一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

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時代小説分析のために その1

2007-10-20 06:30:02 | Criticism
今回のテクストは、杉本苑子『鳥影の関』です。

分析とは言え、ここでは文体論や文章の適否、時代考証はいたしません。あくまで、小説の全体構造にかかわる問題を取り扱おうという試み。

さて、定石どおりにストーリー紹介から。
「仇持ちの夫の急死で、はからずも女の旅人の身体検査をする関所の“人見女”となった天野小静を中心に、東海道の往還をきびしく取締る箱根の関にくりひろげられる人々の哀歓を綴る時代長篇作」(「BOOK」データベースより)
というのが上巻。
下巻は、
「凶作にあえぎ一揆を起こす箱根近在の農民たち、強訴にそなえて緊迫する関所で、人見女として働く小静の身辺にしのびよる亡夫を仇とねらう男の影。箱根を舞台に江戸末期の波瀾の世相を描く完結篇」(同上)
となっています。

時代小説には、ほとんどのサブ・ジャンルを取り入れることができるんだなあ、というのが、小説を読んでの、小生の第一の感想。

ここでは、時代小説の骨格に「グランド・ホテル形式」が導入されています。
「一か所に集まる多数の登場人物の思いと行動が交錯しながら物語が進むスタイル」
を普通「グランド・ホテル形式」と呼んでいます。

つまりは、ある所に定点を設け、そこを通過する人びとの心理・行動を次々に描いていく一種のオムニバス形式ということもできるでしょう(舞台としての定点がないものは、フランス映画『舞踏会の手帖』やシュニッツラーの『輪舞(ロンド)』のようになる)。

この『鳥影の関』では、箱根の関が定点に当たります。

当然のことながら関所ですから、大勢の旅人が行き来する。その中には、そまざまな人生を抱えた人がいて、それを次々に語っていくだけでも、一つの連作を作ることができる。
『鳥影の関』は、それをいささかひねってあります。

というのは、主人公・天野小静の亡夫が「仇持ち」だったということで、いつそれが発見されるか、というサスペンスが生まれるからです。
また、箱根の季節感を背景にすることができるのも、小説として有利な点。

登場人物的に言えば、箱根の関に働く人びと、また箱根宿や元箱根の住人などを出すことも、ストーリーに変化を与えることになります。

長くなりそうなので、まずは「グランド・ホテル形式」であることの指摘だけで、続きは次回に。

杉本苑子
『鳥影の関』(上)(下)
中公文庫
定価 780+760 円 (税込)
ISBN978-4122013131、978-4122013148

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