私は宇和島市街から吉田町に入る知永峠(ちながとうげ)の
手前に住んでいましたので、自転車通学するのに隣の吉田町に
ある愛媛県立吉田高等学校が近くて便利なため、吉田高校に
行くことを選択しました。当時の道路は舗装がされていなく、
大変でしたが、それでも雨の日も休むことなく自転車通学
しましたので、吉田町はとても懐かしい町です。
私が自転車通学した街並みはほぼそのまま残っており
昭和の面影が色濃く残っている町です。
今日は私が高校生時代に自転車通学した宇和島市吉田町とクレマチスの花を紹介致します。
1.宇和島市吉田町の紹介
(1)JR伊予吉田駅と駅前通り。駅前通りを50m位行き、本町通りに入ります
次の写真が吉田駅前通りです。
(2)本町通り入り口(この道を通って自転車通学しました)
(3)本町通り。当時は賑わった町ですが、今は人影がほとんどありません。道は今はレンガ舗装ですが、当時は土の道でした。当時はこの通りの右側に大上百貨店があり、大変賑わっていました。今は通常のお店で営業されています。
(4)さくら橋。この橋を渡って真っすぐ西小路に進みます。
(5)さくら橋を渡り西小路に向かう道(写真の突き当りの道を右折すると北小路に出ます)
(6)西小路にある宇和島市吉田町支所(左手前に公民館が併設されています)
(7)吉田高校に向かう北小路通り、進むと右側に吉田病院があります。(突き当りを右折すると直ぐに吉田高校校門が左側にあります)
(8)愛媛県立吉田高等学校(前身は山下女学校で、設立に渋沢栄一氏の助力がありました)
(9)吉田高校に飾ってある渋沢栄一氏の書。右から読み、渋沢栄一氏の晩年の書です。渋沢氏は女性教育を大切にされました。それで山下女学校が設立されました。
(10)新しく通った国道沿いの吉田町の道の駅(江戸時代吉田藩は3万石でした)
(1)道の駅の前の国道
(A)宇和島市街方面への道
(2)きさがた、玉津、法華津峠方面への道
2.吉田町に行ったので吉田町の「国安(くにやす)の郷」にも行きましたので紹介致します。
3.さらに足を伸ばし、高校生の時遠足で行った半島の山下運河・奧南(おくな)橋まで行きました。当時は写真の赤い橋はありませんでした。
4.さらに足を伸ばし、半島先端の大良(おうら)鼻まで行きました。小さな島は「小島灯台」と呼ばれ、
灯台があります。灯台は島の上の右側にかすかに写っています。
5.クレマチスの花。吉田町の道の駅で売られていました。