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東京 DOWNTOWN STREET 1980's

東京ダウンタウンストリート1980's
1980年代初頭に撮影した東京の町並み、そして消え去った過去へと思いを馳せる。

谷中、根津、池之端1982~その十四

2013-10-24 18:28:50 | 1980年代初期の写真
1982年2月3日の谷中、根津、池之端を歩くも今回でラスト。よみせ通りから諏訪台通りの道へと登ってきてという辺りから、日暮里の駅前の辺り。そして、最後は上野桜木へと戻って終わりと言うことになる。 旧蒲生家住宅。今は谷中の町興しの拠点にもなっている様子。この頃は家の前にブロック塀があった。谷中七丁目17。 諏訪台通りを少し北へ向かったところ。この諏訪台通りは、上野公園まで伸びていくこの台地 . . . 本文を読む

谷中、根津、池之端1982~その十三

2013-10-23 19:24:07 | 1980年代初期の写真
1982年2月3日の谷中、根津、池之端を引き続き歩いて行く。今回のエリアは、谷中小学校の周辺から始まり、よみせ通りへ入って行く。道灌山下のよみせ通りの入口まで行き、とって返して坂を上って観音寺の築地塀のところまでということになる。 まず、谷中小学校の下側の裏手。木造平屋の家。奥にかつての谷中小学校の校舎が見えている。谷中二丁目9。 その向かい側にあった根津製餡所。住所は谷中なのだが、会社 . . . 本文を読む

谷中、根津、池之端1982~その十二

2013-10-22 21:27:23 | 1980年代初期の写真
1982年2月3日の谷中、根津、池之端の続き。今回は三崎坂上の辺りで、まず左に折れて大きなお寺の並ぶ中の方へと入って行く。そして、戻って来て三崎坂を下っていく順序。 これは入って直ぐの左手、西光寺というお寺の手前の並びの家。今は建て替えられて面影もない。谷中六丁目2。 しばらく進んだ道の反対側。今もあまり変わっていない。壁面にサイディングが貼られたり、アルミサッシ化されているくらい。谷中四 . . . 本文を読む

谷中、根津、池之端1982~その十一

2013-10-21 19:06:53 | 1980年代初期の写真
1982年2月3日の谷中、根津、池之端を引き続いて歩いて行こう。今回のエリアは谷中墓地の入口から三崎坂上の辺り。ちょっと道が広くなっている辺りである。 吉田屋酒店。今は上野桜木交差点のところへ移築されている。右側に蔵があり、左手の奥にはプライベートの玄関などがあるのが分かる。谷中六丁目4。 少しアップで。そして、現在の台東区下町風俗資料館付設展示場となってからの姿。谷中六丁目4。(上野桜 . . . 本文を読む

谷中、根津、池之端1982~その十

2013-10-20 18:16:53 | 1980年代初期の写真
さて、1982年の谷中、根津、池之端を歩くのも二日目になる。1982年2月3日である。この日は、上野桜木交差点の辺りからスタートして、谷中墓地の入口辺り、その辺りから大きなお寺の多い辺りの裏手に入って、三崎坂を下り、よみせ通りを抜けて行く。道灌山下の辺りまで行ってから、観音寺まで戻って来て日暮里駅の辺りへ。その後、上野桜木へと戻ってお終いというコースを取っている。概要は下記の図を参照して頂きたい。 . . . 本文を読む

谷中、根津、池之端1982~その九

2013-10-17 21:20:15 | 1980年代初期の写真
というわけで、1982年2月2日の谷中、根津、池之端を歩くも今回で終わり。といっても、実は2月3日の分もあるのだ。まずは、2月2日の最後の分を見ていこう。今回のエリアは、旧藍染川を暗渠化した跡の道沿いである。藍染大通りとの交差点から南へ下っていき、言問通りの辺りまで行って終了となる。この通りの片側が台東区谷中で、反対側が文京区根津というのは以前書いたとおりで、区界の通りになっている。 まずはつ . . . 本文を読む

谷中、根津、池之端1982~その八

2013-10-16 18:29:12 | 1980年代初期の写真
引き続いて、1982年2月2日の谷中、根津、池之端を歩いて行く。今回のエリアは前回と隣接しているところで、大名時計博物館の方から坂を下って根津方面に下りてきたところで、旧藍染川の通りを北側に曲がった辺りと言うところから始まる。この通りは藍染川を暗渠化した跡の道で、片側が台東区谷中、片側が文京区根津という区界の道でもある。そこから不忍通りへ向けての少し広くなっている道は、藍染大通りという名が付けられ . . . 本文を読む

谷中、根津、池之端1982~その七

2013-10-15 21:24:03 | 1980年代初期の写真
1982年2月2日の谷中、根津、池之端を歩く続き。池之端四丁目の住宅地から、上野桜木へと登ってくる三段坂。そこを登り切って、左へと折れ、谷中のお寺の多い辺りへと入って行く。地域のシンボルになっている大きなヒマラヤ杉の辺りを見て、大名時計博物館のところを通って、再び根津の方へと坂を下っていく。その辺りが今回のコース。 坂を上りきった正面に木造家屋が並んでいた。左の家は左半分がモルタル仕上げで、上 . . . 本文を読む

谷中、根津、池之端1982~その六

2013-10-14 22:38:29 | 1980年代初期の写真
さて、再び1982年の谷中、根津、池之端散策へと戻って行こう。今回のエリアは、動物園下の辺りから、池ノ端四丁目の住宅地へと入って行く。そこから、上野桜木の方へと上がっていく途中の住宅地までの辺り。 木造二階家の日本家屋。玄関横の外にユニットバスが増設されているように見える。東京の商家では、昭和初期辺りでは風呂がないのは当たり前だったのだが、こんな形でユニットバスが外に増設されているケースは珍しい様 . . . 本文を読む

谷中、根津、池ノ端1982~その五

2013-10-11 21:25:33 | 1980年代初期の写真
引き続いて、1982年2月2日の谷中、根津、池ノ端を歩いて行く。今回の分は、池ノ端三丁目の上野動物園下の辺り。この当時でも住宅街で、以下にも池ノ端という感じの板塀の木造日本家屋が並んでいるような町だった。元々は武家地であったところで、明治になってからは谷中清水町と言われていたようだ。 黒板塀に木造の二階家。門柱に付けられた門灯も良い雰囲気。今は周辺も建て直されていて、位置確認に苦労する。池ノ端 . . . 本文を読む