goo blog サービス終了のお知らせ 

遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『サーペントの凱旋 となりのナースエイド』  知念美希人  角川書店

2025-04-16 21:02:16 | 諸作家作品
 2023年11月に『硝子の塔の殺人』を読んで以来である。その後、文庫本を数冊購入し、積読本になっている。地元の図書館の紹介コーナーで本書が目にとまった。サーペントって蛇のはず。凱旋という言葉とのつながり。これ何? それがきっかけで借りて読んだ。
 本書は2024年12月に、書下ろしの単行本として刊行された。
 「となりのナースエイド」という副題が付いている。読後にネット検索してみると、
『となりのナースエイド』と題する本が2023年11月に発行されているので、本書はこの『となりのナースエイド』の続編に位置付けられるようである。また、「となりのナースエイド」は連続ドラマ化されて、日本テレビ系「水曜ドラマ」枠で放送されていたことも知った。未読なので遡って読まなければ・・・・・と動機づけられた。
 
 本書単独での読後印象を述べたい。第一印象は、近未来の医療SFミステリー小説。
 ストーリーの中核になるのは火神細胞を進化させた新火神細胞。星嶺医大付属病院統合外科の初代教授火神郁男がこの火神細胞を発明した。「火神細胞による万能免疫細胞療法は、手術、化学療法、放射線療法に継ぐ第四のがん治療法として世界中で広く使われるようになった」(p21)つまり、この記述時点でSFと言える。
 統合外科は20年ほど前に開設されている。
 十数年前に、あらゆる臓器に同時多発的に悪性腫瘍が生じる奇病が社会に現れ出した。全身性多発性悪性新生物症候群。この英文名称の略称で、「シムネス」と通称される。
 3年前には、火神郁男教授自身がシムネスを患い、統合外科の天才外科医・竜崎大河による手術中に、火神の心臓が破裂して死亡した。この時、桜庭澪も手術チームに加わっていた。竜崎は医師免許停止となる。免許停止中に、少女の命を救うために手術を強行し、医師免許を剥奪される処分を受けた。竜崎は日本を去る。ここからこのストーリーが始まる。

 医学界における星嶺医大付属病院統合外科の影響力はこれで地に落ちる。
 だが、3ヶ月前に状況が再度一変する。なぜか? 
 星嶺医大付属病院統合外科で、通称「オームス」のオペレーティングユニットを使用したオームス手術が開始されるようになったからである。楕円形で巨大な黒い繭のような新時代のがん治療装置は『Outside operated Higami cell machine system』と呼ばれ、通称が「オームス」なのだ。
 
 火神細胞は、火神郁男がパナシアルケミと共同で開発した。火神教授の死後、外科医だった娘の玲香は統合外科医局を対局し、メガファーマ(巨大製薬会社)になっていたパナシアルケミに就職する。父の悲願を継ぎ、オームスの完成を目指すためだった。新火神細胞が開発される。それは火神細胞にバイオコンピュータを組み込んだ細胞。この新火神細胞を患者の血管内に投与し、オペレーティングシステムに入った執刀医が、スーパーコンピューターで新火神細胞を離合集散させる操作を行い、患者体内の固形がんを除去するという画期的な手法である。このオームス手術で従来の治療手法が不要になるのだ。
 オームスの装置内に入り、執刀をするのは桜庭澪である。澪はナースエイドの役割を続けることを条件に統合外科で外科医として勤務している。今は火神玲香に協力し、治験例を重ね、標準装置の開発を目指している。

 オームス手術の治験は次の段階に入る。オームス手術用の専用手術室が港区赤坂にあるアメリカ大使館の一室に設営された。そこで駐日アメリカ大使の母親を治療するということに。進行した乳がんが発見され、すでに骨や肺へ転移し、根治手術は不可能な状態になっていたのである。この治療が成功すれば、オームスの名は世界中の医療界に響き渡っていくことは明かだった。

 その直前に、竜崎大河が帰国する。この3年間、竜崎は海外で裏の世界に関わり、天才外科医として知れ渡り、「サーペント」と呼ばれるようになっていた。<プロローグ> では、竜崎がイスラム原理主義者でテロリスト、独裁者のジャミール・ラジャンの手術をする場面が描写される。竜崎は、世界各地を求めに応じて移動する一方、アフリカのシエラレオネに幾度もシムネスの調査に出かけていた。医師免許を剥奪された竜崎がなぜ、帰国したのか。

 竜崎が成田空港から入国した時、彼の前に新宿署の橘刑事が立ちはだかる。橘は6年ほど前から、新聞記者だった桜庭唯と交際していた。桜庭澪の姉である。4年前に、唯はシムネスという不治の病に冒され、入院先の屋上から転落死した。その唯は病に冒されながらも社会正義を貫くための事件を追っていた。唯は統合外科のトップ外科医として君臨する火神郁男をなぜか調べていた。その唯と火神がともに希少疾患に罹患したのである。これが偶然であるはずはないと橘は考える。唯は自殺ではなく、誰かに殺されたのだと橘は確信していた。火神が死んでしまったので、橘は竜崎から事情聴取をしたいのだ。竜崎が手術に関わる現場を必ず押さえて、法律違反で逮捕すると橘は竜崎に宣告する。

 桜庭澪が火神玲香に協力し、オームスのオペレーター(執刀医)になっていることには密かな目的があった。姉の唯が追究していた真実とは何なのか。火神郁男が心臓の破裂で術中死する前に、秘密を隠し続けるために姉の唯を殺してしまったことを澪に告げた上で、「この秘密が暴かれたら、多くの人々が命を落とすことになる」「真実を知りたいなら、外科医に戻りなさい。戻って、オームスのオペレーターになるんだ」(p93)と澪に囁いていたのだ。このことを澪は誰にも話していない。
 この秘密が何なのか。その謎解きミステリーという重要な側面が関わって行く。
 海外でサーペントと通称される竜崎大河もまた、独自に火神教授が秘密にしていることが何かを独自に究明していた。
 この小説、このミステリーの側面が重要な要因となっていく。
 一方で、、秘密の暴露を阻止しようとする側が暗躍し始める。
 このせめぎあいが、読ませどころとなっていく。

 そして、三枝友理奈という小柄な少女に対するオームス手術が、ファイナル・ステージになっていく。臨場感に満ちた手術プロセスが描きこまれていく。医師でもある著者の本領が、この医療SFに発揮されていく。一気読みしてしまう。

 < エピローグ > の最後の一行をご紹介しよう。
 「I'm just a Doctor. I'm Serpent.(俺はただの医者、サーペントだ)」
この一行。これが「サーペントの凱旋」を象徴していると感じた。

 序に触れておこう。玲香が澪に語る箇所である。
 「『サーペント』とか名乗っているんだって。あれよ。医学の神アスクレピオスの杖に巻き付いている蛇のことよ」(p56)
 サーペントの由来はここにあるようだ。

この小説、重要な課題を含んでいる。それが根底のテーマにあるのだろう。
 Xという医療行為は多くの人々の命を救う可能性が高い。だが、一方で確率はごく低いが命にかかわる副作用を発症すること、死に至ることも起こりうる。ならば、Xという医療行為は捨てるべきなのか。

 ストーリーにいろいろと仕掛けが組み込まれていて、楽しめるSFミステリーである。 それだけではない。一方で、医療業界で現実に行われているかもしれないダークサイドを感じさせる部分を暗示しているようにも思う。それは深読みだろうか。
 「事実は小説よりも奇なり」なんて、フレーズもあったな・・・・・。

 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『硝子の塔の殺人』   実業之日本社
 

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。