カズTの城を行く

身近な城からちょっと遠くの城まで写真を撮りながら・・・

「豊橋~新城・花と史跡巡り⑮」城№330・・・五本松城A&B

2023-01-22 09:32:25 | Weblog

車を停めていた場所に戻って乗り込み、車が向いていた南の方向へそのまま走ると、田畑の真ん中に公民館があり、さらにその前を通り過ぎて進むと、斜めの道と突き当ります。そこを大きく左折して北向きにちょびっと進んで車を停めました。

そこに城址碑がありました。

五本松城。ここが五本松城Aとされていました。西郷氏の本城、住所は城屋敷となっています。

そして東側の山が五本松城Bとなります。詰城でしょうか。

この辺りの山かな?とりあえず調べていた登城口の方へ回りました。この山の北側へ回ってから東へ進み、また南側へ。

突き当りにまた柵がありました。

ここから行けるのだろうか?ここの柵は抜けずに、柵に沿って右手の道を上がって行きました。

この上に道がある様です。

北側の風景。

堂山城側の景色。

段差があります。

ここまで進んで来ました。山裾のやや西側方面になります。

五本松城Bは、この道を上がって行くようですが、この季節雑草が一杯だから、と言い訳を考えて戻ることにしました。

さ、次、次・・・。

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「豊橋~新城・花と史跡巡り⑭」城№329・・・堂山城

2023-01-21 21:56:12 | Weblog

萩平山城の脇の道を西へ進んで川を越えると、右手に田畑、左に山があり、この地区は、四方を山に囲まれた場所だと分かります。山裾をそのまま進んで行くと左手に神社の鳥居があります。

通り過ぎて右折し、道脇に車を停めて歩いて行きました。少し戻れば神社の入り口です。

長い石段です。でもこれくらいなら大丈夫、出発!

全然平気でした。・・・途中で休めば。

遺構ではないけれど、石垣があるとワクワクします。

神社へ上がり切って、周辺を散策。

人の姿が!?

城跡は神社の北東だと、ネットで調べてメモをしていました。とりあえず西側へ・・・。

こんにちは。

柵が巡らされ、北東側へ行くにも背丈ほどの雑草に覆われ進めません。

戻って行きました。お邪魔しました、さようなら・・・。

反対側からも侵入不能、ここまでとします。この向こうが城跡だと言うことで・・・。

堂山城。西郷氏の城。

神社を離れます。

下りるのは楽です。

堂山城、さようなら・・・。

さようなら・・・。

石垣越しに撮影。・・・良い石垣です。

誰一人、人と会うこともなく、少し寂しい雰囲気の中を下ります。

さようなら・・・。

神社の前の道をそのまま西へ進むと川があり、堀の代わりになるのではとにわか分析。

もう一度堂山城の方を眺めて終了です。

山に囲まれていると言ったこの地域、まだ離れるわけにはいきません。

次はあそこにしよう・・・。

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「豊橋~新城・花と史跡巡り⑬」城№328・・・萩平山城

2023-01-20 21:44:56 | Weblog

大原調整池から県道81号へ戻り豊橋方面へ。すぐに東名高速を潜って豊橋市石巻萩平町に入ります。そのまま走って行き、西郷小学校南東の信号の二本手前の路地を左折し、石巻中山町を目指します。

すぐに右手に小山が見えます。目指すのはここです。

通り過ぎる手前で右折して山の近くへ行きました。すぐにこの山を時計回りに進む道があり、辿って行くと山への入り口がありました。

ここです。

入って行きました。

獣除けの柵に行く手を遮られました。

柵もあり、雑草も多いので登城は諦めました。

なので・・・。

花を撮りました。花と史跡巡りなので・・・。

萩平山城。西郷氏の支城の一つ。

そのまま石巻中山町を進んで行き、振り返ると萩平山城の全景です。

さあ、この地区の城跡を見て回ります・・・。

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「豊橋~新城・花と史跡巡り⑫」城№327・・・五葉城

2023-01-19 22:02:10 | Weblog

夜泣石古墳から田畑の間を南下して行きました。

南側は山です。その麓にある東名高速の新城PAの脇を潜って進んで行きました。

目印がありました。

県道からも名前が見えていましたが、ここには大原調整池(五葉湖)があります。

城跡はあちらの山でしょうか?この時点でまず行けないだろうと思いました。早期断念です。

地図には載っています。

五葉城。当然山城です。西郷氏の築城。

せっかくなので、五葉湖を回ってみようと思い車を走らせました。

調整池と言っても、名前通り湖の様です。

途中分かれ道がありました。城址への道標があり、左手の坂を上がって行きました。

道路脇に東屋があり、人もいました。そして道路にはゲートがありました。ここを歩いて行けば、五葉城へ辿り着けるのでしょう・・・。

引き返して、先ほどの分けれ道に戻り、調整池の周回道路を走りました。

途中に休憩所があり、一休み・・・。

歩いて行くには、かなりの鍛錬が必要です。マラソンでも走れるようになったらまた来たいと思います。

休憩終了。

再び走って西側へ。この景色の何処かだと思います。

再び走って、調整池の北側へ。

奥の山でしょうか、五葉城よ再び・・・。

東名高速を潜って次の目的地へ向かいました・・・。

 

 

 

 

 

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「豊橋~新城・花と史跡巡り⑪」夜泣石古墳

2023-01-18 21:39:18 | Weblog

森の石松の生家跡から再び県道へ出て南下、富岡の交差点まで走り右折、豊橋方面へ向かいます。しばらく走り東名高速が近くに見えるくらいで道路脇に何かがあるのに気づきます。

何でしょう?

夜泣石古墳。古墳時代後期のものらしいです。夜泣石伝説の石が祀ってあるらしいので、子供の夜泣に悩んでいる方は、その石に願をかけてみてください。効果のほどは分かりませんが・・・。

古墳見学をほどほどに済ませ、次はこの画像に見える奥の山の方へ向かいました。

東名高速を越えることになります・・・。

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「豊橋~新城・花と史跡巡り⑩」森の石松生家跡

2023-01-17 20:18:35 | Weblog

半原藩邸跡から北西へ少し移動し、田畑が多く民家の少ない所へ行きました。

住所が番地までないので、この辺りかとナビで目的地を決めてやって来たところ、一つ手前の道で史跡がないと右往左往。ひょっとしてと思い、道を下って行くと、道路脇にありました。

車から降りて確認に行きました。

単純に森の石松と言えば、遠州森の石松と認識しています。その生家が新城の富岡だったとは知りませんでした。別に調べると生年不明で、富岡で生まれ、森町で育ったと言う説があるそうです。

森の石松と言えば、清水の次郎長。子供の頃の時代劇と言えば、水戸黄門より次郎長三国志などの清水の次郎長一家の侠客ものが流行っていたように思います。次郎長親分に、大政小政、桶屋の鬼吉、法印の大五郎、吉良の仁吉など、石松を含め誰が演じるのだろうかと楽しみだったような・・・。

とりあえずここが生家と言うことで、何もありませんが訪問出来ました。

さて、また富岡の交差点へ戻って、次の目的地を目指します・・・。

 

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「豊橋~新城・花と史跡巡り⑨」城№326・・・半原陣屋(半原村古城)

2023-01-16 21:30:03 | Weblog

滝を見た後、来た道を戻って富岡の交差点へ。東へ行けば(右)静岡、西へ行けば(左)帰路の豊橋方面、真っすぐ北へ行けば新城市街、で、真っすぐ北へ行きました。数百メートル先で左折するとすぐに史跡がありました。

小学校の跡でもありました。八名高等小学校之跡。

半原藩邸跡。藩主が安部氏。

中や外から撮影して車へ戻りました。県道を挟んで道路沿いに民家が集まる周辺のその中に史跡があるなんて、こんな所に住んでみたいなあ・・・。

さて次の史跡も近くです。早速行ってみましょう・・・。

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「豊橋~新城・花と史跡巡り⑧」南曽根の不動滝

2023-01-11 21:54:48 | Weblog

淋しく山を下りて車で次へ向かいましたが、事前にグーグルマップで調べた中に、比丘尼城の南側に滝があったのでそこを目指しました。小さな山をぐるっと回る様に集落も通り抜けて山の反対側(南側)へ行くと、まっすぐ伸びる山道があり、その入口に車を停めて歩きました。

ほとんど平坦な山道は左にコンクリートブロックの塀が続き、右に小川が流れていました。滝がどのくらい先にあるのだろうか?と思いながら歩いていると、水の流れの音が大きく変わった場所にたどり着き、下りれそうな場所もあったので覗いてみました。

ここなのだろうかと思いつつ撮影しました。たぶんこれが南曽根の不動滝だと思います。

帰りながら、今度は右側になるコンクリートブロック側のブロックが途切れた場所に、チョロチョロッと滝のように水が落ちていたので撮りました。

これは不動滝とは関係ないだろうと思いましたが、画像ネタが少なかったので追加しました。

車に戻って、ここからは、帰り道に寄って行くように車を走らせて行きました・・・。

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「豊橋~新城・花と史跡巡り⑦」城№325・・・比丘尼城

2023-01-10 23:53:20 | Weblog

古墳を見てから車に乗り込み、再び東へ向かいました。実際には南東へ進んでいますが、突き当たる交差点を左折して、県道81号を北東に走って行くので行き先はほぼ東になります。東名高速を潜ってさらに進んで行きました。すでにここは新城市になりますが、このまま進んで山を越えると静岡県です。

そこまで行かずに富岡の交差点で右折して、宇利川を渡ったらその先で左折して道なりに進んで行きました。しばらく走って両側に林がある所の右手の道の入り口に城跡への案内立札があるので、右折して大きく曲がって行きました。

この立て札に従って進んで行くと、城跡へ辿り着くと思いました。

しかし、近くの貯水池まで行きながら、登城口が分からず周辺を一周しました。

ナビでもまた同じ所へ来ました。家がないため番地が分からず、ナビも目的地に到着となってしまいます。この辺りのはずなのに・・・。

もしかして、城跡と世界の桜の園は、同じ場所?

みたいでした・・・。貯水池の手前に、左へ上がって行く坂道がありました。

上がって行くと駐車場があり、車も停まっていました。

早速呼吸を整えて山道を上がって行く覚悟をして、案内図に従って歩いて行きました。

細く長い坂道を進んで行きました。

ユリの花を撮影しながら余裕?で上がって行きます。

またユリを撮影する余裕、ではなく休憩のためでした。

上がって来たなあ、と振り返り、帰りたくなる気持ちも湧いてきました。

またユリで休憩。しかし足はもう上ではなく、下を望んでいました。

次第に急になってきた山道で遠くの景色を眺め、山城へやって来た気分を自分に感じさせました。

呼吸の限界(空気が薄いわけではないですが)、足も限界、気力の限界がやって来てしまい、下りることにしました。

リベンジする日がやって来るかもしれない。そう思って決断しました。

比丘尼城。詳細不明。

比丘尼城、また会う日まで・・・。

もう少し頑張れば到着したのかも・・・。

途中断念すると、いつもそう思いますが、辿り着く前に倒れるよりいいので、次へ向かいます・・・。

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「豊橋~新城・花と史跡巡り⑥」久太夫塚古墳

2023-01-09 19:36:39 | Weblog

ナビは東を指示しているので、郷道の滝公園の駐車場を左に出てすぐ右折し、走り出してお寺の前を過ぎるとすぐに道路右側に看板が見えました。通り過ぎて車を停め歩いて確認しました。

古墳でした。こんな所に、と思いながら下りてみました。

久太夫塚古墳。7世紀か?どんな時代?

予定外の史跡でした。

さあ、次の目的地へ行こう。再び車を走らせ、東へ向かって進みました・・・。

 

 

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