10月20日(水) 晴のち曇 (「あづま」~東陽町・「民宿いくみ」)
○本日の参拝
ありません。
昨日の第23番薬王寺から、次の札所である第24番最御崎寺までは、75.4kmあり、したがって今日と明日は札所の参拝は無く、ただひたすら歩くばかりの予定。
早朝、宿の朝食前に牟岐駅周辺を散策。駅にて入手。
7時40分、冷えたペットボトルとゆで卵を2つ、女将さんから「お接待」でいただき、出発。歩き遍路の愛媛君、大阪さんはそれぞれ先に出発。
追いついた大阪さんと海沿いの道を行こうとするも途中で迷い、ヤブこぎ状態になる。
ようやく海に出たが、漁港の先で行き止まりに。
大阪さんと別れ、しばらく海など眺める。
海は輝いている。
結局、国道55号(土佐浜街道)を行くことにする。
南海地震津波最高潮位を示す石柱。「5.79メートル 昭和二十一年十二月二十一日未明」とある。
昨日見かけた津波避難指示の標識などもふくめ、南海地震への備えの切迫感を受ける。
8時50分、八坂トンネルを抜けると、
内妻海岸。このあたりから海陽町浅川港にかけての8kmほど(または、三浦の浜にかけての12kmほど)は、美しい海岸線を描き「八坂八浜」といわれる。
9時5分、内妻トンネル、
9時10分、古江トンネルと抜け、
9時20分、海陽町に入る。
牟岐町との町境の駐車場にある、野口雨情の「牟岐みなと節」の碑。「八坂八浜の難所でさへも 親の後生ならいとやせぬ 雨情」。
「四国のみち 牟岐・海南」案内図。
海を眺めつつ歩き、
さらに海寄りのへんろ道へ。
「四国のみち (四国自然歩道)」案内図。
10時30分、JR牟岐線浅川駅通過。
ふたたび大阪さんに追いつき、しばらく話をしながら一緒に歩く。彼女は、今回は「区切り打ち」で、明日バスで帰るとのこと。去年「通し」で回って「お遍路にハマってしまった。」、と。彼女の仕事の話など聞きながら歩いていくと、
11時20分、阿波海南駅のそばに、
「遍路小屋第一号 香峰」。歌教授のプロジェクトの第一号で、野村さんという方が場所を提供されていると書かれてあった。ここに愛媛君もおり、3人でおしゃべりしつつ小休止。「お接待」の冷えたオロナミンCをいただく。
11時35分、海部川にかかる海部大橋から、
JR牟岐線を撮る。
11時50分、おへんろ休憩所を通過。
東側に那佐半島を見つつ行く。
12時30分、室戸まで50km。
12時45分、路傍の「お接待所」。冷えたおしぼりがあり、みかんをいただく。牛乳を買う。
やや波が高くなってきた海岸線をたどると、
13時20分、旧土佐街道への分岐。今回は立ち寄らずにそのまま国道を直進。
工事中の阿佐東線。
13時35分、「道の駅宍喰温泉」へ。みかんを買い小休止。
宍喰海岸と、
宍喰港。
14時15分、徳島と高知の県境の水床トンネル(638メートル)を抜けると、
「修行の道場」高知県へ。
さらば、「発心の道場」。
国道を避けて、甲浦の古いへんろ道。
甲浦港。
海を眺めつつ行き、
15時、甲浦坂トンネル。
15時15分、宿のある生見海岸。
大阪さんは別の宿なので、彼女に激励され別れる。
15時20分、「民宿いくみ」着。
昨日、休憩所で一緒になった東京の男性と同宿。食後、話をしながらくつろぐ。彼は、「区切り打ち」を含め、もう何度も四国は回っており、今回は西国三十三か所にもいくつか立ち寄っていく予定、とか。パソコンを背負って、ブログを毎日更新するそうだ。おかげで荷物は12㎏。
「いくみ」は、お遍路さんの宿というより、むしろサーファーの宿といった感じ。主人もそれらしい雰囲気。ちょっとぶっきらぼうだが、食事は美味しかった。
明日から天気は下り坂との予報に、野宿をやめて宿を予約した。
歩数 32,941歩 (累計 277,236歩)
距離 24.5km (累計 198.5km)
費用 6,948円(「あづま」宿代6,500、みかんと牛乳) (累計 29,305円)
○本日の参拝
ありません。
昨日の第23番薬王寺から、次の札所である第24番最御崎寺までは、75.4kmあり、したがって今日と明日は札所の参拝は無く、ただひたすら歩くばかりの予定。
早朝、宿の朝食前に牟岐駅周辺を散策。駅にて入手。
7時40分、冷えたペットボトルとゆで卵を2つ、女将さんから「お接待」でいただき、出発。歩き遍路の愛媛君、大阪さんはそれぞれ先に出発。
追いついた大阪さんと海沿いの道を行こうとするも途中で迷い、ヤブこぎ状態になる。
ようやく海に出たが、漁港の先で行き止まりに。
大阪さんと別れ、しばらく海など眺める。
海は輝いている。
結局、国道55号(土佐浜街道)を行くことにする。
南海地震津波最高潮位を示す石柱。「5.79メートル 昭和二十一年十二月二十一日未明」とある。
昨日見かけた津波避難指示の標識などもふくめ、南海地震への備えの切迫感を受ける。
8時50分、八坂トンネルを抜けると、
内妻海岸。このあたりから海陽町浅川港にかけての8kmほど(または、三浦の浜にかけての12kmほど)は、美しい海岸線を描き「八坂八浜」といわれる。
9時5分、内妻トンネル、
9時10分、古江トンネルと抜け、
9時20分、海陽町に入る。
牟岐町との町境の駐車場にある、野口雨情の「牟岐みなと節」の碑。「八坂八浜の難所でさへも 親の後生ならいとやせぬ 雨情」。
「四国のみち 牟岐・海南」案内図。
海を眺めつつ歩き、
さらに海寄りのへんろ道へ。
「四国のみち (四国自然歩道)」案内図。
10時30分、JR牟岐線浅川駅通過。
ふたたび大阪さんに追いつき、しばらく話をしながら一緒に歩く。彼女は、今回は「区切り打ち」で、明日バスで帰るとのこと。去年「通し」で回って「お遍路にハマってしまった。」、と。彼女の仕事の話など聞きながら歩いていくと、
11時20分、阿波海南駅のそばに、
「遍路小屋第一号 香峰」。歌教授のプロジェクトの第一号で、野村さんという方が場所を提供されていると書かれてあった。ここに愛媛君もおり、3人でおしゃべりしつつ小休止。「お接待」の冷えたオロナミンCをいただく。
11時35分、海部川にかかる海部大橋から、
JR牟岐線を撮る。
11時50分、おへんろ休憩所を通過。
東側に那佐半島を見つつ行く。
12時30分、室戸まで50km。
12時45分、路傍の「お接待所」。冷えたおしぼりがあり、みかんをいただく。牛乳を買う。
やや波が高くなってきた海岸線をたどると、
13時20分、旧土佐街道への分岐。今回は立ち寄らずにそのまま国道を直進。
工事中の阿佐東線。
13時35分、「道の駅宍喰温泉」へ。みかんを買い小休止。
宍喰海岸と、
宍喰港。
14時15分、徳島と高知の県境の水床トンネル(638メートル)を抜けると、
「修行の道場」高知県へ。
さらば、「発心の道場」。
国道を避けて、甲浦の古いへんろ道。
甲浦港。
海を眺めつつ行き、
15時、甲浦坂トンネル。
15時15分、宿のある生見海岸。
大阪さんは別の宿なので、彼女に激励され別れる。
15時20分、「民宿いくみ」着。
昨日、休憩所で一緒になった東京の男性と同宿。食後、話をしながらくつろぐ。彼は、「区切り打ち」を含め、もう何度も四国は回っており、今回は西国三十三か所にもいくつか立ち寄っていく予定、とか。パソコンを背負って、ブログを毎日更新するそうだ。おかげで荷物は12㎏。
「いくみ」は、お遍路さんの宿というより、むしろサーファーの宿といった感じ。主人もそれらしい雰囲気。ちょっとぶっきらぼうだが、食事は美味しかった。
明日から天気は下り坂との予報に、野宿をやめて宿を予約した。
歩数 32,941歩 (累計 277,236歩)
距離 24.5km (累計 198.5km)
費用 6,948円(「あづま」宿代6,500、みかんと牛乳) (累計 29,305円)