鏡海亭 Kagami-Tei  ウェブ小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

生成AIのHolara、ChatGPTと画像を合作しています。

第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第59)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

漆黒の翼、リューヌが本性を現す、第21話~第25話まとめ版!

連載小説『アルフェリオン』まとめ読みキャンペーン、この週末も怒濤の追加です。
今晩は第21話~第25話のまとめ版をアップしました。

ついにリューヌが本性を現した第24話。これまでの計49話の中で、最も暴力的な描写に満ちてしまった回です。「勇気をもって敢えて戦わないこと」が、むしろ「勇気をもって戦うこと」よりもいかに難しいかを、問いたかった回です。そこで敢えて陰惨な展開にしました。

「相手が悪人といえども戦いたくない」ルキアンが、戦いを戸惑ったばかりに…。
とことん非暴力・不戦を貫くのなら、自分の大切な人がたとえ目の前で殺されても、それを受け入れるくらいの超人的な覚悟が必要だということです。それは、もはや普通の人間には不可能です。戦わない英雄は、戦う英雄よりも強い心の持ち主でなければ…。

しかし、そんなに強い人間が果たしてどのくらい居るのでしょうか。
少なくともルキアンはそこまで強くない。
この時の後悔は、以後もルキアンをずっと苦しめます。
あのとき撃たなかったばかりに…。助けてくれたシャノンの一家が悲惨な目に。

そこで狙いすましたように、ルキアンを誘惑して復活を遂げようとするリューさん、凶悪すぎます。狡猾に契約を迫るQBも真っ青な凶悪ぶりです。…って、すいません、関係ないですね。最近はまってるんです。でも、だまされたと思って、ホントにまどか☆マギカ観てくださいよ(^^;)。

それはともかく、これは現時点ではもうバラしてもいいと思いますが、ならず者たちに対して怒り狂ったルキアンに呼応して、アルフェリオンが暴走したかのような描写がありましたよね。あれは機体が部分的にテュラヌス・モードに切り替わったんです。あの場面でも、実質的には半ば「逆同調」してしまっていたんでしょうね。

テュラヌス形態は、飛行能力を犠牲にしている点と引き替えに、アルフェリオンの全モード中、陸上での戦いでは圧倒的に強いです(もちろん、問題のアポカリュプシス形態は除く。当然ですな)。ゼフィロス・モードに近い速さと、(まだ登場してないですが)アダマス・モードに近い防御力を兼ね備え、しかもパワーは最大。なおかつ物質の状態や形状を自在に操るアレ(「○○の××」)を使えるので。文句なしに最強。しかし、その代償として、乗り手の意志を無視して暴走しやすいという欠陥があるのでした…。

ルキアンがクレドールに戻った後の、クレヴィスのセリフは実に重たいです。
正しい答えを出せないからと言って、それが答えを出さなくてよい理由にはならない、という話です。たとえ誤ってしまうリスクがあるにせよ、どれも決定的な間違いではないとはいえ正解でもない複数の選択肢の中から、できるだけマシな答えを選ばないといけない責任が、一人一人の生きる人間にあるというクレヴィスの言葉。

都合良く価値判断の相対性に逃げ込まずに、どうしても自分のすべてを賭けて決断しないといけない場面が人にはあるんですね。そこで思考停止しては、結局、自分や他人を犠牲にしてしまうという話です。

それでも、ルキアンは戦うのが本当に嫌いです。
あんなことがあったにもかかわらず、今後も、もうしばらくは戸惑い、戦いを避けようとします。そんな彼が戦士として、エクターとして覚悟を決めるのは、明後日あたりにまとめ版をアップ予定の第35話「パンタシア」まで待たないといけません。
いわゆる「巻き込まれ型」主人公が戦いに身を投じることを決意するまでに、『アルフェリオン』は本当に多くの時間を、贅沢に割いています。でも平凡な一般人が明日から急に戦士になって、活躍するなんて、そんな都合の良いこと普通は有り得ないですよね。
第35話で、延々と続く鬱回想と妄想・独白を経て、怒濤の超覚醒。あそこでルキアンが変わります。
しかも、そのきっかけが、準主役級キャラやヒロイン的なキャラではなく、通りすがりの敵キャラみたいだった当時のシェフィーアさんのおかげだなんて、そんなのありかの『アルフェリオン』の本領発揮です。お楽しみに。

かがみ
コメント ( 0 ) | Trackback ( )

『アルフェリオン』まとめ読み!―第25話・後編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


10 悲しみの少女



 ◇

 ルキアンもまた、己自身の戦いを続けていた。
 シャノンとトビーを医務室に託し、後は祈ることしかできない彼だったが、哀しみに打ちひしがれている場合ではない。
 現実には戦争の最中なのだ。その戦争を、少なくとも内乱を終わらせない限り、かりそめの安らぎすら王国にはあり得ない。明日にもナッソス家との決戦が始まるかもしれない今、ルキアンが為すべきことは……。

 クレドールの格納庫でルキアンはアルフェリオンを見上げていた。
 他にもデュナ、ラピオ・アヴィス、アトレイオス、リュコス、ファノミウルの姿がある。幸い、いや、奇跡的にも――昼間の艦隊戦で大きな損傷を受けたアルマ・ヴィオはひとつもないため、ガダックをはじめとする技師たちもいくらか手が空いている様子だった。
 むしろ《墜落》したアルフェリオン・ノヴィーアの点検の方が、クレドールの技術陣にとっての急務である。銀色の機体に作業台が据え付けられ、沢山の整備士たちが行き交う。
 今ではルキアンも、自らの手足となるアルフェリオンのことを少しでもよく知ろうと考えている。エクターとして……。
 アルフェリオンのことを人殺しの道具だと思い、内心では嫌い、避け続けてきた彼であったが、少しずつ変わり始めていた。

 ルキアンの隣には、薄桃色の可愛らしいドレスを着た娘が居た。もう1人の哀しみの少女、メルカである。
 凄惨なトビーの姿を幼い彼女に見せるべきではない、というシャリオの配慮により、メルカはしばらく医務室から離れることになった。
 トビーを医務室に運び込んだルキアンは、自らメルカを連れ出した。彼女との間にできてしまった心の溝を少しでも埋める機会になれば、と思ったのだ。
 相変わらずルキアンに口をきこうとしないメルカ。
 けれども――彼女の片方の腕は熊のぬいぐるみを抱きしめていたが、もう一方の手はルキアンの手を大人しく握っていた。許したわけではないが、許さないわけでもないという、微妙な意思表示かもしれない。幼い彼女なりにも、きっと他人との距離を複雑に考えていることだろう。
 メルカの小さな指をそっと握りながら、ルキアンは思った。
 ――差し伸べた手を途中で引っ込めることが、どれだけ酷いことかって……それはよく知っているよ。僕自身、今までずっと傷つけられる役ばかりだったから。だからメルカに許してもらおうなんて思っていない。だけど、メルカとの距離を少しでも引き戻すことができれば、僕はこの子の力になれるかもしれない。力に、なりたいんだ……。

 ルキアンの隣――メルカと反対の側には、ガダック技師長と1人の若手の技師が立っている。
 広い庫内に向かって大声で指示を飛ばすガダック。巨体と太鼓腹によって繰り出される声は、人間離れした音量をもつ。破れ鐘か、さもなくば砲声のようだ。隣にいたルキアンは耳が痛くなりそうだった。
 技師長とは対照的に、甲高く神経質な声で若い技師が言う。
「化け物ですねぇ、ほとんど……。あの高さから地上に激突したのに、へこんだ跡すらない。普通のアルマ・ヴィオなら木っ端微塵だったところですよ」
 ガダックが技師の背中を叩き、アルフェリオンのことを褒めちぎった。
「あたぼうよ。コイツはただのアルマ・ヴィオじゃないんだ。旧世界の――それも旧陽暦末期の機体を復元したんだからな。こんなすごい機体、滅多にお目にかかれるもんじゃない。お前らは運がいい。しっかり見ておけよ!」
 あたかも自分自身のことのように、ガダック技師長は妙に嬉しそうである。芸術家にとっての名画や名曲と同じく、優れたアルマ・ヴィオはガダックの技術者魂を揺さぶるのだろうか。
 しかし若い技師の方は、ガダックのいかつい腕で何度も背を叩かれ、迷惑そうな顔をしている。彼は手慣れた様子でそそくさと距離を取った。


11 アルフェリオンの内部に異変が…



 2人の様子を苦笑いしながら見ていたルキアン。
 と、今度は、ガダックの出っ張ったお腹が彼の背中に当たった。
「よぉ、ルキアン君。とんでもないことになってるぞ! わしのガキの頃からの技術者生活でも、こんなことは初めてだ」
 人懐っこいガダックは、さほど面識のないルキアンにも屈託なく話しかける。見た目には荒っぽそうな親爺だが、性格はとにかく陽気だ。
 最初のうちはメルカも、見上げるような巨漢のガダックを怖がっていた。
 ルキアンの背後に隠れる神経質な少女を、ガダック技師長は無骨な態度で懐柔しようとする。逆効果である気もしないではないが……。
「おいおい、これでもわしは女の子には優しいんだ。はっはっは。そんな顔するなって。で、あぁ、そうだ――ルキアン君、驚かないでくれよ。さっき少し調べたんだが、実はアルフェリオンの内部に異変が起こっている。中に乗っていて何も感じなかったか?」
 突然、不可解なことを言い出す技師長。そのわりに彼は、鼻歌を歌いながら点検表を眺めている。
「と、特には……」
 ルキアンには彼の言葉の意図がつかめなかった。
「コイツの中の様子、前と全然違うんだってば。ルキアン兄ちゃん!」
 ぱっちりとした大きな目の少年が、いきなり飛び出してきた。技師見習いのノエルである。
 やんちゃな少年の姿がルキアンの瞳に映る――人見知りしないノエルの明るさが、元気だったときのトビーと重なって見え、ルキアンの心は痛んだ。
 年齢的にもノエルはトビーより2、3歳年上という程度なので、余計に2人が似ているように感じられる。
 不意に表情を曇らせたルキアンに、ノエルは怪訝そうに尋ねる。
「どうかしたの?」
「うぅん。なんでもないよ……。そう、アルフェリオンに、何?」
「なんか顔が暗いよ。どうした?」
「そ、そうかな? 大丈夫、僕が暗いのは今日に始まったことじゃないし……。だからね、元気なときでもこんな顔なんだって。本当だよ。それよりアルフェリオンが?」
 苦し紛れに、ルキアンは冗談のような本当のような意味不明の理屈をこねる。
 すると、ぼんやりと宙に視線を走らせていたメルカが、その場の誰にも分からぬほど小さな変化を見せた。一瞬ではあれ、目つきが微かに和らいだ。
 ――ルキアン、笑ってる……。あんなに辛そうな顔ばかりしていたルキアンが笑ってる。こんな顔、初めて見た。どうしたのかな……。
 勿論そんなメルカの心境は、ルキアンには届いていないにせよ。
 折良くガダックが説明を始める。
「詳しく調べないとよく分からんが、見たままを言うとだな。機体の中心部にある《黒い珠》から、極めて細い糸状の組織が内部全体にくまなく伸び――まるで各器官が黒い玉っころに《乗っ取っられた》も同然の状態なんだ。クモの巣みたいなものは、今も物凄い速さで成長している。わしがこんなことを言うのも無責任な話だが、もはや除去するのは不可能だ。そのクモの糸は、伝達系や動力筋の繊維1本1本にまでも絡み付き、自分の組織と融合してしまう力を持っているらしい。ともかくエラいことになっちまってるのに、中に乗っていた君が特に変化を感じなかったなんて、にわかに信じろという方が無理な話だ。あの真っ黒な謎の器官について、お師匠は何か言ってなかったかい?」
「多分、その黒い珠のことだと思うのですが、カルバ先生は正体不明の器官をこの機体に移植したとおっしゃっていました。アルマ・ヴィオの能力を増強するためのものらしいとか、何とか。でも先生も十分にご存じではなかったようです。そもそも、というか、その《謎の器官》がどんな機能を持っているのかを解明するために、僕がテスト操縦をすることになっていたんです。あの事件が起きなければ……」
 師・カルバの名前は、近くて遠い記憶を否応なく呼び戻した。
 今では幻だったようにすら思えるコルダーユでの日々。その情景がルキアンの脳裏を足早に通り過ぎる。
 カルバは本当に死んでしまったのだろうか? そして彼の娘・ソーナは、ルキアンが儚い思いを寄せていた美しき人は、今、どこでどうしているのだろうか? さらに、ここにいるメルカの未来は?
 さしあたり自分の力ではどうしようもない心配だけが残った。
 どうしようもない? 空虚なイメージ。
 冷たい自分。そんなものか、所詮? いや、違う……。違うのか?


12 成長するアルマ・ヴィオ?



 だが中途半端な妄想は一気にかき消されてしまった。
 《黒い珠》の話からリューヌの姿が連想され、否応なく、彼女の謎のことでルキアンの心の中が一杯になってしまったからである。
 ――あのときリューヌは、アルフェリオンと一時的に《融合》すると言った。そういえば、ならず者たちと戦っている間、ノヴィーア本来の声は全く聞こえなかったな。ノヴィーアはリューヌに乗っ取られていた? いや、最初の融合の時点で完全に乗っ取られた?
 何故か他人に教えるのがはばかられ、ルキアンは、現段階ではリューヌのことを技師長に告げなかった。クレヴィスだけには先ほど話したのだが。
 黙り込んでしまった彼をしげしげと眺めながらも、ガダックは話を続ける。
「いや、内部だけじゃないぞ。アルフェリオンの両手付近の装甲に至っては、昼間のときと外形そのものが変化している。少しゴツくなったような感じだ」
「それは……。僕が今晩、暴漢たちと戦ったときに変化したんです。本当です。すごく腹が立って、むちゃくちゃな話ですが――この手であいつらを引き裂いてやりたいと思ってしまったときに、変わったんです。腕全体の形が今よりもっと刺々しい形に。爪も刃物みたいになって」
 ルキアンは自分の手を握り締め、じっと見つめた。
 ガダックは意味ありげに苦笑いしている。よく観察してみると、以外にも的を射たりという表情だ。
「腹が立ったら、アルマ・ヴィオの姿が少し変わっただって? ふぅむ。それから、後でおおむね元の形に戻った? そいつは突拍子もないことだ。しかしまぁ、分からんでもない。たまにではあれ、《変形》するアルマ・ヴィオを見かけるだろ? ほれ、飛空艦ラプサーのあの子――プレアーちゃんの乗っている《フルファー》な。それからルキアン君も戦っただろ、あの《アートル・メラン》もだ。これらのアルマ・ヴィオは、飛行モードと人型モードを持っている。その他に陸戦型と人型の姿を使い分ける機体も、世の中にはあるぞ」
「……なるほど。そ、そう言えばそうですね。プレアーさんって、よく知りませんけど」
 ルキアンは曖昧に同意した。
 すると謎解きの糸口を披露し始めたはずのガダックが、今度は難しい顔で溜息をつく。先程の自分自身の発言に対して、大いに疑問が残ると言わんばかりに。
「しかしだ、ルキアン君。予め決められている別形態への《変形》ならともかく、あのクモの糸のことは説明がつかん。勝手に《成長》するアルマ・ヴィオなんて聞いたことがないぞ……。例のプレアーの愛機も旧世界のものらしいが、変形前の基本形態は、以前からずっとどこも変わっていないらしい」
 と、技師長の立派なお腹を押しのけるようにして、ノエルが急に横から顔を出した。
「知ってる、ルキアン兄ちゃん? プレアーって、めっちゃ可愛いだろ。でもアイツ、いーっつも兄貴にべったりくっついてんだぜ。なんかヤバくない? 兄妹なのに。あ? 痛いってば! 何すんだよ、おっちゃん!」
 ませた口調で得意げになって語る少年を、ガダックが小突いた。
「無駄口たたく暇があったら、こいつの腕の1本でも調べてろ」
 技師長は呆れ顔でアルフェリオンの方を指す。
 ルキアンは適当な言葉が見つからず、白々しい作り笑いを浮かべてごまかしている。


13 「僕、ここに居てもいいんだよね?」



 それにしてもガダックとノエルは、まるで賑やかな親子のようだ。
「え、えっと。プレアーさんはともかく。いいじゃないですか、まぁ。それで、少なくとも、どうにかすればアルフェリオンがもっと別の姿に変形したり、新しい能力を発揮したりできるということですか?」
 強引に話を元に戻したルキアン。
 彼の必死な様子が可笑しかったので、ガダックは笑いをこらえながら答える。この技師長も相当に呑気な男、いや、楽天家だ。
「はっはっは。すまん。歳取ると口元の締まりが緩くなってしまっていかんな。あぁ、その可能性もあり得る。なんだ、その――さっきの、腕にトゲが生えたり、ブレードが出てきたりするというワザは、少なくとも使えるはずだろ? だが今の段階では何とも言えんよ。わしは基本的に修理屋だからな。その手のややこしい理屈は、クレヴィス副長にでもに聞いた方が早いと思うぞ。それより、アルフェリオンの内部をもう少し調査させてもらって構わんかね?」
「はい。よろしくお願いします。僕もご一緒して構いませんか。邪魔しないように見てますから……」
 途中まで話しかけて、急にルキアンは、恥ずかしそうにぺろっと舌を出した。遠慮がちに照れ笑いしつつ彼は言い換える。
「じゃなくって、僕もお手伝いしますから――ですよね。すいません。いつも言われるんです。気が利かないって」
「いや、気にすんな。ルキアン君は、お宝の天使様を世界でただ1人扱うことのできる、いわば一騎当千のエクターだ。もしここで君がケガでもして動けなくなったら、わしのせいで王国が滅んだ――なんてことにもなりかねんからな。はっはっは。ここで黙って見ててくれ。何かあったら質問するから!」
 ガダックはおどけた調子で肩をすくめると、大きな体を揺らしながら、側の階段を下に向かって降りていく。
 格納庫の壁から突き出たバルコニーのようなところに、ルキアンはメルカと共に残された。恐らくここは、格納庫での作業全体を監督するための場所なのだろう。
「ほら、メルカちゃん。メイやクレヴィスさんの乗っているアルマ・ヴィオだよ。沢山あるね……」
 気まずい沈黙を破って、階下を指差すルキアン。
 それに気づいた1人の技師が手を振った。
 しばらくして、この技師に向かってガダックが指示を飛ばし始める。そうかと思うと、ノエルがまた何か騒いでいる。
 仲間たちの働く様子を眺めるうちに、ルキアンは自然とつぶやいていた。深い感謝の念を込めて。
「僕、ここに居てもいいんだよね? ありがとう……」
 その答えはルキアン自身にも分かっている。
「もう迷わない。僕の帰るべき場所は他のどこでもない、この船なんだもの。みんな、ありがとう。僕を受け入れてくれて」
 ルキアンのつぶやきを、メルカは黙って聞いていた。微かにその小さな体が震えているような気がする。
 やりきれない心持ちで、ルキアンの口から言葉が溢れ出た。こんな台詞を吐いても何も変わらないと彼は思ったが、言わずにはいられなかったのだ。
「ごめん、メルカちゃん――この船に乗るために、僕は君を置き去りにしようとした。すごくショックだったよね。もう、僕の顔なんか二度と見たくないと思ったかもしれないよね……。謝りようもない。僕はひどいヤツだ。何と言ったらいいのか分からない、分からないけど――だけど、この船は僕にとってそれほど大切なんだ。わがままで、すまない。でも僕の未来は、この船に……。僕は全てを賭けたんだ、クレドールに!!」
 様々な思いを心に秘め、ルキアンは指先に力を込めた。
 メルカの華奢な掌も、心持ち、それに答えてくれたような――そんな気がした。ルキアンの身勝手な空想かもしれないが、それでも確かに……。


【第26話に続く】



 ※2001年11月月に鏡海庵にて初公開
コメント ( 0 ) | Trackback ( )

『アルフェリオン』まとめ読み!―第25話・中編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


5 過去と未来―交わり始める時間



 ◇ ◇

「そんなことがあったのですか……」
 この短い言葉の背後に込められた底知れぬ思い。ルキアンの口から語られる今日の出来事を、クレヴィスはひとまず聞き終えた。
 クレドールに帰還したルキアンは、シャノンとトビーを医務室のシャリオのところへ連れていった。その後、彼はクレヴィスに呼ばれて艦橋付近の回廊に出向いたのである。
 丸い窓からは、エクター・ギルドの部隊に包囲されたミトーニア市が確認できる。同市では今、ギルドの要求を受け入れるか否か、まさに市民全ての命運をかけた議論が行われているはずだ。
 市内の家々の多くは、おそらく爆撃を恐れて明かりを最小限に絞っているのだろう。それでも漆黒の中央平原の真ん中では、街は蛍の群のごとく点々と輝いて見える。
 ルキアン自身は感情を露わにすることなく、なぜか淡々と話す。
「僕もクレヴィスさんのお話を聞いて納得がいきました。ずっと心に引っ掛かっていたんです。あの《真っ赤なアルマ・ヴィオ》のことが……」
 彼が幻の中で見た獰猛な赤い影。それはクレヴィスにも衝撃を与えないはずがなかった。そう、まさしくあの赤い巨人は――《沈黙の詩》に記され、さらに《塔》で発見された日記により実在のものと判明した――《紅蓮の闇の翼》、伝説の《空の巨人》、つまり《エインザールの赤いアルマ・ヴィオ》かもしれないからだ。
 アルフェリオンがエインザール博士によって作られた《空の巨人》であると、まだ完全に決まったわけではない。けれども何も知らないはずのルキアンが、翼を持った赤いアルマ・ヴィオの幻影を目にするなどとは、偶然にしてはあまりに話が出来過ぎていよう。
 ルキアンの方は予想外に落ち着いていた。
 彼が苦しんだり恐れたりすることを避けるために、クレヴィスたちは《赤いアルマ・ヴィオ》の話をルキアンに敢えて今まで告げていなかったのだが。
「それでは、エインザール博士というのは――敵であるはずの《地上人》を守るために、自分と同じ《天空人》に立ち向かった人なんですね。でもその結果、紅蓮の闇の翼と呼ばれるあのアルマ・ヴィオが、天上界の人々の命を数え切れないほど奪うことになってしまった……」
 ルキアンは無念そうに首を振る。だが彼の面持ち自体は冷静だ。
「博士は、天上界の何がそんなに許せなかったのでしょう? 何がそんなに憎かったのでしょう? でも僕には分かるような気がするんです。エインザール博士だって最初は本当に辛い気持ちで、大切な何かのために戦い始めたんじゃないでしょうか。それに、できることならステリアの力にも頼りたくなかったのかもしれません。だけど結局は憎悪に心を奪われてしまった。そしてステリアの暗黒の力に魅入られ、あの赤いアルマ・ヴィオによって旧世界を破滅に導いてしまった。そんな気がする。なぜか僕は感じるんです」
 多分に想像あるいは妄想を交えたルキアンの推理。興味深げに聞き入るクレヴィスに彼は言った。
「でも、あくまで直感です。本当のところはよく分かりません。他にも色々。あまりにも突然だったから、僕自身、まだ気持ちの整理ができていません。シャノンとトビーのこと、おばさんのこと、あのならず者たちのこと。そしてアルフェリオンとリューヌのこと……」


6 正しい答えが出せないからといって…



 小さめの声で、いつもの頼りなげな表情を見せるルキアン。
 だが彼はおもむろに顔を上げると、今度は明確な調子で語った。
「だけど、ひとつだけ決めたことがあります。これからは――何かの問題にぶつかったときには、まず、ともかく正面から見つめてみようと思うんです。そして諦めずにしつこく食い下がってみて、その時々に、僕なりの《答え》をできる限り出せるように頑張ろうと思うんです。そんなの当たり前だって、笑われるかもしれませんけど」
 クレヴィスは深く頷いた。
「たとえ何が正しくて何が悪いのか、私たちの限られた力では分からないとしても――つまり、人間に正しい答えなど出せないからといっても、そのことが《答えを出さなくてよい理由》になるわけではありません。現実と向き合って生きていく中では、無理にでも自分自身の答えを選び取らねばならない場面が出てきます。そこで自分なりに《決断》することは、己自身に対しての――同時にこの世界に対しての、私たち一人一人の《責任》です」
 夜が更けるにつれて、次第に消え始めたミトーニアの街明かり。それを見つめたままクレヴィスはしばらく黙っていた。
 彼はルキアンの肩に手を置くと、厳かな口振りで話を再開する。
「その責任を自覚しなければ、人は己を見失い、自分勝手に放埒や横暴を行ったり、あるいは日和見的な偽善や欺瞞に流れてしまい、真に《自由》ではいられなくなります……」
 クレヴィスの面差しは普段と同様に穏やかだが、それと裏腹に言葉は厳しかった。柔和さの中にも断固とした熱意が満ちている。
「たしかに私たちは、他人の様々な考え方に対して寛容であるべきですし、常に自らを戒めて偏見を廃し、即断を避け慎重でありたいものです。しかし自分自身の取るべき決断に関する限り、《終わりなき相対性の迷路》の中にいつまでも心地よく居座り続けるなら、それは結果的に無責任だと私は思います」
 目を丸くしたまま聞き入っていたルキアン。彼はつばを飲み込むような仕草をみせた後、どういうわけか茶目っ気のある様子で反応した。
「厳しい――ですね」
 奇妙な表情。少年は幼げな微笑を口元に浮かべている。だが彼の言葉は、落ち着いた雰囲気で紡ぎ出された。
「厳しいけど、そうなんでしょうね。《答え》が見つからない。だけど心の底では、完璧な答えなんて見つかりそうにないと感じている。それでも開き直って、ずっと答えを《探すふり》をし続ける。よく分かります、だって僕自身がそうですから。怠け者が求道者ぶって。そうすれば、現実からうまく逃げられたみたいな錯覚――都合のいい夢を見られるから。不条理な現実とぶつからずに済むし、それでいて自分にも他人にも理屈の上では顔向けできるから……」
 ルキアンは恥ずかしそうにうなずく。今までの自分の弱さを認め、クレヴィスにも同意を求めているように見えた。
「僕は怖かったんだと思います。甘えていたんだと思います。ずっと、そうしていたら楽だったかもしれない。《幸せ》だったかもしれません。だけど今は――答えというのは《向こうから現れてくるもの》ではなく、《自分の手で決めるべきもの》だと考えています」
「ルキアン君……」
「なんて、偉そうなこと言っちゃいましたけど……。僕、口で言うだけなら得意なんです」
 ――笑顔、ですか?
 初めてルキアンの笑顔を見たクレヴィスは、冷静沈着の権化のような彼には珍しいことだが、唖然として口を半開きのままにしていた。
 ルキアン自身、シャノンとトビーの件で深い心痛を抱えているはずなのに、自然と微笑んでしまっていたのだ。辛いからこそ、なのだろうか?


7 変わってゆくルキアン、メイの戸惑い



 悲しげに同情するような、それでいてどこか嬉しそうな微妙な顔つきで、クレヴィスは言った。
「今日の出来事は、永遠に抜けない棘を心に突き刺されたかのごとき、そんな酷い体験だったことでしょう。その結果、などと言うと随分冷たい表現かもしれませんが、ルキアン君は何かをつかんだようですね。今日の日のあなたの気持ち、忘れてはいけませんよ……」
 全くの偶然にせよ、クレヴィスの締めくくりの言葉は、あのときリューヌが口にしたそれと同じものだった。
「また後であなたに色々と聞きたいことがあります。申し訳ありませんが、私はそろそろカルと指揮を交代しなければいけませんので、これで……。あの頑丈な男にも少しは仮眠を取ってもらわないと、明日からの戦いに差し支えます」
 立ち去ろうとするクレヴィスに、ルキアンは一礼した。
「お忙しいところ、ありがとうございました。それでは僕も……。本当はシャノンやトビーと一緒にいてあげたいのですが、診察中に入ってきてはダメだと、シャリオさんがおっしゃってましたから」
 再びお辞儀すると、くるりと身を翻して駆け出すルキアン。
「僕、アルフェリオンのところに行ってきます。もっとあのアルマ・ヴィオのことを知りたいですから。中の仕組みとか、ガダック技師長に色々と教えてもらわなきゃ」
 少年のほっそりした背中を見つめ、クレヴィスは微笑をたたえている。

 艦橋に戻ろうと歩き始めたクレヴィス。
 すると彼に後ろから追い付き、並んで話しかける者がいた。
 その素っ頓狂な声はメイだった。彼女はルキアンの方を顎でしゃくる。
「何、あれ?」
「さぁ……。どうしたのでしょうね」
 クレヴィスは意味ありげに笑っている。
「全然違う人みたい。変だと思わない?」
 メイは自分の頭を小突きつつ、大げさな身振りで言った。
「墜落したときに頭でも打ったのかな?」
「ふふ。それはいけませんね。では彼もシャリオさんに診てもらわないと」
「何だかなぁ……。妙にハキハキしてるし。ルキアンのくせに!」
 悠然としたクレヴィスとは対照的に、メイは盛んに喋り立てる。
 クレヴィスはにこやかに同意するのみ。
 と、メイが急に真顔になった。歩幅の違うクレヴィスをせわしく追いかけ、彼女は腕を引っ張って止める。あの彼に対してこんな乱暴な振る舞いをするのは、たぶん世界中でもメイぐらいのものだろう。
 立ち止まって小首を傾げるクレヴィス。
 メイは彼を見上げて懇願するような目をしている。
「正直、ちょっと不安なの。あの子が物凄い早さで変わっていくのを見ていると……。だって、あたしたちがコルダーユでルキアンと初めて出会ってから、まだ1週間もたってないんだよ!?」
 メイはさらに続ける。
「最初に会ったとき、なんて分かりやすい子だろうと思った。真面目で、引っ込み思案で、神経過敏で、思い込みが強くて。でも今じゃ、あたし分からない――これからのルキアンの姿が」
 べそをかいているような顔つきで、メイは態度に困ってうつむく。
 クレヴィスが優しく告げた。
「彼自身にも、誰にも分かりませんよ。未来のことなど……。ルキアン君を心配してくれてありがとうございます。これからも彼をよろしく頼みましたよ」
 彼は少し姿勢をかがめ、目を細めてメイを見た。
「それにメイ、あなたもそろそろ休んでおかないと。こんなところで油を売っていてはいけません。今日もよく頑張ってくれましたから、疲れたでしょう?」
 どことなく、ふてくされた子供を思わせるメイの様子。
 彼女は心の中でクレヴィスに向かって問いかける。
 ――どうしていつも誰にでもそんなに優しいの? だけどあなた自身は、この世界の中でひとり、舞い降りた天使のように超然として透明な存在……。
 離れていくクレヴィスを一瞥し、メイはうつむく。
 震える肩先。彼女は小さな声でつぶやいた。
「でもあなただって、心に深い傷を抱えているのに……」


8 シャリオの戦い(前)



 ◇ ◇

 薬品臭の漂う白壁の空間を――痛みが静かに支配していた。
 重々しい空気が医務室に垂れ込め、圧倒的なまでの悲壮感は、中にいる者たちの心を押し潰そうとする。
 だが、その重圧と必死に対峙する2人の女性がいた。ここはまさしく彼女たちにとっての戦場だ。
 白衣がわりの簡素な僧衣をまとったシャリオが、目を見開いたまま立ちすくんでいる。見事な黒髪を結い上げ、露わになった首筋や横顔からは、多分に血の気が失われていた。
 フィスカの声も今ばかりは重く沈んでいる。看護助手の彼女は、シャリオの傍らで薬や器具の準備に忙しい。
 診察台に寝かされた血だらけの少年は、ぐったりとして身動きひとつしない。半死半生の状態でクレドールに収容されたトビーであった。
 明るい室内で見ると、少年の無惨な姿は、練達の戦士でも目を覆いたくなるような変わり果てたものだった。
 獣が人間を襲うときには、獲物の息の根を少しでも早く止めるために、致命的な箇所を狙って襲いかかるという。だが、あのならず者たちは正反対だった。逆に獲物の死の苦しみを長引かせることこそ、彼らにとっては楽しみを長持ちさせることに他ならないのだから。
 時に人間は野獣よりも遥かに冷酷な生き物となる。あの傭兵たちも、自らの残忍な喜びを満足させるため――たったそれだけのために――人の皮を被った魔獣の群れと化したのである。
 トビーをここまで運び込んできたルキアンは、もちろん彼の酷たらしい有り様を直視できなかっただろう。だがシャリオは医師として、あるいは神聖魔法の施術師として、その地獄と向き合わねばならないのだ。

 沈鬱な雰囲気の中、シャノンのすすり泣く声が背後から聞こえてくる。
 時折、フィスカが心配そうになぐさめるが、効き目は無に等しかった……。
 虚ろに怯えたシャノンの目には、ルキアンに見せたあの生き生きとした光はもう戻らないのだろうか? 悪漢たちからの陵辱によって受けた心の傷は、底知れぬほど深く、癒え始める気配すらなかった。

 長い溜息の後、不覚にもシャリオは目まいを感じ、がっくりと肩を落とす。
 そのまま倒れかねない様子だったため、フィスカが慌てて支えた。
「シャリオ先生、お顔の色が……」
「大丈夫です。すみません、フィスカ。弱気なところを見せてしまって」
 シャリオは悔しそうに首を振った。彼女はフィスカに耳打ちする。
「わたくし、神殿にいた頃には、主に病気にかかった人の治療を担当していたものですから。暴力によってこれほど酷たらしい姿にされた身体を目にしたことは、あまり……。でも、いけませんね。仮にも飛空艦の医師が、こんなに情けないありさまでは」
 シャリオの指先はなおも震えている。長衣の胸元が上下するのが分かるほど、彼女の息も荒い。正直な話、驚きと怖気で頭の中が真っ白になっているのだ。
 ――まだ若いフィスカのような子でさえ、必死に冷静さを保っているのに。いい年をした神官の私が取り乱してしまって。情けない!
 いかに神殿で施療に携わった経験があるとはいえ、シャリオは、ずっと聖域の中で書物に埋もれて過ごしてきた純粋培養の人間である。何の因果かクレドールに乗り込むことになるまで、彼女自身は俗世の汚れとは無縁の存在だったろう。
 そんな彼女にとって、ならず者たちがトビーやシャノンに行った暴虐の数々は、おぞましさのあまり口にもできないものだった。


9 シャリオの戦い(後)



「でも負けられません。これは私の戦いですもの。争い事をあれほど避けていたルキアン君だって、どんなに心を痛め、悲しい思いをしながら悪人たちと戦ったことか……」
 決意の表情。両手を胸に当て、シャリオは大きくうなずいた。
「頑張りましょう、フィスカ。私たちは私たちにできる方法で、信じるもののために手を尽くさなければ」
 シャリオは首から下げた聖なる護符を握り締める。いついかなる時も彼女が慣れ親しんできた、その冷たい金属の肌が、半ば条件反射的に正気を取り戻させた。
 ささやくような祈りの後、彼女は毅然とした声で言う。
「少し手の込んだ儀式魔法を使います。フィスカ、私の指示に従って下さい」
「ま、マホウですかぁ? 手術じゃなくて……」
「ほらほら、早く。遊びではありませんよ」
 気を取り直して聖杖を構えると、そのまま目を閉じるシャリオ。
「まずは下準備として、この部屋の中を清め直します」
 シャリオは杖の先で床に円を描く仕草をした。その輪の中にフィスカを押し込むような身振りをした後、彼女は小瓶を手に取り、聖別された水を何度か振り撒いた。
「わたくしが合図するまで、このサークルの中から決して出てはいけません。しばらく辛抱してください」
「はい?」
 フィスカは興味津々でシャリオに近づこうとするが、鋭くたしなめられてしまった。当然と言えば当然だ。素人が魔法の儀式に関わる場合、何事にも慎重に振る舞うに越したことはない。
 シャリオの使う術は神聖魔法なので、滅多な危険はないはずだが――ある種の系統の呪文を用いる場合であれば、術の最中に魔法陣から一歩でも出てしまったが最後、召喚された霊的存在に魂を持っていかれてしまうこともあり得る。
 精神を集中し、呪文の詠唱に入り始めたシャリオは、普段とうって変わって恐ろしいほどの威厳に満ちている。やはり《準首座大神官》の位は伊達ではない。その神々しさには身震いしそうだ。
「あ、あのぉ、今の先生、何だか怖いですぅ。いつもと違うんですけど……」
 あのフィスカでさえもシャリオの崇高なオーラに圧倒されてしまい、息を飲んで突っ立っている。
 トビーの吐息が苦しげに聞こえてくる。その弱々しい呼吸さえ、今にも途絶えそうな姿……。
 シャリオは眉間に皺を寄せ――おぞましき虐待の跡も生々しい少年の身体を、いまだに目を反らしそうになりつつも、必死に見つめようとする。トビーの傷に自らも痛みを覚えるような気持ちで。
 ――どうしてこんな酷いことを? 人間を、他人を馬鹿にしないでください。このように自分勝手な横暴がまかり通る、現在のオーリウムを変えるために、そして穏やかな毎日や秩序を取り戻すために、私も私なりのやり方で全力を尽くします。それが無意味で孤独な試みではないということを、思い出させてくれたのが……あきらめを熱意に変えてくれたのが、このクレドールです。今、船のみんなも精一杯に頑張り、自分自身の戦いを貫いている。
「だから、私も――負けません!」
 シャリオが決意を込めて手をかざすと、膨大な魔力が光となって集まり、さながら黄金色に輝く霧のようにトビーに降り注いだ。
 凄惨な状況とは裏腹に、神聖魔法の慈悲深き恵みは、あくまで穏やかだった。
 聖なる癒しの光。シャリオの静かな戦い……。


【続く】



 ※2001年11月月に鏡海庵にて初公開
コメント ( 0 ) | Trackback ( )

『アルフェリオン』まとめ読み!―第25話・前編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


  憎しみや怒りに惑わされることなく、
  内なる闇と永遠の静寂の果てに、
  冷徹な心の目を開いて時代(とき)を見よ。

◇ 第25話 ◇


1 爪痕



 多数のティグラーの残骸が、暗がりの中で燻り続けている。
 その光景を見下ろすように悠然と立つアルフェリオン。
 機体のハッチが開き、シャノンの手を引いてルキアンが降りてきた。
 春とはいえまだ冷たい夜風が、2人に向けて無慈悲に吹きつける。
 たったいま戦場となり、荒れ果てた農園が満月の光に照らし出されていた。
 幸せに満ちていたあの家も崩れ落ち、黒く焼け焦げている。
 シャノンは無言で震えたままだった。
 否、アルフェリオンの凄まじい戦いを目の当たりにしたことにより、彼女は新たな恐怖感に追い打ちされているようにもみえる。
 何とかして励ましてやりたいと思ったルキアンだが、今の時点では自分に何もできないことを認めざるを得なかった。
 呆然と、無感情に、自らの涙を流れるままに任せているシャノン。
 その表情を目にしていると、ルキアンは不意にメルカのことを思い出した。あの打ちひしがれたメルカの様子が、脳裏によみがえる。虚ろな目をしたあどけない少女の姿が、今のシャノンと重なって見えた。
 ――いつもそうだ。僕は何もしてあげられない。誰かの心を動かす言葉も持っていない。誰かの気持ちを和らげるような暖かな腕のぬくもりも、僕にはないらしい。ごめん、シャノン、僕がこんな人間で……。でもそれが僕だから。
 自責の念に打ちひしがれつつも、他方でルキアンは、どうしようもなく投げやりな気分になった。自分自身にすら不可解な感情。
「トビーを探さなくちゃ!」
 彼は何かを取り繕うように、わざと大きな声で口にする。
 トビーを巻き込む危険を事実上忘れ、アルフェリオンをここで暴れ狂わせてしまったことに、ルキアンは今さらのように苛まれ始めた。
 ――僕は本当に勝手で、呑気で、鈍感な人間だ。もしトビーを踏みつぶしてしまっていたら、何と言ってシャノンに詫びれば……。
 この期に及んで言い訳がましいのは承知の上だった。祈るような気持ちで、ルキアンは周囲に視線を走らせる。
 どこを見ても、徹底的に叩きつぶされたアルマ・ヴィオの装甲や、生体兵器特有の生々しい体内器官の残骸ばかり。それらが焼けた異臭もひどい。
 だが、よく目を凝らしてみると、崩壊した家の脇に何かが横たわっている。
 ゴツゴツした金属片とは違う。人間の影だ。
「トビー!!」
 少年の体を抱き起こしたルキアンは、一瞬、思わぬ感覚にその身を震わせた。布地の手触りではなく、肌と肌とが接する感触が伝わる。
 言葉を失うほど酷い有り様だった。ならず者たちは面白半分にトビーの服をはぎ取り、何ひとつ守ってくれるもののない彼の身体に、よってたかって暴力を加えたのだ。
 それでも生きてくれていて本当によかった。幼い少年の体温が伝わってくる。
 ルキアンは複雑な気持ちで胸をなで下ろす。
 気が付くと――ルキアンの右手に生暖かいものが、べっとりとこびり付いていた。懐から新しいチーフを取り出し、ルキアンは少年の額を拭う。
 トビーの顔。黒く見えるのは血だ。血塗れだった。
「酷すぎる。どうしてこんなことを……」
 あまりの悲惨さに、ルキアンはただうつむくしかない。
 無垢な少年は、生きているのが不思議なほどの暴力を受けていたのである。
 むき出しにされた背中には、鞭や棒で打たれた傷痕が数え切れないほど残されている。
 顔も痣だらけで、半開きで血を流す唇。歯も何本か折れていた。
 何度持ち上げても力なく垂れ下がる腕には、ならず者たちに煙草を押しつけられた跡がある。
 さらに悲惨な仕打ちの爪痕も見つかるかもしれないが――これ以上のことを知るのが恐ろしくて、ルキアンは目をそらしてしまう。


2 ギルドの船



 今のところ生きているとはいえ、トビーは虫の息だ。
 素人のルキアンには全く容態が分からない。もしかしたらトビーがこのまま息絶えてしまうのではないかと、ルキアンは危惧する。
 ――多分、骨も折れているだろう。内蔵は大丈夫だろうか。血が出すぎて死んでしまうかもしれない……。どうしよう。どうしよう。
 動転しかけたルキアンだったが、そのときシャリオの顔が頭に浮かんだ。
 ――そうだ。シャリオさんに診てもらえば……。あの人は大神官だから、いざとなれば瀕死の人間を蘇生させる魔法も使えるかもしれない。トビーが生きている限り、シャリオさんなら何とかしてくれる!
 闇の中に灯る光のごとき、何ものにも代え難い希望。
 しかしシャリオにトビーの治療を頼むとすれば、新たな困難がルキアンに降りかかる結果となる。取りも直さず、それは――シャノンやトビーを、彼らの憎むべき敵であるギルドの船に乗せることを意味するのだ。そしてルキアンが自分たちの大切なものを奪う敵であるということも、彼らに公然と明らかになってしまうのだから。
 今までわざと隠していたわけではない。だがその事実が露呈することは、ルキアンにとってシャノンたちを裏切ることのように思えた。
 ――だけど、このままではトビーが……。
 ルキアンの腕の中で、少年の命の炎は次第に尽き果てていく。
 迷っている暇はない。
 ――僕がギルドの船に乗っていることは事実なんだ。理由はどうあれ、ギルドがナッソス家と戦っていることも、紛れもない現実なんだ。そして何よりも、今こうして、可哀想な1人の男の子が死んでしまうかもしれない……それは本当に起こっていることなんだから!
 ルキアンは覚悟を決めて、トビーを抱えたまま歩き出した。
 少女のように華奢なルキアンの体は、頼りなくふらついている。それでもルキアンは懸命に両手で支える。
「トビー……」
 あれ以来、初めてシャノンが口を開いた。聞き取り難いほど細い声で。
「大丈夫、生きている。だけどこの傷では……。シャノン、突然ごめん――あの、こんな酷い傷でも治してくれそうなお医者さんを知っているんだ。その人に診てもらえば、きっと……」
 猜疑の眼差し。シャノンはルキアンに頷かなかった。
 まだショックから到底抜け出すことができず、彼女には何もかも不審に思えるのかもしれない。今のシャノンには、目に映るもの全てが恐ろしいのだ。
「心配ない。本当だよ。そのお医者さんはとても優しい女の人で、おまけに偉い神官なんだから。僕もよく知っている。信じて! お願い、僕を信じて」
 《信じて》と言う自分が、実はもっと大きな裏切りを隠し持っていることに、ルキアンの胸は張り裂けそうになった。
 それからしばらく、ルキアンはシャノンを怯えさせないよう細心の注意を払いつつ、クレドールまでトビーと一緒に来てほしいと懇願した。
 ただし場所が《ギルドの船》であるとは、どうしても言えなかったが。


3 無性に懐かしく感じられた声…



 シャノンたちをアルフェリオンの乗用室に乗せたあと、ルキアンは重苦しい心持ちで《ケーラ》の扉を開く。
 一刻を争う時であるにもかかわらず、ルキアンの動作はためらいがちだった。ケーラの底に敷かれた赤いクッションに、彼は悲壮な顔で横になる。
「結局、これで何度目だろう。このアルマ・ヴィオに乗るのは……」
 ルキアンは生身の《口》でその声を発した後、アルフェリオンの機体へと意識を乗り移らせた。
 そう言えば、何処へ去ってしまったのか、リューヌの声はもう聞こえない。
 呼べばいつでも現れる――そう告げた彼女。しかし今、敢えて呼び出してみる気にはなれなかった。
 ――念信、クレドールに届くだろうか? とりあえず呼びかけてみよう。
 昼間の戦いの最中、アルフェリオンがどこに墜落したのかは定かでない。現在、クレドールが何処に移動しているのかも不明だ。いや、クレドールがあの戦いで沈み、もはやこの世に存在しない可能性も(少なくともその後の経過を知らないルキアンにとっては)あり得る。
 電波による通信に比べ、念信の届く範囲は非常に限られている。遠距離から連絡を行う場合は、いくつもの受信地点を介してリレーのように中継しなければならない。
 ――ミトーニア付近にいるのなら、なんとか連絡できるはずなんだけど。
 ルキアンは、クレドールの白い船体を心細げに思い浮かべた。
 ――やっぱり無理なのかな。もしかして……。
 何かというと最悪の状況を連想してしまう自分に、彼は辟易する。
 だがそのとき、心の中に言葉が湧いて出た。
 ――こちらクレドール。そちらの所属と名前は?
 自らが還るべき船の名前を耳にして、ルキアンはひとまず安堵した。だが落ち着いて考えてみると、念信に出たのは全く聞き慣れぬ声である。
 セシエルのそれではない――初対面のときには冷たい事務的な口調に聞こえるのだが、それも慣れるとかえって彼女らしいと微笑ましく思えるような、あのセシエルの声音ではない。
 ――こちら、アルフェリオン・ノヴィーアのルキアンです。えっと、ギルドの正式なメンバーではありませんが。その、セシエルさんは……?
 相手は若い男らしい。今の状況が状況だけに、彼の声も険しい印象だった。だがルキアンの名を聞いた途端、堅苦しい口振りが不意に柔らかくなる。
 ――ルキアン君? 君が、あの噂のルキアン君かい?
 ルキアン自身が返事をする間もなく、相手の男は続けた。
 ――《実物》、いや、失礼……《本人》と話ができるなんて嬉しいぜ! セシエルはいま、明日の戦いに備えて仮眠中だ。今晩は俺が代わりに念信を担当している。よろしくな。
 男はブリッジクルーの1人だったようだ。何某とかいう名前を告げられたが、早口でよく聞こえなかった。
 しばらく沈黙があった後、別の人間が――ルキアンのよく知っている声が応対に出た。
 ――ルキアン君、無事で良かったです。いや、あなたなら大丈夫だと信じていた、という方が適切でしょうか。すぐに救援を差し向けることができず、申し訳ありませんでしたね。
 ――クレヴィスさん! はい、大丈夫です。いま僕はミトーニア郊外の……座標は、えっと……。
 クレヴィスの声が無性に懐かしく思えた。ルキアンは少し涙ぐんでしまう。
 ――我々の艦隊は、ミトーニア市より少し南の上空にいます。そのまま接近して来てくれれば、改めて誘導しますよ。まぁアルフェリオンは良く目立ちますから、こちらの《複眼鏡》からもすぐ視認できることでしょう。
 ――ありがとうございます。急ぎます! それで、あの……。
 ルキアンは躊躇したが、シャノンとトビーのことをクレヴィスに伝えた。


4 もう「仕方がない」とは言わない



 ◇

 ルキアンは、仲間たちの待つミトーニア近郊へと早速向かうことにした。アルフェリオンのステリア系器官を起動すれば、ものの数分で到着できるだろう。
 そう、ステリアの力を使ったならば……。ルキアンは不意に考え込む。
 ――感じる。こうしていると、ステリアの力を感じる。闇の向こうで煮えたぎっているのが分かる。まるでステリアが待っているみたいだ。僕が憎しみに駆り立てられ、地獄の蓋を開けてしまうのを。そうなったら一気に溢れ出て、全てを飲み込もうと待ちかまえている。
 何気なく、それでいて重大な試みが彼の頭にひらめいた。
 偶然の思いつきのようであっても、それは、ある意味で必然の成り行きだったのかもしれないが。
 ――今までは僕が激しく感情を爆発させたとき、ステリアの力が発動した。コルダーユでも、パラミシオンでも、そしてさっきの戦いでも。だけど怒りに心を奪われちゃだめだ。
 気持ちを静めようと、何度も念じるルキアン。
 ――冷静に、冷静になるんだ。
 瞑想。カルバのもとで魔法の修行をしていた場面を思い出し、精神統一する。
 ――そうだ。いい感じ。もしかして、この自然体の心のままでも、ステリアの力を起動することができるんじゃないだろうか?

 紅蓮の甲冑をまといし巨人。輝く炎の翼を背負った死の天使。あの真っ赤なアルマ・ヴィオの獰猛な影が、脳裏によぎった。
 怒りと憎しみの象徴。おそらくそれはステリアの力の化身?

 ――いけない。ステリアの力に心を奪われれば、いつか僕もアルフェリオンも、あの《赤い巨人》のようになってしまうかもしれない。この世界に災いをもたらし、破滅に導く者に変わってしまうかもしれない。旧世界を滅ぼしたステリアの呪いに、僕らはもう魅入られてはダメなんだ。
 ルキアンは、精神の淵の奥底に怒りを封じようとする。
 けれどもそれは限りなく困難な業だった。
 ――闇を恐れるのでもなく、闇に身を委ねるのでもなく、暗黒と静寂の中へと冷静に自分を投げ入れ、僕の心の闇を飼い慣らすんだ。ひとつになるんだ。静かに、もっと静かに……。

 すると、アルフェリオンの機体がうっすらと光を帯び始めた。
 月光を浴びてきらめく銀色の鎧。
 その凍てついた輝きだけではなく、機体自体が淡い黄金色の光を放っている。

 ――その調子。もしかして、上手くいく? 落ち着け。焦っちゃ駄目だ。心の中を無に。憎しみを忘れ、だけど決意を胸に刻み……。

 ステリアの膨大な魔力が白銀色の装甲に満ちる。
 あまりに強い魔法力は、暗闇の中で火花を散らしそうなほどに高まっていく。

 ――今まで僕は、この世界が自分の理想とあまりに食い違っているために、現実をありのままに見つめることから逃げてきた。そして、ついに目を背けることができなくなったとき、僕はやり場のない怒りに身を委ねることによって、恐怖や困惑を押さえ付けようとした。だけど、それではダメなんだ。どんなに《あってはならないはず》のことであろうとも、目の前で実際に起こっている出来事ならば、それを現実として見据えていかなければ。

 ルキアンは自分に言い聞かせる。意外に気持ちは激昂しなかった。
 むしろ心地よい高揚感のようなものはあっても……。

 ――でも《現実を直視すること》と《現実を肯定すること》は、似ているようで全く違う。僕はもう、《仕方がない》なんて言って何もせずに逃げたりはしない。この現実が《それが現実だから》ということ自体で、それだけで正当化されるのなら、僕はおかしいと思う。だから……どんなに絶望的でも、どんなに怖くても、泣きながらでもぶつかってみせる!

 今までにステリア系が起動した時とは、機体の様子が明らかに異なる。
 どこまでも静かなのだ。
 強大な力を全身に漲らせ、恐ろしいほどの霊気の波をまといながらも、さながら静まり返った夜の海のように、神々しく穏やかそのものである。

 ――なぜなら僕にもクレヴィスさんの言うことが、ほんの少し分かったような気がするから。いつか……穏やかでありたいと望む人みんなが、ずっと優しく微笑んでいられるようになったら、どんなに素敵だろう。せめて、そんな小さな安らぎだけは誰にも奪われないような……そういう心ある時代が来てほしいと思うから。ただの夢でも、永久に絵空事でも構わない。結果なんて関係ない。その理想のために自分も何かすることができたという、一瞬一瞬の、単純な事実の積み重ねが僕には大切なんだ。だって僕自身、永遠じゃないんだから。そう、僕が戦うのは……。

 悠々と夜空に向かい、羽ばたき始める6枚の翼。
 最後に兜のバイザーが下に降り、アルフェリオンの顔を覆い隠す。

 ――優しい人が優しいままでいられる世界のためなんだ!!

 ルキアンの決意と共に、銀の天使の目に光が灯る。
 青白く……。
 憎悪に燃えるあの赤い眼光ではなく、それは透き通った青い輝きだった。


【続く】



 ※2001年11月月に鏡海庵にて初公開
コメント ( 0 ) | Trackback ( )

『アルフェリオン』まとめ読み!―第24話・後編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


9 解き放たれた闇、暴走するステリアの力



 ◇

 アルフェリオンは野獣のような動きで飛び回り、敵を引き裂き、踏みつけ、暴れ狂った。今やその姿は恐怖の対象でしかない。
 光に満ちた天の騎士ではなかった。
 いや、地上に遣わされた御使い、死の天使かもしれぬ。
 ――よくもシャノンに酷いことを。よくもおばさんを、あんなに良い人だったのに……。許さない。絶対に、許さない!!
 ルキアンの凄まじい憎悪。
 攻撃を続けるにつれ、彼の怒りが沸々と煮えたぎった。
 清冽な義憤というのは、純粋であるが故にかえって人を残酷にもする。
 アルフェリオンも、もはや《暴走》の域に入っている。
 敵を殲滅するまで戦い続ける、文字通りの生体兵器だ。
 機体に漲るステリアの力は、そうした《兵器》としてのアルフェリオン本来の能力を呼び覚まし始めている。
 アルフェリオンの手が変形し、5本の爪が刃物さながらに伸びる。
 おそらくパラディーヴァと融合したせいであろう、旧世界のナノテクノロジーの結晶たる《マキーナ・パルティクス》の力が開放されているのだ。その働きにより、アルフェリオンは機体の組織を自在に変化させ、乗り手の意思や周囲の状況に応じて刻々と変形することが可能なのだ。
 鉤爪、いや、5本のブレードを生やした手がティグラーの頭を掴み、首を引きちぎった。横になぎ払った腕が、さらに飛びかかってくる相手を両断する。
 ――思い知れ! お前たちが苦しめた人々の痛み!!
 ルキアンは心の中の闇を解き放つ。リューヌに言われたように……。
 コルダーユの海戦の後に感じた悔悟の念も、ステリアの力を二度と使わぬというあの誓いも、何もかも負の感情に押し流されていく。
 アルフェリオンが竜のような雄叫びを上げ、兜の前方部分が開く。
 牙だ。兜の下に隠されていたのは、恐竜を思わせる禍々しい口だった。
 恐るべきことに、今のアルフェリオンは猛獣に等しい戦い方をしている。
 魔法や剣など必要なかった。その爪で敵を切り裂き、その超硬質の牙で喰らっていると言ってもよい。これでは魔物そのものだ。
 ――いなくなってしまえ! 消えてしまえっ! 消えろ!!
 ルキアンは常軌を逸していた。もはや獣の本能に捕らわれた狂戦士だ。
 このような殺戮など、彼は決して望んでいなかったはず。
 それでも目の前の敵を残らず血祭りに上げるまで、彼自身にも止めることはできないだろう。戦いの意思を。破壊への衝動を。
 だが、その激情が最高度にまで達したとき、ルキアンは奇妙なものを見た。


10 幻の意味は? 大地に降り注ぐ破壊の光



 リューヌを呼び出したときと同様に、あまりにも鮮明な幻が脳裏に浮かぶ。
 しかしそれは、彼にとって全く見覚えのないものだった。

   折れ曲がり、半ば崩れ落ちた高き塔――あの四角い《クリエトの塔》が
  無数に立ち並ぶ廃墟。
   突然、廃墟は閃光に包まれ、次の瞬間には炎が一面に広がっていた。
   何かが空の彼方から降り注いでくる。
   天から大地までを貫く光の柱が、無数に屹立しているかのように見えた。
   雲間から投げ落とされる雷光の槍が、瞬く間に廃墟を荒野に変えていく。
   この情景はどこから来た悪夢? それとも幻視?――世界の終わりを。

 少年の胸の奥で、地獄を描き出す絵巻はさらに続いていく。

   地平線が見えた。
   赤茶けた大地。吹き抜ける風が土埃を巻き上げ、視界を遮る。
   ひび割れた地表に転がる獣の遺骸。
   半ば砂に埋もれた山羊の頭蓋。
   不毛の荒野の向こうに、点々と建物が見えた。
   煉瓦を積んだだけの粗末な家々が、小さな集落を形づくっている。
   日焼けした男が、細い棒を手に牛の群れを追い立てていた。
   赤ん坊を背負った母親が、井戸から水を組み上げている。
   そこには人々の生活があった。この苛酷な状況の中でも。
   小さな男の子がやせこけた子犬を腕に抱いて、納屋の横から姿を見せた。
   彼はぼんやり突っ立ったまま、果てしなく広がる砂と岩だけの世界を
  見つめていた。
   幼い少年は遠い目でルキアンの方を見た。
   表情のない顔。心の光を失った瞳。
   骨と皮だけになった腕の中、子犬が弱々しく鳴いた。
   そのとき……。
   あの破壊の光がここにも降り注いだ。
   赤く乾いた大地が、無数の《雷》によって引き裂かれる。
   極限にまで荒廃した砂漠が、さらに酷く、いびつな凹凸に変容していく。
   巨大な光の柱のひとつが、小さな村の真上にも落ちた。
   少年と子犬は、死の恐怖を感じる余裕すらなく一瞬で消し飛んだ。

   また場面が変転し、今度は星空が開けている。
   どこまでも続く暗黒の空間。
   宝石の粒をばらまいたかのように、無数に光り輝く星屑。
   不思議なものが眼下に見えた。
   途方もない大きさの水色と緑色の球体。
   何故か、その水色が海を、緑色が大地を表していると直感した。
   だが緑の大地は、枯れた茶色に食い尽くされつつある。
   再び視線を周囲に戻すと、鋼の城塞のごときものが幾つも浮かんでいた。
   闇の空に漂うそれらは、どうやら砲台に似た役割をしているらしい。
   あの水と緑の球体に向かって、何百、何千という砲列が火を吹く。
   雷撃弾と似ているが、それとは比較にならぬほどの電光が発射される。
   さきほどの《いかずちの雨》の正体は……。

 そう気づいたとき、ルキアンは心の底から憤怒を感じた。
 ――どうしてそんなことをする? みんな死んでしまうじゃないか! 人だけじゃない。動物や草や木だって。海も森も山も、全て……。
 なぜ見知らぬ世界の光景に、ここまでの憤りを覚えるのだろうか。彼自身にもその理由は分からなかった。
 ――止めるんだ。止めろ。何なんだ、何なんだ、お前たちは!?


11 憎悪の果て…禁断の赤いアルマ・ヴィオ!



 だがこの本能的な憎しみの感情を、ルキアンはすでに知っていた。
 今のようなやり場のない怒りを前に一度感じたことがある。
 あのときと似ている……。
 《パラミシオン》の《塔》で、忌まわしい人体実験の秘密を知ったとき。
 《塔》を護る《アルマ・マキーナ》を相手に戦ったとき。
 全ては旧世界に対する、漠然とした、それにもかかわらず果てしなく深い憎悪と同質のものだ。彼がそう気づいたとき、夢幻の風景が揺らぎ、闇の果てに真っ赤なものが見えた。

   煉獄? その深淵に燃えるそれは――業火?
   炎は自らの意思を有しているかのごとく、燃え盛り、激しくうねった。
   あたかも怒りの情を体中で表現するように。
   火の勢いがさらに強くなり、それは閃光と化して視界全てを飲み込んだ。
   と、轟々と燃える火焔の向こうに何かがいた。
   巨大な人影のような。
   人の形をした――純粋な紅、鮮血の色、おぞましい赤の闇。
   地獄の魔物? そうではない。
   信じがたいことに、それはアルマ・ヴィオだった。
   真紅の甲冑で全身を覆った巨人。
   流れ行く凶星のごとく、その背後に広がる紅蓮の光。
   真っ赤に尾を引く火焔を従え――翼のように。

 この異様な幻の意味することは、ルキアンには理解できなかった。
 だが彼は理由もなく確信した。
 ――あれは何か恐ろしい、災いをもたらす、あってはならない存在だ。正直言って怖い。怖かった。だけど、どこか抗し難い力も感じた。僕の心は、あの巨人に惹かれていたのかもしれない。赤いアルマ・ヴィオに。憎悪を象徴するかのような、炎のごとき、紅蓮の翼を持つものに。
 ――はっ!?
 ルキアンは我に返った。
 ――僕は、つい今まで、怒りのあまり……。
 アルフェリオンの手から、ティグラーの頭部が転がり落ちる。
 それが最後の1体であったようだ。今さらながらルキアン本人は気づいた。
 再び静まり返った夜の農園。
 周囲を見て愕然とするルキアン。
 ――これは、これは……僕が1人でやってしまったのか?
 アルマ・ヴィオ9体分の残骸が辺りを埋め尽くしている。
 しかも個々の機体の破損状況が尋常ではない。森の獣が獲物を食い散らかした後のようだった。
 凄絶な戦いの跡地には、ただ夜風が吹き抜けていくばかり。
 残り火が点々とくすぶっていた。


12 はじめての世界―アレスの旅の始まり



 ◇ ◇

 風のない星空のもと、あたかも時が止まったかのように、夜の大地は音という音全てを失っていた。その静けさは神秘的ですらある。
 闇と静寂とが完全にひとつになる。そこに自らの身を置くとき、人は大自然の懐の深さを肌で感じることだろう。
 果てしなく続く、音も色もない漆黒の世界。
 そのただ中に小さな明かりがぽつんと灯っている。
 立ち枯れた木の下で、赤々と燃える焚き火。その炎を囲み、ヤマアラシのような髪型の少年と、彼と同じ年頃の金髪の少女が座っていた。少年の傍らには狼に似た動物の影も見える。
 灌木まじりの荒野が、彼らの周囲にうっすら浮かび上がる。
 ここは中央平原の北端付近――緑豊かな平原中部・南部とは様相が幾分異なり、まばらな草地の間で茶色い地肌がむき出しになっていた。
「寒いのか? 分かる? さ・む・い・か?」
 肩をすぼめてじっとしているイリスに、アレスが尋ねる。
 返事が戻ってこないのは仕方がない。だがイリスは微かな反応すら見せなかった。もし言葉が話せたとしても、彼女はどのみち無口で無機質なのかもしれない。
「ちぇっ。変なヤツ……。まぁ、ちっとは慣れてきたけどな」
 隣に寝そべっている相棒・レッケの毛皮をなでながら、アレスは苦笑いする。
 荒々しい肉食獣の姿に、鋭い一本角を持つ魔獣《カールフ》だが、こうして丸くなって居眠りしているところを見ていると、犬にそっくりだ。
 アレス自身にしてみれば、むしろ暖かな夜だった。ラプルスの峰々に囲まれた寒冷な高山地帯に比べれば、平野部の気温は相当に高い。何しろ彼の村の付近では、真夏でさえ雪がちらつく日もあるのだから。
「妙な感じだな。こう、だだっ広いと……。右も左もずーっと、どこまでも目線を遮るものがない。真っ平らで、山も丘もなくて、なんかスカスカして気になる。山の上から見ていた平野も広かったけど、こうして実際に来てみると、やっぱりデカい。でも海って、この平地よりもっと大きいんだろ。信じられないぜ」
 今日、広大な平野というものを、アレスは生まれて初めて体験した。
 彼は細い枯れ枝を手に、落ち着きのない様子で薪を突っついている。枝の先端が焦げ、じわりと火が滲んで消える。
「イリスの姉ちゃんを、チエルさんを早く助けなくっちゃな。パラス騎士団の奴らが連れ去ったんだから、もしかしてチエルさんはエルハインの都に捕らわれているんだろうか? 急がないと、あの意地悪な《革女》が、チエルさんに酷いことをするに決まってる!」
 真っ暗な平野の彼方を睨むアレス。
 決してあるとは言えない知恵を絞って、彼はチエル救出の手だてを考える。
「でもいきなり王様の城に出かけたところで、取り合ってくれないだろうし。駄目だ駄目だ! 逆にパラス騎士団に見つかってしまう。それにしても、パラス騎士団が出てきたってことは、あれは王様の命令だったんだろうか? まさか、そんなワケないよな」


13 血塗られた手で救いをもたらしたもの



 イリスは、立ち枯れ木に背中を寄せかけ、目を閉じたまま黙っている。
 そんな彼女の姿をちらりと見た後、アレスは懐から紙切れを取り出した。
「母ちゃんが教えてくれた、ジャンク・ハンターのブロントンか……。このブロントンって人に会うために、どっちみち、まずエルハインに行ってみないと始まらないってことだ」
 旧世界の遺産を発掘し、売りさばくことを生業とする《ジャンク・ハンター》も、エクターと同様に自分たちのギルド(=《ハンター・ギルド》と呼ばれる)を作っている。ブロントンという男は、エルハインのギルドに属する腕利きの発掘人らしい。
 アルマ・ヴィオやそのパーツ(器官)の売買をめぐって、エクターとジャンク・ハンターが深い関わりを持っているのは周知の事実だ。アレスの父もブロントンと頻繁に取引をしており、2人は単なる商売相手を超えた親しい仲であったという。
「小さい頃、俺も何度か会ったことがあるはずなんだけど……。よく覚えてないな。なんか、ひげ面のごっついオヤジじゃなかったか?」
 亡夫の友であり、裏表の世界についての情報通でもあるブロントンなら、何らかのかたちでアレスの助けになってくれるのではないか――そう思い、母のヒルダは息子にブロントンの家を教えたのだ。
「ともかく眠い。そろそろ寝よっと。明日も頼むぜ、イグニール」
 背後にそびえ立つ深紫のアルマ・ヴィオに、アレスはVサインをしてみせた。もちろんエクターが乗っていない今、旧世界の超竜《サイコ・イグニール》からの返事はない。

 そのときだった。
 イリスが不意に身を起こし、青い目をかっと見開いたのだ。
 遠くを――見えるはずもない荒野の果てを眺めたきり、彼女は身じろぎもしない。
「どうした、イリス? いきなりそんな顔して」
 彼女の指先が震えている。怯えた眼差しはアレスを通り越し、どこか離れた場所に向けられたままだった。
 少女は何かに恐怖を感じている。しかし肝心の恐怖の対象となり得るものが、周囲には全く存在しない。万が一、野獣や盗賊が付近の闇に潜んでいるのなら、真っ先にレッケが気配を嗅ぎ付けるはずだ。
「大丈夫だってば。俺たちにはイグニールがあるんだぜ。無敵、無敵!」
 アレスは脳天気にそう言うと、呑気にイリスの肩を叩く。
 だが彼女は本能的な不安を御することができず、心の中で叫んでいた。
 ――確かに鼓動を感じた。まさか、あり得ない!! でもあれは……。
「イリス、落ちつけよ。もし悪者が出てきたら俺が守ってやるから」
 心強い台詞を口にしながらも、事情を全く理解していないアレス。
 ――いつかまた、あの赤い翼が空を駆け、憎しみの炎が全てを焼き尽くす!?
 イリスは愕然と空を見上げる。感情とは無縁だったはずの彼女の表情に、露骨なまでの動揺、恐怖の思いが浮かんでいた。
 ――血塗られた手で救いをもたらしたもの。悪魔にして救世主。《空》を落とした死の天使! もう、あなたの力は必要ないのに。あのとき永遠に眠ってくれればよかったのに……。なぜ!?


【第25話に続く】



 ※2001年10月~11月に鏡海庵にて初公開
コメント ( 0 ) | Trackback ( )

『アルフェリオン』まとめ読み!―第24話・中編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


5 古の契約、黒き翼のパラディーヴァ



 極悪非道の暴漢一味も、あまりに残虐な出来事に吐き気を覚えた。
 しかも、何があったのかも分からないまま、彼らの仲間は殺されていたのだ。こんなことができるのは魔法しかあり得ないが、呪文を唱えた様子もない。
「あ、悪魔か!? そんな馬鹿な、助けてくれ!! お願いだ!」
 人間が太刀打ちできる相手ではなかった。あの大男が必死に助けを請う。
 だが《彼女》は無表情に、緩やかな動作で右手を掲げた。
「私は悪魔ではない。《パラディーヴァ》だよ……」
 どこまでも静かな――それでいて、魂の底から恐怖を感じさせる声で彼女は言った。
 その言葉が終わるや否や、何の前触れもなく大男は激しい炎に包まれる。
 奇妙なことに火は決して周囲に燃え移らず、彼だけを焼き尽くす。
 断末魔の叫びが聞こえた直後、そこには黒こげの骨のみが転がっていた。
 残りの者たちはひたすら逃げまどう。
 太々しい悪人づらなど、もはや見られなかった。野獣に襲われた羊の群のように、彼らはただ慌てふためき、青い顔で右往左往するだけである。

  ◇

 その光景はルキアンの目にも映った。
 ――何? 何が……。
 彼はようやく気が付き、凄まじい殺戮のただ中に投げ込まれた。
 壁や床、辺り一面が血に染まり、どぎつい死臭が渦巻く。
 だが、この修羅場よりもさらにルキアンを驚かせたものは――目の前にいる、見覚えのある人影だった。
「翼を持った、あの黒い服の……」
 様々な思いが胸の奥で一度に去来する。愕然と座り込むルキアン。
 黒衣の女は人間めいた雰囲気を露わにし、感慨深く告げた。
「ようやく私を呼び出してくれたのですね。わが新たな主よ。永劫にも等しい時を経て、こうして出会うことができるとは」
「呼んだ? 僕は、何も……」

 彼らが言葉を交わしたとき、ならず者たちが隙を見て逃亡しようとした。
 しかしパラディーヴァというものは、どこまでも冷徹なようだ。
 幻か? 無数の黒い羽根が、吹雪のように周囲の空間を埋め尽くす。
 ルキアンが目を凝らしてみたときには、おぞましい現実だけが残されていた。
 悪漢たちの姿は跡形もなく、切り刻まれ、赤く染まった肉の山が……。
 床を埋め尽くしていたのは、もはや人の身体ではなかった。

「な、何をするんだ!? 酷いじゃないか!!」
 思わず怒りの目で睨むルキアン。
 黒衣の女は不思議そうな顔をすると、ルキアンを見つめたまま首を傾けた。
「わが主よ、全てはご命令に従ったまで。こうするために私を召喚したのも、あなた自身です」
「そんな、知らないよ!? 何を言う? 僕は殺せなんて、殺せなんて……」
 ルキアンは急に口を閉ざした。
 あの幻は、夢などではなく本当のことだったのだ。
 ――やつらを殺したいと僕は願ってしまった。それは確かだ。何てことを、何という取り返しのつかないことを、僕は!!
「そう。それが私を呼び出すための鍵だったのです。さきほど本気で誰かを殺したい、と生まれて初めて思いましたね? それが古の契約に定められた条件でした。私があなたのもとに、こうして姿を現すための……。中途半端な気持ちでパラディーヴァを使う者は、いずれその力に溺れて滅びます」
 霞のように漂いながら、黒衣のパラディーヴァは言う。
「今日の日のこと、深く心に刻まれよ……。私の名は《リューヌ》。名前を呼ばれれば、私は直ちに主のもとに姿を現し、ご命令に従います」


6 理想と目の前の人間…守るべきは?



 ならず者たちが消え去った後、残された血の海。
 そこに横たわる人の姿に、ルキアンは胸が張り裂けそうな思いで目を向けた。
「シャノン? そんな……。シャノン!!」
 無惨に辱められた彼女の姿を、ルキアンは直視することができなかった。
 愛らしい顔はひどく殴られ、腫れ上がっていた。
 あの生き生きとした輝きを失い、宙を見つめる虚ろな目。
 力を失い、だらりと伸びきった手足。
 繊細な白い肌に血の跡がこびり付いている。
 彼女は動くこともなく、仰向けになったまま転がされていた。

 悲しくて、悔しくて、可哀想で、ただ涙が止まらず……。
 もはやルキアンには感情を言葉にすることさえ叶わなかった。
 発狂したかと思われるほど、異様な叫びをルキアンが上げた瞬間。
 壊れそうになる彼の心を、背後に立つリューヌが支えた。
 リューヌが側に居ると、何故か理由もなく、本能的な安堵感に包まれる。
 彼の感じやすい心は破れずに済んだ。

 突如、強烈な揺れが彼らを襲った。
 窓ガラスが割れ、壁土がパラパラと崩れる。すぐそこで耳をつんざくような爆発音が轟いた。
「さきほどの者たちの仲間です。外にアルマ・ヴィオが9体」
 リューヌが機械的に告げる。
「このままじゃ崩れる! 早く逃げなければ。でも外に出たら、あいつらのアルマ・ヴィオにやられてしまう!!」
 パニックになりかけたルキアンに、リューヌが冷静に言う。
「心配は要りません。あのようなアルマ・ヴィオなど、すぐ片づきます……」
 さらなる砲撃が加えられた。屋根を支える柱や壁は、悲鳴を上げている。
「ともかく、このままでは下敷きになる!」
 ルキアンはシャノンに駆け寄り、抱き起こす。彼は自分のフロックを脱ぐと、彼女に肩から掛けた。
「このままじゃ死んじゃうよ! 今は動いて、生きて、シャノン!!」
 人形のように固まった彼女の手を取り、ルキアンは戸口に近づいた。
「せめて、アルフェリオンがあれば……」
 壊れた扉の向こうに、うなり声を上げるティグラーの群が見える。
「もうそこまで来ています。わが主よ」
 夜の大地をリューヌが指差す。
「そんな馬鹿な。アルマ・ヴィオが勝手に動くなんて」
 ルキアンは信じ難いといった様子で目を凝らしてみる。
 暗くてよく分からない。リューヌには見えているのだろうか。
「今から私たちはアルマ・ヴィオの中に転移します。ただし、わが主よ。私と《融合》した時点で、アルマ・ヴィオの《ステリア》の力は自動的に開放されてしまいます。それでも構いませんか?」
「それは……」

一瞬、躊躇したルキアンだが、彼はもう迷わなかった。
 ――あのならず者たちが押し掛けてきたときだって、僕が本当に撃っていたら、シャノンやトビーだけでも逃げられたかもしれなかったんだ。今、その過ちは繰り返したくない。
 彼は目を見開き、痛々しい諦念のこもった声でつぶやく。
「僕は、甘かったかもしれない……。もちろん、人はいつか分かり合えるという、僕の理想を捨てるわけじゃない。でも、少なくとも《理想》という命を持たぬものを守り通すために、《生身の人間》の犠牲に見て見ぬ振りをするなんて、僕には正しいとは思えない。だから、これからの僕は――時には笑顔や穏やかな気持ちを捨てて、時には理想に背いても剣を取る。結局、人間は不完全な存在なんだ。言葉だけでも、剣だけでも、《優しい人が優しいままでいられる世界》を築くことなんてできない」
 ルキアンは真に決意を固めた。
「構わないよ、リューヌ。ステリアの力を開放して」
「分かりました。それでは《転送陣》を描きます」
「リューヌ、全くの直感なんだけど――旧世界でアルフェリオンを創造した人だって、本当はステリアの力なんかに頼らずにいたかったんだと、僕は思う。だけどやっぱり、みんなが優しく穏やかに暮らしていけるように、必要だったから、ステリアの力をアルフェリオンに組み込んだのだと思う……」
 ルキアンはシャノンを安心させようと、そっと抱きしめた。
 彼女は無言で体を小刻みに震わせている。
 瞬く間に、2人の足元に光の魔法陣が描き出される。
 見たこともない呪文が、細かく書き込まれたサークル。旧世界の魔法だ。
 リューヌがルキアンたちを翼で包むと、3人は光となって消えた。
 直後、獣のような、いや、竜を思わせる咆吼が夜の平原に響き渡る。
 アルフェリオンだ。
 パラディーヴァと融合し、真のステリアの力を覚醒させた銀の天使。
 ――よくもシャノンを……。もう、お前たちの悪行は繰り返させない!
 ケーラに横たわるルキアンは、断固として言った。


7 人の争いを見つめる、人にあらざる存在



 ◇ ◇

「見るがいい……。これは紛れもない事実だ」
 陰鬱な声が響くと同時に、闇の中にアルフェリオン・ノヴィーアの姿が映し出される。6枚の翼を背負った外見自体は普段と変わらない。だが白銀色の甲冑の上に異様な妖気をまとうアルフェリオンは、これまでと同じ機体には到底思えなかった。
 鬼火が青く揺れる――輝きながらも、どす黒い影が宙の裂け目から湧き出しているかのような、魔性の炎。翁を模した黄金色の面が、妖しい灯火の向こうで鈍く光っている。
 この《老人》のマスクは、どこか道化師と似た雰囲気も合わせ持つ。笑い顔のまま表情を変えることのない仮面は、それだけにいっそう薄気味悪い。
「感じるであろう? 今にも荒れ狂わんばかりの《ステリア》の鼓動を」
 生者をあの世に誘うという、死霊の歌を彷彿とさせる声色。どうやら《老人》の黄金仮面の口から出たものらしい。
 別の誰かが軽い感嘆の念を込めて答えた。
「有り得ぬことだ、と言いたいところだが……。確かにこのアルマ・ヴィオは、忌々しい《黒き翼のパラディーヴァ》と融合している。一体、何故に?」
 奇妙に長いくちばし――あるいは鼻にも見えるが――を持つ、《鳥》の黄金仮面だ。機械的な口調の《老人》とは対照的に、こちらは他人を嘲笑うような冷淡な含み笑いを伴っている。
 《鳥》の仮面は続けた。
「《マスター》に命じられない限り、パラディーヴァはアルマ・ヴィオと融合できぬもの。だが《彼女》のマスターはすでに死んでいる……。それも遙か昔、人間どもの言う《旧世界》が崩壊した際に」
「では、新たなマスターが現れたと?」
 そう尋ねたのは、両目の穴以外には何の造作も施されていない仮面――それは強いて言えば、剣技の訓練の際に被る防具を連想させる。また鎧の騎士のように見えなくもない。《兜》の黄金仮面と呼ぶのが適当だろうか。
 と、枯れ木の鳴るような声で《兜》の言葉を否定する者がいた。
「第二のマスターか? 冗談が過ぎる……。同一の《霊気周波》をもつ人間が2人も存在することは、およそ考えられまい。ましてや、ちょうど今の時点にその者が現れるなどと」
 《魔女》の仮面の台詞だ。
 その面相は美しいと言えなくもないのだが、男のように彫りの深い顔と極端に突き出した顎からは、やや不自然な印象を受ける。本来は若い女を表現したマスクであるにもかかわらず、眺めれば眺めるほど老婆に見えてくるのも空恐ろしい。
 暗黒の空間に浮かぶ映像に変化が起こる。
 睨み合いを破り、2、3体のティグラーがアルフェリオンに猛然と突撃した。
 黄金仮面たちは興味深げに見入っている。

 ◇

 量産タイプに過ぎないティグラーも、さすがに陸戦型だけあって足は速い。
 疾風のごとく三方に散り、連携して攻めてくる鋼の猛虎たち。
 一対一ならともかく、多くの陸戦型を相手にすると汎用型は分が悪い。基本的にスピードが違いすぎるのだ。
 ならず者たちのティグラーは軽装の突撃タイプなので、なおさら素早い。
 遠巻きにし、飛びかかったかと思うとまた離れ、魔法金属の牙と爪がアルフェリオンに襲いかかる。
 ――大体、たった1体で9体の敵に戦いを挑もうなんて、頭がおかしいんじゃないか?
 ――俺たちゃ傭兵だ。素人が手を出すと怪我するぜ!
 最初はアルフェリオンの放つ威圧感に押されていた悪漢たちだが、たちまち余裕を見せ始める。
 しかし、それは途方もない勘違いだった。
 今まで微動だにしなかったアルフェリオンが、電光のごとく飛び出す。
 ほとんど同時に爆発が起こった。
 腕を突き出したままの銀の天使。その前には炎を上げるティグラーの残骸。
 ――み、見えなかったぞ? 今のは……。まさか魔法か!?
 すぐ隣で爆炎が上がるのを目にして、敵のエクターが戦慄する。
 彼のティグラーが回避の姿勢を取ろうと足を踏み出したとき、白銀色の腕が目の前に迫り、その掌が機体に接した瞬間――またも爆発が起こった。
 MTソードも持たず、MgSも発射せず、わずか一撃で破壊。
 どのような攻撃をしているのか、相手方には見当も付かない。


8 「審判の日」―仮面たちの予言?



 ◇

「あのアルマ・ヴィオ、ステリアの力を体表から直接に放射している」
 《兜》の黄金仮面が言った。
 半ば楽しげに《老人》の仮面が応じる。
「さよう。あれが触れた途端、ステリアの波動が敵の機体に浸透し、物質界の次元で破壊するのは勿論のこと、その背後にある霊的結合すら寸断する。強力な《次元障壁》を張るか、あるいは《屈曲空間》に包まれていない限り、防御は困難……」
「銀のアルマ・ヴィオの乗り手がステリアの力を相当使いこなしている、と言わざるを得まい。今のうちに手を打たねば、先々、禍根を残すことになろう?」
 アルフェリオンが1体、また1体とティグラーを片付けていくのを睨みながら、《魔女》が告げた。
 大方の黄金仮面たちも、その言葉に同意したように見えた。
 だが《老人》はおもむろに首を振る。
「いや。今、我らには他にしなければならぬことがある。無駄な時間を割く必要はない。あのパラディーヴァ、《封印》のおかげでかなり無理をしておる。我々が手をくださずとも、今のままでは遅かれ早かれ自滅するだろう」
「そうだな。もし他のパラディーヴァであったなら、封印から抜け出るだけでもエネルギーを使い尽くし、消滅しているところだろうが」
 漆黒の広間に、《鳥》の黄金仮面の冷ややかな笑い声が響いた。
「やはり恐るべし、黒き翼のパラディーヴァ……」
 《兜》の仮面がそう付け加えると、他の者たちも頷く。
 わずかな間、沈黙が周囲を支配した。静寂に包まれると闇はなおさら深く感じられる。
 やがて《魔女》の枯れた笑い声がこだました。
「だが所詮は無駄なあがき。あの封印が解かれぬ限り、時の流れは誰にも変えられはしない。今の世界の人間たちには決してできぬだろう。封印を解き、あの《災厄》を再び招くかもしれぬという危険を、敢えて冒すことは……」
 首領格らしい《老人》が言葉を継ぐ。
「その通り。彼らは――たとえ他人の苦しみや世の危機を見過ごしてでも、ともかく自分と仲間に災いが飛び火せぬよう腐心する。人間どものそのような習性から考える限り、封印が破られることはおそらく有り得ず、従ってこの世に我々を止める手だてもありはしない。愚かな人間どもは、自分たちに重大な選択が突き付けられていることすら自覚せぬまま、今度こそ《審判の日》を迎えるであろう」
 残りの黄金仮面たちも低い声で何事かささやき、賛同の意を示す。
 彼らはみな、裾が床に着くほど長い赤紫のローブで全身を覆っている。そのうえ頭からフードを被っているため、素顔どころか体の一部たりとも露出されていない。長衣の下は実は空っぽではないかとさえ思わせるような、とにかく不気味という言葉に尽きる連中だ。
「そのためにも《大地の巨人》の覚醒を急がねばならん。メリギオスという男、いましばらくは好きなように泳がせておけ……」
 《老人》の言葉が終わるや否や、闇を飛び交っていた鬼火が一斉に消え、仮面の存在たちも何処へともなく去った。


【続く】



 ※2001年10月~11月に鏡海庵にて初公開
コメント ( 0 ) | Trackback ( )

『アルフェリオン』まとめ読み!―第24話・前編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


  暗き淵に、すなわちその蒼き深みに宿りし光が
  憎しみの炎となりて、真紅の翼はばたくとき、
  終末を告げる三つの門は開かれん。(「沈黙の詩」より)

◇ 第24話 ◇


1 守りたい、それでも戦いを避けたい…



 ルキアンの心中では怒りが恐怖を上回り始めていた。
 生まれて初めて、鋼の切っ先を人間に向ける。
「どうして……。どうして、こんな酷いことをするんですか?」
 沢山のならず者たちと対峙するルキアン。
 足元には、シャノンの母の哀れな亡骸が横たわっている。
 だが野獣同然の男たちは、この凄惨な状況にも何ら罪悪感を覚えていないどころか、むしろ心底楽しそうに、歪んだ笑い顔を見せる。
「どうしてかって、そりゃ楽しいからに決まってるだろうが!」
 ならず者の1人がそう答えると、他の仲間たちがゲラゲラと笑った。
 下品な笑いが部屋中に響き渡る。
 ルキアンは思わず《やめろ》と叫びたくなった。だが彼は、反対に低く押し殺した声で言う。
「楽しい? 楽しい、ですか? 人が苦しむのを見てどこが面白いんですか。人が死んだんですよ! おばさんが、おばさんが――何をしたというんです? 何の罪もない人を殺すなんて……」
 拳を握り締め、生気を失った声でつぶやくルキアン。
 賊たちは、そんな彼の目の前でからかうように剣を振り回したり、口笛を吹いたりしている。そして誰かがわざと強調するように言った。
「罪もない? だから面白いんだよ。バーカ! ついさっきまで平和に暮らしていたヤツが《どうして?》という顔で死んでいくのが――あれを見てると、やめられないってーの」
「おかしいよ……。あんたたちは狂ってる」
 静かな声の下に、ルキアンは爆発しそうな怒りを押しとどめている。
 ならず者たちがそんな彼の様子を茶化した。
「そんなへっぴり腰で剣を突き付けられても、怖くも何ともねぇんだよ!」
「まったくだ。ごちゃごちゃ言ってる暇があったら、ちっとは自分のことを心配した方がいいんじゃないか? てめぇらだって、今からさんざんなぶり者にされるんだよ。何の罪もねぇのにな。あぁ、可哀想。ギャハハハハ」
 彼らのリーダーらしき男が、下卑た笑みと共にシャノンを指差す。
「ここのお嬢ちゃんには前から目を付けてたのさ。なんでも、心の優しい純真な娘で、おまけに結構な美人だと評判らしいじゃねぇか。そんな素敵な噂を、この俺様たちが放っておくわけないだろうが」
 そう言ってリーダーが目配せすると、悪漢たちは武器を手にしてルキアンたちの方へとにじり寄る。
「ル、ルキアンさん!」
 ならず者たちから欲望でぎらつく視線を浴びせられ、シャノンは鳥肌を立てた。彼女は嫌悪感のあまり顔を強張らせ、表情を失っている。
 今やルキアンのか細い肩だけが、彼女を守る唯一の楯だ。
 ――守らなきゃ。僕が絶対にシャノンを守らなきゃ!
 シャノンの暖かな心遣いの数々が、ルキアンの脳裏によぎった。
 ルキアンは硬直して動かない足を懸命に踏み出し、暴漢たちの前に立ちはだかる。
 肩に力が入りすぎて震えている。剣の刃がカタカタと鳴るほどだった。
 彼は怯えていた。敵を怖がる以上に、凶暴な鉄の塊を生きた人間に突き立てるという行為に対し、とてつもない戦慄を感じているのだ。
 喉が渇いて声も出ない。立っているだけで精一杯だ。
 ならず者たちは罵声を上げ、荒っぽく武器を振り回し、じわじわと距離を詰めてくる。ルキアンたちの恐れおののく様子を楽しむために、わざとゆっくり迫っているらしい。
 ――戦うしか、戦うしかない!? で、でも……。
 憎しみに身を任せることが、こんなにも難しいものか――ルキアンは己を呪わずにはいられなかった。この期に及んで、彼の本心はまだ流血を避けようと考えているようだ。
 ――なぜ分からないんだ! 戦わなきゃいけないのに。それでもまだ、戦いはダメだって、どうして、どうして僕は……。
 なおも戸惑うルキアン。
 とうとう破れかぶれになり、彼は絶叫して剣を振り上げた。
 だが……。
 その直後、体中に火傷のような感触が走り、彼は激痛にまみれて床に倒れた。
 手足が胴に付いているのが不思議なくらい、凄まじい痛みだ。
 体中から血が流れている。銃弾によるものか刃物によるものか、そんなことは分からない。とにかく多数の攻撃がルキアンに襲いかかったのである。
 血塗れになって伏した彼を見て、シャノンはショックのあまり言葉を発することすらできず、ただ口を開けて座り込んでしまった。
 ならず者たちがニタニタと薄ら笑いを浮かべて近づく。


2 シャノンの危機、ルキアンの後悔…



「姉ちゃんに手を出すな!!」
 今まで隅で震えていたトビーが、リーダー格の男に力一杯ぶつかった。
 幼く非力な少年はたちまち投げ倒されてしまったが、ならず者たちとシャノンとの間に倒れたトビーは、なおも賊たちの足に組み付いてわめき立てる。
「出て行け! 人殺し!!」
 あまりに頑強なトビーの抵抗に、悪漢たちは彼の髪の毛をつかんで引きずり起こした。彼らの目は、食事を邪魔された猛獣さながらに血走っている。
「このクソガキが!」
 何発も殴りつけた後、リーダーが腹立たしそうに吐き捨てる。
「おい、お前ら。遊んでやれ」
 隅の方にいた下っ端らしき者たちが数名、ぐったりしているトビーを外に放り出す。その後、しばらく彼の悲鳴が続いたが、やがて何も聞こえなくなった。
「やめろ……。やめるんだ……」
 ルキアンは、かすれた声でうわごとのように繰り返す。だが血を流したまま床に転がっている以外、彼には為す術がなかった。
 ――僕に、僕に戦うための呪文が使えたら……。
 彼は今頃になって後悔する。たとえ身体が動かなくても、呪文ひとつで敵を倒すことは十分可能なのだ。
 他人を傷つける攻撃呪文を嫌い、わざわざルキアンは、実験専門の魔道士カルバのところに弟子入りしたのだが。それが裏目に出てしまった。

 ならず者数人がシャノンを取り押さえようとする。
 恐怖のせいで開き直ったのか、シャノンは一転して気の強さを見せた。
 彼女は食卓の上にあったナイフを手にする。
 父から多少は剣術を仕込まれたのだろう――ただ闇雲にナイフを振り回すのではなく、近寄ろうとする相手に対して意外なほど鋭く突きかかる。その動きはルキアンよりもよほど巧みだ。
 最初はシャノンの抵抗を面白がっていた暴漢たちだが、そのうち1人が彼女に切り付けられ、大げさな悲鳴を上げた。
 だが、彼女の決死の反撃は、かえって彼らを凶暴化させてしまった。
「ねぇちゃん、そこまでだ。得物を捨てな!」
 手強いとみた暴漢たちがシャノンに銃を向ける。
 彼女は、肩で息をしながら武器を構え続けていた。
「いやよ! どっちみち、後で私を殺す気なんでしょ。馬鹿にしないで」
 シャノンは勇敢で誇り高かった。
 彼女を無傷で捕らえようと思っていたならず者たちだが、脅しは通用しないと分かったのか、ついに本気で襲いかかる。
 シャノンに剣の心得があろうと、短いナイフだけを武器に沢山の荒くれ男と戦うのは難しい。しかも運悪く、動きづらいスカートを履いている。
 壁際まで追いつめられた彼女に、次々と刃が突きつけられた。実際には身も凍るほどの恐怖を感じているのだろうが、彼女は震えながらも敵を睨み付ける。しかし、こうなっては万事休すか……。
「あっ!」
 わずかな隙にナイフを叩き落とされ、シャノンは丸腰になってしまう。
 男たちの中には、彼女に傷を負わされた者も何人かいた。その結果、彼らは手負いの獣さながらにますます凶悪な態度を取る。
「見かけによらず、とんでもないじゃじゃ馬だぜ」
「俺たちに血を流させるとはいい度胸だ。たっぷり可愛がってやるから、覚悟はいいか」


3 「心を解き放ちなさい、闇を私に…」



「やめろ! シャノンに手を触れるな!!」
 ルキアンは幽霊のようにふらふらと立ち上がる。
 自分のどこにこんな力が眠っていたのか、彼自身にも分からない……。
 しかし何もできぬまま、いとも簡単に鈍器で殴られ、再び倒れてしまう。
「シャノン……」
 霞んでいくルキアンの視界の中、シャノンは最後まで抵抗している。
「いや! 触らないでよ! 放して!!」
 ルキアンはなおもシャノンの名を呼んだが、その声はあまりに弱々しく、音にならなかった。
 意識が無くなっていく。
 彼は沢山の血を流しすぎた。全身の痛みも耐え難い。
 シャノンの無垢な笑顔が目に浮かんだ。
 その笑顔を護ってやれない自分。絶望、いや、それ以上の憎しみ。
 ――本当は、みんな優しいままで笑っていたいんだ。だけど、お前たちのような奴がいるから……。
 ルキアンの理性が薄れていくにつれ、逆に憎悪の炎が激しく燃え始めた。
 すると突然、幻が見えた。

  長い黒髪を垂らし、うつむいたままの女がいる。
  光の届かぬ暗闇の中。亡霊のように。

 しかしシャノンの悲鳴が、ルキアンを再び現実に連れ戻した。
「やめて!! ルキアン、助けて! ルキアン!!」
 卑劣にも大勢の男たちがシャノンに飛びかかる。
 彼女は逃れようとして必死に暴れるが、何人もの屈強な暴漢たちに腕や脚を押さえられ、身動きできない。
 シャノンが暴行されようとしているところを目の当たりにして、ルキアンの怒りと憎しみは頂点に達する。
 それに応じるかのように、また幻覚が浮かんだ。

  しっとりと濡れた髪が、蛇さながらにうねり、宙に舞う。
  幻の中の女が顔を上げた。
  彼女は何とも言えぬ不思議な表情をしていた。
  子供を思わせるあどけなさ。聖者のごとき崇高さ。
  そして、悪魔のような冷酷さ。
  それら全てがひとつに解け合ったかのような……。
  彼女の目がルキアンを見据えたとき。
  否、ルキアンが彼女の眼差しに心を奪われたとき、あの《声》が聞こえた。
  ――憎いのですか?
  ――もちろんだ。
  ――殺したいと思いますか?
  ――殺してやりた……。いや、僕は、僕は……。
  ルキアンは寸前のところで《殺したい》と言わずに留まった。

 瞬間、シャノンの絶叫が響き渡った。
 ならず者たちの毒牙にかけられ、狂ったように泣き叫ぶシャノン。
 罵声や嘲笑が飛び交う。

  我を忘れたルキアンに、《声》がもう一度尋ねる。
  ――殺してやりたい?
  無言のままのルキアン。
  今度は彼自身が幻影の世界に取り込まれたようだ。
  何かが舞い降りる気配がした。
  大きな鳥を思わせる翼の音。
  ひんやりとした手がルキアンの手を握る。氷のように冷たい感触。
  《人ではない》――ルキアンはそう直感した。
  しかし、どういうわけか、得も言われぬほど心が落ち着く気もした。
  柔らかな両の翼でルキアンを抱くように、不思議な存在は背後に立った。
  ――この感じは? なんだろう、安らかな……。
  一瞬、全てを忘れて身を委ねかけたルキアン。
  あの《声》が耳元で聞こえた。
  ――心を、解き放ちなさい。
  忘我のルキアンは、機械仕掛けのようにうなずいた。
  ――そう。あなたの闇を……。私に……。


4 降臨 闇の守護者



  ルキアンの肩に手が置かれる。
  黒髪が頬に触れた。それもまた不気味なほどに冷たかったが。
  ――本当は、穏やかなままでいたいのでしょう?
  ――うん。
  幼子のような口調で即答したルキアン。
  ――可哀想に。でも、もう泣かなくていいのよ。
  声の主は、ルキアンの頭を丁寧になでた。
  ――ねぇ。どうすれば、みんなが穏やかに笑っていられるのかしら?
  ――僕、知ってるよ。
  いつの間にか、ルキアンは子供に還っていた。
  ――あのね、いなくなればいいんだ。
  ――誰が?
  ――悪いやつだよ。そうすれば、みんな笑っていられる。
  透き通るような指先が、ルキアンの腕に沿って動いた。
  傷が癒え、体の痛みが消えていく……。
  幻の中であるにもかかわらず、身体の感覚に現実味があった。
  ――もう痛くないでしょう?
  ――うん。ありがとう。
  彼女の手がルキアンの体に触れていくにつれて、全身の傷痕が無くなり、
 苦痛も嘘のように和らいでいった。
  ――あなたにこんなに酷いことをした人たちも、悪い人なのね。
  ――そうだよ。悪いやつだと思う。
  ――いなくなってしまえばいい?
  ――うん。みんなを苦しめるやつは、消えてしまえばいい。
  ルキアンは抗しがたい力に取り巻かれ、恍惚としている。
  狙い澄ましたように、彼女はあの質問を再び繰り返した。
  ――殺してやりたい?
  ――《うん》。
  迷うことなく、ルキアンは認めてしまった。

  ◇

 血だらけになって床に倒れていたルキアンが、ふらりと起き上がる。
 ならず者たちが異様な気配に気づき、振り返った。
 ルキアンは涙を流したまま、ぼんやり突っ立っている。
 その目は正気の光を失っているように見える。
 悪党たちは、ルキアンのことなどほとんど意にも介さなかったが……。
「まだ起き上がる力が残ってたのか? お前なんかお呼びじゃないぜ」
「こっちはお楽しみ中なんだ。邪魔するな!」
 何者かに憑依されているかのごとく、危うい足取りで歩き出したルキアン。
「なんだ、まだやる気か!?」
 熊のような大男がしわがれ声で怒鳴った。
 だがルキアンは何の反応も示さず、黙って彼らに近づく。
 その不気味な雰囲気に気後れしたのか、別のならず者が慌てて言う。
「へ、へへ。お嬢ちゃんを助けるっていうんなら、ちょっと手遅れかな。な、なんとか言えよ。聞こえねぇのか?」
 その間にも、ルキアンは剣の届く間合いにまで入っていた。
 大男が棍棒を手に威嚇する。
「懲りないヤツだな。またぶちのめされたいのか……。な、何だ、あれは!?」
 信じがたい光景を前にして、図太い悪人も顔色を失った。
 ルキアンの背後に人影のようなものが浮かんでいる。
 翼の生えた背の高い女だ。あの黒衣の……。
「ゆ、幽霊だ! 化け物!!」
 大男の声があまりに真に迫っていたため、ならず者たちは一斉に振り向いた。
 黒衣の女は、あたかも映像のように、目には見えても実体を持っていない。
 ふわりとルキアンの前に降り立った彼女は、抑揚のない声でつぶやく。
「わが新たな《主(マスター)》よ。お待ちしていました。私は《古の契約》に従い、あなたの手足となり、剣となるよう定められていた者」
「お、お、お前は何者だ!?」
 突然、恐怖に駆られたならず者が銃の引き金を引く。
 だが信じられない事が起こった。
 黒衣の女の手前で銃弾が停止したかと思うと、瞬時に霜が付いたように凍結し、硝子玉も同然に砕け散る。
「愚かな……」
 彼女は微かに目を細める。
 ならず者の手にした銃が同様に凍り付き、彼の右手ごと木っ端微塵になった。
「い、いてぇよ! 兄貴、助けてくれ!! 痛い!」
 右腕を失った男がのたうち回る。
 黒衣の女は口元を緩める。
 その冷酷極まりない笑みを目にした者たちは、恐怖のあまり、金縛りにあったように動けなくなる。
「痛い? そうか。楽にしてやる……」
 彼女がそう言った途端、足元に転がってわめいている男は、体内から破裂して弾け飛んだ。
 その跡には人の形すら残っていない。血と肉片が散らばるのみ。


【続く】



 ※2001年10月~11月に鏡海庵にて初公開
コメント ( 0 ) | Trackback ( )

『アルフェリオン』まとめ読み!―第23話・後編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


6 セレナの怒り! 卑劣なメリギオス大師



 ◇ ◇

 何処とも分からぬ薄暗い城の中に、高い靴音が響いていた。
 黴びたような、湿っぽい匂いのする石造りの廊下。
 急いた歩みに合わせて甲冑や剣も鳴っている。
「お待ち下さい!! ここから先は何びとも通すなと……」
「困ります、どうかご容赦を!」
 何人もの男たちの声がした。
 暗がりの中、ランプの明かりに白い胸甲が光った。
 ざわめきの最中、凛とした女の声が響く。
「通して下さい。私はパラス・ナイツの1人として彼女に用があります!」
「ですから、ライエンティルス様のご命令なのです。たとえパラス騎士団の方であっても、と……」
 10数名の兵士たちと、鎧をまとった女が押し問答している。
 肩口で切りそろえた金色の髪と、青いイヤリング、気高い面差し。このような陰鬱な場所には似合わぬ美しい女性だが、他方で沢山の兵士たちを圧倒するほどの気迫を放っている。
 彼女、セレナ・ディ・ゾナンブルームの姿は、あたかも冷たい闇の中に投げ込まれた松明(たいまつ)のようであった。
「愚かなことを。元々パラス騎士団には序列などありません。私はファルマスの部下ではないのですよ。無礼な!」
 清楚で知性的な、それでいて高雅な哀しみを漂わせる彼女の表情に、今や怒りが露わになる。
 兵士たちは思わず後ずさった。セレナがひとたび剣を抜けば――いや、魔道騎士である彼女は、ただ一言の呪文で彼らを永久に黙らせてしまうことさえできるのだから。
 隊長らしき男が進み出て、丁重な様子でセレナにささやく。
「我々の方も、この首がかかっているのでございます。どうかお引き取りを。これはファルマス・ディ・ライエンティルス様のご命令だけではなく……」
 彼はそこでセレナに耳打ちした。
「ご存じではありましょうが、メリギオス猊下のご命令でもあるのです」
 その名前を耳にしては、セレナもひとまず足を止めるよりほかなかった。
 と、廊下の奥から女の高笑いが聞こえてくる。
「あら。誰かと思えばセレナじゃないの。私のせっかくのお楽しみを、いや、大事な任務を邪魔しないでほしいわね」
 相変わらずの高慢な物言いとともに、黒い皮の衣装を身につけたエーマが姿を現した。
「帝国軍も国境にかなり迫ってきたようだし、あの旧世界の娘から《大地の巨人》の起動方法を早く聞き出さないと、大変なことになるわよ。あんた、今の状況が分かってるの?」
 真っ赤な前髪をかき上げ、粘り着くような眼差しで見つめるエーマ。
 セレナの厳しい視線がそれとぶつかった。
「だからチエルさんに会わせて。もう一度、私が彼女を説得してみるから!」
「せっかくだけど、それは無理な相談よ。特にセレナとダンはここから先に決して入れてはならないと、誰かさんも言ってたことだし……。確かに、ご高潔なお嬢様や単純な熱血馬鹿には見せない方が良い場面もあり得るからね」
 嫌悪感のあまり、セレナは声を震わせる。
「は、恥を知りなさい! パラス・テンプルナイツの名に泥を塗る気なの!? もしもチエルさんに酷いことをしたら、私が許しませんから」
「酷いこと? 別にあたしは、あの娘に一滴の血も流させていないよ。まぁ、世の中には、単純な痛みよりもっと耐え難いものがあるんだけど……。じきに観念して吐く気になるだろうさ」
 エーマは唇を舐め、意味ありげな微笑を浮かべる。度を超しすぎて胸が悪くなるような妖艶さだ。
 汚物でも見るように、セレナは不快感をむき出しにして睨み付けている。
 それでもエーマは機嫌を損ねることなく、セレナの肩を軽くなでようとした。
「ふふふ。随分と嫌われてしまったもんだねぇ。貴女とあたしは仲間、もっと仲良くしたいのに……」
 ――何が仲間なもんですか。パラス騎士団の名誉を汚す最低の人間のくせに!
 エーマの手を払いのけるセレナ。
 憤然と立ちすくむセレナに、兵士たちが懇願し始める。
「どうか、お帰りのほどを……」
 だが彼女は、手段を選ばぬメリギオスのやり方に言葉を失っている。


7 月光のもと、切々と響く弦の音色



 ◇ ◇

 昼間の晴天を承け、煌々と輝く夜の月。
 たとえ一瞬でも戦乱を忘れさせてくれそうな、柔和な光に抱かれた晩。
 そよ風に乗って弦の音が響いてくる。
 奇妙な比喩ではあろうが――硝子細工の音符を組み上げたかのような、あくまでも澄み渡り、精巧で、一種魔法じみた演奏だった。

 向こうから歩いてくる4人の男が、そのメロディに気づいて足を止めた。
 それはバルコニーに面した小さな部屋から聞こえてくる。
 扉は開かれ、月明かりの射し込む薄暗い室内の様子が見える。
 燈火と月光との神秘的な調和によって、ほのかな黄金色の小世界が醸し出されていた。幻灯さながらに、ほっそりとした少女の影が浮かび上がる。
 真っ直ぐに伸びた背。彼女は薄い肩にヴァイオリンを乗せ、繊細な手つきで弓を操る。
 見事な弓使いは、少女自身のもつ特異な雰囲気をそのまま音に変えるという、類い希なる表現を可能にしていた。
 哀切さに満ちた音色は、空恐ろしいほどに映し出すのだ――どこか残酷でさえあるような、あまりに張りつめ、透徹した彼女の霊光を。ある種のオーラを。
 今のカセリナの姿は、神々しさを一身にまとい、冒し難く崇高であった。
 開きかけた花の命が明日にも散るかもしれぬという極限的な状況が、そうさせていたのだろうか。
 彼女をよく見知っているはずの4人も、思わず息を飲んだ。

 しばらくして、彼らに気づいたカセリナの方が演奏の手を止める。
「そんなところに立っていないで、お入りなさい」
「ご無礼を。お嬢様」
 軽めの甲冑の上にエクター・ケープをまとった男が、恭しく一礼する。
 形良く刈り込まれた口髭が印象的だった。彼は40代ながらも若々しく、武人の雄々しさを漂わせながらも、伊達男のように粋なイメージも同時に持ち合わせている。
「レムロス……」
 彼の名を呼んだ後、カセリナは沈黙した。
 そんな彼女に向けて穏やかに微笑むと、髭の男はよく通る声で告げた。
「ご心配なく。確かにギルドの強さは侮れません。しかし、あと少し……。帝国軍が到着するまで持ちこたえることは、我々にとって十分に可能です。それまでの間、我らが命に代えてもこの城を死守します」
 重苦しい雰囲気を払いのけるように、別の若い男も言う。
「その通り! 俺たちは、永遠に戦い続けなきゃいけないワケじゃない。ほんの4、5日。長くても1週間ぐらいだろ。持ちこたえてみせるさ」
 銀色のリング状のピアスをした若者が、力強くうなずいて見せた。
 おそらく東部丘陵の出身だろう。何本かの腕輪と赤い民族衣装――ある部族の戦士の正装だ――で着飾り、大きく湾曲した刀を腰に下げている。
「俺たちを信じてくれよ、お嬢様」
 彼の明るい表情に、カセリナの頬が微かに揺るんだ。複雑な面持ちのまま、彼女は無理に笑顔になろうと目を細める。
「ありがとう、ムート。これまでたった一度だって、貴方は嘘を付いたことがないものね。もちろん信じてる。だけど……」
 カセリナの目が陰りを帯びる。
「あなたにまで戦ってもらうことになるなんて、ザックス」
 彼女に名を呼ばれたのは、筋骨逞しい中年の男だ。毛むくじゃらの太い腕で、彼は頭を掻いた。
「とんでもございません。しかし照れますな、お嬢様。しばらくお会いしないうちに、ますます美しくなられて」
 ザックスは豪快に笑った。
 だがカセリナはうつむき気味のまま、申し訳なさそうに答える。
「あなたには、奥さんやお嬢さん、息子さんたちと一緒に楽しく暮らしていてほしかった。ザックスが本当に守るべきは、大切な家族だわ。それなのにこんなことになってしまって、何と言って詫びればよいのか……」
「カセリナ様、勿体ないお言葉です。たとえエクターを引退していても、私はいざとなれば殿やお嬢様のために、真っ先に駆けつける覚悟で暮らしてきました。妻や子供たちも分かっているはずです。戦士の家に生まれた者の定めを。あいつらが、私が居ない間もしっかり家を守っていてくれるからこそ、私も安心して戦えるのです」


8 迫る野獣たち、田園は無法の地と化し…



 言葉を飲み込んだカセリナに代わって、4人目の男がザックスの肩を叩いた。
「シャノンちゃんたちには本当に申し訳ないが、こうしてまた共に戦えるとは。ザックス兄貴……。いや、今は親爺と呼んだ方がいいか。はっはっは」
 彼はザックスとは対照的にすらりとした体格で、見た目も宮廷風に洗練されている。はっきりとした切れ長の二重瞼と骨張った顔が特徴的だ。
「何が親爺だ。まだまだお前のような若造に遅れはとらんさ。いや、そういうお前もちょっと老けたか、パリス」
 ザックスが笑って拳をかざすと、パリスも自分の拳を軽くぶつけた。
「まぁな。ともかく、デュベールが抜けた代わりに兄貴が来てくれたから、ナッソス家の4人衆が新たに揃った。あいつが居なくて、マギウスタイプ(魔法戦仕様)の機体を欠いてしまったのは痛いが、しかし我ら4人揃えば魔法など必要あるまい」
「デュベールのことは責めないで……」
 カセリナが細い声で言う。ほの暗い照明のもとではよく分からないが、彼女は瞼の下で涙を押さえている。
 カセリナを慰めるかのように、レムロスが優しくうなずく。
「勿論です。我々がナッソス家のエクターとして、殿やお嬢様に忠誠を誓っているように、デュベールもギルドのエクターとして己の信念に従っただけです」
「ありがとうレムロス。そして、みんな」
 貴族の姫として毅然と告げるカセリナだが、心の底では嗚咽していた。
 再び楽器を手にする彼女。
 ――デュベール、会いたい……。

 ◇ ◇

 ミトーニアから数十キロほど離れた田園地帯。
 夜の平原を忍び行くアルマ・ヴィオの群があった。
 全て突撃仕様のティグラーだ。どの機体も黒く塗られている。合計で9体。1個中隊ほどの規模だが、正規軍でも反乱軍でもないらしい。
 月の光に照らし出され、稲妻を模した黄色い紋章がティグラーの機体の上に浮かび上がった。
 この紋章を付けた集団は――ナッソス軍の治安部隊が議会軍との戦闘に振り回されているのをよいことに、最近、領内を荒らし回っているならず者たちである。表向きは傭兵団ということになっているのだが、実際には夜な夜な中央平原に出没し、悪の限りを尽くしている。
 噂によれば、彼らの頭目は、あたかも盗賊騎士のごとく堕落した某貴族だという。ナッソス領の全てが同家の土地であるわけではなく、中には小領主の支配する地域も飛び地状に点在する。そのうちのひとつを有する放蕩領主のなれの果てらしい。
 黒いティグラーが走り抜けていく道筋で、赤々と火の手が上がる。彼らは面白半分に村々を襲い、強盗、放火、殺人、強姦、誘拐等々、あらゆる悪事に明け暮れているのだ。
 平時であれば、ナッソス領でそのような行為が許されるはずもない。しかし今となっては、ナッソス城及びミトーニア市の付近を除いては、治安を維持するための力など存在しないに等しい。
 まして今日の昼間以降――ギルドの陸戦部隊がナッソス軍を駆逐してしまったために、この地を守る者はもはや存在しないのである。ナッソス領の大部分は、今や凄まじい無法状態と化していた。
 雄叫びをあげる鋼の猛虎たち。
 ある村を襲った彼らがさらに突き進もうとしている方角には、良く手入れされた農場が広がっていた。広大な畑は、夜間には暗闇の支配する世界となる。その中にぽつんと光る明かりは一軒の家だ。
 この豊かな農園主の住まいを、ならず者たちが見過ごすはずもない……。


9 悪夢の始まり



 ◇

「美味しかったです。僕、こんなに楽しい夕食は久しぶりでした」
 ルキアンは満足げに言った。
 珍しく平穏さにあふれた彼の表情。それを見てシャノンが笑っている。
「大げさなんだから、ルキアンさんは。でも良かった。一生懸命作った料理を気に入ってくれたみたいで」
「ルキアン君。もしよかったら、当分はここに居てもいいんだよ。遠慮しないで。そりゃまぁ、畑仕事くらいは少し手伝ってもらうかもしれないけど。あはは、いや、畑仕事は冗談だよ――貴族のお坊っちゃんが泥まみれになるなんて、ちょっと困るからね」
 シャノンの母も屈託なく微笑んでそう言った。
 一瞬、ルキアンの心は揺れる。
 ――こんなに楽しくて穏やかな日を、僕は今まで知らなかった。今日みたいに幸せな日々が続くのなら……。
 輝きに満ちた澄んだ目で、シャノンがうなずいている。彼女はルキアンに対してそれなりに――あくまで《それなり》に過ぎないが――好感を抱いているようだ。
「ルキアンお兄ちゃん、魔法使いなんだろ。ねぇ、もうちょっと、この家に居たらいいじゃないか。僕にも魔法教えてよ!」
 姉以上に、トビーの方がルキアンを慕っていた。ちょうど悪ガキが兄貴分を欲しがる年頃なのだ。
「それは、その、できれば僕だって……」
 ルキアンは後ろ髪を引かれながらも、言葉を濁した。
 戦いは嫌だ。誰かと争うのは嫌だ。しかし《あそこ》に居る限り、自分は戦わざるを得なくなる――けれども、心は《そこ》に帰れと命じているのだ。
 心を閉ざし続けるしかなかった故郷とは違う。かりそめの居場所はあっても、人の輪の中で孤独を感じざるを得なかったコルダーユの街とも違う。そして、素朴で穏やかな温もりに包まれたシャノンたちの家とも違う。
 ――あの人たちだけが、本当に僕を分かってくれた。
 クレドールの仲間たちの顔が浮かんでは消える。
 姉貴風を吹かせながらも面倒見の良い、いつも心配してくれていたメイ。
 粗野な中にも良心あふれる、裏表なく本音で接してくれるバーン。
 強面でぶっきらぼうだが、心の底では温かく見守るカルダイン艦長。
 ぞっとするような不気味さの中に、深い悲しみを秘めた美少女エルヴィン。
 キザで気取り屋、でも本当はとても良い男ではないかと思わせるベルセア。
 偽悪ぶって斜に構えながらも、決して憎めないランディことマッシア伯爵。
 感情表現が下手なために冷たい美女に見えるが、本心は優しいセシエル。
 脳天気で何も考えていないようでも、明るく親近感のあるフィスカ。
 一見すると堅苦しい無骨漢だが、隠れた情熱や人間味に溢れたルティーニ。
 恥ずかしがり屋で内気な少女に見えて、大人よりも心遣いのあるレーナ。
 気まぐれな優男だが、実は周囲に気を配るムードメーカーのヴェンデイル。
 まだ他にも。カムレス、ガダック、ノエル、マイエ、ウォーダン……。
 そして敬虔な聖職者として振る舞いながらも、時には優しい姉のように、時には母親のような包容力で、時には魅力のある女性として、ルキアンを導いてくれたシャリオ。
 否、他の誰より――ルキアンが初めて心の底から尊敬できると思った人間、知略を誇る参謀、天才的な魔道士、勇猛なエクター、誰よりも優しく、誰よりも深くルキアンを理解してくれたクレヴィス。
 短い日々を共に過ごしただけであるのに、クレドールのクルーたちとの思い出は、ルキアンの気持ちの中に深く刻み込まれていた。
 ――やっぱり僕の帰るところは、クレドールしかないんだ。ここに留まってひとときの安らぎに触れたとしても、それは本当に一瞬のものでしかない。僕の居るべき場所はここじゃない。
 ルキアンは悲しさと満足感とが入り混じった目で、悟ったように言う。
「ありがとう。見ず知らずの僕に、こんなに優しくしてくれたこと、僕は一生忘れない。でも、僕、やっぱり帰らなきゃ」
 静寂。賑やかだった食卓が沈黙に包まれる。
 彼の答えを予想していたのだろうか、シャノンの母親がうなずいた。
「そうだね。お帰り、ルキアン君。大切な人たちのところへ」
「おばさん……」
「気にしないでおくれ。でも、またいつか遊びに来てよ。平和になったら」
 彼女の差し出した手を、ルキアンはしっかりと握る。
 今度はシャノンが彼の服の裾を引っ張った。
「あの、これ……」
 彼女はポケットから何かを取り出し、ルキアンに手渡そうとする。

 だがそのとき、不意に地震のごとき揺れが伝わってきた。
「これはもしかして。いや、間違いない」
 ルキアンの身体を緊張が突き抜ける。一気に現実に引き戻されたような!
「アルマ・ヴィオがすぐそこまで来ている? それもかなりの数だ」
 ――ナッソス軍が僕を捕まえに来たのだろうか? まさか。それじゃあ、ギルドの人たちが僕を助けに来てくれた? それも話がうますぎる……。
 戸惑う間もなく、家のドアが荒っぽくノックされた。いや、扉をぶち破ろうとしている。これはただ事ではない。


10 引けなかった引き金、救えなかった命



「気を付けて。奥に隠れて下さい。僕、ちょっと見てみます」
 ルキアンはピストルを抜くと火薬と弾を装填した。不慣れな手つきのため、もう少しで火薬入れを落とすところだったが。
「誰ですか? 返事をしてください」
 しかし答えは返ってこなかった。そうする代わりに、破城鎚かハンマーのようなものが扉を強打し、掛け金が弾け飛ぶ。
 ドアが押し倒され、その向こうで獣のような奇声がいくつも上がった。
「な、何ですか、あなたたちは? やめて、やめてください!!」
 ルキアンは壊れた扉で入口を再び塞ごうとする。意味がない。全く落ち着きを失った行動だ。どうすればよいのか彼にも分からなかった。
「静かにしやがれ! ぶっ殺されてぇのか?」
 やくざ者丸出しの口調で誰かが叫んだ。
 ルキアンはその声に思わず後ずさりしかけたが、後ろにいるシャノンたちを守ろうと勇気を振り絞る。
「人の家に勝手に押し入って、そんな無茶苦茶な! 撃ちますよ、無理に中に入ろうというのなら、ほ、本当に撃ちます!!」
 ルキアンは見知らぬ人間の胸元に銃を突きつける。
 だが、こんな時に……。彼はあの光景をまた思い返してしまった。
 《ステリアン・グローバー》が海を引き裂き、ガライア戦艦2隻を跡形もなく轟沈させた忌まわしい光景を。ルキアンが引き金を引いてしまったことにより、数え切れぬほどの人間が海の藻屑と消えた、コルダーユ沖での戦いを。
 ――嫌だ! やっぱり目の前の人を殺すことなんてできない。頼むからあっちに行ってくれ!
 その隙を突いて、ならず者がルキアンの銃を叩き落とした。
 戸惑った瞬間、いきなり頬を殴られて吹っ飛ぶルキアン。
 それを合図にしたかのように、5、6人が家の中になだれ込んでくる。
 彼らは手に手に武器を持ち、大声でわめき立てた。
「動くな! 死にたくなけりゃ、大人しくしていろ!!」
 ルキアンはフラフラと立ち上がり、シャノンたちをかばおうとする。容赦なく拳をぶつけられ、その後に床で頭と背中を強く打ったため、脳震とう気味になっているらしい。不安定な身体はすぐに崩れ落ちかけたが、ルキアンは片膝を突いて懸命に支えた。
「早く、早く逃げて!」
 剣を抜く。もはや必死だ。
 普段なら決して出さないような大声で叫ぶルキアン。だが、重い一撃を腹に喰らって崩れ落ちる。ヒグマのごとき大男が、棍棒で力任せにルキアンを突いたのだ。
「邪魔なんだよ、生っちろい兄ちゃんはネンネしてな……」
 吐き気を催しながらうずくまるルキアンを、別の男たちが取り押さえる。
 立ちすくむシャノンたちに、何本もの銃身が向けられる。
「へへへ。なかなか上玉じゃネェか」
 頬に傷のある若い男がシャノンの頬をなでた。背後でならず者たちが下卑た笑みを漏らす。
 男は短剣を抜いてシャノンの胸元に突きつける。
「待ちなさい! うちの娘に何するんだ!!」
 シャノンの母親が彼の手首をつかみ、激しい怒りの表情で抗議する。
 だが次の瞬間、信じられないことが起きた。
「おばさん!!」
 ルキアンが渾身の力を込めて身を乗り出したが……。
 眼鏡のレンズに赤い飛沫が降りかかる。鮮血が床や壁を染めた。
 あまりのことに、ルキアンはしばらく呆然と身を固くしていた。
「な、何てことを。何てことをするんだ……」
「ママ、ママ!!」
 シャノンが狂ったように叫び続ける。だが血の海の中に倒れている母親の身体はもう動かない。
 あまりにも不条理に、何の脈絡もなく降りかかった惨劇。
 だがそれは現実なのだ。
 怒りか、恐怖か、ルキアンは身体を振るわせながら剣を構え、シャノンとトビーの前に立った。
「逃げて、早く!!」


【第24話に続く】



 ※2001年9月~10月に鏡海庵にて初公開
コメント ( 0 ) | Trackback ( )

『アルフェリオン』まとめ読み!―第23話・前編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


  野蛮な者よ、人間は獣ではない。
  だから時には憎しみを抑えて剣を引かねばならぬ。
  偽善の者よ、人間は天使ではない。
  だから時には痛みをこらえて剣を取らねばならぬ。

◇ 第23話 ◇


1 一瞬の安らぎ、平和な食卓を前に…



 草原の地平に太陽が姿を隠し始めた頃、夫に代わって農園の監督に当たっていたシャノンの母が家に戻ってきた。
 よく日に焼けた、逞しそうな黒髪の女性だった。シャノンやトビーの瞳は母親譲りなのだろう――明るく意志の強そうな、大きな濃褐色の瞳がルキアンを見つめている。彼女の発散する溌剌とした空気は、家の中の雰囲気を瞬く間に変えた。まるで子供みたいに元気な人だ、とルキアンは思った。
 彼女が盛んに勧めたので、ルキアンはシャノンたち親子と一緒に食事をすることになった。戦いのことを考えれば、そう悠長なことをしている場合ではないのかもしれない。しかし恩人たちの好意を断れるだけの世慣れた振る舞いも、あるいは押しの強さも、ルキアンは持ち合わせていなかった。
 彼は促されるまま食卓に着く。
 シャノンとその母親が台所に向かった後、ルキアンは溜息か呼気か分からぬ曖昧な息を吐き出した。
 ――中央平原の人って、開放的だとか旅人に親切だとか言われているけど、シャノンもお母さんも、不用心なほどに親切だな。まぁ、いいか……。どのみち、夜がふけるまでアルフェリオンを動かすのはまずいし。まだ完全に暗くなっていないから、いま起動させればナッソス家の軍に見つかってしまうかも。
 万が一、シャノンの父やカセリナと剣を交えることにでもなれば――という恐れが、ルキアンの小さな闘志を完全に押さえ込んでしまっていた。
 これでは、たとえクレドールに無事に戻れたところで、その後もナッソス家と戦い抜けるのだろうか? 正直な話、ルキアンには自信がない。けれども、今、この瞬間にもギルドとナッソス家との戦いは続いているのだ。
 ――あれから艦隊戦の方はどうなったのかな? クレヴィスさんとレーイさん、ギルドの《三強》の2人までがいるんだから、ギルドが負けるはずはないと思うけど。でも他の人たちは無事だろうか。神様……。セラス女神よ、どうかみんなをお守り下さい。僕たちの仲間だけではなく、カセリナも公爵も、シャノンのお父さんも、ナッソス方の人々も……。
 ルキアンはテーブルの上で手を合わせた。
 が、その悲痛な願いは、本当に神のもとに届かぬ限り実現されはしないだろう。この世の理(ことわり)はそれを許さないだろう。
 祈りの姿勢を保ったままうなだれる彼を、トビーが不思議そうに見ていた。

 ルキアンがあれこれ思いをめぐらせている間に、素朴ながらも充実した夕食が運ばれてきた。付近の農園で栽培されたという春野菜を使ったスープ、同じく野菜の酢漬けの盛り合わせ、川魚の薫製、よく熟成された生ハム、色も形も多様なチーズ等々。
 先日ナッソス城で目にした料理とは確かに比較になるまい。それでも貧しい零細貴族にすぎないルキアンの家では、これほどの食事は祝い事でもなければ口にできなかった。シャノンの父は、いわば農民と貴族との中間に当たる郷士のような人であろうが、そのへんの小貴族よりもよほど裕福かもしれない。
 豆類や香草と一緒に淡水産の魚介類を煮込んだ雑炊が、食卓の中央を飾っている。後で知ったところでは、ミトーニア地方の郷土料理らしい。


2 戻るべき場所



「面白い形のエビですね。このあたりで穫れるんですか?」
 雑炊の中に入っている人差し指大のエビに、ルキアンは目を留めた。ずんぐりとして、自分の頭部ほどもある不釣り合いなくらい大きなハサミを持っている。姿は不格好であれ、丸々と肉厚な身は見るからに美味しそうだ。
「うん。時々、裏の川に網でつかまえに行くよ。たくさん穫れるんだぞ!」
 トビーが得意げに答えた。
 中央平原の随所に見られる藻の多いゆったりした小川に、このエビは豊富に棲んでいるらしい。腕白盛りの男の子にとって、この手の小動物はちょうど良い遊び相手なのだろう。
「へぇ、すごいなぁ。僕はトビーと違って海の近くで暮らしていたから――こういう川や湖の生き物はあまり見たことがないんだ。だから珍しくて」
 ルキアンはトビーを眩しそうな目で見つめていた。それからシャノンの母の方に向かい、改めて丁重に礼を言う。
「助けていただいたうえに、食事までごちそうになってしまって……。本当にありがとうございます」
「いやだよ、ルキアン君。そんなに気を使ってばかりいると、私がせっかく腕によりをかけて作った料理も味がしなくなっちまうだろ。でも奥ゆかしい若者だねぇ、ルキアン君は。素敵だよ。あっはっは」
 シャノンの母は大きく口を開けて笑っている。それでも下品な感じはせず、屈託のない人懐っこい雰囲気が表情によく出ていた。
 ――笑顔のある食卓か……。
 赤く茹で上がった川エビを、妙に穏やかな気分で口に運ぶルキアン。
 シャノンたち姉弟は、子猫のように魚を取り合っている。
 その様子を眺めているうちに、ルキアンは自然に口元を緩めていた。
 よそ見をしている隙にトビーに料理を取られ、シャノンが子供のように負けん気になって取り返そうとしたときには、ルキアンもつい吹き出してしまった。
 が、考えてみると、なぜか久しぶりに笑ったような気がする。
 以前、こうして心から笑ったのは、いつの日のことだったろうか……。
 ルキアンは感慨深げに目を閉じる。
 明るい食事風景を前にしながらも、彼の心の中では――笑顔どころか会話すら稀な、孤独に冷え切った食卓や、そこに座ってうつむく自分の姿が、断片的に次々と浮かんでは流れ去った。
 だがそれに続いて、ネレイの街でメイやバーンたちと昼食会を開いたときの光景が、彼の心の中に鮮明に甦った。
 分厚い雲間から射し込む陽光のごとく、仲間たちとの新たな思い出は灰色の記憶をぬぐい去り、ルキアンの心に力をもたらした。
 ――早く帰らなきゃ。僕も自分の戻るべき場所に。クレドールに……。


3 降伏か、抗戦か!? 千古の都、決断のとき



 ◇ ◇

 日没後まもなく、ミトーニアの要人たちが市庁舎に続々と集まってきた。
 彼らが急ぎ足で消えていく先は、庁舎1階の奥に堂々と広がる《千古の間》だ。この由緒ある広間は、聖堂内部を思わせるドーム状の天井を備えている。しっとりと湿ったような薄明かりの中、シャンデリアの蝋燭が照らし出すのは見事なモザイクによって飾られた床面である。
 色とりどりのタイルが敷き詰められたフロアには、獣や鳥に混じって人間の絵柄も見られる。
 ただし、そこに表現されている人々は、今日とは異なる独特の出で立ちをしていた。幅広い布を身体に巻き付けたかのような衣装。薄衣のベールを頭から被った女性たち。一群の戦士らは、鶏冠さながらの飾りの付いた兜を被り、大きな丸楯と投げ槍で武装している。
 彼らは、現世界の文明が始まった頃の――いわゆる《前新陽暦時代》の人々だ。その名の通り、当時まだ《新陽暦》は用いられていなかった。
 つまり旧世界が滅亡して《旧陽暦》が終わった後、直ちに現世界の《新陽暦》が始まったわけではないのである。両者の間には空白の歴史が存在しているのだが、それがどの程度の年月に及ぶのかについては、専門家の間でも意見が分かれている。極端に短く見積もる説によればわずかに数十年、反対に長いところでは五百年前後とみる学者もいる。
 ともかくイリュシオーネ有数の古都ミトーニアは、現世界の始まりと同程度に古い起源を持つとさえ言われる。そして非常に興味深いことだが、同市の庁舎は実は前新陽暦時代の遺跡の上に建てられており、《千古の間》の床も遺跡の床そのものなのだ。

 自らの足元、果てしない歳月の重みが刻み込まれたモザイクを指し、一人の男が語り始める。広間は静まり、みな彼の言葉に聞き入った。
「諸君。耳を傾けたまえ、この古き遺跡に込められた思いに……。旧世界の過ちを繰り返さぬよう、誓いとともに再び歩き始めた人々の心に」
 そう言って彼は胸に手を当てた。
 見事な口髭・顎髭をたくわえ、大柄で恰幅の良い中年紳士。彼がシュリス市長である。穏和な容貌の中にも威厳を漂わせ、伝統ある大都市ミトーニアの長に相応しい品格を備えている。
「だが、人類の新たな歴史の証人であるミトーニアは――たった今、重大な岐路に立たされている。時間はない。諸君の誠実で思慮深い意見を切に願う」
 続いて市長の傍らの秘書らしき青年が、細身の身体に緊張感をみなぎらせ、いささか強張った声で文書を読み上げる。
「ギルド側の要求は次の通りです。第一に、ミトーニア市は直ちに武装解除し、国王および議会に再び忠誠を誓うこと。第二に、軍事面・財政面その他においてナッソス家へのあらゆる支援を停止すること。第三に、正規軍およびギルドの部隊に対して宿営の場を提供し、必要に応じて補給に協力すること……」
 細い黒縁の眼鏡、楕円型の扁平なレンズの中で、秘書は神経質そうな目をさらに細めた。
 彼が読み終わるや否や、たちまち周囲から不満の声が噴出する。
 市長の隣に副市長らしき2人が座っているが、そのうちの一方が苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「武器を捨てて市門を開けなどとは……。ギルドは早くも勝ったようなつもりになっているのか。事実上、我々に降伏せよと? 馬鹿なことを!」
 激高している彼をシュリス市長がなだめる。
「落ち着きたまえ、アール殿。確かに我々は戦わずして敗れることになる。だがそれはあくまで軍事上の敗北であって、ミトーニアが議会軍やエクター・ギルドの管理下に置かれたり、彼らに屈従させられたりするという意味ではない。ギルドの代表者はこう付け加えている――さきほどの条件以外の点では、ミトーニアの自治権は従来通り保証する、と。しかも今回に限り、反乱に荷担した者の罪を問うことは一切行わないそうだ」
 要するにナッソス家への支援を中止し反乱から手を引くならば、ミトーニア市に対して何らお咎めはないということだ。有利な戦況にあるギルド側にしては随分と思い切った譲歩だが、それはむしろルティーニの計略なのである。
 参事会員たちの間から低いざわめきが起こる。市長は続けた。
「もし戦闘になれば、ギルドの部隊が我々に勝利することなど目に見えているはず。だが敢えてその戦いに踏み切ろうとしないのは……。ギルド側の考えは分かっている。彼らには時間がないのだ。《帝国軍》が到着する前に《レンゲイルの壁》を奪還できなければ、それは彼らの敗北につながるのだから。ギルドとしては、1日、いや1時間たりとも無駄にはできぬというわけだ。仮に我々が最後まで抵抗したとすれば、ギルドの部隊はミトーニアに1日や2日は足止めされることになるだろう。それは避けたいという判断だろうが……」
 このままミトーニア市が反乱を続け、帝国軍の到着前にナッソス城が落ちたなら、そのときには同市も公爵家と運命を共にしなければならないだろう。逆に帝国軍が到着するまでナッソス家が持ちこたえたならば、それは同時にミトーニアの勝利でもある。
 時間との戦いが全てを決めるだろう。破滅か、勝利か、降伏か? いずれにせよ、ミトーニアは市の命運を賭けて決断しなければならない。


4 紛糾する議論! 我々は騎士ではない…



 アール副市長が断固として首を振ったとき、その横に座っていたもう一方の副市長、ロランが切り出した。
「損な取り引きではありませんな。今の時点だからこそギルドは我々に譲歩し、こちら側に有利な条件を呈示してきたのです。もしもナッソス家が敗れた後になれば、ミトーニアは交渉のためのカードを一切失います。無条件降伏以外は認められなくなるばかりか、下手をすれば我々の首や市民たちの命も危なくなるでしょう」
「何をおっしゃる? そう簡単に敵の申し出を受け入れるのも……。えぇい、ナッソス軍は何をしているのか!!」
 アール副市長が苛立ちのあまり立ち上がる。
 痩せ形で長身のアールと小太りのロランとは全く対照的で、2人が睨み合う姿には、どことなくユーモラスな感さえ漂っている。
 ロランは手振りでアールをなだめつつ、落ち着いた様子で語った。
「全兵力で城を死守しようとしているナッソス軍には、残念ながらミトーニアの救援に回せるだけの余力はありますまい。いや、そのナッソス家の全艦隊をもってしても、ギルド艦隊に敗れたのですからな。我々の力だけでは万にひとつも勝ち目はありませんぞ」
 今度は市民軍の指揮官が、承伏しかねるといった顔をする。
「しかしロラン殿、一戦も交えることなくナッソス公を見捨てると仰せか?」
 それに対して、市の有力者の銀行家が反論した。
「ロラン副市長の言う通りだ。ナッソス家に最後まで義理立てして、ミトーニアまで共倒れすることもなかろう? 事実上、公爵もミトーニアを見捨てているではないか。エクター・ギルドに街が包囲されても、ナッソス家からの援軍は来なかった」
「では、単に強い方に着けば良いと!?」
 アール副市長が机を叩いてそう言った。
 が、参事会員の中から開き直った声が飛ぶ。
「いかにも。我々は機装騎士(ナイト)ではない――商人だ。城を枕に討ち死にする道理などあるまい。名誉ある死よりも生きて事業に励むことこそ、我々の努め。そうであろう?」
「しかし……」
 全員を見回した後、ロラン副市長が冷静に告げる。
「よろしいですか――敵は海賊や野武士と同様の無頼漢たちです。そんな輩たちに街を攻撃されれば、大変なことになりますぞ。現にカルダイン・バーシュは、《我々は軍隊ではない。それゆえ個々の兵員たちの振る舞いまでも統制することは困難だ》と言ったそうで」
「万一ギルドの荒くれ者たちが略奪に及ぼうとも、知ったことではないというわけか? 恐ろしいことを……」
 街一番の貿易商が顔をしかめた。
 彼と顔を見合わせ、同業者がまことしやかにささやく。
「元々あのカルダインというのは、表向きは旧ゼファイア王国お抱えの冒険商人でしたが、むしろ同国の私拿捕船(*1)団の長として知られていたのです。脆弱なゼファイア軍に代わってタロスの飛空艦を襲撃し、レマール海の南東一帯を荒らし回っていたとか。そんな、空の海賊に等しい男ですから、街のひとつやふたつが灰になったところで眉ひとつ動かしますまい」
 さらに別の参事会員が遠慮がちに同意した。
「そ、その通りでしょう……。このまま包囲戦になれば、逃げ場のない我々はいずれ無頼の傭兵どもの餌食です。いや、最悪の場合、女性や子供たちまで犠牲になってしまう。やむを得ませぬ。彼らの申し出を呑みましょう」
 だが彼が話し終える前から、背後では賛否様々な声が飛び交っている。
「そう簡単に言ってもらっては困る! こちらが条件を受け入れたところで、エクター・ギルドが約束を守る保証などあるのか? 街を開け放ったとたんに、やつらの思うがままに略奪や虐殺が行われるかもしれんのだぞ!!」
「いや、カルダインは仮にも《ゼファイアの英雄》だ。噂では義を重んじる男だと聞く。そんな卑劣なことはしないはず……」
「信じられませんな。むしろ、公爵との交渉にも関わったマッシア伯と話し合う方が良いのでは?」
 戦うか、降伏するか。参事会員たちが口々に意見を戦わせ始めた。
 シュリス市長は目を閉じたまま思案している。
 ――ギルド側は、夜明けまでに返答するよう求めてきたが……。
 彼は懐から金時計を取り出し、それを見つめたまま長い息を吐いた。


【注】

(*1)国から委任を受け、敵国の艦船を攻撃または文字通り拿捕したりする民間船のこと。したがって正規の軍艦ではない。小国であるゼファイア王国は、軍用の飛空艦をほとんど保有していなかった。そのため革命戦争当時、タロス共和国の艦隊に対しては、軍に代わって民間の飛空艦がゲリラ的な攻撃を行っていたらしい。だが実際にはタロスの商船もしばしば攻撃の対象とされたため、私拿捕船の活動と海賊行為との区別が曖昧になっていた面も確かにある。それゆえカルダインも海賊呼ばわりされているのだろう。


5 黒いアルフェリオンは反乱軍の手に…



 ◇ ◇

 その頃、ギルドの飛空艦隊――クレドール、ラプサー、アクスの3隻は、すでにミトーニア市を主砲の射程内にとらえ、空の高みに巨体を浮かべていた。
 ナッソス軍は飛空艦隊を失い、飛行型アルマ・ヴィオにも多大な損失を出したせいか、もはやギルド艦隊の行く手を阻んでこない。
 敵方の攻撃に備えて、ミトーニア市は照明を極力落としているようだ。そのため市街は闇に紛れ、上空から肉眼ではっきりと確認するのは難しい。ごくわずかに点々と灯りが見える程度だ。

 けれども《複眼鏡》の魔法眼にかかれば、漆黒の原野ですら薄明るく映る。
「完了だね……。地上部隊はミトーニアを完全に包囲した。あれなら子犬1匹抜け出すことさえ難しいだろうね。味方のアルマ・ヴィオの数は、それほど減っているようには見えない。大して被害は出なかったのかな?」
 地上の様子を報告するヴェンデイル。彼の口調にも余裕が戻っている。
 艦橋のクルーたちの士気も、ナッソス艦隊に対する勝利によっていっそう高まっていた。
 エクター・ギルドは、地上戦においてもナッソス軍に対して予想外の大勝を収めたようだ。もっとも、ナッソス軍の主力となる精鋭部隊は、城の防衛のために温存されたままである。今後も同様に勝ち続けられるとは限らない。
 艦隊戦および陸上戦での圧勝にもかかわらず、カルダイン艦長は厳しい顔つきを崩していない。否、むしろ昼間の戦闘のときよりも、彼の表情は険しくなっているようにさえ思える。
 その原因は――ナッソス艦隊との戦いの最中、ようやくクレドールに中継されてきた《ある知らせ》だった。
 口数少なく沈思する艦長に対し、特に返事を期待していないような態度で、クレヴィスが告げる。
「議会陸軍の大部隊に、たった一撃でそれだけの被害を与えるとは……。帝国の浮遊城塞《エレオヴィンス》でもなければ不可能な攻撃です。こうなると、反乱軍もステリア兵器を有しているとしか考えられませんね。ただ、その正体については目星が付きます。現在の我々の技術水準では、ステリアの力を持つアルマ・ヴィオを生み出すことは困難。そうなると……」
 微動だにせぬカルダインを見つめた後、クレヴィスはつぶやく。
 寂しげな、それでいて何かに吹っ切れたような声で。
「運命とでも言うのでしょうか。残念なことですが、どうしてもルキアン君に戦いに加わってもらわねばならない《理由》ができてしまいました。カルバ・ディ・ラシィエン導師の研究所から奪われた《黒いアルフェリオン》は、恐らく反乱軍の手に渡りましたね。成り行きによっては、最悪の事態もあり得るかもしれません」


【続く】



 ※2001年9月~10月に鏡海庵にて初公開
コメント ( 0 ) | Trackback ( )

『アルフェリオン』まとめ読み!―第22話・後編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


9 泣きながら戦ってでも、僕は守りたい



 ◇

 カセリナに憎まれてしまったこと自体は仕方がない、とルキアンは思っていた。そう簡単に割り切ってしまうのはあまりに投げやりかもしれないが、たいていの理不尽な出来事を《仕方がない》という一言で片付けてしまう習慣から、彼はまだ抜け出せていなかった。
 だが今やルキアンがカセリナと直接に傷つけ合い、否、殺し合うことになるかもしれぬという、さらに残酷な現実が突きつけられたのである。
 ――そこまでして誰かと争うことに、僕にとってどれほどの価値があるというのだろうか。いや、そもそも争いに価値なんてあるのだろうか……。でも最初から、ネレイの街を発った時から覚悟はできていたはず。僕にはクレドール以外に帰るところがないんだ。そんなたったひとつの《居場所》を、クレドールや仲間のみんなを失うわけにはいかない。これまでの《日常》の全てを投げ捨てて手にした僕の《翼》を、ただ、今は守ろうと思う。そのために戦わねばならないのなら、たとえ泣きながら剣を取ってでも……。
 ルキアンは無意識のうちにつぶやいてしまった。
「だから僕は、今さら引き返せないんだ」
「えっ?」
 押し黙ったかと思えば、今度は急に独白し始めるルキアンを、娘は訝しげに眺めている。幸い、彼に対して露骨な不信感は抱いていないようだが。
「大丈夫? もう少し休めばどうかしら。疲れてるのよ。えっと……あの……」
「僕? ルキアンだよ。ルキアン・ディ・シーマー」
 自分の顔を指差して言うルキアン。寝ぐせのついた銀色の髪を掻きながら、彼は娘の方を見た。
「命の恩人にまだ挨拶もしていなかったなんて。ごめんなさい」
「いいのよ。私はシャノン。よろしく、ディ・シーマー様……」
 彼女は半ば冗談めかして、ぎこちない動作で宮廷風のお辞儀をする。
「る、ルキアンでいいよ。ルキアンで」
 遠慮する彼の前に、例の男の子がいきなり飛び出してきた。
「お兄ちゃんって、機装騎士(ナイト)なのか? 格好いいなぁ!」
 ルキアンは内心驚いた。少年は目を輝かせながら彼を見つめている。こんな眼差しを向けられたことは、これまで一度もなかったような気がする。
「こら。ちゃんと挨拶しなさい、トビー」
 シャノンは男の子の頭を押さえ、仕方なさそうに笑っている。
「トビーだよっ。ルキアン、よろしくね!」
 相変わらずルキアンに尊敬の念を感じてやまない少年。
 彼の気持ちに水を差してしまうようで、申し訳ないと思ったが、ルキアンは静かに告げる。
「僕は、機装騎士じゃないよ……。コルダーユで魔道士の見習いをしていた」
「魔道士? じゃあ、ただの機装騎士じゃなくて魔道騎士なの? すごいな!」
 ルキアンはトビーの頭にそっと手を置いた。
「僕は普通の、見習い魔法使いのルキアン。ただのルキアン」
「じゃあ、ルキアンはなんでアルマ・ヴィオに乗ってるの?」
 不思議がる少年に対して、そして自分自身に対しても、ルキアンは言った。
「どうしてだろうね……」

 ◇ ◇

 一瞬、虚空を切り裂く光が見えた。弧を描いてMTサーベルが繰り出される。
 斜めに走る亀裂。そして炎。
 空に浮かぶ城塞のごとき飛空戦艦は、たちまち火に包まれていく。
 やがてその翼が折れ、急激に落下し始めた船体の向こう――数機のアルマ・ヴィオの姿が見え隠れする。
 光の剣を手にしたカヴァリアン。
 その背後にはファノミウル。そして一度は味方艦隊の救援のために戻りかけた、ラピオ・アヴィスとフルファーもいる。

「は、ははは……。残ったのは本艦だけか」
 ナッソス艦隊の旗艦、バーラエン級飛空戦艦のブリッジでは、艦長が力の抜けた笑みを漏らしていた。こんな時に――いや、もはや彼は呆然と笑うしかなかったのである。
「たかが空の海賊どもに、ナッソス家の艦隊が敗北するだと? そんな馬鹿なことが! これはきっと夢だ。悪い夢に違いない」
 艦長はがっくりと首を落とし、絶望的な表情でつぶやき続ける。
「そんなことがあっては、ナッソス家にとって末代までの恥……」
「艦長、間もなく敵戦闘母艦の方陣収束砲が、再発射の準備を終える可能性があります。艦長?」
 顔色を失って呼びかける副官に、艦長は返事をしなかった。

 クレヴィスの活躍によって危機を脱したギルド艦隊は、いまや激しく攻勢に転じている。クレドール、ラプサー、アクスの3隻は、自分たちの船よりも遙かに大きいバーラエン級戦艦めがけて集中砲火を浴びせる。
 カルダインは力強く立ち上がった。真っ直ぐ伸びた右腕が敵艦を指差す。
「一気に沈めるぞ……。方陣収束砲、発射用意!! エネルギーの充填が不十分でもかまわん。速やかに離脱するよう、味方アルマ・ヴィオに連絡しろ」


10 少年の望んだ翼、たとえ歪んだ翼でも…



 ◇ ◇

 中央《平原》と言っても、どこまでも草原や耕地ばかりが続くわけではない。特にナッソス領の一帯では、森も点々と広がっている。
 緩やかに起伏を帯びた緑の野辺に、大小の木々がぽつぽつ立ち並ぶ様は、素朴な一枚の絵を思わせる。遠い昔どこかで目にしたことがあるような、胸の奥の何かが無性に揺さぶられる光景だった。
 ルキアンは外を見ていた。
 落ち着いている場合ではないのだが、不思議と心は静まっている。
 窓のすぐ向こうには菜園らしきものがある。さきほどシャノンは、そこで良い香りのするハーブを摘んで戻ってきた。
 その葉が1枚、ルキアンの手にしたティーカップに浮かんでいる。
「時々こうして空や雲を見ていると――どうして、これだけじゃダメなのかなって、そんな気がしてくる。あの空の下で心地よく風を感じていられたら、それだけで本当は十分じゃないかって。やっぱり変かな、僕は?」
 唐突な質問に、シャノンは首を傾げた。困った彼女は軽い冗談で応じる。
「うぅん……。空と雲だけ? 私は、野いちごのケーキや美味しい紅茶もなければ困るかも」
 彼女の答えを聞いているのか、いないのか、ルキアンは語り続ける。
「僕らは来る日も来る日も地面を這いずり回って、その煩わしさを忘れるために、些細なことに一喜一憂して、それで《傷ついた》だの、《癒された》だのといって大げさに騒いでいる。愛とか憎しみとか。幸せとか不幸せとか。運が良いとか悪いとか。誰かに必要とされているとかいないとか。でもそんなことは、本当はちっぽけなことなんじゃないかって……。そんなことに縛られず、ただこうして生きていられれば、それでいいんじゃないかって。人間は、本当はもっと自由なんじゃないかって……。でもね、もちろん僕も、細かい事に振り回されながら暮らしてるよ。だけどどんなに願って、あがいてみても、結局あの日々の中では、満足できる《何か》とか、《どこか》とか、《誰か》とか――そういう大切なものを得ることはできなかった。それでも僕はこうして生きている、という方がいいのかな?」
 当惑か共感か、シャノンは何とも言えない表情でルキアンを見ている。

 無言の彼女を前に、ルキアンは、妙に吹っ切れたような口調でこう言った。
「でも……。そうやって強がっているけどね、実際には――たったひとつだけでいいから、あのころ僕が満足できていたのなら、多分、僕もあの《日常》を大切なものだと感じたんだろうな。たったひとつ……。それ以上は望んでなんかいなかったのに」
 目に涙をためながら、無理に微笑んでいるルキアン。
「ルキアン……」
 何か慰めの声をかけようとシャノンだったが、彼女は言葉を飲み込んだ。
「今頃こんなことを言っても何にもならないけど。あの毎日の中でただひとり、もしも誰かが隣に居てくれさえしたら……。僕は、ありもしない《翼》が欲しいなんてことを、起こりもしない《奇跡》を信じるなんてことを、最初から考える必要もなかったかもしれない。いや、ごめん……。会ったばかりの人に、つまんない愚痴を言ったりして。こんなふうだから、ダメなんだよね」
 白く反転した虚ろな世界の光景と共に、何故か――いや、むしろ必然的に――ルキアンの胸の内にソーナの姿が浮かんだ。今はもう帰れぬ過去の中、自ら飛び出してきた思い出の向こうに。
「ルキアンの気持ち、分かるような気がする。そういう孤独な記憶を、私も少しは持っているから……」
 具体的なことは何も分からないにせよ、シャノンはルキアンの心中を察しているようだった。
 そんなシャノンの言動が、ルキアンの方にしてみれば、彼女が無理に気を使ってくれているように見えたらしい。
 ルキアンは大袈裟に首を振り、今にも壊れそうな作り笑顔で言った。
「いや、あの頃のことはもういいと思ってるよ。とにかくあの日常から、僕を取り巻いていた世界から離れたかったんだ。このままでは僕の心は窒息してしまうんじゃないかって。だから必要だった――本当の自分になるための《未来》が。そして未来を再び取り戻すために、《日常》の檻を破って飛び出すことのできる《翼》が……」


11 ルキアン、翼の代償!? 命の恩人の父は…



 長い溜息を付いた後、ルキアンは今の苦しみをうち明けた。
「だけど僕は《翼》を手に入れるために、エクターになってしまった。戦うことになってしまった! 別に戦いたかったわけでもないし、戦う理由があったわけでもない。たまたま僕にとって、あの日常から抜け出るための道というのが、エクターになることだけだったから。戦うのは一番嫌いなことだけど、それでも……。未来が凍り付いてしまったあの日常の中にいるよりは――これからずっと溜息とともに生きていくよりは、まだ戦う方がましだと思ったから。だけど、だけど――そんな小さな自己満足と引き替えに、僕は、大切なもののために戦っている人たちの命を、沢山奪ってしまうことになるかもしれない。そう思うたびに、どうしようもないほど苦しくて……」
 延々と語り続けてしまったルキアンは、そこでふと我に返った。気が付くと頬が紅潮し、息も荒くなっている。彼はきまりが悪そうにうつむいた。
「ごめん。いつもこうなんだ。僕、普段はおとなしいくせに、いったん話し始めると、相手のことが見えなくなっちゃうんだ。退屈だったよね?」
 シャノンはルキアンの目を見つめ、ゆっくりと首を振った。
 慈愛に満ち、落ち着いたその仕草には、ルキアンと同世代の娘とはとても思えぬほどの威厳があった。
「そんなに苦しまないで、ルキアン。争いが好きでたまらない獣みたいな人たちをのぞいたら――どんな戦士でも、大切な何かのために必死に戦ってるんだって、パパが言ってたわ。それは人間の世界から争いがなくならない限り、決して終わらない悲劇なんだ、って。だからルキアン1人がそんなに背負い込むことはないと思う」
「シャノンの、お父さん?」
「うん。パパは、今は農園をやってるんだけど、ずっと前は公爵様に仕えるエクターだったの。だから内乱が始まってからは、パパもミトーニアのお城を守りに行ってしまったんだけど……」
 ――そんな! そんなことって!! 嘘だろ? おかしいよ、そんなの……。
 またもやルキアンの目の前が闇に閉ざされた。
 カセリナだけではなく、シャノンの父もルキアンの敵なのだ。これほど親切にしてもらった彼女の、大切な家族と争わねばならないのだろうか。
 あまりの衝撃に、かろうじて立っているだけでも精一杯のルキアン。
 だがシャノンは彼の胸の内など知る由もない。
「私が小さい頃、時々パパが話してくれた。敵も味方も、どちらも大切なもののために正しいと信じて戦っている、と。今回の戦いに出かけるときにもパパは同じことを言っていた。私には戦争のことはよく分からないけど、何が正しいの悪いのか、それはもう、最後には理屈だけでは済まないと思うの。結局は勝った方の意見が正しいことになってしまうし。だから私は、こんなことしか言えないけど、その……」
 まるで母が息子を諭すような様子で、シャノンはルキアンに告げる。
「とにかくルキアンが戦い抜けば、そうすれば誰かが笑顔になれるんでしょ? もちろん、あなたのせいで涙を流す人もいるかもしれない。だけどあなたが勝利を手にしたら、救われる人がいるんでしょ? その人たちがルキアンにとっての《守るべきもの》だと思う。もしそれを守って戦った結果、あなたの敵の戦士たちを倒してしまったとしても――それは絶対に良いことではないけれど、さっきも言ったように、この世界から争いがなくならない限り、仕方のないことだと思う。あなたの敵だって、剣を振るう者はまた相手の剣によって命を落とすこともあると、戦う前から覚悟している。パパもそう言って、公爵様のお城に行ったわ」
 堂々とした、しかし悲しいほどに悟り切った部分のある――戦士の娘として生まれ育った者の言葉だった。
 ルキアンは自分の甘さを恥じた。彼女の顔を正視できないほどに。
 それから、どのくらい静寂が続いただろうか。
 春の日が傾き、薄暗くなり始めた外の景色に目を向けながら、ルキアンはつぶやいた。
「シャノンは――すごいな。僕の尊敬する人が、同じようなことを言っている。その人は普段は本当に穏やかなんだけど……。でも戦うときになったら、軍神のように強くて、鋼の剣みたいに冷徹なんだ。どうしてそこまで、その人が心を鬼にして戦っているのか。それはね、1人でも多く《優しい人が優しいままで笑っていられるように》と願っているからなんだって」
「素敵だわ。ルキアンも、その人と一緒に戦っているんでしょ?」
「うん……」
「だったら、あなたも大切なもののために戦っているじゃない。優しい人が優しいままでいられるように――私は素晴らしいと思う。もっと自信を持って、ルキアン」
 部屋の隅から広がりつつある夕刻の陰りが、ルキアンの涙を隠した。
 ――だからって、もし僕が君のお父さんを殺しても、シャノンはそうやって落ち着いていられるの? 悲しすぎる、戦いなんか。どうして人間は、争いが起こる前に、互いに譲り合おうとする気持ちを持てないの……。

 《ダカラ神ハ、ソンナ人間タチヲ見捨テタ。ソシテ旧世界ハ滅ビタ》

 不意にルキアンは、やるせない気持ちを旧世界の滅亡と結び付けた。
 ――僕たちは過ちを繰り返すしかないの? 人間は、自分たちが滅びるまでは永遠に争いを止めないの?


12 歴史的な勝利、ミトーニア市の反応は?



 ◇ ◇

 その晩、ひとつのニュースが王国全土を駆けめぐった。
 否、口伝えから始まった噂は、瞬く間に無数の《念信》を経て国境を越え、近隣のミルファーン王国やガノリス王国は勿論のこと、遠くタロス共和国やエスカリア帝国までも広がりつつある。
 オーリウムにてギルドの艦隊がナッソス公爵家の艦隊に勝利す!――諸国の宮廷から路地裏の酒場まで、あらゆるところで人々の話題にのぼった。
 単にそれは、無頼の傭兵団が圧倒的規模の大貴族の軍を殲滅したという事実にとどまらない。
 何よりも《オーリウムのエクター・ギルド》という組織の特別な性格ゆえに、その勝利はなおさら人々の注目を浴びたのである。《ギルド》という、一見、封建的・閉鎖的な団体を思わせる呼び名にもかかわらず、この集団は、身分、国籍、宗教、性別等の違いを越えた新たな枠組みに立脚しているのだから。
 そのことを反映し――ギルド艦隊も、もはや地図上に存在せぬゼファイア王国の伝説的英雄を筆頭に、オーリウム国内の元貧民から旧タロス王国の亡命貴族の姫君まで、多種多様な人々によって構成されている。
 彼らは過去に背負ってきたそれぞれの利害やしがらみを越えて、ギルドの象徴である青紫のクラヴァットを等しく身に付け、勝利を得たのである。
 特に諸国の平民たちはギルド艦隊の活躍を賞賛した。タロスの市民でさえ、今頃は、かつての大敵であったカルダインの勝利に乾杯していることだろう。
 他方、少なからぬ貴族たちにとって、ナッソス艦隊の敗北は、日増しに衰退する自らの未来を暗示するかのような苦々しい出来事だった。中でも地元オーリウム王国においては、ナッソス家が保守派貴族の領袖と目されているだけに、その敗北の衝撃はなおさら大きい。
 《この空戦をもって、王国の新たな時代が幕を開けた》
 オーリウムの某文筆家は、当日の日記にこのように書き記したという。

 ◇

 タロス革命の大乱の最中、あとわずかで歴史を書き換えるところであったカルダイン・バーシュは、この日に至って本当に歴史を塗り替えた――とは言い過ぎであろうか。
 その彼は今、飛空艦クレドールの艦橋に立ち、前方の遙か眼下にミトーニア市を見つめている。節くれ立ち、がっしりとした手には、ある宣言の文書が握られていた。
 カルダイン艦長の傍らには、クレヴィス副長だけではなく、ルティーニ財務長の姿も見受けられた。これから行われる宣言をめぐって、彼は艦長から相談を受けたのだ。以前は宮廷の顧問官であった彼にしてみれば、この手の儀式張った《取り引き》も得意分野のひとつなのだろう。
「たとえ追いつめられた者たちであっても、こちらが横暴な態度をとれば、最後の最後で頑強な抵抗に出るものです。ですが、本来は自分たちの立場をよく知っているはず。そこで相手の顔も立て、悪くない譲歩を示してやれば、結局のところは飛びついてくるでしょう」
 広い額を光らせ、ルティーニが自信ありげに言った。
 彼の言葉にクレヴィスが微笑む。
「さらに、一方の選択肢で譲歩すると同時に、別の選択肢の方には苛烈な結果を結び付けておく。《アメとムチ》ではなく《アメかムチか》ですか。なるほど。二重の意味で、常人ならば穏便な答えの方になびくでしょう。誰しも本音では自分たちの身が可愛い。しかし面子もある。その両方に上手く対処してやれば……。ふふふ。ルティーニ、あなたも見かけによらず怖い人ですね」
「時には冷徹な計算もできなければ、宮廷では生きていけませんよ。もっとも、そういう環境が嫌で飛び出してきた私が言ったところで、説得力に欠けますか」
 声を抑えて語り合う2人。
 カルダインは彼らのやり取りを黙って聞いている。
「いや、もし我々がミトーニア市を武力で開城させることになれば、必ず後でツケが回ってくるでしょう。そのぶんナッソス城の攻略が遅れ、ひいては《レンゲイルの壁》への総攻撃開始に間に合わなくなる可能性も出てきます。それに市街戦になれば、何よりも市民たちに犠牲が出てしまいます――ルティーニの案が功を奏するよう、祈りたいものです」
 そうつぶやきながら、クレヴィスはセシエルに目配せした。
 コンソールの上の水晶球に手を置き、じっと神経を研ぎ澄ませていた彼女は、落ち着いた声で言う。
「艦長、市当局とつながりました。準備は完了です」
 カルダインは悠々と頷いた後、自ら念信を送り始める。
 ――名誉ある自由市ミトーニアの、市長はじめ参事会の紳士諸君。私はナッソス家討伐隊の総司令、エクター・ギルドの飛空艦クレドール艦長、カルダイン・バーシュだ。我々はナッソス家の艦隊をすでに撃破し、まもなくミトーニア上空に到着する。ギルドの地上部隊も大規模な包囲作戦を開始した。だが我々は決して争いを好んでいるわけではない。貴君たちが以下の条件を受け入れ、武装解除し、国王陛下と議会に再び忠誠を誓うのであれば、我々は攻撃を中止するとともに、ミトーニアの自治権を従来通り保証する……。


【第23話に続く】



 ※2001年9月に鏡海庵にて初公開
コメント ( 0 ) | Trackback ( )

『アルフェリオン』まとめ読み!―第22話・中編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


5 「巨人」を追う銀髪の将、次なる手は?



 ◇ ◇

 王都エルハインの南方、広大な中央平原が途切れる北限付近に、議会軍のアムスブール基地がある。
 その敷地内にひときわ大きな石造りの建物がそびえている。黒々とした岩山のごとき堅固な要塞。旧世界の《クリエトの塔》を思わせる角張った施設の四隅には、同じく石組みの尖塔が天高く伸びる。
 この堂々たる建物が議会軍総司令部である。
 輝く銀髪を肩まで豊かにたたえ、すらりとした長身を持つ将校が、薄暗い廊下を急いでいた。物静かで落ち着きのある40代前半の男は、時折、密林の奥から獲物を狙う豹のごとく、周囲に鋭い視線を走らせる。
 扉の左右に立つ衛兵から最高度に改まった敬礼を受けた後、彼は部屋の中に通される。入口には《議会軍元帥》の名が掲げられていた。
 彼の正面に座している大柄な老人が、そのエクセオ・ディ・ドラード元帥、つまり全議会軍の頂点に立つ人物に他ならない。見た目には背筋も真っ直ぐ伸び、体の動きも力強い。しかし元帥の頭髪はすっかり失われており、深い皺が顔中に刻まれていることからも考えて、実際には相当の高齢なのだろう。
 例の銀髪の男、マクスロウ・ジューラ少将は恭しく一礼した。
 マクスロウ少将は、いわば元帥の懐刀と言うべき立場にある。彼の任務は――軍の最重要機密に当たる問題について、ドラード元帥から直接の指示を受け、秘密裏に情報収集を行うことである。今回の《大地の巨人》の件も勿論そのひとつだ。
 凛とした姿勢を崩さぬマクスロウを一瞥した後、元帥は暖炉の前に立った。ドラード家は将軍や大臣を代々輩出してきた名門貴族である。軍人というよりは宮廷の文官を思わせる物腰柔らかな態度で、元帥はつぶやく。
「これは何の冗談かね? マクスロウ少将……」
 ドラード元帥は、少将から受け取ったばかりの文書に火を付けた。
 赤々と燃える炎。黒い焦げが広がり、たちまち小さくしぼんでいく紙を、元帥は暖炉の中に捨てる。
 さらに1枚、2枚……。
 無言のまま微動だにせぬマクスロウに向かって、元帥は渋い顔をした。
「この報告書のことだ。昨日ラプルス地方でわが軍が交戦したという事実は、私の方には《一切伝えられていない》。反乱軍の勢力など無いに等しいあの地方に向けて、特務機装軍が2個大隊も出撃したなどと――君のような有能な男が、そんな馬鹿げた《誤報》を本当に信じたはずはなかろうが。はっはっは」
 元帥の高笑いを耳にしながら、わずかに眉を動かしたマクスロウ。
「閣下……」
 ファルマスが予測した通り、軍はあの一件を――つまりマクスロウの送った特務機装兵団がパラス騎士団と戦い、全滅したという事実を――闇に葬り去ったのだ。
 もし表沙汰になれば、事は議会軍だけの問題ではなくなり、議会と宮廷、ひいては議会と王家との間にまで厄介な軋轢が生じかねない。宮廷の方としても、パラス騎士団をラプルスに派遣していたことが公になっては好ましくないので、互いに知らぬ存ぜぬというところだろうか。
「ともかく早急に手を打たねばなるまいな。《巨人》はすでにパラス騎士団の手に渡ってしまったのだろう?」
 元帥は執務卓に着き、先程とは別の報告書を手にした。
「それだけは何としてでも阻止しようとしたのですが、申し訳ございません。昨夜遅く、《パルサス・オメガ》を収めたと思われる黒いコンテナを国王軍の大型輸送艦が運び去っていくところを、付近の住民たちが目撃しております。現在、その輸送艦の行方を全力をあげて探索させているところです」
「頼むぞ。それから、宮廷に潜む狸のことだが……」


6 英雄の反乱と宰相の陰謀、その背後に…



「ご無礼仕ります」
 小声でそう言った後、マクスロウは元帥の耳元に近寄った。
「エルハインの都から新たな知らせが参りました。パルサス・オメガの発掘は、やはりメリギオス大師の命によるものです。さらに、反乱軍に忍ばせた密偵が思わぬ事実を探り出してきました。まだ確かだとは申せませんが、メリギオス大師はギヨット卿と密書を取り交わしている模様です」
「何と……。いや、それで合点がいった」
 好々爺の雰囲気すら漂わせていたドラードの目が、不意に鋭い光を帯びる。うって変わった彼の表情は、軍を統べる元帥のそれだった。
「君も知っている通り、ギヨットとメリギオスの目標は互いに異なる。しかし議会を叩きつぶして国王に権力を集中させようとするところまでは、両者の利害は一致するのだ。おそらくギヨットが反乱を起こしたのは――貴族や神官、商人、地主たちの力が分立し、はっきりとした権力の中心のないオーリウムを、エスカリア帝国のように絶対的な君主によって統治される国に変えようという《理想》のためだ。そのためにはまず、様々な地域や諸身分の利害の牙城である王国議会を解体せねばならぬ。他方、メリギオスは自身の権力欲だけで動いているが、彼にしても――議会が倒され、自分の《操り人形》である王に権力が集まれば集まるほど、己の力もまた強まるというわけだ」
「ギヨット卿は熱狂的な愛国者でしたが、それが行き過ぎて反乱などということに……。オーリウムをエスカリアに劣らぬ強国にするためには、ゼノフォス皇帝が断行した中央集権策と同様、国の権力の在り方を根本から作り替えなければ何事も始まらないでしょう。常に前線でガノリスと戦ってきたギヨット卿にしてみれば、このままでは王国が生き残れぬという思いを人一倍強く感じていたのかもしれません。しかし……」
 マクスロウの言葉は、一見するとギヨットに対して同情的だった。
 だが彼はあくまでギヨットの立場を冷静に分析しただけでであって、個人的に共感を示す素振りは少しも見せていない。私情に流されることがないからこそ、冷たい鋼――文字通り元帥の《懐刀》であり得るのだ。
 むしろ元帥の方が、互いに良く知った仲であるギヨットを思い出し、さながら若き日の戦友を回顧するような眼差しを浮かべていた。
「そうだな。オーリウムが他国に侵略されることを最も嫌っているのは、他ならぬギヨット自身であるはず。だからこそ分からなかったのだ、なにゆえ彼がこんな時に反乱を起こしたのか。いま内輪もめを起こせば、まさにエスカリア帝国の思うつぼではないかと……。他方、帝国軍と連合軍のいずれに味方するかをめぐって国内が真っ二つに割れている今は、確かに反乱にとって、またとない好機でもある。そこでギヨットはメリギオスと手を組んだのだろう。いや、多分メリギオスの方から話をもちかけられたのかもしれないが。これは私の憶測に過ぎないにせよ、メリギオスは帝国軍とも密約を結んでいる可能性があるからな」
 宮廷内の事情にも詳しいドラードは、メリギオスの人物像をも見事に把握していた。メリギオスは手段を選ばない。己の権勢のためならば、自分の国や味方を欺くことも平気で行う男なのだ。
 元帥はさらに続ける。
「つまり――議会軍を叩いた後、メリギオスとギヨットは、議会の決議に反してエスカリア軍と講和・同盟することにより、オーリウムの独立を維持する。抜け目のないメリギオスのことだ、機を見てガノリスやミルファーンの国土を奪い、エスカリアとオーリウムの2大国が支配する世界を作り上げようとしているのだろう。そして、いずれはエスカリア帝国の寝首を掻き、世界を手にしようと……。勿論その程度のことは、神帝ゼノフォスの方も見通しているだろう。結局は狐と狸の化かし合いだな」
 マクスロウはしばらく考え込んでいた。だが、大筋のところでは元帥の見方に賛同しているらしい。
「従来ならば、その化かし合いの成立する余地すらなかったでしょう。しかし今や、メリギオス大師には《切り札》があります。帝国の浮遊城塞《エレオヴィンス》にも劣らぬ――いいえ、恐らくそれ以上、世界を滅ぼせるほどの力を持つパルサス・オメガという最終兵器が。この巨人の力を背景に、メリギオスは帝国との交渉を上手く進めるつもりなのでしょう。さすがはドラード閣下。そう考えれば話はつながります」
「一応はな。だが君自身、わしの推理に完全に納得しているわけではあるまい。果たしてゼノフォスがそんな小細工に応じるだろうか? また、そもそも疑問に思っておるのだよ――いかに旧世界の超兵器だとはいえ、ただ1体の《巨人》がそれほどの力を持っているとは、今ひとつ信じ難い」
 ドラード元帥は、何か釈然としないという顔つきである。
 やがてマクスロウは新たな密命を帯びて引き下がった。


7 墜落したルキアンが助けられたのは…



 ◇ ◇

 目を開けると、茶色がぼんやりと見えた。
 霞がかかったような視界。全ての輪郭線が徐々にはっきりしてくる。
 頭の上に何か動くものがある。そしてもうひとつ。
 2つの人影がこちらを覗き込んでいた。
「あ、気が付いたみたいだよ。目が開いてる!」
 まだ幼さの残る少年の声がした。
 ようやく意識を取り戻したルキアン。
 柔らかなベッドの感触。
 例によってシャリオやフィスカの顔が現れるのではないか――そう思ったが、ここは少なくともクレドールの医務室ではないらしい。
「あ、あれ。僕は一体? いや、戦いは……。そうだ、戦いは!?」
 無意識のうちに声をあげ、ルキアンは布団を蹴り飛ばすように起き上がる。
 ベッドの側から慌てて男の子が後ずさった。
「おかしいな。何でだろ。ここは? 君は?」
 ルキアンは、自分でもよく考えないまま彼に話しかけていた。
 男の子の方も、きょとんとした目でルキアンを見つめている。
 ほとんど黒と表現してもよさそうな深い褐色の瞳が、警戒心と好奇心とをない交ぜに、ルキアンの体中を眺め回した。その視線は、彼の腰に吊り下げられた拳銃のところで止まった。
 子供ながらに厳しい少年の目つきから、ルキアンも彼の気持ちを理解する。
「大丈夫。弾は入ってないよ……。ほらね、怖がらないで」
 ルキアンは銃を手にすると、武器の構造も分からぬ子供に説明しようとする。
 だが少年の方は、ルキアンが不用意に銃を抜いたおかげで身を凍らせた。
「ご、ごめん……。あの、こういうのって、慣れてなくって」
 急いで銃を収め、両手を振って弁解しようとするルキアン。
 彼自身も銃の扱いには不慣れである。過去に何度か試し撃ちしたことがあるくらいで、実際に生き物を撃ったことは――ましてや人間に銃を向けたことは一度もなかった。
 そんな彼が、拳銃とは比較にならぬ大量破壊兵器《ステリアン・グローバー》の引き金を引いてしまったとは、まさに運命の皮肉としか言いようがない。
 銃をホルスターに戻したとき、ルキアンは腰に下げてあった剣がないことにようやく気づいた。これまた素人の振る舞いだ。実際、戦士でも軍人でもないのだから仕方がないとはいえ。
「変だな。僕の剣がない。《ケーラ》の中に忘れてきたのかな?」
 周囲や足元を見回した後、ルキアンは剣ではなく別の人影を見いだした。
 男の子と同様にきれいな褐色の目をした娘が立っている。
 ルキアンと同い年くらいだろうか。暖かそうな厚手の焦茶色の上着と、森の木々を映したような深い緑色のスカート。質素な農村風の出で立ちだが、農民の娘にしては身なりが多少良すぎる感じもする。
「気が付きましたか。ごめんなさい。剣は預からせてもらいました。だって、あなたが何者なのか分からないし……」
 少女の顔を見つめたまま、ルキアンは黙って頷く。
 程良くクセのある栗色の髪は、特に結ったりしていないにせよ、小綺麗に整っている。それほど痛んでいる様子もなく、大地に引かれて流れるように背中を包んでいた。ミトーニアの商人の娘が郊外に避難してきたのだろうか? ちょうどそのような外見だった。
 指先もほっそりしており、その色も白く滑らかだ。やはり農民の娘ではあるまい。物腰からみて貴族でもないだろうが……。
 ルキアンは若干の不審を覚えつつ色々考えている。
 しかし彼の様子に危険はないと感じたのか――いや、実際、見るからに危険ではなさそうなのだが――娘は微かに目を細めた。こうして肩の力が抜けると、彼女は先程よりもあどけなく見える。
「怪我、してないですよね? 私はお医者さんじゃないから、よく分からないけど。とりあえず血は出てなかったです」
「え、えぇ。大丈夫です。僕はどうして、ここに?」
 見知らぬ《来客》をまだ警戒しながらも、素朴な笑顔を見せる娘。
 そんな彼女にルキアンはどこか親しみを覚えた。ちょうど2人が同じ年頃だったせいもある。
「それは……」
 ルキアンに尋ねられた途端、娘は表情をこわばらせ、言葉を詰まらせた。彼女はルキアンの心を手探りするように、そっと視線を送る。
「いきなり大きな音がして、近くの森に落ちてきたんです。その――あなたの、あなたのアルマ・ヴィオが」


8 戦いの不条理―突きつけられる醜い現実



 記憶の糸をたぐり寄せていくうち、次第に思い出し始めたルキアン。
 ――そうか。僕は、たしか敵のオルネイスに囲まれて、それから……。あのとき、避けきれずに墜落した?
 にわかに口数の減ったルキアンに、今度は少女が尋ねる。
「あなたは兵隊さん? 私と同じくらいの歳なのに、アルマ・ヴィオに乗って戦ってるなんて……」
 ルキアンは妙に力を込めて首を振る。
「じゃあ、公爵様の家来の人? そういえば何となく品がいい。機装騎士見習いの貴族の方?」
「え、あの、僕は、その……」
 まず間違いなくここは敵地だ。いくら不器用なルキアンでも、自分がギルドの飛空艦に乗っているとは言わないだろう。かといって、いまさら《魔道士見習い》だと名乗るのもなぜか違和感がある。
 彼は何度も言葉をどもらせ、いつまでたっても適当な答えを返すことができなかった。
 娘の方もそれ以上の詮索をあきらめた。
 溜息。そして苦笑い。彼女はあっさりした口調で言う。
「まぁ、何でもいいわ。どうせどこの軍隊でも、私たちにとっては同じだし」
「……同じって?」
 彼女は男の子の方を気にしながら、ルキアンに耳打ちした。
「議会軍も、反乱軍も、公爵様の兵隊だって、みんな私たちの畑を踏み荒らしたり家を壊したりすることに変わりはないもの。でもまだましよ。敵なのか味方なのかよく分からない傭兵たちなんて、お金や食べ物を全部奪っていくもの。抵抗したらどんなひどい目に遭わされるか分からないし。楽しんで人間を殺すような人たちだから。私も何度か襲われそうになったことがある。いつも必死で逃げてばかり。怖い……」
 何のための戦争であろうと、結局いつでも一番苦しむのは庶民だ――そんなお決まりの台詞をルキアンも幾度となく聞いているが、少女の怯えた顔は何百の言葉よりも彼の胸を揺るがした。また、傭兵たちの蛮行を目の当たりにしながらも、それでも自分を助けてくれた彼女にルキアンは心を打たれた。
 ――だから、戦いなんて終わらせなくちゃいけないんだ。戦争なんて全部なくなってしまえば、消えてしまえばいいのに!
 だが争いを終わらせるためには、結局誰かが戦わねばならぬということを、今のルキアンは感じ始めている。
 今後の戦争による惨禍を連想したのか、娘は身を震わせた。
「大変なの……。もうすぐエクター・ギルドの艦隊が攻めて来るんですって。飛空艦に乗ってるのはみんな空の海賊で、ならず者の集まりなんだって、公爵様の兵隊さんたちが言ってたわ。もしミトーニアが落ちたら、街の人は皆殺しになるだろうって」
 ――そんな馬鹿な!? ギルドは、少なくとも僕たちの船は違う!
 ルキアンはそう叫ぼうとしたが、言えなかった。
 ――優しい人が優しいままでいられるように……。いや、でも僕らも。
 戦う者はみな同じだという娘の言葉を、ルキアンは思い出す。
 ――どんな戦いも結局は《戦い》。優しい人が優しいままでいられるように、優しい微笑みを絶望の涙に変える人たちに立ち向かい、クレヴィスさんも……僕も?……必要とあれば剣をかざす。そして血を流し合い、戦い続ける。誰かの優しさのために自分の優しさを捨てて……。だけど、戦う相手の側に言わせれば、僕らのせいで大切なものを失っている。だったらなぜ戦うの? なぜ人は戦わなきゃいけない? 好んで戦ってなんかいないのに!
 ルキアンは知らぬ間にシーツを握り締めていた。青い顔をして。
 娘の口から出てきたのは、茫然自失の彼をさらに困惑させる言葉だった。
「きっとカセリナ様が助けに来てくれる。姫様は家来の人たちと一緒に町や村を回って、悪い人たちから守ってくださっているの。とにかく強いんだから。お城の機装騎士の誰よりもカセリナ様は強いって、みんな言ってるわ」
 そういえばナッソス公の城に居たとき、カセリナもアルマ・ヴィオに乗るとランディが言っていた。お姫様の単なる戯れだろうと思っていたルキアンだが、違うのだ。カセリナは1人のエクターとして、実際に戦っている!
 ――僕はカセリナと戦えるのか? いや、僕が戦わなくても、仲間の誰かがカセリナと戦い、傷つけたり、傷つけられたり、もしかすると命まで。もしもそんなことになったら、僕は……。
 恐ろしい想像。けれども近い将来、事実にならざるを得ない悪夢。
 ――私から大切なものを奪おうとする憎い敵なのね、あなたは……。
 彼女の声が、残酷なほど鮮明によみがえる。
 また今度も返す言葉が見つからなかった。


【続く】



 ※2001年9月に鏡海庵にて初公開
コメント ( 0 ) | Trackback ( )

『アルフェリオン』まとめ読み!―第22話・前編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


  優しさのために、
   優しさを捨てることができますか?
  笑顔のために、
   笑顔を忘れることができますか?

◇ 第22話 ◇


1 驚愕、平凡な敵にさえ苦戦する主人公!?



 ――体が、動きが重い?
 今の自分の《身体》、つまりアルフェリオンの機体にルキアンは違和感を覚えた。覚悟を決めて出撃してみたものの、何か調子がおかしい。
 クレドールの甲板から飛び立った途端、ルキアンは激しい空気抵抗の壁にぶつかった。吹き付ける突風に抗っているような、いや、これでは水の中に居るような。
 早く次の行動に移らなければ。だが……。
 ――しまった! 回避できない!?
 白熱した稲光が走った。正面から敵方の雷撃弾が飛来する。
 ルキアンが気づいた瞬間、目の前は閃光に包まれ、何も見えなくなった。
 ――ルキアン、大丈夫か! ルキアン!!
 呆然とした頭の中にバーンやベルセアの声が響く。
 自分はどうなったのか?
 まだ意識がある。いや、奇跡的にダメージは免れたようだ。
 ルキアンが我に返ったとき、陽炎のごとく揺れる空気の幕のようなものが正面に浮かんでいた。以前と同様、彼に代わってアルフェリオン自らが《次元障壁》を張ったのである。
 ――いけない、動かなきゃ。動け、もっと、もっと速く!
 必死に翼を羽ばたかせようとするが、思うように速度が上がらない。
 一体どういうことなのか? 今までと比べて動きに全くキレがない……。
 ――ルキアン、今度は後ろだ!!
 ベルセアがそう叫んだときには、新たなオルネイスが銀の天使めがけて襲いかかっていた。
 鋼の鉤爪を持った2つの足が、アルフェリオンを鷲掴みにしようとする。甲冑の肩当てから火花が飛び散り、ルキアンは引きずられるような衝撃を感じた。
 何とか飛行姿勢を立て直そうとするが、機体はにわかに失速し、その翼も勢いを奪われていた。

 ◇

 敵の飛行部隊を相手にルキアンたちが防戦を続ける一方、ギルド側のアルマ・ヴィオもナッソス艦隊を激しく攻め立てていた。
 中でもレーイの操る《カヴァリアン》の働きはめざましい。さすがにギルドのエースと称されるだけのことはある。
 ――この1発で沈める。
 冷静にそう言った後、突然、レーイは心の中で雄叫びを上げる。
 ついに来たな、とメイは思った。
 レーイは徐々に闘志を燃え上がらせるタイプだ。普段のやや平凡な性格が災いしてか、火がつくまでに時間がかかる。が、ひとたび気合いが高まるや、彼の戦いぶりはもはや荒ぶる闘神のそれに等しい。
 ギルド側のアルマ・ヴィオの息もつかせぬ波状攻撃により、目標となった敵巡洋艦は急激に戦闘力を失いつつある。それでも敵も最後まで諦めない。わずかに残った砲塔が、接近してくるカヴァリアンに向かって火を噴いた。
 だがレーイは避けなかった! 敵の火炎弾の軌道を精確に見切ったうえで、なんと真正面からMTサーベルを振り下ろし、迫り来る炎の帯を切っ先で両断したのである。
 カヴァリアンの正面で猛火がVの字型に分かたれ、後方に散っていく。ほんのコンマ数秒でもタイミングを誤れば、直撃を喰らうところだが。
 炎はおろか、轟々と流れ落ちる滝をも切り裂く刃……。それはかつて、伝説の勇者と呼ばれた者たちが、強力な魔法使いと戦うときに使った奥義を思わせる。勿論、レーイ自身がそんなものを会得しているわけはないにせよ。
 ――か、神業よね……。今の見た?
 さすがのメイも息を飲んだ。


2 ギルドの真の実力…戦慄するナッソス軍



 もはや裸同然の敵艦の頭上に、カヴァリアンがひらりと舞い上がる。
 今度は剣ではなく、MgSドラグーンの銃口が青白い閃光を吐き出した。ごく身軽に、狙いを定めず適当に発射したような動作だったが、実際には寸分狂わぬ完璧な射撃だ。
 斜め上空からの雷撃弾は敵艦の船首から船尾まで貫通する。カヴァリアンのMgSドラグーンの威力は、パラス騎士団の《エルムス・アルビオレ》のそれにすら劣らぬと言われている。強烈だった。
 瞬き。わずかな時が流れた。船体の各部で爆発が続いた後、ついに敵艦は火柱を立て、真っ二つに折れるように砕け散った。
 予告通り、レーイは本当に一発で仕留めてしまったのだ。
 彼がいよいよ真剣になり始めたのには理由があった。そう。味方艦隊に迫った危険のことを考えてである。
 ――メイ、お前の腕とラピオ・アヴィスの速さを見込んで頼む。ここは俺たち3人で何とかするから、味方艦隊のところに戻って敵の飛行型を叩いてくれ。クレヴィス副長が出ているから、まず大丈夫だと思うが。しかし、万一ということもある。
 ――何言ってんの!? レーイ、いくらなんでも、たった3機でこの艦隊を相手にする気? 無茶言わないで!! むしろクレヴィーの方に、早くこっちを援護に来てほしいぐらいだわ。
 レーイの言葉に耳を疑うメイ。
 ――3機で足らないのなら、4機のままでも大して変わるまい。
 ――そ、それは……。でも。
 ――帰るべき船が沈んでしまっては、こちらで勝ったところで意味が無い。
 厳かな威圧感を漂わせ、レーイは淡々と諭した。
 彼の言葉を聞きつけたプレアーが、会話に割って入ってくる。
 ――早く助けに行かなきゃ、お兄ちゃんたちが!!
 ――だったらお前も行ってやれ、メイと一緒に。
 レーイは静かに言い残すと、残る敵艦の方に怒号と共に突進していく。今度は戦艦を標的に定めたらしい。バーラエン級の巨艦の方ではないといえ、アルマ・ヴィオだけで戦艦に戦いを挑むなど正気の沙汰とは思えなかった。
 いや、果たして本当に無謀なのだろうか? レーイという男は、我を忘れる熱血漢とは根本的に違っているはず……。自信が、勝算があるのだ。
 カヴァリアンの周囲を球状の光が取り巻いた。砲撃の嵐の中を、金色に輝く火の玉が突き進んでいくように見える。カヴァリアンに搭載された旧世界の防御兵器、全方位からの攻撃を封じる《結界型MTシールド》である。
 仲間たちのやり取りを黙って聞いていたサモンも、《ファノミウル》の翼を翻して彼に続いた。
 ファノミウルの広角型MgSが目映い輝きを帯び、赤い竜巻さながらの炎が敵艦を飲み込もうとする。背中の多連式MgSも、休むことなくうなりをあげ続ける。
 豪雨のように魔法弾を叩きつけられては、いくら戦艦の防御力をもってしても長くは持ちこたえられまい。堅固な要塞でさえも、飛行型重アルマ・ヴィオの《爆撃》を受ければ廃墟と化してしまうのだから。

「艦長、重巡洋艦ロスクが撃沈されました! 敵アルマ・ヴィオ2体、さらにこちらに向かって接近してきます!!」
 敵艦隊の旗艦、バーラエン級飛空戦艦の艦橋で《鏡手》が叫んだ。
 見るからに武人らしき、濃いもみあげに顎髭の指揮官は、たったいま窓外で起こった出来事に目を疑っていた。
「アルマ・ヴィオだけで、それもわずかな間に、たった4機で巡洋艦を沈めただと!? そんな馬鹿な話が……」
 傍らに居た副官らしき男が、自らも驚愕を隠せない様子で答える。
「そ、それが、艦長。敵の汎用型のエクターは人間離れした腕の持ち主で、重飛行型の1機もアルマ・ヴィオとは思えぬ莫大な火力を有しており、このまま手を打たなければ、さらに被害が拡大する恐れがあります!」
「飛行隊をこちらの守備に回せと言うのか? あと少し、あと少しで敵艦を落とせるというのに……。もう1隻や2隻、こちらの船を失ってもやむを得ん! もとよりこの空戦で勝利せねば、我々に後はないのだからな」
「しかし敵艦隊の前にも、信じ難い強さのアルマ・ヴィオが1体立ちふさがっております! こちらのオルネイスは次々と撃墜され……」
「分かっている!!」
 敵艦長は悲痛な面持ちで机を叩いた。
 ――単機のアルマ・ヴィオに、40機あまりの飛行型が追い詰められているというのか? 何ということだ、それがギルドのエクターたちの実力だというのか。戦いの中で生きる無頼の漢たち、まさかここまで手強い相手だとは。
 怒りゆえか、恐れゆえか、艦長は肩を振るわせながら両手を合わせる。
 ――だがナッソス家のために、何よりもカセリナお嬢様の未来のために、我々は絶対に負けられぬ。神よ、どうか勝利を我らに……。


3 主人公、早々に墜落? 決意も空しく…



 ◇

「危ない!!」
 セシエルは思わず姿勢を低くする。
 突然、艦橋の前に銀色の何かが飛び出してきた。それはクレドールの船首すれすれをかすめた後、再び上昇し始めている。
 姿勢を崩したアルフェリオンが落ちてきたのだ。
 ――何やってんだ、ルキアン! 寝ぼけてんのか!?
 バーンの怒声。
 ――そんなこと言ったって……やってます、やってるけど、これが限界!!
 ルキアン本人としては手を抜いてなどいないのだが、どうにも速度が出ない。時間を超えて瞬時に移動しているかのような、アルフェリオンのあの恐るべきスピードが全く発揮できないのだ。
 それでもオルネイスの倍以上の速度が出ているのだが――訓練を積んだナッソス家のパイロットと素人同然のルキアンとの実力差を埋めるハンデとしては、まだ不足だった。
 ルキアン自身には分かっていないにせよ、これがアルフェリオン・ノヴィーアの基本的な速度に他ならない。過去に2回の空中戦を行った際、あれほど速く飛べたのは、いずれの場合も《ステリア》の力が発動されていたためだった。
 ――落ち着け、落ち着くんだ。焦っちゃダメだ。
 緊張のあまり、めまいを起こしそうになりながらも、ルキアンは自分に言い聞かせる。
 が、それが彼の隙になった。
 ――ルキアン、囲まれてるぞ! 目ェ付いてんのか!? 死ぬぞ、おい!!
 再びバーンの大声が聞こえたとき、ルキアンは、物凄い速さで暗闇に落ち込んでいくような気がしていた。
 それ以降のことは、全く覚えていない……。

 敵の集中攻撃を浴び、真っ逆さまに落下していくアルフェリオン。
 戦場では一瞬の気のゆるみが命取りになる。
 あっという間に鋼の怪鳥たちが殺到し、めった打ちにされた銀の天使は、いともあっけなく戦線を離脱してしまった。

 ――ルキアン君!?
 クレヴィスはアルフェリオンの墜落に気づき、瞬間、助けに向かうような素振りを見せた。
 だが、わずかに移動しかけた《デュナ》は、何故かその場にとどまる。
 その間も、敵のアルマ・ヴィオが目の前を飛び交っていた。
 ――あなた方に勝ち目など無いですよ。名誉ある死が望みならば、私も戦士として、すみやかな最期を与えてあげましょう。
 デュナとすれ違った後、数体の飛行型が木っ端微塵になった。
 あまりに速い斬撃のため、光の剣のひと振りが流星のようにすら見える。
 悠々と上昇していくデュナが、さらに1機、また1機と敵をとらえていく。小魚の群を思うがままに喰らう肉食魚のごとく……滑らかで、圧倒的で、そして容赦がなかった。
 クレドールを取り巻く敵機の数が、次第に目に見えて減ってきている。
 事態を冷静に把握しながら、クレヴィスはつぶやいた。自らに言い聞かせるかのように。
 ――ルキアン君、そういう結論を選びましたか。ステリアの力に対して……。あなたらしい、優しい思いです。でもルキアン君。もし本当にそれで済むのなら、呪われたステリアの魔力など、最初からこの世に現れていなかったかもしれません。


4 猛る精霊の群れ、魔道士クレヴィスの思い



 他方、クレヴィスはデュナに新たな動きを命じる。
 ――ここまで敵機の数を減らしておけば……。後はまとめて片付けても、味方の艦が誘爆することはないでしょう。
 深緑色の甲冑の背後から、いくつもの炎が尾を引いて飛び出していく。その光景は、まるで獲物を追い立てさせるために、デュナという狩人が猟犬の群れを放しているように見えた。
 無数の鬼火が生き物同様に飛び回る。よく観察してみると、燃え盛る火焔の中で――蛇に似た動きでうねる何か、鳥を思わせるもの、人の顔のような影など、異様な存在が踊っている。
 《ネビュラ》である。しかも物凄い数の……。
 普通のエクターなら一度にひとつのネビュラを操るだけでも精一杯だ。
 だがクレヴィスは、数10体のネビュラを同時に呼び出した。天才的な魔道士である彼の才能と、魔法戦特化型のアルマ・ヴィオ、デュナの能力とが組み合わさって初めて可能となる、文字通りの《魔法》だった。
 炎のネビュラの数は、生き残っている敵のアルマ・ヴィオよりも多い。
 ――行きなさい、我がしもべたちよ。
 クレヴィスが静かにささやく。
 それを待ちかねていたように、猛火をまとった《猟犬》の群が獲物に襲いかかった。味方の飛空艦に当たらぬよう上手く軌道を修正しながら、炎の人工精霊たちはそれぞれの敵を狙って飛翔する。
 ――終わりましたね。できれば使いたくなかったのですが……。
 早くもクレヴィスはそう言った。
 実際、もはやナッソスの飛行隊に助かる術はない。たった1体のネビュラでさえ、特殊な魔法を使わぬ限り迎撃し難いものだ。それがこれだけの大群となって襲いかかれば、人間の力ではどうすることもできまい。
 灼熱の炎が敵の翼に絡みつき、あるいは機体全体を舐めるように燃え広がる。
 ――もはやこれまでか。我々の同志が、必ずやナッソス家に勝利を!
 ――カセリナ様!!
 多くの若いエクターたちが、敬愛する姫の名を叫んで死んでいった。
 黒こげになった《鳥》が、溶けて形を失った鳥が、次々と地上に落ちていく。

 その様子を見つめながらクレヴィスは寂しげにつぶやく。心の奥底で語られる言葉には、彼らしからぬ苦渋の匂いが漂っていた。
 ――ルキアン君。いつか貴方にも分かるでしょう。本当はみんな穏やかに笑っていたいのです。しかし、そんな優しい気持ちさえも踏みにじってしまう人々がいるから……自分や仲間の身勝手な都合のためならば、他人に犠牲を強いることなど当然に許されると思っているような人々がいるから……その結果、涙を流しながらも、そのような人々と《戦う》者が必要となってしまうのです。勇気を出して、優しい微笑みを誰かが守らなければ、この世はあまりに救われません。
 《ケーラ》の暗闇に眠るクレヴィス。
 その横顔に悲壮な影が浮かんでいた。
 ――そうでもしなければ……。他人の痛みを自分の痛みとして、何とか少しでも理解しようと迷い、思い悩み、その結果、己のエゴを人らしく和らげようとする……そういった、人間としてごく当たり前の理性や思いやりを持っていることが、そのような人間として育って《しまった》ことが、罪だとでも、愚かだとでも? 穏やかで慎ましい心など、《醜いあひるの子の烙印》だとでも言うのですか? そんな馬鹿なことが!!!

 ギルド艦隊の周囲には爆煙だけが残された。
 敵の飛行型アルマ・ヴィオは一機たりとも退却することなく、ナッソス家の乗り手たちは全て壮絶な討ち死にを遂げたのである。
 クレヴィスは敵の最期を無言で見届けていた。
 デュナの手に握られていた光の剣が、すぅっと消える。
 肉の帯がほどけるようにして、デュナの《腕》が再び姿を消し、《骨》も本体に収納されていく。
 アルフェリオンの落下した方角に目を向け、クレヴィスは言葉を付け加えた。
 ――たとえ己の優しさが血と涙にまみれることになろうとも、それでも苦しみに耐えて闘い抜くことのできる《戦士》に、誰かがならなければ仕方がないのです。《優しい人が優しいままでいられる》ように。残念ですが、人の世には、そういう救いようのない部分があるのかもしれません……。


【続く】



 ※2001年9月に鏡海庵にて初公開
コメント ( 0 ) | Trackback ( )

『アルフェリオン』まとめ読み!―第21話・後編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


8 旧世界の滅亡から何も学ばぬ現世界?



 彼は我に返って、あの《声》に尋ねた。答えが返ってくるとは期待せず、独り言さながらに。
 ――ねぇ、どうして人は争わなきゃいけないの!? どうしてみんな、穏やかなままで暮らしていけないの?
 ――それは違う。人は、本当は穏やかな心のままでいたいのだと思う。
 予想外に声は答えた。だがその言葉には、彼女らしからぬ激しい感情が、何者かに対する底知れない憎悪がみなぎっていた。
 ――しかし、人がそれぞれ大切にしている《小さな自由の庭》を、あたかも我が物のように踏み荒らす者たちがいるから。自分の身勝手のままに、他人にだけ犠牲を強いるような人間がいるから……だから、人は穏やかなままではいられなくなる。そのような者たちさえいなければ、《不本意な戦士たち》は剣を手に取る必要もなく、ずっと微笑んでいられた。平和の中で心静かに、けれども真摯に自分自身へと近づこうとする穏やかながらも懸命な生き方を、ただ、それを無法に乱されぬことを……そんな小さな願いを大切にして、彼らは生きていただけだった。
 何か昔のことを回想しているかのような彼女の口振りが、ルキアンには少し気になった。が、そんな小さな疑問にとらわれている時ではない。
「僕には難しくて、ちょっと分からない。だけどこれだけは言えるかもしれない。戦うことは平和を乱す。でも戦わなければ平和そのものが壊されてしまう。だったら……」
 ルキアンは哀しげにうつむいた。一瞬、諦めきったような笑みが口元に浮かぶ。それはひどく自虐的に見えた。
「本当はね、本当はね、分かってたんだ。戦うことは、すごく嫌だよ……。だけど、穏やかな思いが蝕まれていくのを、優しい人たちの微笑みが失われていくのを……この国がどんどん荒んでいくのを黙って傍観しているだけなんて、僕はもっと嫌だよ。こんな戦争なんて早く終わらせなきゃいけないんだ。そのために必要だというのなら、僕も反乱軍や帝国軍と戦う」
 たった独りでつぶやくルキアンの姿は、病的で危なげだった。だがそこには、一種の悟りにも似た強固な決意が込められている。
 ルキアンの心中に浮かんでいたのは、一昨日に彼が上空から初めて中央平原を見たときの、夕暮れに染まる果てしない世界の光景だった。
 あのとき己の胸の内から自然にわき上がった願いを、祈りにも似た言葉を、彼は思い起こす。《再び世界に安らぎを取り戻すために。そして、僕とみんなのそれぞれの未来のために。そう、みんなが微笑んでいられるように……》。
 だが一転して彼は現実に心を引き戻さざるを得なかった。
「悲しいよね。人間って。どうして気の遠くなるような時が過ぎても、人は分かり合えなかったのかな? 人はこの世界を一度終わらせてしまったのに……《旧世界》が滅びたのに、それでも僕たちは何も学べなかったのかな?」
 長い吐息の後、窓辺に屈んでいたルキアンは立ち上がる。
 彼は艦長の側に戻った。皮肉なほど晴れ晴れとした少年の顔つきは、異様でさえある。
 真っすぐに伸びる華奢な背中。赤く潤んだ目に澄んだ輝きを漂わせ、ルキアンは落ち着いた声でカルダインに言った。
「艦長、僕も戦います。空を飛べるアルフェリオンなら、クレドールを守るために少しは役に立てると思います。出撃許可をください」
 カルダインは煙草をもみ消し、重々しく頷いた。
「……好きにするがいい。それがこの船の流儀だ」
 あまりにもあっさり告げた後、艦長は自分の仕事に専念する。隣でルキアンが語り始めたことなど、無視しているふうにも見える。
 けれどもルキアンにはそれで構わなかった。
「僕のやろうとしていることが良いか悪いかは分かりません。だけど少なくとも間違ってはいないと思う……いや、そう《信じて》います。僕も僕なりの仕方で戦います。だけど僕は《ステリア》の闇に心を売り渡したりはしません」

 唐突に駆け出すルキアンを、ヴェンデイルが呆気にとられた様子で見ている。わずかな間に、ルキアンの姿はたちまちブリッジから消えた。
「セシー。どうしたんだろうな、ルキアン君?」
 怪訝そうな顔で振り向くヴェン。
 セシエルは上品な含み笑いを浮かべて答える。
「さぁ、分からないわね。でも彼なりに何かを見つけたのかもしれない。それよりヴェン、よそ見せずに見張ってくれないと困るじゃないの! 真っ正面から弾が飛んできたら、どうするつもりよ!?」
「へぃへぃ……」


9 シャリオの推理、世界樹と天上の王…



 ◇

 アルフェリオンの操縦席、すなわち《ケーラ》に身を横たえたルキアン。
 彼は荒くなった呼吸を整え、心臓の鼓動が落ち着くのを待つ。もう一度深く息を吸い込み、それから呼気と共に身体の力を頭頂から指先まで自然に抜いていく。
 カルバのもとで修行していたとき、ルキアンはアルマ・ヴィオに乗るのが嫌いだった。特に搭乗直後、ケーラの中で己の肉体から《離脱》する瞬間が気持ち悪くて仕方がなかったのである。
 堅く閉ざされた金属の小部屋は、細身で中背の彼にとってさえ窮屈この上なく、真っ暗で、息苦しい。いかにも棺を連想させるケーラの中、自分の身体はこのまま二度と目を覚まさぬのではないかと、ルキアンはいつも心配に思ったものだ。
 だが今は違う。どういうわけか、あの得体の知れない不安を感じていない自分に、彼は気づいた。
 ――奇妙だな。こうしていると気分が落ち着く感じさえする。他のアルマ・ヴィオに乗っているときとは全く違う……。まるで、ケーラが僕の身体を優しく包んでくれているようで、とても安心する。この不思議な安心感を、ずっと昔、僕はどこかで感じていたような気がするんだけど……。でも、おかしいな。子供の頃から、そんな暖かさなんて僕には無縁だったはずなのに。
 彼はケーラの壁面に沿って指を滑らせてみた。金属の肌はひんやりと冷たい。精密に刻み込まれた魔法陣の呪文、異界の精霊たちや自然の諸力を象徴する様々な紋章。

 ◇

 同じ頃、医務室にて。
 シャリオは机の上で両手を組み、そこに額を寄せかけて沈思する。
 《塔》の旧世界人の日記――クレヴィスが友人から得た新しい情報をもとに、彼女は頭の中を整理していた。
 目を閉じたまま、シャリオは微かな声でつぶやく。
「《大きな樹》の昔話が、実は旧世界の……いや、《天上界》の滅亡について語る寓話であるということは、確実になってきたと言っても良いでしょう。あの日記に書かれている事実も、昔話の中身とある程度の整合性があります」
「あのぉ……。シャリオ先生、何をぶつぶつおっしゃってるんですぅ?」
 とても交戦中とは思えぬとぼけた声は、言うまでもなくフィスカのものだ。彼女は包帯や軟膏などを、当座に必要な分だけ棚から下ろしている。
 さきほど、クレドールの砲台ブロックで軽い負傷者が出たという話も伝わってきた。戦いがさらに激化するようであれば、じきにこの部屋へと運び込まれる者もいるだろう。
 シャリオも万端の準備を整えて待機していたが、その間も旧世界のことが頭から離れない。
 ――わたくし、医師として失格ですわね。こんな大切なときに……。
 彼女はフィスカに聞こえぬよう、そっと溜息をつき、目を伏せる。
 が、次の瞬間には、シャリオの気持ちは再び伝説の中に埋没してしまった。錯綜する旧世界の謎の糸を、彼女は丹念にほどき、あるいは新たに結びつけていく。素早くペンを走らせ、シャリオは自分の推理をメモに書き付ける。

  ・大きな樹→世界樹 地上界と天上界とを結ぶ施設。巨大な塔か?
  ・地上の少年→地上人?
  ・雲の上の王→天空人 あるいは天空人の王か?
  ・雲の上の城→天空植民市群

 返事をしてもらえぬフィスカが、寂しそうに、そのくせ興味津々といった目つきでシャリオの側を行き来している。
 見かけによらず働き者の看護助手。その甲斐甲斐しい仕事ぶりを、ふわりとした金の巻き髪の少女が見つめていた。
 メルカである。部屋の隅に置かれたソファーに腰を下ろし、彼女は両手を膝の上で可愛らしく揃えている。見慣れぬ器具や薬瓶などが次から次へと現れる様子を、彼女は小首を傾げて眺めていた。少しは元気になったようにも見えるが、相変わらず口を堅く閉ざしたままだった。


10 怒れる天の騎士は剣を振り下ろし…



 ◇

 ルキアンは目を閉じ、アルフェリオン・ノヴィーアの心に語りかけ始めた。いわばそれは、アルマ・ヴィオに《鍵》を差し込んで起動する作業のようなものだ。
 彼が瞑想を深め、思念を夢幻の世界へと解き放つにつれて、ケーラの壁面が青白い光を帯びていく。
 静かな浮揚感に抱かれながらルキアンは思った。
 ――遠い昔、どんな人がアルフェリオンに乗っていたんだろう?
 現在(いま)となっては答えられる者もない問い掛け。
 ――誰がアルフェリオンを作ったんだろうか? 何のために? いや、何のために……だなんて愚問かもしれない。結局、アルマ・ヴィオは兵器だから、戦うために作られたと言えばそれまでかもしれない。だけど、何のために? 何のための戦いだったのだろう?
 ルキアンは、旧世界を滅亡させた戦争のことを想像する。
 禁断の《ステリア》の力を与えられた兵器たちは、古代の魔法科学文明を結果的に崩壊させ、歴史をいったん振り出しに戻してしまった。三千年近くも続いた《旧陽暦》の終わりである。

 大地を舐め尽くす火の海。揺らめく光焔の向こう、《クリエトの石》で作られた高き《塔》が無数に屹立する。天を貫く塔の数々は、黒く焦げ付き、傾いて、崩れ落ち、壮大な古代都市は灰燼に帰していく。
 炎の中にそびえる影。
 輝く6枚の翼を背負った《巨人》が、光の剣を高々と振りかざす。
 怒れる天の騎士の剣は、彼方にまで連なる塔をひと振りでなぎ倒し、底知れぬ深さの地割れだけを跡に残す。北の神話にある大蛇のごとく、光の帯は獰猛にうねり狂い、立ちふさがるものを情け容赦なく切り裂いた。
 ついに白銀色の鎧が不気味な音を立てて開き、終焉をもたらす閃光が解き放たれようとする。ステリアの滅びの力が、旧世界の頭上に致死的な呪いを投げかける瞬間……。

 ルキアンは、あの悪夢を想起するよりほかなかった。ネレイの街を発つ日の朝、彼が見た暗示的な夢を。

 全てが終わった世界。
 寒々とした風だけが吹き抜け、何ら目の前を遮るものも無い。
 がらんどうの青空。
 流れ行くちぎれ雲が、荒涼感をいっそうかき立てていた。
 天上の青の下にあるものはただひとつ。
 真っ赤な鮮血の海が、ひたひたと音を立て、際限なく広がる。
 あらゆる命が沈黙し、時の止まった国。


11 それが貴方の望んだ世界なのですか?



 ◇

 クレヴィスに手渡されたメモを見据えながら、シャリオは思わず息を詰めていた。何度読んでも衝撃的な内容だ。
 ――この《エインザール博士》という人物が、《空の巨人》の生みの親にして、同時にその乗り手……。副長のお考えのように、空の巨人を昔話の《雲の巨人》と同じものだと仮定してみるのも面白い。確かに、そう考えてみると話が上手くつながりますね。
 彼女はもう一度、日を追って天空人の日記を読み返す。天上界にとって戦況が次第に悪化していく様子が、簡潔な文章の中にもうかがえる。
 ――エインザールの《赤いアルマ・ヴィオ》、つまり《空の巨人》が地上軍に寝返った結果、それまで優位に戦いを進めていた天空軍は劣勢に追いやられていくことになった。恐らく従来は地上軍の手の届かなかった天空都市も、空の巨人の攻撃によって戦場に変わってしまった。その結果、天空軍は天上界と地上界の双方で敵の猛反撃を受けることに……。本来なら《世界樹》を通らない限り、天空植民市群に達することはできなかったのでしょうね。しかし、空の巨人にはそれが可能だった……まさにその《紅蓮の闇の翼》によって。

 ◇

 ルキアンの心は、言いようもない空しさに満たされる。
 ――アルフェリオンを作り上げた、いにしえの科学魔道士よ。何もかもが息絶えた空っぽの世界が、あなたの望んだ新しい世界だったのですか? そんなことは……ないですよね。だって、もしそうだったなら、アルフェリオンは旧世界を滅ぼすために生まれてきた悪いアルマ・ヴィオだというのですか!?
 古代の超兵器に対して、ルキアンはやはり不安を払拭し切れていない。
 だが、他方でクレヴィスの言葉が思い出された。
 ――正直言って、このアルマ・ヴィオには何か良からぬ力を感じます。ある種の闇を……。しかしそれと同時に、この翼を持った騎士は、強い輝きをも内に秘めている。ステリアの巨大な力が光と闇のいずれに傾くのか……私には、ルキアン君がその鍵を握っているような気がするのです。
 ――でも僕はあのとき、怒りに我を忘れ、ステリアの力に心を奪われた。
 ルキアンはパラミシオンでの戦いを振り返る。同時に意識にのぼったのは、例の《塔》で遭遇した残虐な人体実験の爪痕だった。
 ――あんなことを再び目にしたとき、僕は自分の怒りを抑えることができるだろうか?
 自問する彼の脳裏に、できれば記憶から消し去ってしまいたい、地獄絵図さながらの光景が甦る。旧世界の繁栄の陰で行われていた悪魔のごとき試み……。

 ひび割れたカプセルの中、白く濁った液体に浸って腐乱する標本。よく見るとそれは人の体に似た姿をしていたが、もはや崩れ落ちた肉塊からは、その原形は想像し難い。強烈な腐臭が周囲を支配している。吐き気どころではなかった。脳髄まで死のにおいが染みわたり、気がふれてしまいそうだ。
 溶け出した臓物の塊としか言いようのない生き物が、むき出しの神経で床に触れ、血や粘液をこびり付かせながら這いずり回る。《それ》はすきま風に似た音を立て、声にならぬ声で何かを伝えようとしていた。
 あるはずもない部分に腕や脚を移植され、いびつに腫れた顔をもつ生き物が、縫合された唇を歪ませて苦しげにつぶやく。助けてくれ、殺してくれ、と。それは、どれほど変わり果てていようとも、人の顔を持っていた。
 ――もう嫌だ! 思い出したくない!!
 ルキアンは心の中で叫んだが、幻影は止まない。
 馬と無理矢理に融合させられた中年男が、一切の光を失った虚ろな瞳を彼に向けた。灰色に濁り、もはや意思の力の全く感じられない目。
 汚水にまみれた水槽の中、体中からチューブや配線を生やした人魚が、いや、下半身を魚に変えられた眼鏡の男がのたうち回っていた。分厚い強化ガラスの向こうから、彼はルキアンに向かって必死に手を伸ばそうとする。
 殺してくれ、早く楽にしてくれ、という幻聴がルキアンの脳裏一杯にこだまする。
 そして、凄まじい憎しみとそれ以上の哀しみに満ちた空気。《塔》の最上階を覆い尽くす冷え切った妖気の感触が、今なお肌を突き刺すかのごとく、ルキアンの記憶に染みついていた。


12 不気味に残された謎―悪い妖精の娘?



 ◇

 シャリオの頭の中に、1人の旧世界人の名前がこびりついて離れなかった。
 ――エインザール。それにしても、この人物は不可解です……。
 彼女は頭を抱えたまま、しばらく眠ったように動かなくなる。
 ――あの神をも恐れぬ《アストランサー計画》に対し、自らも関係者だったであろうエインザールは、たった独りで抗議した。しかし受け入れられず、最後には実験台となった者を逃がすという実力行使によって、計画を阻止しようとした。その結果、彼は反逆者の立場にまで追いつめられてしまった。わたくしが恐れていた通り、やはり他の天空人たちはこの計画を容認していたか、あるいは無関心だったのか、知ることができなかったのか……。ともかくエインザールは、異常であることが正常となってしまった天上界にあって、唯一、正常な神経の持ち主であったがために異常者の立場に置かれ、売国奴という烙印までも押されてしまった。エインザールは、本当は勇気ある良心の人だったのかもしれません。ただし、それは一方の顔であって……。
 シャリオが頭を上げると、心配してのぞきこんでいるフィスカと視線がぶつかる。白衣の娘は丸い目をますます大きく開き、心配そうな表情で尋ねた。
「先生……大丈夫ですか? お疲れみたいですけどぉ」
「ありがとう。少し考え事をしていただけですよ」
 シャリオは机に向かったまま、フィスカの背中を軽く叩き、柔和に微笑んだ。
 それを真に受けて頷くと、鼻歌混じりに離れていくフィスカ。
 他方、シャリオはすぐに難しい顔つきに戻った。
 ――エインザールのもうひとつの顔は、容赦なき破壊者・殺戮者でもあった、と言うべきなのでしょうか? この日記の叙述による限り、彼は空の巨人によって天空都市を次々と壊滅に追いやり、多数の同胞たちの命を無差別に奪ったことになります。なぜエインザールは、単にアストランサー計画を阻止するだけでは満足せず、地上軍に手を貸したのでしょうか? しかも地上人ではない彼が、ただ天空軍と戦うのみではなく、あたかも天上界を滅亡させることを望んでいるかのように、執拗に攻撃を試みたのは――あるいは、実際に滅亡させてしまったのかもしれない――何故だったのでしょう? まだまだ裏がありそうな話ですね。いいえ、わたくし、重大な何かを忘れているような気がしてならないのですが……。
 シャリオは理由も分からぬまま寒気を感じた。近い将来に対し、漠然と嫌な胸騒ぎがする。
 神官として年若い頃から修行で研ぎ澄まされてきた精神と、神聖魔法の使い手としての天性の霊感とを、見事に併せ持つシャリオ。そんな彼女の直感は、単なる思いつきや虫の知らせなどとは本質的に異なる。それを予言と呼んでも、あながち大袈裟ではなかろう。
 ――そういえば、《樹》の昔話の中に、ひとつだけ全く意味の分からない言葉がありました。雲の巨人を裏切りに走らせた《悪い妖精の娘》。雲の上の人たち、つまり天空人がみな死滅してしまえばよいのにと望んでいた、恐ろしい娘……。この《妖精》というのは、当時の何を、あるいは誰を暗に例えているのでしょう? 天上界の壊滅を望み、雲の巨人を動かしたと言っても、《娘》だというからには、エインザール自身を指すわけはあり得ない。エインザールの《博士》という肩書きが古典語の男性形になっていますから、間違いなく男性だったはず。それでは一体、誰のことを?
 彼女は白い法衣の胸に手を当て、神々の聖なるシンボルを握り締めた。
「何も起こらなければよいのですが……」


13 ルキアン出撃、アルフェリオン立つ!



 ◇

 ――ひょっとすると、旧世界は神に見放されても仕方がなかったかもしれない。人々が滅びを迎えようとしていたとき、だから神は救いの手を差し伸べなかったのかもしれない。神の御慈悲がいかに深いものだとしても。人の罪はそれ以上に重すぎたのだろうか。
 ルキアンはそうも思った。そして恐ろしい考えがふと頭によぎる。
 ――万が一、アルフェリオンが旧世界に破滅をもたらす死の天使であったのだとしても、それは……。でも仮に僕が、当時のアルフェリオンの乗り手の立場だったなら、旧世界に向かって剣を振り下ろしていただろうか? ステリアという終焉の剣を。でもそれは、人が手にしても良い力だったのだろうか? 旧世界は決して償えぬ罪を背負っていたかもしれないけれど、だからといって、人が人を裁き、自らの手で旧世界に滅びという罰を与えることなど、そこまでも果たして神がお許しになったのだろうか?
 考えれば考えるほど、ただ妄想と憶測が深まっていくのみだ。今は旧世界に思いをはせている場合ではない。ルキアンは再び精神を集中し、クレヴィスがネレイで語った言葉を最後に反芻した。
 ――大いなる災いと呼ばれたステリアの力は、アルフェリオンと共にいま蘇りました。あなたは、その重大さをどれだけ理解していますか? ルキアン・ディ・シーマー君……。
 心がアルフェリオンの身体と同化し始め、薄れゆく意識の中で、ルキアンは自答する。
 ――ステリアやアルフェリオンが、旧世界の人々にとって、本当に忌まわしい災いだったのかどうか、僕には分かりません。でも、たとえ本来のアルフェリオンが悪魔の権化であろうと神の御使いであろうと、このアルフェリオン・ノヴィーアがそのいずれになり得るのかを決めるのは、結局、僕……ということです。その計り知れない重さは理解しているつもりです。だからこそ、その重圧が怖くて、怖くて決意ができなかった。だけど……。
 兜の下でアルフェリオンの目が赤く光る。
 白銀の鎧をきらめかせ、甦った旧世界の騎士が立ち上がる。
 少し念信に慣れてきたルキアンは、ブリッジに声を送った。
 ――こちら、ルキアン・ディ・シーマーです。あ、あの? セシエルさん、セシエルさんですか?
 ――了解。よく聞こえてるわ。甲板への上昇装置を動かします。規定の位置に移動して。仕組みは分かってるわね? 飛行甲板の上でアトレイオスとリュコスが戦ってるから、外に出たらぶつからないように気を付けて。頼んだわよ、ルキアン君。
 ――分かりました。いや、了解……。アルフェリオン、出撃します!!
 自分の覚悟を確かめるかのように、ルキアンは生身の時よりも大きな《声》で叫んだ。
 アルフェリオンの頭上にあるハッチが開き、眩しい光が降りてくる。
 徐々に上昇していく機体。
 青い空が見えた。このアルマ・ヴィオにとっては久しぶりの眺めだ。
 白いアルフェリオンは、風を感じながら背中の翼を開き始める。折り畳まれている6枚の羽根が、複雑な上下動を経て精悍な姿を取り戻した。
 性別を感じさせぬ、詩を吟ずるかのような口調のノヴィーアの声が、ルキアンの胸の内に浮かび上がる。
 ――機体各部のチェック終了。異常なし。パンタシア変換最大値、上昇中。ステリア系起動に必要な臨界値には達していません。通常の動力系を使用します。
 ――構わないよ。この戦いでは、ステリアの力は使わない。
 ルキアンは静かに誓った。


【第22話に続く】



 ※2001年8月に鏡海庵にて初公開
コメント ( 0 ) | Trackback ( )

『アルフェリオン』まとめ読み!―第21話・前編


【再々掲】 | 目次15分で分かるアルフェリオン


  自分自身になるための、果てしなき旅の始まり……。

◇ 第21話 ◇


1 第21話「ルキアンの決意」スタートです!



 ギルド艦隊とナッソス艦隊との熾烈な戦いは、いつ終わるともなく続いていた。一進一退、ほぼ互角の様相で時間(とき)だけが流れていく。
 大空の戦場でいっそう激しさを増す魔法弾の応酬を、ルキアンは息を飲んで見守っている。
 白い雲までも焦がし尽くすかのごとき、灼熱の炎。凍て付く吹雪が氷片をまじえて荒れ狂う。いかずちが煌めき、宙を切り裂く。遙か下の地脈から呼び出された岩塊が、無数のつぶてとなって飛び交う。
 敵方の砲撃がクレドールをかすめていくたびに、腹の底まで響くような重い振動が、ルキアンの身体を揺さぶった。戦場の鼓動だ。
 ――これが、飛空艦同士の戦いなのか……。
 彼は不思議な震えを体中に覚えつつ、自分のすぐ側に座っているカルダイン艦長を見やった。
 かつてタロスの革命軍をも震撼させ、あと一歩で歴史を変えるところまで戦い抜いたゼファイアの英雄、カルダイン・バーシュ。荒海を行くような大揺れにも動じることなく――いや、むしろ心地よさそうにすら見える艦長は、腕組みして低く唸った。
「敵ながらよく訓練された飛空艦乗りたちだ。ろくに実戦を経験していないはずだが、並みの軍隊よりもよほど上手く戦っている……」
 相手方の戦いぶりに感心しているのか、それとも苦々しく感じているのか、いずれとも解しうるような艦長の口調。
 彼は目を閉じ、セシエルに尋ねる。
「方陣収束砲の再発射まで、あとどのくらい必要だ?」
 幾つもの念信を処理しながら、彼女は素早く答えた。
「さきほど砲座と連絡を取りました。砲身の冷却は済んだようですが、魔力の回復にはあと半時ほどかかるとのことです」
「半時? 100%の出力でなくても構わん。あと15分で次の砲撃に移れ」
「……はい。そう伝えます」
 有無を言わせぬカルダインの言葉。それが終わるのと入れ替わりに、今度はメイの念信がセシエルに伝わってくる。かなり苛立っている様子だ。
 ――こちらメイ! セシー、クレヴィーはどうしたの!? 敵の守りが堅くて思うように攻撃できないんだってば。ここらで、クレヴィーにドカンと一発ぶちかましてもらわないと! あっちの戦艦や巡洋艦にもアルマ・ヴィオが積まれてたんだけど、コイツらがしつこいったら、ありゃしない!!
 《早口》でまくし立てるメイ。交信している間にも、彼女のラピオ・アヴィスは宙返りし、敵弾を回避する。
 ――こちらも大変なことになってるの。メイ、もう少し待って! クレヴィーもすぐ援護に向かうはずよ。
 ――了解!!
 ラピオ・アヴィスが、敵の飛行型の頭上を流れていくように飛ぶ。うまく背後を取ったメイが叫んだ。
 ――このっ、いい加減に落ちろ!
 彼女の言葉と同時に愛機も猛々しい声で鳴く。翼の下に備えられた2門の速射型MgSと、長い砲身を持つ背中のMgSが一斉に火を噴いた。
 間髪入れずに爆炎が上がる。だが休む間もなく、別の敵がメイを襲う。


2 レーイの戦い、ルキアンの祈り



 そこでレーイの念信が割って入った。メイとは対照的に落ち着いている。
 ――セシエル、こっちの心配なら必要ない。俺たちで何とかする。
 ラピオ・アヴィスとファノミウルに先導されながら、プレアーのフルファー、そしてレーイのカヴァリアンがナッソス艦隊との間合いを詰めていく。
 上下左右、小刻みに機体の位置をずらして飛行し、レーイは相手に狙いを絞らせない。飛行型とは異なり、空中ではさほどの速度を出せないカヴァリアンだが、艦砲射撃の間をぬうようにして、見る見るうちに敵巡洋艦に接近する。
 太陽を後ろに、紺とグレーの機体が逆光を背負って輝く。右手にMgSドラグーンを構えたまま、左手でMTサーベルを抜いた。鋭い一本角と長い顎を持つカヴァリアンの表情は、なかなかに精悍だ。
 MgSドラグーンの銃口から発射された火炎弾が、見事に砲塔を撃ち抜く。
 その間にもカヴァリアンは速度を緩めることなく敵艦に近づき、青白い光の剣を一閃させて舷側を切り裂いた。返す刀でさらに斬り付ける。分厚い装甲が裂け、火花が激しく散る。
 その華麗な動きを《複眼境》で目にしたヴェンデイルが、口笛を吹く。
「ひょおっ、さすがレーイだ! あの船が沈むのも時間の問題かもな」
 それを聞いてセシエルも多少は安心したような表情になる。つやのある黒髪をかき上げ、ほっと溜息を付いた後、彼女はルキアンを見て目を細めた。
「ほら、ルキアン君、あそこよ。遠いからほとんど分からないけれど」
 セシエルが指さした方向を彼は注視する。肉眼でいくら目を凝らしても、味方のアルマ・ヴィオは胡麻粒のようにしか見えなかったが。
 ふと、メイの笑顔が頭に浮かんだ。
 ――大丈夫かな? メイ、無事に帰ってきて……。
 ルキアンは手を合わせて祈った。
 ――他のみんなも。いや、本当はナッソス家の人たちだって。できるだけ傷つかないで欲しい。死なないでほしい。
 叶わぬ願いだと、甘い考えだと分かっていても、少年は胸の奥で繰り返す。

 そんなルキアンの思いをよそに、善戦するレーイ。小さな虻が水牛を刺すように、カヴァリアンは一方的に敵艦にダメージを与えていく。
 他方、メイとプレアーは彼の背後を手堅く守り、敵の飛行型をカヴァリアンに近寄せない。
 カヴァリアンと入れ替わり立ち替わり、ファノミウルからも魔法弾を詰めた爆雷が投下される。ファノミウルが急降下して爆撃するたびに、敵艦の甲板が煙に包まれ、火の手が盛んに広がる。
 4機のアルマ・ヴィオの巧みな連携により、敵巡洋艦の姿勢が崩れ、その艦砲も次第に沈黙していった。
 飛空艦というのは主として対艦用の砲門を装備しているのみで、例えば機銃やミサイルのごとき対空用の火器を持っていない。それゆえ、いったんアルマ・ヴィオに懐に飛び込まれると、実は結構もろい。


3 魔剣の目覚め―デュナに「腕」が !?



 だがそのような弱点は、対するギルド側の艦にとっても同様だ――ナッソス家の飛行型アルマ・ヴィオの奇襲を受け、クレドールも危機に陥っていた。運良くクレヴィスのデュナが助けに入ったものの、まだ難を逃れたとは言い難い。
 瞬時にオルネイス4機を撃墜したクレヴィス。
 数十機の飛行型アルマ・ヴィオが、わずか一体のデュナを前にして戦慄する。しかし敵の飛行隊の指揮官も非凡だった。
 ナッソス家のアルマ・ヴィオの群れが、突然、蜘蛛の子を散らすかのごとく、それぞれ四方八方へと急発進する。
 ――あの《空飛ぶ鎧》には構うな。散開して各自で敵艦隊を攻撃せよ! 群れていると、あっという間に壊滅しかねないぞ。
 そう命じることによって、敵の指揮官は賢明にも真正面からクレヴィスと戦うことを避けた。ほぼ40対1に近い戦いであるにもかかわらず、敢えて数に物を言わせないとは、普通ならまず不可能な判断だろう。
 敵のアルマ・ヴィオ部隊は、ばらばらになってクレドールとアクスの側面に回り込み、やや後ろに陣取ったラプサーにも迫る。
 ギルド艦隊のただ中に侵入したナッソス家の飛行隊は、3隻の飛空艦に猛攻をかける。側面から不意に衝撃を受け、クレドールの船体が傾いた。
 外をちらりと見てカムレスが忌々しげに怒鳴った。
「張り付かれた!? 奴ら、クレヴィスの魔法に対して俺たちの船を楯にする気か!」
 彼は急いで船を動かし、敵のアルマ・ヴィオから少しでも距離を取ろうとする。
 他方、この修羅場の中でもカルダインは平然と頷いた。
「大したものだ。敵の指揮官も、クレヴィスの強さを瞬時に見抜ける程度には、手練れだということか……」
 そこで艦長の目がかっと開かれ、不意に口調が厳しくなる。
「至急、バーンとベルセアは、アルマ・ヴィオを甲板に出して迎撃しろ!!」
 味方の飛行型が出払っている現状では、それしか手がない。苦肉の策だ。

 勿論クレヴィスも黙っていない。
 ――なるほど。確かに攻撃魔法を使えば、こちらの船にも当たってしまう。
 敵方の動きに少しは呆気にとられたかもしれないが、彼は余裕の調子を崩さなかった。
 ――こういう原始的な戦い方は、私の美学に反するのですが……やむを得ません。1機ずつ、しらみつぶしにするだけのこと。
 クレヴィスが念じると、デュナの機体に変化が生じ始めた。本来手足があるべき部分は、それぞれぽっかりと空洞になっている。だが両腕の付け根に当たる左右の穴から、何かがするすると這い出してきた。
 それは魔法金属製の――恐らくは《骨》だ。続いて不気味に脈打つ筋や血管のようなものが、骨格に次々と絡み付く。《肉》は物凄い早さで肥大し、さらには表面部分が鋼のごとく硬化していく。
 たちまちデュナは《両腕》を持つに至った。そのうち一方の手が腰からMTソードの柄を引き抜き、紫色に揺れる光の刃が形成される。


4 傍観する主人公に、迫る決断の時



 剣を手にしたデュナは空を滑るように移動し、クレドールの傍らに回る。同時にMTソードの太刀筋がきらめき、刹那、宙空に弧を描いた。
 ――化け物か、あのアルマ・ヴィオは!?
 敵の繰士が最後の言葉を残す。
 光の刃によって翼を切り裂かれ、あるいは真っ二つにされ、オルネイスが1機、また1機と地上に落ちていく。
 目にも留まらぬ速さの飛行型に比べ、デュナだけが全くスローに見える。が、寄せては返す波の動きにも似た、滑らかで変幻自在なクレヴィスの攻撃は、いとも簡単に敵をとらえていく。
 ――なぜ当たらないんだ!? 俺たちは幻でも見ているというのか?
 ナッソス家のエクターも必死に反撃する。しかし、矢のごとく襲来するオルネイスの鈎爪やくちばしは、いつも紙一重のところでデュナの残像を突くに過ぎない。
 もどかしい思いで睨んでいる敵部隊の指揮官。彼は心の中で叫んだ。
 ――だから構うな、散らばれと言っている! 速さの違いを生かして振り切り、敵艦に攻撃を集中しろ!!
 なおも30機前後のオルネイスが乱舞し、クレドールに向けて至近距離からMgSが放たれる。
 四方八方から敵弾が炸裂し、クルーたちの身体に伝わる揺れ具合がますます強くなっていく。

 戦況を見守るヴェンデイルが、動揺した声で言った。
「くそっ、敵の数が多すぎる! クレドールの結界じゃなかったら、とても防ぎきれないところだよ。このままじゃヤバい、艦長!!」
「いくらクレヴィスでも、1人だけでは手が足りないわ。ねぇ、メイたちを呼び戻せば?」
 セシエルが提案するも、その言葉が終わらぬうちに艦長が却下した。この程度の状況など恐れるに足らぬと言いたげに、彼は煙草をふかしている。
「うろたえるな……。そんなことをして守勢に回れば、敵に一気に挽回されてしまうぞ。こちらのアルマ・ヴィオには引き続き敵艦隊を攻撃させる。砲撃の手も緩めるな!」
 他の乗組員たちの声も飛び交う。にわかに高まる危機感。
「バーンとベルセアはまだか!?」
「右舷の結界の一部が破られました! 船腹からも激しい攻撃!!」

 まるで沢山の声が自分に突き刺さってくるかのように、ルキアンには思えた。彼は頭を抱えてうめいた。
「僕は……僕は、戦わなきゃいけない?」
 この窮地の中で、いま新たに何かができるのは彼だけだ。メイたちは敵艦を相手に決死の戦いを続け、クレヴィスは艦隊を守って孤軍奮闘している。
 バーンとベルセアも、空を飛べないアトレイオスとリュコスで無理に出撃したが、決定的な戦力にはなり得まい。
 それなのに、天駆ける翼の騎士アルフェリオンは格納庫で眠り続けている。
 ――じっとしちゃいられない。それは分かってる! だけど、だけど怖いんだ、嫌なんだ。また僕が沢山の人を殺してしまったら……。
 耐え難い焦燥、漠然とした不安、そして恐怖。


5 あなたをずっと見守っていたから



 ルキアンには分かっていた。ごく単純に、彼が《ステリアン・グローバー》の引き金を引けば、敵艦隊は一瞬にして消滅するだろう。だが……。
 ――このまま戦いを繰り返せば、僕は《ステリア》の力を自然に受け入れてしまうんじゃないかって、もしかすると、あの恐ろしい力に魅入られて、自分が人間ではなくただの兵器になってしまうんじゃないかって……そんな気がして、気持ちが悪い、怖いんだ!!

 ――それでも、あなた自身が選んだのでしょう、この場所を。

 思いもかけず、精神の奥底から語りかける何かがあった。あの《声》だ。
 深く沈んだ彼女の一言は、少年の心を、核心を貫いた。
 何も答えられぬルキアンに謎の声は告げる。
 ――そしてあのときも、あなたは自らの意志で《力》を望んだ。大切な人たちを守るために、自分の未来を取り戻すために。だから私は応えた……。
 ――応えた? それはどういう意味……。あなたは一体誰なんだ?
 沈黙した彼女に対し、ルキアンは無気になって尋ねる。
 ――ぼ、僕には分かってる。あの黒い服の女の人なんだろ!? 僕に、僕に何をさせようというんだ?
 謎の声は答える。
 ――あなたはもう、《むなしさ》も《闇》も恐れないのでしょう? 闇の中の光を自分の手でつかみ取るのだと、そう誓ったはず。
 それは今朝、クレドールに乗り込む際にルキアンが人知れず決意したことだ。
 ――なぜそれを? 僕の心が読めるのか!?
 ――私は何でも知っている。ずっと見守っていたから。
 ――僕を、ずっと前から……?
 ルキアンは言葉を失う。
 そして不意に思い出した。何故か。あの暗い夜、うち捨てられた礼拝堂で、冷たい石像にすがりついていた自分の姿を。
 その哀しい回想と彼女の声が重なる。

  あなたがどんなに孤独なときも、私はそばにいる。
  たとえこの世界で、あなたひとりが虚ろな存在になっても。
  この世の全ての光が、あなたの傍らを通り過ぎようとも。
  だから恐れずに心の目を開いて、私に気づいて。


6 翼と黒衣、主なきパラディーヴァ



「こんなことが……」
 ルキアンは不信感すら忘れ、声を上げて嗚咽しそうになった。本能的な次元で、不思議な説得力が彼女の声にはあったのだ。
 が、ここは戦場のただ中、必死にこらえる。歯を食いしばり震える唇の上を、涙が流れ落ちていく。
 雫とともに。彼の脳裏で例の人影がはっきりした形を取り始めた。
 その身を黒い衣に包み、風に長い髪を揺らす女。
 哀しみに凍り付いた面差しの中、彼女は眠り込むように目を閉じた。
 また羽根が、幻影の中でひらひらと揺れる。それらは次第に数を増し、雪のごとく舞い散る。いつの間にか彼女の背には白い翼があった。
 ――今のままでは、私にはただ見守ることしかできない……。
 ――分からないよ! どこにいるの? どうすればいいんだ!?
 ――それは……言えない。でもあなたには分かるはず。
 呆然とするルキアンには、もはや砲撃の音も激しい揺れさえも届かなかった。

 そんな彼の姿を艦橋の入口から密かに見つめている者がいた。
 ほの暗い廊下の向こう、白いドレスの少女は歯をむき出して笑う。
「くすっ……」
 乱れた前髪を垂らしたまま、硝子玉のような目を丸くして、エルヴィンがじっと立っている。
「知ぃらない、っと」
 無邪気な子供のように彼女は言った。虚ろな表情で頬を緩めながら。

 ◇

 黒衣の女の姿を、ルキアンが鮮明に思い描いた瞬間。
 それに呼応して何かが起こっていた。
 場所は何処か? いくつかの声が得体の知れない暗闇を揺るがす。

 ――感じる。かつて《あの男》に仕えし者が、いま再び目覚めるかもしれぬ。
 異界からの呼び声か、あるいは亡者の歌を思わせる不気味なささやき。
 ――確かに感じる。あの男が死して遙かな時を経た今、なおも我らに仇なすつもりか。
 代わる代わる言葉が交わされるにつれ、青白い炎が次々と宙に現れて、暗黒をかすかに照らし出していく。
 薄暗い光に浮かび上がるのは、あの奇怪な黄金仮面たち。
 彫りの深い女の仮面を被った者が、かすれた声で嘲笑う。
 ――人の造りし《パラディーヴァ》の分際で、思い上がったことを。
 ――しかしパラディーヴァの力を得て、万一、《あれ》が元通りに復活することにでもなれば……。
 目以外には鼻も口もない、ひときわ異様なマスクの者がそう告げた。
 長いくちばしを持つ鳥のような仮面が、冷ややかに応じる。
 ――もはや有り得ぬ。《主(マスター)》なきパラディーヴァなど、恐れるに足らない存在だ。
 老人の仮面を付けた者が最後にこう言った。
 ――だが用心するに越したことはない。《覚醒》を急がねばなるまい……。


7 罪と偽善と…少年ルキアンの苦悩



 ◇ ◇

 爆音すら切り裂くような遠吠えが、長く尾を引いて戦場を駆けめぐった。
 鋼色の肌を持つ巨狼、リュコスがクレドールの甲板に姿を見せる。
 ――頼むぜ、相棒。落っこちるなよ!(*1)
 己自身の心に語りかけるかのごとく、ベルセアが念じる。
 だが精悍な狼のイメージに違わず、リュコスは無口だ。《彼》は思念による言葉を発することなく、第二の遠吠えによってベルセアに答えたのみ。
 アルマ・ヴィオにとっては手狭な飛行甲板の上を、鋼の狼は器用に飛び回る。轟音を立てて飛来するオルネイスの群れに、リュコスの背中の砲塔から火炎弾が炸裂する。
 数でまさる敵方の反撃も凄まじい。雨のように降り注ぐMgSをかわしつつ、リュコスは新たに装弾してチャンスをうかがう。
 5、6機のオルネイスがクレドールに近づいては離れ、波状攻撃を繰り返す。
 もどかしそうに牙をむき出して、リュコスがうなった。
 ――こっちは分が悪いんだ。落ち着け。
 気の荒い愛機をなだめるベルセア。

 ――すまねェ! マギオ・グレネードの装着に手間取っちまった。
 少し遅れてバーンのアトレイオスも現れた。
 青色の分厚い甲冑をきしませ、慎重な足取りでリュコスの隣に並ぶ。その腰回りには手榴弾のようなものがいくつもぶら下がっている。
 ――それよりバーン、来たぞ!!
 ベルセアが鋭く言った瞬間、敵の飛行型はすでにアトレイオスに向かって爪を立てていた。
 かろうじて回避するバーン。だが彼の《蒼き騎士》は、すれ違いざまオルネイスに肩を蹴飛ばされ、後ろ向きに転がり落ちそうになる。
 ――くそっ! 半端じゃネェ速さだ!!
 バーンは機体をリュコスに寄り掛からせ、何とかバランスを保つ。おかげでリュコスの足元まで危うくなったが。
 ――おい、気を付けろ! もう少しで2人とも真っ逆さまだったぞ。
 ベルセアがどやしつけた。
 ――ンなこと言ったって、狭いんだからよ。くっ、また来やがった!!
 アトレイオスが左腕をかざすと瞬時に光の幕が現れ、盾状に広がる。
 敵の凍結弾がMTシールドに妨げられ、無数の氷の粒となって空に散った。
 ――ベルセア、これで借りはチャラだな。へへ。
 ――調子のいいヤツ……。ま、恩に着るぜ。
 甲板の上で2体のアルマ・ヴィオが窮屈そうに戦っている様子は、傍目には滑稽でさえあった。が、空中戦に陸戦型まで動員せねばならぬ現状は、クレドールの苦境を物語っている。

 艦橋の窓に食いつくようにして、ルキアンはバーンたちの様子を見つめる。
 ――あ、危ないっ!!
 味方のアルマ・ヴィオが甲板から落ちそうになるたびに、彼は思わず目を閉じてしまう。まったく心臓に悪い。
「このままじゃ、このままじゃ……。でも、でも……」
 絞り出すような声でわななくルキアン。
 ――僕は自分から戦場に飛び込んだんだ。クレヴィスさんは、僕に戦わなくてもいいって言ったけど……やっぱり、見ていられないよ。でも……。
 彼は何度も首を振り、拳を握り締めた。
 ――コルダーユの沖で初めて戦ったとき、僕は自分の意思とは無関係に戦いに巻き込まれた。取り返しの付かないことをしてしまったけど、沢山の人たちの命を奪ってしまったけど……どうしようもなかった。身勝手だけど、仕方がなかったって、僕は自分に言い訳している。《パラミシオン》で二度目に戦ったときには、相手のアルマ・マキーナには人間が乗っていなかった。だから僕は誰も殺さずに済んだ。だけど今度は、そのどちらとも違う。
 そう、ルキアンが恐れているのは……。
 ――いま出撃すれば、僕は《自分自身の意思で》人を傷つけに行く、いや、《殺しに行く》ことになってしまう。もう言い訳なんてできなくなる。それでも《優しいままでいたい》なんて言ったとしたら、僕は偽善者だ。僕は嫌だ! 偽善者は悪人より醜い!!
 苦悩する少年の心。その青き硝子の刃は、かたくななまでの純粋さゆえに、自らをも容赦なく傷つけてしまう。


【注】

(*1) 「飛行」能力がないとされる通常の汎用型や陸戦型のアルマ・ヴィオであっても、風の精霊界の力を借りて空中で「浮遊」する程度のことは可能である(第2話参照)。従って、エクターが意識を失ったりしていない限り、リュコスが飛空艦の甲板から落ちても、真っ逆さまに地上に激突することはあり得ない。ただし、足場もなく単に空中に浮かんだ状態の汎用型や陸戦型など、飛行型に対しては単なる「的」でしかないのだが……。


【続く】



 ※2001年8月に鏡海庵にて初公開
コメント ( 0 ) | Trackback ( )