遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『遮断 警視庁失踪課・高城賢吾』  堂場瞬一  中公文庫

2023-03-03 16:17:20 | 堂場瞬一
 警視庁失踪課・高城賢吾シリーズの書き下ろし長編第7弾。2011年10月の刊行。
 読了して、このタイトルの「遮断」には様々な意味合いが重ねられているように思った。その意味合いを切り口としながらご紹介しよう。

1.高城賢吾と三方面分室長阿比留真弓との間でのコミュニケーションの遮断
 阿比留室長の過去が明らかになってしまった事件以来、高城と阿比留の間はギクシャクしたコミュニケーション遮断の状況が続く。このストーリーの始まりはその状況が続いているところから始まる。だが、ある失踪人の事件から阿比留のやる気が復活してくることになる。高城と阿比留の間のコミュニケーションの遮断は徐々に解消されていく。その事件は、三方面分室の刑事の一人、六条舞に関係していたからである。

2.高城と新たに異動してきた田口秀樹警部補の間にある刑事としての捜査意識の遮断
 法月大智が渋谷中央署警務課に異動となり、交通部から田口が異動してきた。彼は事件の捜査活動には全く意欲を示さない御仁。高城は中間管理職の立場から、田口に対して、捜査に対する意欲と意識を期待するのだが無反応のようにしか見えないことに、イライラする。しかし、お荷物状態では困るのだ。刑事としての意識を何とかして持たせようとする。高城の試みがどうなるか、読者にとってはこれからの楽しみになる。
 IT企業「NSワールド」社の総務部長長友が相談のため三方面分室に来て、捜索願を出したことから始まる。インドのIT企業の業務提携先から1年前に迎え入れたSEの技術者でインド出身のラヴィ・シンが行方不明という。外国人の失踪案件である。この捜索願が出たすぐ後に、別件がもたらされる。
 そのため、このインド人ラヴィ・シンの失踪に絡む聞き込み捜査を、高城は田口に割り当てた。これが田口の初の捜査活動となっていく。さて、田口はどうするか。これが、いわばサブ・ストーリーとして進展していく。高城が田口のフォローに悩むことになるのかどうか・・・・。

3.機密事項扱いの別件の発生。それは情報が遮断された状況が続く捜査となる。
 それは事なかれ主義の失踪課課長石垣がはりきって指揮を執ろうとする案件だった。
 厚労省⇒警察庁⇒警視庁(⇒石垣課長)という通常の指揮命令系統ではあり得ない事案である。厚労省は一方面分室の管轄なのだ。この事案は、一方面分室と三方面分室の協力捜査となる。
 近い将来次官の目もあるキャリア官僚の厚労省審議官六条恒美が予定されていた会議に出席せず、音信不通となったのだ。その直前までの状況からは事件性が感じられないという。突然の行方不明状態。失踪と判断された翌日に厚労省側から極秘にこの失踪の捜査の要望が出された。六条恒美は三方面分室に属する三条舞の父親である。
 まずは事情聴取から始めることになるが、一方面分室は厚労省関係者、三方面分室は家族の方を担当する形で捜査が始まる。部下である六条舞が絡んでいることから、阿比留分室長の意識が変化し始めるという次第。
 石垣課長は、捜査一課の強行犯係長である長野威に連絡していたので、長野は高城の所に飛び込んでくるというスタートになる。
 とはいうものの、六条恒美の失踪に関する情報はゼロに近い状況であり、情報が遮断されたままで、まず聞き取り捜査を進めることになる。
 高城と明神愛美は、六条の自宅での聞き込みと自宅捜査から始める。が、失踪に直結するような情報が見出せない。

 六条の自宅に、誘拐したという電話がかかってくることで、事態が一変する。身代金1億円を用意しろという脅迫電話だった。情報漏れによる悪戯電話の可能性もなくはない。マスコミに気づかれずに、対応が可能か。まさに捜査一課の出番になる。状況はそこから変転し始める。
 身代金1億円の要求。急遽そんな金の準備ができるのか? 六条恒美の妻麗子はなんと、1億円を自宅の隠し金庫から取り出させた。舞はそんな金の存在を両親からは何も聞かされてはいなかった。両親の問題にはノータッチというスタンスである。恒美の妻麗子の実家は住田製薬の創業者一族である。
 この誘拐電話に対して、警察側は万全の体制をとる。しかし、この事件からも恒美に行き着くための情報は遮断されているままになる。

 高城が得た情報は、審議官六条が「高度人材」確保の問題、つまり頭脳輸入の問題を大きな課題としていたこと。失踪当日の昼、渋谷のレストラン「バローロ」で田崎という人物と会っていたこと。田崎への聞き込みから六条が選挙に出る意向を持っていたことだけだった。
 
 このストーリーのおもしろい特徴がいくつかある。
 捜査活動を一歩前進させるための情報がほとんど入手できないという情報遮断状況の中で、マスコミには一切関知されずに本人の行方を捜査しなければならないという制約である。また、ストーリーが進展する途中の様々なところに伏線やヒントがさりげなく織り込まれているというスタイルではないこと。よくある捜査推理とはかなり異なる進展が読者を戸惑わせる。その点が興味深い。
 さらに、14日午後に突然行方不明となった六条恒美が、18日に自宅に戻って来るという展開になる。そこからがいわばこの事件の第二部のはじまりと言える。そして、今度は六条自身が、高城に対して自分にとって都合の良い情報の遮断を行う状況を生み出して行く。
 事件は解決する。だが、それは思わぬ結末をもたらすことになる。
 
 この小説、最後に次作以降への別の楽しみを読者に残してくれる文で終わっている。引用しておこう。上記第2項に記した田口に対する高城の思いである。
「この男ともつき合っていかなくてはならないのか・・・・人数減による戦力ダウン。意識の低い、素人同然の新しい刑事。今後の失踪課の行く末に、私は漠然とした不安を抱いた」(p466)

 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
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                    2022年12月現在 26冊
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