照る日曇る日 第1063回
須賀敦子の翻訳した絵本だということで読みだしたのですが、そんなことはまあどうでもよくなって、このブルーノ・ムナーリという不思議な人物の、自由自在な創造性と童心に感嘆させられました。
「木をかく」わけですから、最初は木の観察からはじまります。
木から落ちた種から芽が出て葉が出て、葉から緑の枝になって伸びていって、葉が茂ると花が咲いて、実がなって、木から種が落ちて……
という具合に循環していくわけですが、ムナーリはその成長をまるで現代のダ・ヴィンチのようによーく観察しています。
そして木の枝には、いろいろな種類があるけれど、たとえば2本に分かれる木は、どこまで行っても2本に分かれる。そして枝は幹から遠くなるほど、だんだん細くなる。というのです。
そしてムナーリは、そのことを自ら絵を、イラストを描きながら、具体的に図示していくのですが、その絵本的な展開がじつに科学的かつ魅力的でして、あれよあれよと読者を唖然とさせてしまいます。
そんなこれまで見た事も聞いたこともない独特のノリで、あちこち脱線しながらもページはどんどん進んでいくのですが、90ページの本がようやく64ページまでやってきたときに、突如「さあ、木をつくしましょう!」という話になるので、びっくりポンです。
「まず1m40cmの紙を用意してください」「下から50cm残して切り込みを入れてください」という調子で即席図画工作教室がはじまり、言われた通りに切り絵をやっていくと、まさしく立派な木が誕生してしまうのですが、その前提は木を輪切りにしたら幹の総量はどの部位でも同一ではないか、という作者の仮説に基づいているので驚きます。
実際ムナーリは、イタリアのマントヴァの広場で、100人の住民と一緒に、そうやって大きな木を作ったそうで、その折りの写真が載っていますが、そういう挿話も含めた日本最大の回顧展がいま葉山美術館で6月10日まで開催されているというので、これはどうしても見に行かなくちゃ。
なんでも「画家、彫刻家、グラフィック・デザイナー、インダストリアル・デザイナー、発明家、著述家、そして子供と遊ぶ人等々ありとあらゆる肩書きを持つ稀代の表現者」らしいですよ、あらゆる境界線を軽々と越境するブルーノ・ムナーリ選手は。
この部屋で集団自殺があったとは誰も思わず通り過ぎてゆく 蝶人