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中国語学習者のブログ

これって中国語でどう言うの?様々な中国語表現を紹介します。読者の皆さんと一緒に勉強しましょう。

『紅楼夢』第十三回

2025年04月09日 | 紅楼夢
 病気の秦可卿が息を引き取り、息子の嫁を失い悲しみに暮れる賈珍は、彼女の葬儀をできるだけ盛大なものにしようとします。息子の賈蓉は国子監の学生の肩書しかなく、葬儀の挌を上げるべく、龍禁尉という五品の官位を購入します。ところが賈珍の妻の尤氏が病で伏せってしまい、葬儀の事務の差配ができないことから、王熙鳳(鳳姐)に葬儀の指揮を依頼します。

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秦可卿は死して龍禁尉に封じ
王熙鳳は寧国府と協理する

 さて、鳳姐は賈璉が黛玉を揚州に送って行って後、心の中で実につまらなく思い、毎日夜になる度、平兒と一度冗談を言って笑うと、そそくさと眠りについた。この日夜に平兒とかまどの傍らに座り、早くも召使に命じて刺繍の施された掛け布団を香で燻させ、ふたりは寝床に入り、指折り数えて黛玉一行がどこまで行ったか考えるうち、知らず知らずのうちにもう太鼓が三つ鳴らされる時間(三更、夜中の12時から2時)になった。平兒はもう寝入っていた。鳳姐はようやく眠気で頭が朦朧とし、ぼんやりとする中、秦氏が外から入って来て、笑みを浮かべて言った。「叔母様はよくお休みね。わたしは今日帰って行ったのに、あなたも今日はわたしを見送ってくださらなかった。叔母様方は平素から仲良くしていただいていたので、わたしは叔母様と別れ難く、それでお別れを言いに来ました。またもうひとつお願いがあって、叔母様に言っておかないと、他の方では役に立たないかもしれないと思いまして。」

 鳳姐はそう聞くと、ぼんやりとしながら尋ねた。「お願いって何なの。わたしに頼まないといけないなら言いなさい。」秦氏は言った。「叔母様、あなたは女達の中の英雄で、あの束帯し頭に冠を被った殿方たちもあなたには及ばない。あなたはどうしてあの二句の俗語もご存じないのですか。よく言う「月満つれば虧(か)くる、水満つれば溢(あふ)るる」、また言う「高きに登れば必ず重きに跌(つまず)く」と。今わたしたちの家は赫々と栄えておりますが、(家が興されて)既に百年経ち、ある日もしも「楽が極まり悲しみが生じ」ることがあれば、かの「樹倒るれば猢猻(猿の群れ)散り行く」の俗語のように、どうしてわたしたちの一生が「詩書の旧族」(文化や教養のある古い一族)と空しく呼ばれないことがありましょうか。」鳳姐はこの話を聞いて、気持ちは不快であったが、十分に敬意を表し、急いで尋ねた。「今の話はとっても心配してくれているけど、ではどうすれば永遠に憂慮や心配の無い状態を保つことができるというの。」秦氏は冷笑して言った。「叔母様はなんて愚かなの。「否極むれば泰来る」、栄辱(栄光と恥辱)は古(いにしえ)の周より始まり、どうして人力の常に保てるものでしょうか。けれども今、栄えたる時に将来衰えたる時の世業(代々行う事業)を考えておけば、永遠に保全することができます。すなわち今日諸事皆適切(諸事俱妥)に為されていますが、二件だけまだ適切に処置されていないのです。もしこれらの事をこのように行えば、今後万事憂い無く保つことができるでしょう。」

 鳳姐はそれで尋ねた。「どういうこと。」秦氏は言った。「目下、祖先の墳墓は季節毎に祭祀を行っていますが、ただお供えの銭糧の金額が決まっていません。第二に、家塾は設立されていますが、金銭の提供が一定ではありません。わたしが思いますに、今のような盛時には、固より祭祀の金銭の支払いを欠くことはありませんが、将来落ちぶれてしまった時、このふたつの項目の資金は、どこから出すのでしょうか。わたしの考えでは、今日の富貴なうちに、祖先の墳墓の附近にもっと多くの田地、荘園、家屋を購入し、祭祀や出費は皆これらから出すようにした方がいいと思います。家塾もまたここに設けるのです。一族の中の世代毎に協議をして、皆が決められた内容に基づき、今後各家毎にその年の田地、銭糧、祭祀に必要な資金の管理をするのです。このようにして回していけば、争議が起こることはなく、田地や家を質入れするような悪弊も無くなります。たとえ犯罪を犯し、家中のその他の財産は没収されたとしても、祭祀用の「祭田」は役所に没収されることはありません。たとえ一族が落ちぶれても、子孫が家に戻って勉強し農業を行うことができ、祖先をお祭りする行事も途切れず行うことができるのです。もし今の栄華が終わることがないと思い、将来のことを考えておかないと、長く維持することはできません。間もなくまた行われるお祝いはとても盛大で賑やかで、まるで烈火で油を燃やすように熱烈で、美しい花で錦の着物を飾るように美しいでしょう。――でもそれは一瞬の栄華に過ぎないことを知らねばなりません。一時の歓楽があっても、くれぐれも「盛筵必散」shèng yán bì sàn(どんなにすばらしい事物も、いずれは消えて無くなる)ということわざを忘れてはなりません。早く後のことを考えておかないと、後悔先に立たずになります。」鳳姐は急いで尋ねた。「どんなお祝いがあるの。」秦氏は言った。「天が決められたことは、事前に漏れ聞くことはできません。ただわたしと叔母様はこれまで良い関係にあったので、お別れに二句のことばをお贈りしますので、よく覚えておいてください。」そしてこう言った。

  三春去りて後諸々の芳(かお)りは尽き、各々須らく尋ねよ各自の門。

 鳳姐がなお尋ねたいと思った時、二の門のところで叩かれた雲板(連絡のため打ち鳴らす銅板)の音が聞こえてきた。続けて四回叩かれ、ちょうど弔いを伝える音で、鳳姐が驚いてドキッとしていると、門番がこう伝えた。「東府(寧国府)の蓉奥様が亡くなられました。」鳳姐はびっくりして体中で冷や汗をかき、呆然とし、急いで服を着替えると王夫人のところにやって来た。この時家中の者は皆お悔みの知らせを聞き、苛立ちを覚えぬ者は無く、皆少し悲しんだ。年配の者たちは、秦氏が平素親孝行であったことを思い、彼女と同世代の者たちは、秦氏が平素仲むつまじく親密であったことを思い、下の世代の者たちは、秦氏が平素慈愛深かったことを思った。そして屋敷の召使たちは、老いも若きも彼女が平素老人を慈しみ貧しい人を思いやり、老人を愛し幼い子供を慈しんだ恩を思い、嘆き悲しみ、泣き叫ばない者はいなかった。

 閑話休題、宝玉は林黛玉が故郷に帰ってしまったので、自分が取り残されひとりぼっちになってしまったと感じたが、誰かと遊び歩くこともせず、いつも夜になると、味気なく床に着いた。ところが今、夢うつつの中、秦氏が亡くなったと聞き、急いで起き出して来たところ、心の中が刃物で突き刺されたように感じ、思わず「ゲーッ」と声を立てると、口から血を吐き出した。襲人らは慌てて駆け寄り助け起こすと、尋ねた。「どうされたんですか。」また賈のお婆様のところへ行って医者に来てもらうようにした。宝玉は言った。「慌てなくて大丈夫、何でもないから。これは急に驚いて心が圧迫され、血液がちゃんと循環しなくなったんだ。」そう言うと、起き上がり、服を着替え、賈のお婆様にお目にかかり、すぐに 東府に行こうとした。襲人は宝玉がこのようにするのを見て、心の中では心配でならなかったが、敢えて止めることもできず、ただ宝玉の思い通りにさせるしかなかった。賈のお婆様は宝玉が東府に行こうとするのを見て、こう言った。「息を引き取ったばかりの人というのは、不浄なものです。それに夜は風も強いので、あくる朝になるのを待って行っても、遅くないですよ。」宝玉がどうしてそれに随うものか。賈のお婆様は召使に命じて車を準備させ、多くの従者を同行させ、あちらまで擁護させた。そのまま寧国府の前に着くと、屋敷の門は開け放たれ、両側の燈籠には火が焚かれ、昼間のように明るく照らされ、人の往来が慌ただしかった。屋敷の中では人々の泣き声が響き渡り、まるで高山が震動するかのようであった。宝玉は車を降りると、急いで柩が置かれた部屋に行き、一度泣き叫ぶと、その後尤氏い会いに行った。あいにく尤氏はちょうど胃痛の持病が出て、床に臥せっていた。――その後、今度は賈珍にお会いした。

 この時、賈代儒、代修、賈敕、賈效、賈敦、賈郝、賈政、賈琮、賈㻞、賈珩、賈珖、賈琛、賈瓊、賈璘、賈薔、賈菖、賈菱、賈芸、賈芹、賈蓁、賈萍、賈藻、賈蘅、賈芬、賈芳、賈藍、賈菌、賈芝らは皆来ていた。賈珍は泣き濡れ、ちょうど 賈代儒らとこう言っていた。「我が家の老いも若きも含め、また遠くの親戚や友人を含めても、わたしはこの嫁のようにうちの息子(賈蓉)の十倍も優れた人は知らない。今この娘がくたばって、この屋敷(寧国府)にはもう後を継げる者がいなくなってしまった。」そう言うと、また泣き出した。人々はなだめて言った。「もう世を去られたのですから、泣いても無益ですよ。それよりどのように葬儀を取り仕切るかが重要ですよ。」賈珍は手を叩いて言った。「葬儀をどう取り仕切るかって。わたしにできるだけのことをするだけだ。」

 そう言っていると、秦邦業、秦鐘、尤氏などの家族や尤氏の女兄弟たちも皆やって来た。賈珍は 賈瓊、 賈琛、 賈璘、賈薔の四人に命じて客の相手をさせ、一方欽天監陰陽司に頼みに行って葬儀の日取りを選んでもらうよう言いつけた。日取りを決めたら、遺体を七七四十九日間留め、その三日後に葬儀を行い、死亡通知を出す。この四十九日には、108人の僧侶を招いて広間で「大悲懺」の法要をしてもらい、亡くなった霊魂が成仏できるようにする。また天香楼に別に祭壇を設け、99名の全真道の道士が19日間謂れのない恨みや罪業を除く祭礼を行う。その後、遺体を会芳園に留め、霊前で別に50名の高僧、50名の高道が、祭壇に向かって七日毎に法要を行う。

 かの賈敬は孫の嫁が身罷(みまか)ったと聞いたが、自分は遅かれ早かれ(仙人となって)天に昇る身であるので、如何にてもまた家に戻って俗世間の煩悩やしがらみに染まるのを肯(がえん)ぜず、またこれまでの自分の(仙人になろうとした)苦労や努力が全て無駄になってしまうので、それゆえこのことは別に意に介さず、ただ賈珍の差配に任せた。

 さて賈珍はほしいままに豪華さを求めたが、柩の材料の木の板を見た時、いくつかの杉の板は皆気に入らなかった。ちょうどうまい具合に薛蟠が弔いに来たので、賈珍に会った時に良い木材は無いか尋ねると、薛蟠は言った。「うちの材木店にある木材は、鉄網山から切り出したもので、柩の材料にすると、永遠に腐らないものです。これはやはり曾て亡き父が持って来たもので、もともと忠義親王老千歳が所望したものでしたが、この方が罪を負ったため、用いられることがありませんでした。今はまだ店に封をして置かれていて、またそれが買えるだけの方も現れていないのです。あなたが欲しいと言われるなら、運んで来て見てみられては如何ですか。」

 賈珍はそれを聞いて大層喜び、すぐに運んで来るよう命じた。皆が見てみると、底と周辺の厚みが皆八寸(1寸は3.3センチ)あり、檳榔のような筋紋があり、白檀や麝香のような香りがし、手で叩くと、玉石のような音がした。皆これは珍しいと褒めた。賈珍はにっこりして尋ねた。「値段はどうなんだね。」薛蟠は笑って言った。「銀一千両と言っても、おそらく買える者はいないでしょう。どんな値を付けても意味が無く、あの者どもに幾ばくかの銀子を手間賃としてくだされば結構ですので。」賈珍はそれを聞いて、急いで何度も繰り返し礼を言い、すぐにこの木材を切って柩にするよう命じた。賈政はそれで諫めて言った。「この木材はおそらく普通の人間が使えるものではないだろう。上等な杉の板の柩に入れてやれば十分じゃないか。」賈珍がどうしてその諫めに従うだろうか。

 ふと秦氏の小間使いで名前を瑞珠という者が、秦氏が死んだと知り、柱に身体をぶつけて死亡した。このことは猶更珍しいことで、一族の人々は皆感心してそれを褒めた。賈珍はそれで孫娘の礼を以て納棺、出棺することとし、一緒に併せて柩を会芳園の登仙閣に留めた。また子供の小間使いで名を宝珠という者が、秦氏が子供を生まなかったので、養女になりたいと願い出、出棺の時に喪主が素焼きの鉢を割ると、宝珠が柩の前を先導する任に当たることになった。賈珍はそれを聞いてたいへん喜び、すぐに命令を伝え、これより皆が宝珠を「小姑娘」(末娘)と呼んだ。かの宝珠は未婚の娘の礼に基づき、霊前で気絶せんばかりに泣き叫んだ。

 そして一族の人々も召使の者たちも皆各々昔からの制度を守って事を行い、自ずと間違いは許されなかった。賈珍はそれでこう思った。「賈蓉は国子監(最高学府で、今の大学に相当)の学生に過ぎず、葬儀の旗に書くには体裁が悪いし、許される儀仗の格式も高くない。」このため、気分的に具合が悪いと思った。

 巧い具合にこの日はちょうど初七日の四日目で、朝から大明宮で宮廷を管轄する宦官の戴権が、先に祭礼の準備に人を寄越し、その後駕籠に乗り、銅鑼を鳴らし、自ら来て祭祀を行った。賈珍は急いで接待をし、逗蜂軒にて休息いただき茶を献じた。賈珍は心の中ではとっくに考えを決め、それでこの機に賈蓉のために官位を買い、賈蓉の社会的な地位を上げようと思った。戴権はその意を汲み取り、それで笑って言った。「葬礼のうえで体面を上げたいとお思いか。」賈珍は急いで言った。「内相様のおっしゃる通りです。」戴権は言った。「事情はうまい具合に、ちょうど欠員が出ています。今、三百人いる龍禁尉に、二名の欠員があり、昨日も襄陽侯の兄弟の上から三番目の方がわたしに要望され、今日1500両の銀子を持って、うちに届けに来られました。あなたもご存じのように、わたしたちは長いつきあいの友達ですから、そうしたことには囚われず、お爺様もお顔も立てて、何とか対応させていただくのです。まだ一名欠員が残っていますが、あろうことか、永興節度使の馮胖子様があの方のお子さんのために官位を買いたいと言って来られ、あちらにお応えする暇が無いのです。こちらのお子様に官位をお買いになるのでしたら、早く履歴書を書いて来てください。」賈珍は急いで人に命じ、赤い紙の履歴書を書いて持って来させた。戴権はそれを見て、その上に次のように記した。

  江南応天府江寧県監生(国子監学生)賈蓉、年二十歳。曾祖父は元京営節度使に任じられ、神威将軍を一代世襲した賈代化。祖父は丙辰科進士の賈敬。父は三品爵威烈将軍を世襲した賈珍。

 戴権はこれを見て、手を後ろに回して、付き添いの子供の召使に手渡すと、言った。「帰ったら戸部堂官の趙さんに渡して、こう言ってくれ。どうか五品龍禁尉の任命書を一枚起草し、鑑札を渡すので、この履歴の内容を記入してくれるよう、わたしが頼んでいたと。」子供の召使は「はい」と答えた。戴権は暇を乞い、賈珍は慇懃に引き留めたがかなわず、寧国府の大門まで見送るしかなかった。戴権が駕籠に乗ろうとした時に、賈珍が尋ねた。「銀子はお役所の方に行って交換しますか、それとも内相様のお屋敷にお届けしますか。」戴権は言った。「もし役所で交換すると、あなたは損をされます。銀子を一千両ぽっきり、我が家にお届けいただければ、それで済みますよ。」賈珍はいくら感謝しても足りず、こう言った。「喪が明けましたら、わたし自らうちの犬を連れてお屋敷に伺わせていただきます。」そう言って別れた。

 続いてまた門番が大声で呼ばわる声が聞こえたが、それは忠靖侯史鼎の夫人が、姪の史湘雲を連れて来られたのだった。王夫人、邢夫人、鳳姐らがちょうど母屋で出迎えた。また錦郷侯、川寧侯、寿山伯の三家からの祭礼の供え物も、霊前に供えられた。時には、三人が駕籠から降りられ、賈珍が広間で出迎えた。

 こうして、親しい友人の来訪は、数えきれない程であった。この葬礼の四十九日間だけでも、寧国府の前を数多くの白い喪服の人々や鮮やかな官服を着た人々が行き来した。

 賈珍は 賈蓉に命じて翌日は礼服に着替えさせ、鑑札を受け取って帰って来た。霊前へのお供え物や葬儀の儀式などで使う物は皆、五品の官僚の基準で準備され、位牌には全て「天子様が授与を命じられた賈一族の秦氏宜人(五品宜人の封号)の霊位」と書かれた。会芳園の街路に面した大門は開け放たれ、門の両側には楽隊が演奏する場所が設けられ、青い衣裳を着た楽師が時間毎に演奏した。ひとつひとつの儀式が皆整然と正確に行われた。また二面の朱色に金色の文字が嵌め込まれた看板が門の外に立て掛けられ、その上には大きな文字で「内廷の紫禁道の御前を護衛する龍禁尉」と書かれた。向かいにはお経を詠む演壇が高い位置に設けられ、僧侶や道士が壇に登った。掲示板には大きくこう書かれた。「寧国公嫡孫の夫人、内廷の御前を護衛する龍禁尉、賈一族の秦氏宜人の葬儀。四大部洲の中に至る地(仏教世界の中心、須弥山)、天命を奉じ永遠に太平な国を建てる。虚無寂静沙門(仏教のこと)を管轄する僧録司(仏教を管轄する役所名)の正堂(司長)万某(人名)、元始(道教)正一教(道教の一派)道紀司(道教を管轄する役所名の)の正堂(司長)葉某(人名)等、謹んで斎戒を行い、天に向け叩頭し、仏祖を拝むものである。」また「恭しく諸「伽藍」、「揭諦」、「功曹」らの神に乞う。皇帝陛下の恩寵を遍く賜り、神仏の威厳は遥かに邪悪を鎮め、四十九日で災いや業を消し、霊が平安に往生する水陸道場(仏教法要のこと)」などの言葉は、一々細かく書くまでもない。


 ただ賈珍は気持ちは満足していたが、家の中では尤氏が持病の再発で、葬儀の事務を差配することができず、もし爵位のあるご夫人が来られ、礼儀を失することがあると、人の物笑いの種となるので、このため心中不安に思っていた。ちょうどこのことを憂慮していると、宝玉が傍に来て、尋ねた。「ひとつひとつ準備ができてきたのに、兄さんまだ何を心配されているの。」賈珍は家の中に誰もいないことを宝玉に話した。宝玉はそれを聞いて、笑って言った。「そんなこと、難しくないですよ。僕、ひとりの人を紹介します。この一ヶ月の事を管理するとしたら、きっと適任だと思います。」賈珍は急いで尋ねた。「それは誰なの。」宝玉はこの部屋にはまだ多くの親戚や友人がいて、はっきり言うのは具合がわるかったので、賈珍の耳元まで行って二言言った。賈珍はそれを聞いて、うれしくてたまらなくなり、笑って言った。「それは確かに適任だ。今すぐお願いに行こう。」そう言うと、宝玉を引っ張って、人々に暇乞いし、母屋の方にやって来た。

 ちょうどこの日は弔いのお経を上げてもらう日ではなかったので、親戚や友人の来訪も少なく、部屋の中には何人かの近親の婦人たちがいるだけで、邢夫人、王夫人、鳳姐、また一族の中の女性の親族がお伴で座っていた。「旦那様がお越しです。」という声が聞こえた。驚いた女性たちは「ヒェー」と一声発して、後ろの方に隠れようとしたが、間に合わなかった。ひとり 鳳姐だけが、おもむろに立ち上がった。

 賈珍もこの時身体に多少病気を抱えており、二に悲しみが甚だしく、このため杖を突きながらゆっくり入って来た。 邢夫人らはこのため言った。「あなたはお身体がよくないし、そのうえ連日様々なことがあって、ちょっと休まれた方が良いのに、また来られてどうされたのですか。」賈珍は一方で杖を突き、かろうじて身体を持ちこたえながら、しゃがんで跪(ひざまず)いてお辞儀をした。邢夫人たちは慌てて宝玉に言って身体を支えさせ、人に命じて椅子を持ってこさせ、賈珍を座らせた。賈珍は座ろうとせず、無理やりお追従(ついしょう)笑いをして言った。「甥っ子が伺わせていただき、叔母様とお姉様のおふたりにお願いの儀がございます。」邢夫人らは急いで尋ねた。「どんなことですか。」賈珍は急いで言った。「叔母様方はもうご存じのように、今孫の嫁が亡くなり、甥の嫁もまた病で倒れ、わたしが見たところ、家の中は本当に体裁を成していないのです。伏してお姉様に一ヶ月、こちらで差配いただければ、わたしは安心できるのですが。」邢夫人は笑って言った。「何かと思ったら、そんなことですか。あなたの姉さんは、今はあなたの叔母様の里におられるから、叔母様に相談されれるだけでいいですよ。」王夫人は急いで言った。「この子は、これまでこんなことはしたことがなく、もしどう処理するか分からないと、却って人に笑われてしまいます。やはり別の方に頼まれた方がいいでしょう。」賈珍は笑って言った。「叔母様の言われることは、この甥にも推察できます。お姉様がご苦労されるのを恐れておられるのですね。もし差配し切れぬとおっしゃるなら、小さい時からお姉様は冗談を言っていても思い切って決断され、今は嫁がれて、あちらのお屋敷で事務を行い、益々鍛えられ老練されています。わたしはこの何日か考えてみて、お姉様を除いて誰も求めるべき方はおられないと思います。叔母様に置かれては、甥っ子や甥っ子の嫁の顔を見るのではなく、ただ死んだ者の立場から見ていただきたいのです。」そう言いながら、涙を流した。


 王夫人は心の中では 鳳姐がこれまで葬式を経験したことがないので、彼女が葬儀をさばききれず、人に笑われるのを心配したのだが、今賈珍が苦し気に言うのを見て、心の中ではもう何割か動揺し出していたが、眼では(誇らしくて)うっとりと鳳姐を見つめた。かの鳳姐は平素から自ら主導して仕事を行うことを好み、自分の能力や成果をひけらかすのが大好きで、今賈珍がこのように自分に頼んできたのを見て、心の中ではとっくに頼みを受けるつもりでいた。また王夫人が(反対する気持ちが)揺れ動いているのを見て、王夫人に言った。「お兄様がこのように懇(ねんご)ろにお願いされているのですから、お母さま、お受けしましょうよ。」王夫人はこっそりと尋ねた。「おまえ、できるのかえ。」鳳姐は言った。「できないことなどありましょうか。外部との大事はもうお兄様がちゃんと手配されていますから、家の中のことを管理するだけのことです。わたしが知らないことがあれば、奥様にお尋ねすればいいんですわ。」王夫人は、鳳姐が言うのも道理だと思い、口を出さなかった。賈珍は鳳姐が同意してくれたのを見て、また追従(ついしょう)笑いをして言った。「それでも管理し切れぬことがたくさんあって、どのみち姉さんにはご苦労をおかけしないといけません。わたしは先ずとりあえず姉さんに頭を下げておきますが、事が無事終わりましたら、改めてお屋敷にお礼に上がります。」そう言うと拱手の礼をし、鳳姐は慌てて何度も礼を返し続けた。

 賈珍は人に命じて寧国府の対牌(竹や木で作られた一種の証文)を取って来させ、宝玉に命じて鳳姐に与え、こう言った。「姉さんがやりたいようにやってくれればいい。何か要るものがあれば、これを持って取りに行ってもらえば、わたしに尋ねる必要はない。ただわたしのことを心配して金をけちらないでほしい。見栄え良くするのが第一だ。二にそちらのお屋敷と同様に人を遇してくれればいい。人に恨まれると心配する必要はない。このふたつのこと以外には、わたしは心配は何もない。」鳳姐は対牌を受け取る勇気がなく、王夫人の方を見ると、王夫人はこう言った。「お兄様がこう言われるのだから、あなたはその通りにすればいいのよ。ただ勝手に自分で決めてはだめよ。何かあったら人を遣わして、お兄様か奥様にちょっとお尋ねするのが大切だわ。」宝玉は早くも賈珍の手から対牌を受け取り、力を込めて鳳姐に手渡した。

 賈珍はまた尋ねた。「姉さんはやはりこちらにいて、毎日通って来られますか。毎日通いでは、だんだんしんどくなりますよ。うちの方で急いで屋敷を片付けさせますから、姉さんがうちで何日か暮らされれば、身体も楽だと思いますが。」鳳姐は笑って言った。「要りませんわ。あちらとはそんなに離れていませんから、毎日通えばよいですわ。」賈珍は言った。「分かりました。」その後また少しよもやま話をして、それからようやく帰って行った。

 しばらくして女の親族が帰った後、王夫人が鳳姐に尋ねた。「おまえ、今日はどうするの。」鳳姐は言った。「母さんは先に帰ってくれていいわ。わたし先ず仕事の糸口を整理してから帰るわ。」王夫人はそう聞くと、先に邢夫人と一緒に帰ったが、そのことは言うまでもない。

 ここで鳳姐は三間の抱廈(母屋の裏側などに付随して建てられた部屋)の中に座って、考えを巡らせた。第一にいろんな人が入り混じり、ものが無くなる。第二に、人を決めて管理していないので、いざという時、責任を押し付け合う。第三に、費用を使う時に管理監督がされておらず、要らぬ支出や他人名義の費用受け取りが生じている。第四に、任務の大小の区分けが無く、仕事の苦楽が不均衡である。第五に、家人の行動が勝手気ままで、一定の地位にいる者は管理や束縛を受けたがらず、地位の低い者は上に取り立ててもらったり、能力を伸ばす機会が無い。――この五つが実際に寧国府の風習であった。果たして鳳姐はどのようにしてこれらの問題を解決するのでしょうか、それは次回に解説いたします。

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