カズTの城を行く

身近な城からちょっと遠くの城まで写真を撮りながら・・・

『戦国に散る花びら』  第六話  死の報せ

2008-08-14 00:39:36 | Weblog
浜奈城を出た家康の軍勢およそ一万一千の兵は、ほう田へ向かって進軍していた武田軍およそ二万五千の大軍の背後を突こうと、北へ向かった。そしてほう田の坂上にさしかかった時、それを見通していたかのように、武田軍も進路を変え、攻撃を仕掛けてきた。
しかし武田方先鋒の小山田隊の攻撃にも、石川勢が反撃して後退させた。



榊原隊の槍足軽の中にいた三津林にも、戦いが始まったのが判った。唾をのむ三津林に、出陣前に祝言をあげてくれた男加太助が声を掛けた。
「手柄を立てて、必ず嫁御の所へ帰れ。死にもの狂いで戦えば、きっと敵将の首だってとれるさ。」
とてもそんなことは出来ないと思ったが、少なくともここまで来たら覚悟を決めて戦わなければならない。相手を傷つけてでも生き延びなければ、愛美との再会はない。
「かかれえ!」
部将の声が響いた。それと同時に三津林達の槍足軽隊が、いっせいに敵部隊に向かって突撃を始めた。
緒戦は家康軍も善戦し、三津林達もかなり押し込んだが、数で上回る相手方は、横からも加勢があり、次第に三津林達も他の部隊も押し返されていた。
足軽達が一人、また一人と相手方の攻撃で倒れていった。
「あっ!」
三津林の目に、倒れている加太助の姿が映った。三津林はすぐに掛けより、手を差しのべた。
「大丈夫ですか、加太助さん!」
右の太股に矢が刺さっていた。
「たいしたことないさ、先に逃げろ!」
しかし敵の足軽達がもう目の前にいた。加太助は立ち上がり、三津林を突き飛ばした。
「お前は、生きて帰るんだ!」
加太助はそう言って敵兵に向かって行った。
「俺様が相手だ!掛かって来い!」
「加太助さん!」
「今の内だ、逃げろ!」
味方の足軽が三津林を起こし、加太助から離れた。
「加太助さん!」
「無駄死にするな、今は逃げてまた反撃するんだ!」
「加太助さんが・・。」
もう加太助は、敵兵に囲まれていた。そして他の兵が三津林達に向かって来た。
「仇をとる為に生きのびるんだ!」
二人は走った。加太助の姿は、敵兵の雑踏の中に消えている。振り返る余裕はなかった。
とにかく走った。榊原隊が敗走しているなか少し道を外れていたが、浜奈城に向かって走った。
いつの間にか三津林は、一人になっていた。林の中に大きな岩があり、それを飛び越えると木と岩の間に人一人が納まるくらいの隙間があり、三津林はひとまずそこに潜んだ。林の中を味方の兵らしき男達が、何人も浜奈城の方へ向かって走って行った。怪我をしている兵に肩を貸して必死に逃げる者もいた。
ひひーん。馬だ。味方の武将だろうか?三津林は、岩の陰から覗いた。
「家康様だ!」
叫んだわけではないが、確かに馬上にいるのは、あの家康だった。
「うわあっ!」供に付いていた家来が一人槍を突かれて倒れた。馬の横には家来が二人になった。周りに敵兵が、一人、いや二人、四人、五人と湧いてきた。
「首を取るぞ!」




獲物に群がる獣の様に、敵兵達は家康達を囲んだ。
「あぶない!」
三津林は、心の中で叫んだ。このままでは家康が討たれ、歴史が変わってしまうのだ。自分が勉強し教えてきた歴史が、今自分の目の前で覆されてしまう。そう思った瞬間、三津林は飛び出し、武田の兵に向かって槍を振り回した。
「歴史を、変えさせてたまるかあ!」
その勢いにひるんだ敵兵は、家康の馬から離れた。
「そなたは・・・。」
「早く逃げてください!あなたは天下を取る人です。ここで死んでは駄目です!」
三津林は、さらに槍を振り回して立ち向かった。敵兵は後ずさりしたが、相手は一人、態勢を建て直し三津林に槍を向けて構えた。
「早く!」
家康の家来が馬を引き走り出した。家康は馬上から、三津林の姿を見ながら離れて行った。それを見て三津林は、再び槍を振り回し、敵兵が下がったすきにおとりとなって林の中を走った。
「許せ・・・。」逃走する馬上で家康は呟いた。その後だった。
「うわあああ!」
遠くではあったが、逃げる家康の耳にその叫び声が聞こえた。
浜奈城はすぐ目の前だった。



命からがら逃げ帰った家康は、門を開け放し、篝火を焚かせた。
武田軍は、攻めて来なかった。篭城する相手にてこずり兵を減らすことを恐れたのか、進軍を止め、浜奈城の北方に布陣していた。
次々と家康の軍勢は、城内に逃げ帰ってきた。あちこちに各部隊が集まり、怪我人の手当てをしたり、状況の報告をしたりしていた。
その中に愛美の姿があった。
「あの、榊原様の部隊の皆さんは?」
「わしゃ知らん。」
「あ、聞いた話じゃが、ここへは来れずに東の方へ逃げたとか・・・。」
「下手すりゃ、全滅かもしれん。」
「全滅!」
愛美は、呆然とした。そこへ女中仲間が愛美を捜しに来た。
「愛美さん、殿様がお呼びだそうですよ。」
「殿様が?」

対面所へ急いで行くと、そこには家康の姿があった。愛美は、すぐに腰を下ろして頭を深々と下げた。
「愛美どのであったな、面を上げ。」
その言葉に愛美は、恐る恐る顔を上げた。家康は兜こそかぶっていなかったが、その鎧姿などの状態は、明らかに激しい戦の後であることが容易に感じとれた。そしてそのままの姿で愛美を呼んだのだ。
「済まぬ、そなたの主人三津林慶大どのは、それがしの身代わりとなって敵兵と戦い、命を落としてしもうた。・・・許せ。」
「ほ、本当ですか?どこでですか?どこで死んでいるんですか?」
「亡骸は、まだ見つけられんが、討たれた時の声が今もわしの耳に残っておる。」
「捜してくる!」
愛美が立ち去ろうとしたが、家康の家来がそれを止めた。
「こんな闇の中でどうやって捜せましょう。」
「だって、先生は死なないもん!私を一人になんてしないもん!」
家康は何も言えなかった。
「うわあああん!」
愛美は、その場で泣き崩れた。


     ※ この物語はフィクションです。


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