シャンテ サラのたわ言・戯れ言・ウンチクつれづれ記

"独断と偏見" で世相・経済からコミックまで 読んで楽しい 面白い内容を目指します。 

バヴァリアの伍長の遺産

2006年09月02日 | 歴史をひも解いて
左上はドイツのアウトバーン。 右上は亀甲文字。 左下はアウシュヴィッツ強制収容所のアーチ。 右下はミロシェビッチユーゴ大統領。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ヒトラーはドイツに負の遺産を数多く残しましたが、評価される遺産に「アウトバーン」と「ラテン文字」があります。 アウトバーンは世界で初めての高速道路網で、戦後も自動車産業を発展させ、自動車大国の礎となりました。 日本よりも高級路線の自動車が多いですね。

また、従来のドイツのアルファベットは亀甲文字 (きっこうもじ) 別名ヒゲ文字といって、読みにくかったのですが、読み易いラテン型の文字を導入したのは今に残るプラスの遺産でしょう。 
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
しかし、何といっても最大の負の遺産は、ユダヤ人をスケープゴートの対象として、数百万人を強制収容所で殺害したことでしょう__「ドイツは戦争に負けなかった。 ユダヤ人と社会主義者に背中を刺されただけなのだ。 英独が1914年に戦争したのは、新聞界の宣伝のせいだ。 その親玉はユダヤ人のノースクリフだ! 米独が戦争を始めた時、米国内のユダヤ系企業が戦争物資を売り始めた。 米新聞は一大キャンペーンを開始した。 対独煽動の音頭をとったのはユダヤ人企業のハーストだ!」__ ノースクリフもハーストもユダヤ人ではなかったが、演説者にとってはどうでもよかったのだ。

ヒトラーは、オーストリアの税官吏アロイスの第三子として生まれた。 アロイス52歳の時で、この男は家庭では絶対的な支配者で、子供たちはステッキ/鞭/犬鞭/ベルトで折檻され、アドルフが最も被害を被った。 父の手荒な仕打ちは、彼の心に強者は常に正しいという観念を植え付けた (ルイス・スナイダー著「アドルフ・ヒトラー」)。

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
ヒトラーは、ユダヤ人をスケープゴートにすることで 国内の不満をそらし、指示の拡大に結びつけました。 同じ手法を取った男が、ソ連崩壊後のユーゴに出現しました。 民族主義者ミロシェビッチが大統領となったユーゴは内戦状態となり、1991年から ‘00年まで続いたのがユーゴスラヴィア紛争です。

アウシュヴィッツ強制収容所の正門のアーチには「Arbeit Macht Frei (働けば自由になる)」と表示されていますが、標語とは逆にユダヤ人を絶滅させる収容所でした。 批判を許さない社会は、どこまで残酷になれるかの典型かもしれません。 第二次大戦の負の世界遺産として広島の原爆ドームと並ぶものですね。     

以上

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。