『レンブラントをとり返せ』という翻訳書の題名に目が留まった。手に取ると、「ロンドン警視庁美術骨董捜査班」と続く。この題名に惹かれて買って、しばらくそのままになっていた。
本書の原題は至ってシンプル。NOTHING VENTURED である。辞書を引いてみてわかった。Nothing ventured, nothing gained. と例文が載っていた。<ことわざ>の前半がタイトルになっているようだ。「危険を冒さないと何も得られない」。その続きに「虎穴に入らずんば虎児を得ず」と説明されている。「虎穴に入らずんば」と提示されると、どんなリスクを負いながらどんな貴重なものを手に入れようと狙っているのか・・・・とつい想像を広げたくなる。そんなネーミングなのかもしれない。
文庫の奥書を見ると、原書の著作権表示は2019年。文庫の刊行は、令和2年(2020)12月。手許の文庫本は令和4年2月、4刷である。
この小説を読了して、改めて本書とそれに関連した全体の構図、本書のポジショニングを改めて明瞭に理解することになった。そこから始めよう。
まず最初にこの小説に限定した全体の構成について。
翻訳のタイトルにある通り、本書は、ロンドンにあるフィッツモリーン美術館からレンブラントの傑作、「アムステルダムの織物商組合の見本調査官たち」が7年前に盗難に遭っていて、その捜査と奪還をテーマにしている。ロンドン警視庁の美術骨董品捜査班に配属された新米捜査員ウィリアム・ウォーウィック(以下、ウィリアムと呼ぶ)が盗難作品の追跡捜査で活躍する美術ミステリーである。それがメイン・ストーリーになることに間違いはない。しかし、その美術ミステリーは、いわば本書の構成の中では、コインの一側面に位置付けられている。
この追跡捜査の過程で、ウィリアムはフィッツモリーン美術館の調査助手、ベス・レインズフォードと知り合い、彼女に惹きつけられて恋に陥る。ベスとの結婚を考えるに至るのだが、ベスは家族のことを殆ど語らなかった。だが、その家族の秘密について、ある時点でウィリアムが気づく。それはいわば大きな障壁にもなりかねない問題だった。その課題に対するチャレンジが、コインのもう一つの側面として浮上していく。
この小説の中盤から、2つのパラレル・ストーリーが展開していくという構成になっていく。それ故に、このストーリーはウィリアムの仕事としての「レンブラントをとり返せ」とウィリアムの恋の成就物語への重要な障壁突破の二側面が進展していく。翻訳書のタイトルはその一側面を少し強調しているとも言える。
原題の NOTHING VENTURED は、確実に二側面をカバーしたタイトルだと思う。
ここで、本書の最初に戻らねばならない。内表紙の後に、「親愛なる読者諸氏に」という著者からのメッセージが収録されている。
文庫本を買い揃えながら、未読で書架に眠っている「クリフトン年代記」シリーズのことが冒頭に出てくる。この小説シリーズの主人公ハリー・クリフトンはベストセラー作家となることで、「クリフトン年代記」が最終巻を迎えるようである。ハリー・クリフトンをベストセラー作家に押し上げた連作小説の主人公がウィリアム・ウォーイックだという。読者から、「ウィリアム・ウォーイックについてもっと知りたいとの手紙を頂戴しました」と記す。そして、熟慮の末、この執筆に取りかかったのだという設定になっている。
さらに、著者は最初からこの執筆がシリーズになる構図を設定しているのだ。
「彼が平巡査から警視総監へ昇り詰める過程を共に歩んでもらうことになるはずです」と。つまり、本書はその第1巻。連作小説がここに始まった!!
また、この文の前に、本書について著者自身が触れている。「この作品はウィリアムが大学を卒業し、自分の法律事務所の見習い弁護士になればいいではないかとうろたえる父親を説得して、ロンドン警視庁に奉職するところから始まります」と。
つまり、ジェエフリー・アーチャーが、ベストセラー作家となったハリー・クリフトンの立場になって、ウィリアム・ウォーイックの連作小説を発表し始めるという構図が基盤に設定されている。
そして、本書がその第1巻であり、「第1巻である本書では、彼(=ウィリアム:付記)の人生をたどりながら、併せて登場人物を紹介していことになります」と記す。この第1巻は、ウィリアムがロンドン警視庁に奉職して、レンブラントの作品奪還に成功するまでの第1ステージの時代が描き出される。
このメッセージ文の次のページに、「これは警察の物語ではない、これは警察官の物語である」と付記されている。つまり、ウィリアムの物語ということになる。
第1巻の時代をイメージしやすいように、少し周辺情報をご紹介しておこう。
このストーリーは、1979年7月14日から始まる。この日に、ウィリアムは父親に己の人生の進路選択を告げる。
ウィリアムは、8歳の時に探偵になりたいと思った。ロンドン大学キングズ・カレッジに進学し、美術史を学んだ。1982年9月5日、ヘンドン警察学校に入学。警察学校を卒業後、大卒者として首都警察の一員になる。だが、ウィリアムは、大卒は昇進が早くなるという有利な条件を行使しないという選択をする。警察官人生を普通の新人と同じ条件でスタートさせる。ランベス署に見習いとして配属され、平巡査からのスタートだなのだ。フレッド・イェーツ巡査がウィリアムの教育係として、彼の面倒を見てくれた。ウィリアムはフレッドから、警察官としての貴重な助言を数多く学んでいく。そのイェーツ巡査が悲劇に遭遇することに・・・・・。
ウィリアムは1年後に刑事昇進試験を受け、合格する。ジャック・ホークスビー警視長からの呼び出しを受けて首都警察本部ビルに行く。本部ビル6階にあるホークスビー警視長のオフィスに行く途中、あるドアが薄く開いていたのでその奥の壁に立てかけてある絵に目が留まり、それをウィリアムは眺めていた。それで室内の人物から声を掛けらることになる。思わず、ウィリアムはその絵が贋作だと指摘した。それがウィリアムのその後の警察官人生を変える。美術骨董捜査班に捜査巡査として異動を命じられることになる。ここから具体的な追跡捜査の仕事が始まり、担当者として第一線で行動していくことになる。それが、フィッツモリーン美術館の調査助手、ベス・レインズフォードと出会うきっかけにもなっていく。本作の実質的な始まりである。
美術骨董捜査班はレンブラントの盗難作品の件以外にも様々な案件を抱えている。それらの案件についての捜査活動に、勿論ウィリアムも関わっていく。そこでそれらの捜査がサブ・ストーリーとして織り込まれ、絡み合いながら状況が進展していく。さらにウィリアムとベスの恋の進展と障壁のストーリーがパラレルに進展していく形になる。この恋と障壁の側面は、言わぬが花ということで、このストーリーをお読み願いたい。
ウィリアムの父、サー・ジュリアン・ウォーイックは、一流で辣腕の勅選法廷弁護士である。父としては、ウィリアムに弁護士への道を歩んで欲しかったのだが、息子の選択を認め、見守る立場になる。
姉のグレイス・ウォーイックは進歩的な女性弁護士となっている。
父と姉は、あることが契機で、ウィリアムが抱える重要な問題に関与していく立場になる。
ブルース・ラモント警部を筆頭とする美術骨董捜査班は、レンブラントの作品が、マイルズ・フォークナーという美術品の大物窃盗詐欺師の一味の仕業と目星をつけてはいるのだが、その尻尾をつかめず、盗まれた作品の所在を全くつかめないのだ。本物を回収できたと喜びかけていたのを、ウィリアムに贋作と一蹴されてしまったわけである。その代わり、思わぬきっかけでウィリアムを美術骨董捜査班にスカウトした。彼は強力な戦力になる。
ウィリアムの警察官人生の第一ステージを、本書で多いに楽しめる。著者はメイン・ストーリーに幾つものサブ・ストーリーを巧みに織り込み、ウィリアムの警察官人生の第一ステージを描いていく。やはり、著者はストーリー・テラーとして卓越していると思う。
読み終えて、ネット検索してみたら、現時点で第4作まで出版されていることを知った。読み継ぎたい目標がまた一つ増えた。
ご一読ありがとうございます。
補遺
布地商組合の見本調査官たち :ウィキペディア
アムステルダムの織物商組合の見本調査官たち 1661年 :「Salvastyle.com」
ロンドン警視庁の組織と機構 :ウィキペディア
イギリスの警察階級 :「Soifia and Freya @goo」
[美術解説]100万ドル以上の高額窃盗美術作品:「Artpedia(世界の近現代美術百科事典)」
「モナリザ」や「叫び」も被害に 過去の美術品盗難事件 :「AFP BB News」
20年間で数十億円相当を盗んだアート窃盗団が罪を認める。1人は逃走中:「ARTnews JAPAN」
盗まれた世界の名画 フェルメール「合奏」 :「IMS」
ネットに情報を掲載された皆様に感謝!
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
本書の原題は至ってシンプル。NOTHING VENTURED である。辞書を引いてみてわかった。Nothing ventured, nothing gained. と例文が載っていた。<ことわざ>の前半がタイトルになっているようだ。「危険を冒さないと何も得られない」。その続きに「虎穴に入らずんば虎児を得ず」と説明されている。「虎穴に入らずんば」と提示されると、どんなリスクを負いながらどんな貴重なものを手に入れようと狙っているのか・・・・とつい想像を広げたくなる。そんなネーミングなのかもしれない。
文庫の奥書を見ると、原書の著作権表示は2019年。文庫の刊行は、令和2年(2020)12月。手許の文庫本は令和4年2月、4刷である。
この小説を読了して、改めて本書とそれに関連した全体の構図、本書のポジショニングを改めて明瞭に理解することになった。そこから始めよう。
まず最初にこの小説に限定した全体の構成について。
翻訳のタイトルにある通り、本書は、ロンドンにあるフィッツモリーン美術館からレンブラントの傑作、「アムステルダムの織物商組合の見本調査官たち」が7年前に盗難に遭っていて、その捜査と奪還をテーマにしている。ロンドン警視庁の美術骨董品捜査班に配属された新米捜査員ウィリアム・ウォーウィック(以下、ウィリアムと呼ぶ)が盗難作品の追跡捜査で活躍する美術ミステリーである。それがメイン・ストーリーになることに間違いはない。しかし、その美術ミステリーは、いわば本書の構成の中では、コインの一側面に位置付けられている。
この追跡捜査の過程で、ウィリアムはフィッツモリーン美術館の調査助手、ベス・レインズフォードと知り合い、彼女に惹きつけられて恋に陥る。ベスとの結婚を考えるに至るのだが、ベスは家族のことを殆ど語らなかった。だが、その家族の秘密について、ある時点でウィリアムが気づく。それはいわば大きな障壁にもなりかねない問題だった。その課題に対するチャレンジが、コインのもう一つの側面として浮上していく。
この小説の中盤から、2つのパラレル・ストーリーが展開していくという構成になっていく。それ故に、このストーリーはウィリアムの仕事としての「レンブラントをとり返せ」とウィリアムの恋の成就物語への重要な障壁突破の二側面が進展していく。翻訳書のタイトルはその一側面を少し強調しているとも言える。
原題の NOTHING VENTURED は、確実に二側面をカバーしたタイトルだと思う。
ここで、本書の最初に戻らねばならない。内表紙の後に、「親愛なる読者諸氏に」という著者からのメッセージが収録されている。
文庫本を買い揃えながら、未読で書架に眠っている「クリフトン年代記」シリーズのことが冒頭に出てくる。この小説シリーズの主人公ハリー・クリフトンはベストセラー作家となることで、「クリフトン年代記」が最終巻を迎えるようである。ハリー・クリフトンをベストセラー作家に押し上げた連作小説の主人公がウィリアム・ウォーイックだという。読者から、「ウィリアム・ウォーイックについてもっと知りたいとの手紙を頂戴しました」と記す。そして、熟慮の末、この執筆に取りかかったのだという設定になっている。
さらに、著者は最初からこの執筆がシリーズになる構図を設定しているのだ。
「彼が平巡査から警視総監へ昇り詰める過程を共に歩んでもらうことになるはずです」と。つまり、本書はその第1巻。連作小説がここに始まった!!
また、この文の前に、本書について著者自身が触れている。「この作品はウィリアムが大学を卒業し、自分の法律事務所の見習い弁護士になればいいではないかとうろたえる父親を説得して、ロンドン警視庁に奉職するところから始まります」と。
つまり、ジェエフリー・アーチャーが、ベストセラー作家となったハリー・クリフトンの立場になって、ウィリアム・ウォーイックの連作小説を発表し始めるという構図が基盤に設定されている。
そして、本書がその第1巻であり、「第1巻である本書では、彼(=ウィリアム:付記)の人生をたどりながら、併せて登場人物を紹介していことになります」と記す。この第1巻は、ウィリアムがロンドン警視庁に奉職して、レンブラントの作品奪還に成功するまでの第1ステージの時代が描き出される。
このメッセージ文の次のページに、「これは警察の物語ではない、これは警察官の物語である」と付記されている。つまり、ウィリアムの物語ということになる。
第1巻の時代をイメージしやすいように、少し周辺情報をご紹介しておこう。
このストーリーは、1979年7月14日から始まる。この日に、ウィリアムは父親に己の人生の進路選択を告げる。
ウィリアムは、8歳の時に探偵になりたいと思った。ロンドン大学キングズ・カレッジに進学し、美術史を学んだ。1982年9月5日、ヘンドン警察学校に入学。警察学校を卒業後、大卒者として首都警察の一員になる。だが、ウィリアムは、大卒は昇進が早くなるという有利な条件を行使しないという選択をする。警察官人生を普通の新人と同じ条件でスタートさせる。ランベス署に見習いとして配属され、平巡査からのスタートだなのだ。フレッド・イェーツ巡査がウィリアムの教育係として、彼の面倒を見てくれた。ウィリアムはフレッドから、警察官としての貴重な助言を数多く学んでいく。そのイェーツ巡査が悲劇に遭遇することに・・・・・。
ウィリアムは1年後に刑事昇進試験を受け、合格する。ジャック・ホークスビー警視長からの呼び出しを受けて首都警察本部ビルに行く。本部ビル6階にあるホークスビー警視長のオフィスに行く途中、あるドアが薄く開いていたのでその奥の壁に立てかけてある絵に目が留まり、それをウィリアムは眺めていた。それで室内の人物から声を掛けらることになる。思わず、ウィリアムはその絵が贋作だと指摘した。それがウィリアムのその後の警察官人生を変える。美術骨董捜査班に捜査巡査として異動を命じられることになる。ここから具体的な追跡捜査の仕事が始まり、担当者として第一線で行動していくことになる。それが、フィッツモリーン美術館の調査助手、ベス・レインズフォードと出会うきっかけにもなっていく。本作の実質的な始まりである。
美術骨董捜査班はレンブラントの盗難作品の件以外にも様々な案件を抱えている。それらの案件についての捜査活動に、勿論ウィリアムも関わっていく。そこでそれらの捜査がサブ・ストーリーとして織り込まれ、絡み合いながら状況が進展していく。さらにウィリアムとベスの恋の進展と障壁のストーリーがパラレルに進展していく形になる。この恋と障壁の側面は、言わぬが花ということで、このストーリーをお読み願いたい。
ウィリアムの父、サー・ジュリアン・ウォーイックは、一流で辣腕の勅選法廷弁護士である。父としては、ウィリアムに弁護士への道を歩んで欲しかったのだが、息子の選択を認め、見守る立場になる。
姉のグレイス・ウォーイックは進歩的な女性弁護士となっている。
父と姉は、あることが契機で、ウィリアムが抱える重要な問題に関与していく立場になる。
ブルース・ラモント警部を筆頭とする美術骨董捜査班は、レンブラントの作品が、マイルズ・フォークナーという美術品の大物窃盗詐欺師の一味の仕業と目星をつけてはいるのだが、その尻尾をつかめず、盗まれた作品の所在を全くつかめないのだ。本物を回収できたと喜びかけていたのを、ウィリアムに贋作と一蹴されてしまったわけである。その代わり、思わぬきっかけでウィリアムを美術骨董捜査班にスカウトした。彼は強力な戦力になる。
ウィリアムの警察官人生の第一ステージを、本書で多いに楽しめる。著者はメイン・ストーリーに幾つものサブ・ストーリーを巧みに織り込み、ウィリアムの警察官人生の第一ステージを描いていく。やはり、著者はストーリー・テラーとして卓越していると思う。
読み終えて、ネット検索してみたら、現時点で第4作まで出版されていることを知った。読み継ぎたい目標がまた一つ増えた。
ご一読ありがとうございます。
補遺
布地商組合の見本調査官たち :ウィキペディア
アムステルダムの織物商組合の見本調査官たち 1661年 :「Salvastyle.com」
ロンドン警視庁の組織と機構 :ウィキペディア
イギリスの警察階級 :「Soifia and Freya @goo」
[美術解説]100万ドル以上の高額窃盗美術作品:「Artpedia(世界の近現代美術百科事典)」
「モナリザ」や「叫び」も被害に 過去の美術品盗難事件 :「AFP BB News」
20年間で数十億円相当を盗んだアート窃盗団が罪を認める。1人は逃走中:「ARTnews JAPAN」
盗まれた世界の名画 フェルメール「合奏」 :「IMS」
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その点、ご寛恕ください。)