神が宿るところ

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親王山 地蔵院 延命寺

2021-10-16 23:22:34 | 寺院
親王山 地蔵院 延命寺(しんのうさん じぞういん えんめいじ)。
場所:茨城県取手市岡987。国道294号線「ゆめみ野入口」交差点から南西~北東へ約1.1km、茨城県道251号線(守谷藤代線)との交差点を右折(南東へ)、約240mで左折(北東~東へ。県道251号線を進む。)、約1km。駐車場有り(県道側の西門から入る。)。
寺伝等によれば、保安元年(1120年)、覚鑁上人(興教大師)の夢に地蔵菩薩が現れ、「自分は下総国相馬郡岡村の地蔵である。平将門が信仰してくれたが、謀反を起こして討たれてしまった。逆賊となったので、誰も供養してもらえないのは残念である。自分を祀ってくれれば、将門の縁者も、その他の衆生も救済するだろう。」と告げた。しかし、遠い東国のことで、また、その後「高野山(金剛峯寺)」再興に忙しく、なかなか下向できなかったところ、長承3年(1134年)に再び地蔵菩薩が現れて、催促された。そこで、当地を訪れて探したが、地蔵菩薩はなかなか見つからなかった。小さな庵に泊めてもらったところ、近くの森に塚があり、光を放っていた。聞けば、そこは将門の墓と伝えられているところで、その森に入ると出て来れないと言われたが、分け入ってみると、地蔵菩薩が見つかった。そこで、これを本尊として保延元年(1135年)に「親王山 延命密寺」を建立して、庵主の覚如を初代山主とした、という。しかし、時々の領主の庇護を受けなかったため、無住の時期が長く、荒廃していたが、昭和47年に「新井山 梅照院 薬王寺」(現・東京都中野区。「新井薬師」として有名)の末寺となって再興されたという。現在は真言宗豊山派に属し、本尊は延命地蔵菩薩。
将門所縁の寺院として、元は本堂裏に祀られていたという「将門大明神」石祠がある。また、境内に、「駒形塚」(駒形古墳)があり、将門が戦死したときに乗っていた馬を埋めたところと伝えられている(あるいは、武者と騎馬の埴輪を埋めた、ともいう。)。風邪をひいたときなどにお参りすると、すぐ治るとして信仰されてきたとのこと。


取手市岡 延命寺のHP


写真1:「延命寺」寺号標。県道沿い(南側)。


写真2:正門(東側)。小貝川に向かって下っていく途中にあり、石段を上る。


写真3:本堂


写真4:本堂前の塚。手前の石祠が「三峯大権現」、奥が「将門大明神」となっている。


写真5:「将門大明神」石祠


写真6:弘法大師堂


写真7;西門。駐車場へはこちらから入る。


写真8:「駒形塚」。「駒形様」の石祠がある。西門から入って直ぐ、住居のガレージの奥。径約10m、高さ約1mの円墳とされ、石棺材とみられる石板があるという。
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