*『死の淵を見た男』著者 門田隆将 を複数回に分け紹介します。13回目の紹介
『死の淵を見た男』著者 門田隆将
「その時、もう完全にダメだと思ったんですよ。椅子に座っていられなくてね。椅子をどけて、机の下で、座禅じゃないけど、胡坐をかいて机に背を向けて座ったんです。終わりだっていうか、あとはもう、それこそ神様、仏さまに任せるしかねぇっていうのがあってね」
それは、吉田にとって極限の場面だった。こいつならいっしょに死んでくれる、こいつも死んでくれるだろう、とそれぞれの顔を吉田は思い浮かべていた。「死」という言葉が何度も吉田の口から出た。それは、「日本」を守るために戦う男のぎりぎりの姿だった。(本文より)
吉田昌郎、菅直人、斑目春樹・・・当事者たちが赤裸々に語った「原子力事故」驚愕の真実。
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**『死の淵を見た男』著書の紹介
第2章 大津波の襲来
「ヤバい! ・・・ヤバいです!」 P52~
その時である。
いきなり中操のドアがバーンと開いたかと思うと、若い運転員が駆け込んできた。
「ヤバい! ・・・ヤバいです!」
若い運転員は、そう叫んだ。唖然とする運転員たちが彼に顔を向けると同時に、顔面は蒼白だ。見ると身体全体がずぶ濡れになっている。
「海水?」
反射的に伊沢はそう叫んでいた。
「どこだ?」
伊沢だけでなく、ほかの人間からも同時に声が飛んだ。どこに海水が来ているか、という意味である。
中操内にいる伊沢たちには窓がないため外の状況がまったくわからない。つまり、いったいどこに海水が来ているのか、その意味がわからないのだ。
「ここです!この建屋です!」
ずぶ濡れの運転員はそう答えた。
「えっ?」
そんな馬鹿な・・・ここは、海面から十メートルの高さに位置する「十円盤」である。原子炉建屋、タービン建屋、サービス建屋・・・等々、ほとんどの重要施設は、この十円盤にある。
そこに海水が押し寄せるということが、果たしてあり得るのか。だが、顔面蒼白の運転員と、そのずぶ濡れの姿が、それが「事実」であることを物語っている。
SBOがなぜ起ったかー。
伊沢当直長以下、中操内の全員が、このとき、その驚愕の事態の「原因」が初めてわかったのである。
衝撃だった。
「地震のあと、スクラム対応等々で、電源の切り替えなどの作業が必要でした。それで当直長の許可なしに現場に人間を配置するのは禁じると宣言した上で、私は現場に運転員を派遣していました。その運転員の一人が、すぶ濡れになって飛び込んできて、そう叫んだとき、SBOの原因がわかりました」
伊沢はそう語る。
懐中電灯を持ってその作業に向かった運転員は、何か奇怪な音を聞き、ひきかえしてくる途中に流れこんでくる海水に遭遇したというのである。
主任の本馬も、この報告で認識が変わった。
「現場では、ものすごい音がしたそうです。慌てて帰ろうとしたようですが、現場を外との間にゲートがあったりするものですから、水がバンバン流れて来た状態のところを、かき分けて上がってきたんです。建屋に水がダーッと入ってきたことは、この報告でみんなが認識できました。私は、”ああ、津波が”って、そこで頭を切り替えたんだと思います。みんなもそうだったと思います」
ヤバいー若い運転員が叫んだその言葉が、それぞれの運転員の頭にこだましていた。たしかに尋常な事態ではなかった。
電源がなくなってしまったため、ECCS(非常用炉心冷却装置)の状況も全くわからなくなってしまった。原災法第15条に相当する事態だ。これも伊沢は、ただちに緊対室に伝えている。
こうして、暗闇の中操で、全電源が落ちた中での絶望的な闘いが始まったのである。
(「ヤバい! ・・・ヤバいです!」は、次回に続く)
※続き『死の淵を見た男』~吉田昌郎と福島第一原発の500日~は、
2016/2/18(木)22:00に投稿予定です。