行雲流水の如く 日本語教師の独り言

30数年前、北京で中国語を学んだのが縁なのか、今度は自分が中国の若者に日本語を教える立場に。

【独立記者論13】外灘カウントダウン中止・・・年越しの爆買いは?

2015-12-24 01:27:58 | 独立記者論
上海市副市長で公安局長を兼ねる白少康氏が21日、市政府の定例記者会見で、今年は外灘でのカウントダウンイベントは行わないことを明らかにした。「この点、みなさんにお伝えしておきたい」と念を押した。昨年、不適切な事前広報や不十分な警備によって群衆が混乱し、36人の若い命が奪われた。その背景については拙著『上海36人圧死事件はなぜ起きたのか』で政治、経済、社会、文化と各視点から分析したので多くは触れない。かいつまんで言うと次のようになる。

外灘のカウントダウンは、外灘に並ぶ欧風建築にライトを当て3Dの映像を楽しむ壮大なイベントだ。上海市がニューヨークのタイムズスクウェアにならった国際的なブランドに育てるべく、2010年から行われてきた。2015年は習近平政権の綱紀粛正もあり、公安当局は安全面の不安から開催を躊躇した。その結果、外灘に近い新たに開発された観光スポット「外灘源」で、入場チケット制で継続することになった。国際ブランド戦略と安全を両立させる次善の策だったが、「継続」を重視するあまり「外灘」と「外灘源」の区別があいまいになり、結果的に全くカウントダウン用の警備体制が敷かれていない外灘に群衆が殺到して悲劇を招いた。「外灘源」は上海人にさえなじみがなく、その名前から「外灘」と混同することは当然だった。チケットも関係者向けのみで一般に開放したものでなく、告知が口幅ったいものになったこともお粗末だった。

公安局長が明確に「外灘ではやらない」と述べたことは、前回の教訓からだ。だが事件については一切触れず、「市政府や各区県の党委政府は公共スペースの安全管理を非常に重視している」と述べるにとどまった。前のことを持ち出すのがためらわれるのは、完全な人災だからである。将来的には再開することも見込んでいるだろう。だから「教訓」とは言いたくない。だがこういう場合ははっきり前回の事件に触れ、「十分な安全確保が確認できるまでは再開をしない」と言った方が正直だと思う。官僚臭のプンプンする発言で、事件の風化を待っているような印象を持たれかねない。

当局にコントロールされ、庶民の視点を持ち得なかったメディアの責任も重いが、今回、その反省が全くみられない報道があった。上海の地元大衆紙『新聞晨報』は上海市の正式発表に先立つ19日の一面で、外灘ばかりでなく、観光地の豫園や南京路でもカウントダウンは行われないと伝えた。実はその部分は最後の付け足しで触れられており、前段の内容は、「2016年のカウントダウンのメーンステージは新天地独特の太平湖に置かれた〝水上舞台〟に移る」と、明らかな商業PRだった。ハイテクの映像技術で「またたくような前衛的な雰囲気をかもし、この魅力ある国際都市、上海に生活する人々を表現し、未来に向け熱気を喝采する」と、与えられた広報ペーパーをそのまま書き写した記事である。

中国でも昨今はここまで露骨な広告記事は珍しい。同紙は上海市党委機関紙『解放日報』グループが発行している。『解放日報』は建国前、中国共産党が延安で発行した由緒ある機関紙だ。上海では2013年、同グループともう一つの巨大新聞グループが大合併し、「喉と舌」が一本化された。効率的な統制が競争を奪い、こうした提灯記事を生んでいるとしたら、市場化改革の精神に反する由々しき事態である。

新天地の横にある太平湖は、私が以前、すぐ近くに住んでいたのでよく知っている。再開発によって人工的に作った池である。今年に入り、周辺を鉄柵で囲む工事が始まっていたが、カウントダウンイベントのためかと合点がいった。入場はチケット制で一般には販売しない。12月18日から30日まで、新天地のショッピングモールで1日1688元の買い物をした客に2枚の入場券を渡すという。日本円では3万円ほど。上海市民の旺盛な購買欲を考えると、もう定員に達しているかも知れない。地方から出稼ぎに来ている者たちは排除されざるを得ない金額だ。

前回の教訓を汲むならば、「今年は外灘では行わない」が最も重要なニュースである。それを後回しにして、富裕層向けの商業PRを優先させるメディア、記者には公共心も公益観念もないと言わざるを得ない。良心が感じられない。カウントダウン事件にこだわり、本に書いた私としては、非常に残念である。36人の8割は地方出身者だった。無料で集まることができ、大都会で暮らす帰属意識を共有したいと思い、彼らは寒い夜、外灘に足を運んだ。ふだんは仕事に追われ、孤独な生活を強いられているのである。

もともと外灘での年越しに関心のない上海市民が今、気にかけているのは、市内の主要デパートで行われる年越しのセールだ。大幅に割引されるうえ、自動車や金の延べ板などの超豪華景品が当たるとあって、毎年、多くの人出でにぎわう。まさに爆買いの上海年越し版だ。市公安局長が「万全の安全を尽くす」と公言したため、多数の人間が集まる行事は軒並みチェックが厳しくなる。商業イベントとは言え、こちらは庶民の夢も感じられる。杓子定規に一律自粛では、元旦の年越しも味気ない。「分寸」(さじ加減)が問われるところである。

中国での年越しは旧正月の春節を指す。西暦の年越しが話題になるのは、それだけ国際化が進んでいることにほかならない。だが国際化は見せかけのものであってはならない。いずれにしても上海は中国が世界と歩調を合わせていく上での実験場であることに変わりはない。クリスマスイブもさぞかしにぎやかなことだろう。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿