北緯43度

村上きわみの短歌置き場です

「未来」12月号(2014)

2015-01-04 | 未来

傘、手紙、からだの一部 はつあきの誤謬のように折りたたまれて

雨止みを待つわたくしのつま先に猫が来てひとしきりあやしむ

どちらからほどいてもいい手足だといつからだろう承知していた

せりあがる薄いことばのやましさに九月の喉をつくづくと焼く

蜂蜜の金色を引き出す補正値をさぐりつづけるひとの指先     ※ルビ「金色」きん

ぜりぜりとすりつぶしゆく松の実に油脂の滲みはきて くるしいか

にがかった夏の結びに並べおくペスト・ジェノヴェーゼのふかみどり

花のたね紙につつんでそのひとが口にするとき死はあたたかい

ささやかな抗いを経てすべりだすカヌーに君は膝をおさめて

水脈という破れをふたたび綴じてゆく川の古びというしずけさは   ※ルビ「破れ」やれ

 


「未来」11月号(2014)

2014-12-03 | 未来

立ったままのむコーヒーの尊さよわたしは誰の娘だったか

日の陰にシルバーリーフけむらせて隣家の人という慕わしさ

夏闌けてきしむ手足をなだめつつ没ファイルから拾うプランは

あたらしいことばいくつもおそわって発音すればぎこちない口

夏空をかきまぜている枝先よ種子の時代を遠くへだてて

葉裏までよごれているね 炎天のぼうりょくだけがともだちだった

広すぎる夜のことばの悔恨のおととし買った線香花火

虫たちのはしゃぎやまない夜の底わけへだてなく愛してやるよ

どの性もすこしふるえて立っているあおいうつしみ芯までひやし

はらわたに塵を芥をひからせて鮒に近しい者でありたい

 


「未来」10月号(2014)

2014-11-03 | 未来

雨の日のバスにこもったにんげんの息のとろみに体を入れる

文字もたぬことの清しさ思いつつ車中にひらくアイヌ語辞典

朝な夕な駅にこごっているひとの灰色の荷を鷗がつつく

ある朝はちぎれるように立ち上がり誰の名前を呼んでいるのか

紙パック入りの緑茶をすすっては道ゆくひとに何かつぶやく

最下部のレイヤーに朱を塗りこめておりてゆくとき匂う指先

返却用ポストの口にさしこめばDrrと落ちてゆく資料たち

繰り返すアンドゥ 雨はやまなくてどうしているかわたしの犬は 

肩書きで呼ぶそのひとのワイシャツの水際のような飾りステッチ

労働というには少しにぎやかな日々に付箋を増やしつづけて

 


「未来」09月号(2014)

2014-10-13 | 未来

木のように黙す五月をともにして犬の寝言におよぶ湿りは

あかときに口をひらけばざろざろとこぼれる羽蟻 人をにくんで 

出かけたい出かけましょうとひとしきり手足が騒ぐ六月の朝

獣園は門まで老いて易々とわたくしたちの体を通す

塗り重ねられたペンキのみずいろを今日の水際として見下ろせば

オルゴール仕立ての淡いおんがくに人鳥もわたしも濡れている

ゾーンから次のゾーンへ心臓をつよくはかなく弾ませながら

山脈のような背ぼねを軋ませて虎はなにかを咀嚼している 

そこここに干し草の香がたつことをうたがわず嘆かず山羊たちよ

息ふとくみじかく吐いて今生の北極熊が水からあがる

 


「未来」08月号(2014)

2014-09-04 | 未来

よわまって歩けば遠いかがやきのあれは連翹、さわがしい花

こなぐすり畑に蒔いてほほえんでスガワラさんはきれいだったな

ある午後は菫のように泣きながら蟻をつぶしていた 懸命に

享年は百とふたつき 草色の干菓子を置いていってしまえり

季節から実を幾度もとりくずし土の古びはふかぶかとして       ※ルビ「実」じつ

球根に凝るちからのきわまりをあるいは花と呼んでいるのか

濁りなく咲くものたちよ苦しくはないのかそんなふうに光って

土褒めの春のひなたを選りながらお前いつまで犬でいられる

嗅ぎ飽きてそのままねむるいきものよ憶えておいてそれがわたしだ

ゆく春の濡れたひかりをかきまぜて風には風のさびしい遊び

 


「未来」07月号(2014)

2014-07-05 | 未来

海に来てうみですと言う青年は喉のおくまで夜を添わせて

なみがしらしか見えなくておしよせる音に躓く くるしいですか 

こういうのなんて呼ぶのかつま先で掘れば砂浜がなまぐさい

波音に負けないように声を張ることはしなくていい、あなたとは

春の、夜の、ひろいあげれば欠けている貝ばかり 白を選んで残す 

どのように閉じてもいいと思うまで待たせておいた海だと思う

色彩を取り戻すまで見守ればあのあたりから来る 明けますね

波の気が済むまですっかり削られてこんなかたちになって入り江は

どうやってここに来たのか鳥がいてわたくしがいてひどい朝焼け

海風に胸泡立てる鳥たちよ万象なればその嘴もまた

 


「未来」06月号(2014)

2014-07-05 | 未来

磨いてもみがいてもどこかが曇る はんざいしゃから手紙をもらう

春寒の匙にすくった豆スープぼんやりにがい 助けたかった

ゆでたまごめいた性欲あたたかく誰かをころす夢ばかりみる

何年もじっとしている剥製の藁のにおいがすきだったんだ

生きていたときより軽い詰め物で満たされている鹿のうちがわ

過去形になるうれしさよ枸杞の実をのせてしずかな杏仁豆腐

針金でこしらえた鳥ならべてるおじいさんから道を教わる

乾いたり濡れたり浜辺はいそがしい(さみしい)われわれは、われわれは

複数になればとたんにくるしくて枝をひろってくる 何か書く

しぬなんて 春には春のゆきが降り一筆書きのさかなはよわい

 


「未来」05月号(2014)

2014-06-01 | 未来

少しずつ遅れて響く真冬日の肉体というさびしい音叉

電線を風がなぶっていることを今日の至りとして記憶する

口数のすくない暮らし軒下にひとかたまりの雪腐らせて

睦月尽 負けてひらいた感情のふちに小さな氷柱がさがる

吐く息がまつげを白く飾るまでふゆのいきものたちの集いは

アーモンドグリコひとつぶてのひらにのせてくださる 小さいひとよ 

けものけものにんげんけもの唇音をねばらせながらどこへ行こうか

こじらせたままのからだで落下する(ようこそ)冬のボトムに触れる

あたらしいゆきがつむじを濡らすからあなたは先にお帰りなさい

水密扉とざしてすごす一日をHushaby, my dear群青の船

 


「未来」04月号(2014)

2014-05-01 | 未来

水仙の茎のつよさに諭されて磨きなおしているふるい床

傾いているような気もするけれどあかるい場所に犀の暦を

ゆびさきに獣脂の匂い消残るをそのままにして年の始めは

お焚き上げのけむりの裾を行き来するひとりひとりに松の香は添う

これひとつきりの体と思うことも少なくなってすする甘酒

電線の弛みのままに降りつもり雪はかすかに弧をなしてゆく      ※ルビ「弛み」たゆみ

春菊の気むずかしさをもてあます睦月であれば言葉すくなく

マッシュアップめいた暮らしに慣れてゆき〆のうどんを今日も忘れる

雪雲よ まだやわらかな喉笛のあたりを裂いてさしあげようか

吐きなさい吐きなさいと背をさすられる夜もあり また水際にいる

 


「未来」03月号(2014)

2014-04-01 | 未来

赤すぎるセーターを選りこの冬の障りのような者になりたい

川下をえらんで座る会合のそういえば瀞とはこんなふう

あなたこそわたくしに躓けばいい短くなった袖をのばして

切り口に黴を育ててゆくような最晩年という豊かさよ 

公園で絡まっているこどもたちをゆっくりほぐす仕事をしたい

冬の空気を吸っては吐いて何度でも転ぶひとたち 小さすぎるな

毛糸玉なのだろうまだ数回の冬しか知らず そうか、うれしいか

立ち止まるしゃがむぶつかる笑い出す耳をしまってまた駆けてゆく

けものにはなれそうもない 十二月 みぞれ わたしは鉋が欲しい

ずっと生きているのもいいね(死ぬのもね)ただ生姜湯があればうれしく