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東京 DOWNTOWN STREET 1980's

東京ダウンタウンストリート1980's
1980年代初頭に撮影した東京の町並み、そして消え去った過去へと思いを馳せる。

品川からの道~池上道その七:鹿島神社

2015-02-19 19:13:55 | 品川区
さて、来迎院の後に敢えて回したのだが、来迎院はこの鹿島神社といわばセットになっている存在であった。
「当神社の社伝によると、安和2年(969年)に大井の[2]常行寺の僧、尊栄法印が常陸国鹿島神宮より分霊を勧請したことに始まり、同時に別当として来迎院を建立したという。また古来より祭礼として相撲が奉納されており、渋谷氷川神社、世田谷八幡宮と共に江戸郊外の三大相撲として知られていた。現在の社殿は 昭和6年(1931年)に竣工した。旧社殿は文久2年(1862年)の造営で精巧を極めた鎌倉彫の彫刻が施されており、これを後世に伝えるため境内末社として移設して現存してある。」(Wikipediaより)


少し前に紹介した水神社もこの神社の境外社である。


境内は広々していて、かつては来迎院と一緒であったわけだし、周辺も含めて広大な境内だったのだろうと思われる。
これは神楽殿。九月の大祭は盛んなものだ。


境内の広さが感じ取れるだろうか。


昭和6年に竣工した本堂。端正でシンプルな作りになっている。


しながわ観光協会サイトによると、「現在の鹿嶋神社は西側の池上通りに面しているが、かつては海の方角、東側を向いており、来迎院と共用していた参道も存在した。この参道は形を変えて今もその姿を残している。」ということだったが、裏手にまではいかなった。


「鹿嶋神社のタブノキ(1)(2) 品川区指定天然記念物 所在:大井六丁目十八番三十六号 鹿嶋神社 指定:昭和五十三年二月十四日(第十、十一号)
 タブノキは、別名イヌグスといい、クスノキ科の常緑の高木で、暖かい地方の海岸に自生し、よく大木となる。
 (1)は本殿に向かって左側の境内中央部にあり、幹の周りは約三・二m、木の高さは約十三m、推定の樹齢は約二百年である。強風によって上半分がなくなり、幹の先を鉄板で覆ってあるが、下の方の木の勢いは盛んである。」


「 (2)は本殿の脇にある旧本殿の前に生えており(本樹)、幹の周りは約二・五m、木の高さは約十八m、推定の樹齢は約二百年である。木の姿・勢いとも立派で、自然の姿を保っている。
 平成十年三月三十一日 品川区教育委員会」


訪問したのは、2014年11月23日だったのだが、黄葉が綺麗だった。


社務所も渋い感じで良い雰囲気。


「本殿右手には文久2年(1862年)に創建された四尺四方の旧本殿も現存する。」(しながわ観光協会サイトより)
鎌倉彫の彫刻を施された社殿がこの中に保存されている。


その奥にはアカガシの古木。
「鹿嶋神社のアカガシ 品川区指定天然記念物 指定:昭和五十三年二月十四日(第十二号)
 アカガシは、ブナ科の常緑の高木で、本州中部より西の暖かい地に生える。材質は堅く、大工道具などに用途は広い。
 本樹の幹の周りは約二・一m、木の高さは約六m、推定の樹齢は約二百年である。上半分が折れて欠けているために、幹の先を鉄板で覆っている。一時木の勢いは衰えたが回復している。暖かい地を好む木の性質から、このあたりでは極めて珍しく貴重である。
 平成十年三月三十一日 品川区教育委員会」


鎮座壱千年記念碑。1969年に建てられたのだろう。


昭和7年に建てられた品川用水の歴史を刻んだ「恵澤潤洽」の碑。品川用水のカバーする面積の広さは、驚異的。荏原エリアのほぼ全域が農地として活用されていたことが窺える。これほどのスケールでくまなく配水する用水であったことに驚かされる。



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