
   香れよせめて わが胸に
   Ah~Ah~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

詞は、昭和20年(1945)に復員してきた当時18歳の横井弘が、
家族が疎開していた下諏訪・霧ヶ峰八島高原で、
アザミの花に自分の理想の女性像をだぶらせて綴ったものといわれます。

 八島高原には、この歌の歌碑が建っています。

 八洲秀章が作曲した歌がNHKのラジオ歌謡に採用され、
昭和24年(1949)8月8日から放送されました。
レコード化は同26年(1951)8月でした。

心に残る唱で旋律が物悲しい。