*『死の淵を見た男』著者 門田隆将 を複数回に分け紹介します。6回目の紹介
『死の淵を見た男』著者 門田隆将
「その時、もう完全にダメだと思ったんですよ。椅子に座っていられなくてね。椅子をどけて、机の下で、座禅じゃないけど、胡坐をかいて机に背を向けて座ったんです。終わりだっていうか、あとはもう、それこそ神様、仏さまに任せるしかねぇっていうのがあってね」
それは、吉田にとって極限の場面だった。こいつならいっしょに死んでくれる、こいつも死んでくれるだろう、とそれぞれの顔を吉田は思い浮かべていた。「死」という言葉が何度も吉田の口から出た。それは、「日本」を守るために戦う男のぎりぎりの姿だった。(本文より)
吉田昌郎、菅直人、斑目春樹・・・当事者たちが赤裸々に語った「原子力事故」驚愕の真実。
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**『死の淵を見た男』著書の紹介
第1章 激震
張り詰める緊急時対策室 P32~
吉田は、事務本館2階の所長室から下に駆けおりた。
途中、防災扉が閉まり、事務本館をぐるりとまわる形で、まず事務本館前の駐車場に出た。ここは、地震などの災害の時の避難場所になっている。
福島の3月は寒い。この日の最低気温は零下1.4度、最高気温は8.3度だ。職員たちは着の身着のまま飛び出してきたために、オーバー類を着用している人はほとんどいなかった。不安そうな顔でがたがたと震えている人たちも目に入った。吉田は、総務グループの人間に向かって即座に指示を出した。
「けが人のチェックをしろ。各班で点呼して、全員が揃っているか確かめるように。安否確認をしっかりやれ」
そう言い残すと、駐車場の横に立っている免震重要棟へと急いだ。
前述のとおり、免震重要棟は、新潟県中越沖地震での教訓から、わずか8か月前に完成したばかりだ。重大な事故や災害に見舞われた時に、ここに職員が籠ってさまざまな事態に対応するのである。
所長という立場上、当然のことだが、福島第一原発の緊急対策本部長は、吉田だ。2階には、本店とのテレビ会議の設備も完備された「緊急時対策室」がある。
それから不眠不休で、およそ1か月も籠城することになる緊対室に吉田が入っていったのは、午後3時前のことである。
「スクラムしたか?」
吉田は、部屋に入るなり、入り口の左側に集まり始めていた復旧班の人間に声をかけた。すでに部屋の中には、30人ほどが集まっている。さらに吉田のあとを追うように次々と人が入って来る。
「大丈夫です。スクラムしています」
「よし」
そんなやりとりをしたあと、吉田は、円卓の本部長席に着いた。発電班長、復旧班長、技術班長ら、主だった幹部たちは、もう顔を揃えている。みな緊迫した表情だ。
「まず、死傷者がいないか、確認をするように」
幹部たちの顔を見渡して、吉田はそう声をかけた。
「こういう状態だ。いいか、慌てるな。しっかり、ひとつひとつ確認して慌てず対応するんだ。焦るなよ」
幹部たちは吉田の厳しい顔を見て、それぞれ自分に言い聞かせるように頷いた。
福島第一原発には、1号機から6号機まで全部で6基の原子炉がある。この6つで469万キロワットもの電力を生み出し、東京をはじめとする首都圏に供給しているのだ。
このとき、1号機から3号機は運転中で、4号機から6号機までは、定期検査(通称「定検」)中だった。定検とは、原子炉を完全に止め、燃料棒の交換や、機器・配管に漏れや損傷がないか、定期的に検査をおこなうものである。電気事業法によって、1年プラスマイナス1か月ごとにおこなうことが義務づけられている。
フル稼働していたのは、福島第一原発の中で1号機から3号機までの3基の原子炉である。
吉田には、これらすべての原子炉を落ち着かせ、事態を収束させる全責任があった。
(次は「第2章 大津波の襲来」)
※続き『死の淵を見た男』~吉田昌郎と福島第一原発の500日~は、
2016/2/8(月)22:00に投稿予定です。