玉野の1枚

随時玉野の紹介をします。

久々の宇野港周辺

2020年08月31日 09時40分35秒 | 観光
宇野港第一突堤付近には、瀬戸芸関係、その他のオブジェが多数ある。暑い中歩いてみた。 
第一突堤に立つ産業振興ビル。 青い垂れ幕は今年採用された標語。



横岩壁に係留する貨物船


振り向くとフェリーセンター前に係留されているフェリー2隻 「せと(風戸)」は宇野~直島のフェリー。


ン?何の写真かな?


2016年瀬戸芸の作品「宇野子チヌ」のお腹の中。
全体の形(中に滑り台があり、子供には人気がある。)


これも、口の中を一枚。


この作品は、2010年瀬戸芸の作品で「宇野のチヌ」


第一突堤にある石垣


昨年度予算で作られたテント2基。新型コロナの影響で、一度も使用されず。


2013年瀬戸芸作品「舟底の記憶・プロペラ」三井造船千葉工場にあったものを運搬設置している。



今年3月に設置したオブジェ。 国際ソロプチミスト贈


宇野港第一突堤完成時に建設したモニュメント



宇野~直島間の小型客船と、海上タクシー


双胴船 ヨット(サンセットクルーズで利用した。とっても良い気分だった。)


宇野のお父さん。 桧垣知事の銅像


宇高連絡船第2バース遺構。 写真右側に線路があり、客車毎直接連絡船に乗り込んでいたが、紫雲丸事故以降客車は載せなかった。)


産業振興ビル前公園にある「愛の女神像」夏の期間ミストで涼感あり。左のお尻りに触ってお願いすると、愛が成就すると言われている。



JR宇野駅(エステル・ストッカーが彩色)と海からの贈り物



宇野駅構内の売店。 結構珍しい物もあり、一度は寄ってみては如何かな?







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酷暑が続く日に

2020年08月26日 11時32分09秒 | 日記
毎日うだる様な暑さが続いている。我が家の前の大池も水が少なくなった。
夕方近くには電線に燕が10羽近く羽を休めている。


その内数羽が水面を飛行


まるでジェット機のように水面すれすれを飛ぶ。


水面に着水し、すぐに上昇


同じく着水から上昇


最後にこれも。



燕も暑さで水浴びかな?
もっと大写しにしたいが、スピードが速すぎて写せない!




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化粧地蔵

2020年08月24日 07時58分37秒 | 
8月23日は地蔵盆。 胸上地区の地蔵様を見に行った。この地区は、年一回子供たちの手によって、三原色を使って塗り替えている。
西の地蔵様


化粧地蔵の風習は、北前船が大きく関与しているようだ。江戸時代、岡山藩指定の「加子浦」として栄えた胸上港(山田港)からは、塩をはじめ織物や醤油などの産物を運ぶ北前船が上方へ向かった。

中の地蔵様


北前船は江戸時代から明治にかけて日本海運で活躍した、主に買積みの北国回船(商品を預かって運送するのではなく、航行する船自体が商品を買い、それを売買することで利益を上げる。)

大東土辺の奥地蔵様



水夫(「か」は舵、「こ」は人の意)舵を操る人。古くは広く船乗り全般をさしたが、江戸時代には下級船員のこと。

大東の地蔵様


千石船 積載重量約150トンであった。
豊後家の古地蔵



どの地蔵様を見ても昨年のまま・・?今年も同じ化粧をしたのかな?ご近所の方に伺ったところ「今年はコロナの関係で中止」
新型コロナウイルスは、こんな行事にも影響を及ぼしている。何時になったら収束するのかな~。



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手話言語条例推進委員会主催による議員研修会

2020年08月17日 15時52分01秒 | 
2017年9月議会において、手話言語条例が可決承認された。この条例は、岡山県で2番目に成立した。
基本理念に書かれている「手話はろう者の言語」であることを市民に理解してもらう。
そのため、市民の代表である市議会議員各位に、ろう者の生の声を、ろう者自らが自分の言葉(手話)で手話の必要性並びに、実情を語った。

市議会議長による挨拶


Hさん男性 ろう学校では授業中手話を禁止されていた。こっそりと手話を使っていたところ見つかり、手を叩かれたりした。

Yさん男性 12歳の時ろう学校の寄宿舎が火災で全焼した。寄宿舎には盲の生徒も同居していた。 午前2時過ぎに火災が発生し、太鼓で知らせたが、盲の人は音に気付き全員逃れた。しかし、耳が聞こえないろう者16名は逃げ遅れ犠牲になった。

1999年には「手話通訳派遣事業」が始まった。
Sさん女性 私は、通訳派遣事業が始まっており、子供の参観日や、病院での通訳を依頼した。 そのため大変助かった。(ろう者の発表は全部で8名あった。)

質疑応答の中で、夜中に急に病気になった時「手話通訳派遣事業」で対応できるか?

答え:制度上は可能だが・・・聴覚障害者団体と手話サークル団体で、防災組織を立ち上げている。近くのサークル会員を頼ることも組織上できる。

こんな半日だったが、中身の濃い研修会だった。 今後も機会を見つけ、市民に手話はろう者の言語であることを、広めていきたい。
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久しぶりに。

2020年08月14日 08時31分59秒 | 
今日は久しぶりに深山公園を散策。 赤松池を一周したら白鳥が迎えてくれた。


エサを持っていなかったので、ごめんなさい。
公園内の児童広場は何やら工事をしており、進入禁止だった。 
赤松池の横、深山用水はゆっくりと流れており、中池をゆる抜きしているようだ。 
この用水は1654年に児島地方は大干ばつに続き、洪水のため、大きな被害があった。
時の藩主池田光政公は、郡奉行の石川善右衛門に命じ、深山用水を造らせ、田井地区北側の圃場に命の水を流した。(深山用水1里35町)
この用水今でも使われている。
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