皆様方の中にも、何かの事情で「あなたを憎む者」が困窮し、食べることに事欠いているなら、快く実際的な助けの食糧を与えていらっしゃる方がいるかも知れません。そのような方は幸いな方であり、エホバ神が報いを与えて下さいます。
聖書の箴言は、「あなたを憎む者が飢えているなら」、実際的な援助の手を差し伸べなければならないことを、エホバ神は次のように命じておられます。
「あなたを憎む者が飢えているなら、食べるパンを与えよ。もし渇いているなら、飲む水を与えよ。あなたは彼の頭の上に炭火をかき集めているのであり、エホバご自身があなたに報いてくださるからである」(箴言25:21,22)。
上の聖句に示す通り、エホバ神は、例え「あなたを憎む者」であっても、「飢えているなら。食べるパンを与えよ。もし渇いているなら水を与えよ」と命じておられます。この聖句を読むと、お父さんエホバ神はどのような方を理解することができるに違いありません。
パウロはこの箴言の言葉を引用し、ローマ人への手紙の中で次のように教えています。「だれに対しても、悪に悪を返してはなりません。すべての人の前に良いものを備えなさい。できるなら、あなた方に関する限り、すべての人に対して平和を求めなさい。わたしの愛する者たち、自分で復しゅうしてはなりません。むしろ神(エホバ)の憤りに道を譲りなさい。こう書いてあるからです。「復しゅうはわたしのもの、わたしが返報する、とエホバは言われる」(レビ記19:18.申命記32:35.詩編99:8.ヘブライ10:30)。そしてこうあるのです。「あなたの敵が飢えているなら、食べさせなさい。渇いているなら、飲む物与えなさい。そうすれば、燃える炭火を彼の頭に積むことになるのである」。悪に征服されてはなりません。むしろ、善をもって悪を征服してゆきなさい」(ローマ12:17~21)。
「彼の頭の上に炭火をかき集める」とは、鉄を精錬する時の溶鉱炉の原理を、人を清くすることの比喩的表現です。憐れみ深く愛ある親切を「あなたを憎む者」に対しても、実際的な助けを進んで与えるなら、エホバが祝福してくださることが分かると、勇気や力が湧いて来るのではないでしょうあ。エホバ神がどのような方かを理解するなら、誰かに迫害をされることがあっても、エホバに忠節を保つことができるのです。
夏山の 緑美し 高速道 今日の一句
庭に咲いている花