*『死の淵を見た男』著者 門田隆将 を複数回に分け紹介します。68回目の紹介
『死の淵を見た男』著者 門田隆将
「その時、もう完全にダメだと思ったんですよ。椅子に座っていられなくてね。椅子をどけて、机の下で、座禅じゃないけど、胡坐をかいて机に背を向けて座ったんです。終わりだっていうか、あとはもう、それこそ神様、仏さまに任せるしかねぇっていうのがあってね」
それは、吉田にとって極限の場面だった。こいつならいっしょに死んでくれる、こいつも死んでくれるだろう、とそれぞれの顔を吉田は思い浮かべていた。「死」という言葉が何度も吉田の口から出た。それは、「日本」を守るために戦う男のぎりぎりの姿だった。(本文より)
吉田昌郎、菅直人、斑目春樹・・・当事者たちが赤裸々に語った「原子力事故」驚愕の真実。
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**『死の淵を見た男』著書の紹介
第22章 運命を背負った男
緊対室に巻き起こった万雷の拍手 P350~
(前回からの続き) 立錐の余地もない緊対室では、共に闘った部下たちが、吉田の話を一言も聞き漏らすまいと静まりかえっていた。
「私はこれから抗がん剤治療と手術を致します。でも、手術をして、患部を摘出すれば治ると言われていますので、医者に任せてみようと思います。ここでみんなと一緒にやって来たわけで、こういう状態でここを去るのは非常に心苦しいし、断腸の思いです」
吉田はあの極限の場面での部下たちの凄まじい闘いぶりを思い出しながら、そうつづけた。
「あの日々を、私は忘れることができません。今も厳しい状況に変わりはありませんが、みなさんのおかげで、なんとかここまでくることができました」
直接の部下たちも、協力企業の人間も、あの苦しかった日々を思いだしながら吉田の話を聞いている。少し、深刻な雰囲気になったので、吉田は、ここで得意の冗談を飛ばした。髪の毛の薄い福島第一原発の総務部長の名前を出して、こう言ったのだ。
「すでに私は一回目の抗がん剤治療を受けましたが、まだ頭の毛を抜けておりません。彼よりも、癌治療を受けている私の方が毛があるはずです!」
吉田がそう言ったとき、全員がかたわらに立っている総務部長の頭と吉田とを見比べ、一斉に笑いが起こった。吉田らしい冗談だった。
「どうか、皆さんには、これからも頑張ってほしい。まだまだ困難なことがつづくでしょうが、みなさんにはそれをどうか乗り切ってほしいと思います。福島県の人だけでなく、日本中の人たちがみなさんに期待しています。そのことを忘れず、高橋君の下で力を合わせてやってください。ありがとうございました。私も必ずここに戻ってきたいと思います」
それは、吉田の万感をこめた挨拶だった。吉田が話し終わると、緊対室に万雷の拍手が巻き起こった。
「ありがとうございました」
「頑張ってください!」
「早く治して帰って来てください」
吉田が緊対室を出る時、部下たちがそう言って駆け寄った。涙をうかべている者もいた。それは、過酷な闘いを共にした戦友たちとの別れだった。
(中略)
「第二の免震棟にも行って、挨拶させてもらったんですよ。あの事故の時の対応で、部下たちはかなり被曝しましたからね。そういった連中は、バックアップの仕事をしろということで、新たにつくられた福島第二の安定化センターに送られて、ここで仕事をしていました。だから、ここでも、目いっぱい部下たちが集まってくれてね。ワーッともう、部屋いっぱいで、別れる時は、頑張ってください、ってずいぶん、励ましてもらいました」
こうして吉田は”戦友たち”に別れを告げたのである。
(次回は「第22章 運命を背負った男 「チェルノブイリ事故×10だった」」)
※続き『死の淵を見た男』~吉田昌郎と福島第一原発の500日~は、
2016/6/7(火)22:00に投稿予定です。