創作日記&作品集

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「わたしなりの枕草子」#380

2012-04-18 07:13:37 | 読書
【本文】
【読み】
 一本二十三
 松の木(こ)立(だち)高き所の
 松の木(こ)立(だち)高き所の東(ひむがし)・南(みなみ)の格子上げわたしたれば、涼しげに透(す)きて見ゆる母屋(もや)に、四尺(しさく)の几帳(きちやう)立てて、その前に円座(わらうだ)置きて、四十ばかりの僧のいと清げなる、墨(すみ)染(ぞめ)の衣(ころも)・羅(うすもの)の袈(け)裟(さ)、あざやかに装束(さうぞ)きて、香染(かうぞめ)の扇を使ひ、せめて陀(だ)羅(ら)尼(に)を読みゐたり。
 もののけにいたう悩めば、移すべき人とて、大きやかなる童女(わらは)の、生絹(すずし)の単(ひと)衣(へ)・あざやかなる袴(はかま)、長う着なして、ゐざり出でて、横ざまに立てたる几帳のつらにゐたれば、外(と)ざまにひねり向きて、いとあざやかなる独鈷(とこ)を執らせて、うち拝みて読む陀羅尼も尊し。見証(けそ)の女房あまた添ひゐて、つと目守(まも)らへたり。 久しうもあらで震(ふる)ひ出でぬれば、本の心失せて、行ふままに従ひ給へる仏の御心も、「いと尊し」と見ゆ。
 兄(せうと)・従兄弟(いとこ)なども、みな内外(ないげ)したる、尊(たふと)がりて集まりたるも、例の心ならば、いかに「恥づかし」と惑はむ。
 「みづからは、苦しからぬこと」と知りながら、いみじう詫び、泣いたるさまの、心苦しげなるを、憑(つ)き人の知り人どもなどは、らうたく思ひ、け近くゐて、衣(きぬ)ひきつくろひなどす。
 かかるほどに、よろしくて、
「御湯」
などいふ。北面(きたおもて)に取り次ぐ若き人どもは、心もとなく、引き提げながら、急ぎ来てぞ見るや。単(ひと)衣(へ)どもいと清げに、淡色(うすいろ)の裳(も)など萎(な)えかかりてはあらず、清げなり。
 いみじうことわりなど言はせて、赦しつ。「『几帳の内にあり』とこそ思ひしか、あさましくもあらはに出でにけるかな。いかなることありつらむ」
と恥づかしくて、髪を振りかけて、滑り入れば、
「しばし」
とて、加(か)持(ぢ)少しうちして、
「いかにぞや、さわやかになり給ひたりや」とて、うち笑(ゑ)みたるも、心はづかしげなり。「しばしも候ふべきを、時のほどになり侍りぬれば」
など罷り申しして出づれば、
「しばし」など、とむれど、いみじう急ぎ帰る。
 所に、上臈とおぼしき人、簾のもとにゐざり出でて、
「いと嬉しく立ち寄らせ給へる験(しるし)に、耐へがたう思ひ給へつるを、ただ今、おこたりたるやうにはべれば、かへすがへすなむ喜び聞こえさする。明(あ)日(す)も、御暇(おんいとま)のひまには、ものせさせ給へ」
となむ言ひ告ぐ。
「いと執念(しふね)き御もののけに侍るめり。たゆませ給はざらむ、よう侍るべき。よろしうものせさせ給ふなるを、よろこび申し侍る」
と言(こと)少(ずく)なにて出づるほど、いと験(しるし)ありて、仏のあらはれ給へるとこそ、おぼゆれ。
 清げなる童部(わらはべ)の、髪うるはしき、また大きなるが、髭は生ひたれど、思はずに髪うるはしき、うちしたたかにむくつけげに多かるなど、多くて、暇(いとま)なう、ここかしこにやむごとなうおぼえあるこそ、法師も、あらまほしげなるわざなれ。

【読書ノート】
 祈祷の風俗が語られていて興味深い。二十二段にもありますが、今度は望ましい方です。験者とは違うのでしょう。でも、やり方はよく似てますね。こちらは、阿闍梨です。
 所=邸宅。上げわたし=残らずに上げて。透(す)きて=(簾越しに)。装束(さうぞ)き=衣服を身につける。香染(かうぞめ)=丁子(ちようじ)の煮汁で染めた薄紅に黄を帯びた色。せめて=一心に。
 移すべき人=「よりまし」と呼ぶ霊媒。物の怪を「よりまし」に移し、「よりまし」が駆除する。加持祈祷の手続き。つら=そば。独鈷(とこ)=密教の仏具。物の怪から「よりまし」を守る。見証(けそ)=立ち会い。本の心=正気。震(ふる)ひ出で=(童女(わらは)が)。行ふまま=(験者が)。
 内外(ないげ)=(母屋に)出入りを許されている。(一般の男性は女性の部屋には入れない)。例の心=(童女(わらは)が)いつもの正気。詫び=苦しみ。らうたく=いじらしく。衣(きぬ)ひきつくろひ=着物の乱れを直す。
 よろしくて=(病人の気分が)いくぶん善くなって。「御湯」=(病人が)。北面(きたおもて)=北廂。心もとなく=気がかりで。引き提げ=(薬湯の入った器を)。急ぎ来てぞ見る=(様子を)。単(ひと)衣(へ)ども~=若き人(女房)どもの様子。
 ことわり=(物の怪に)わび言。
『几帳の内~=童女(わらは)の言葉。
 加(か)持(ぢ)=(童女(わらは)に)。
 心はづかし=気おくれするほど素晴らしい。
 ここの解釈は、諸注色々です。主語も違います。萩谷朴校注に基づきました。
 験(しるし)=おかげさまで。おこたり=病気がよくなる。ものせさせ給へ=おいで下さい。たゆませ=弛ませ。よろしう=ましになる。仏のあらはれ給へる=仏が現れたとさえ。
 清げなる童部(わらはべ)の~=話が変わります。童部(わらはべ)=法師に仕える童形(どうぎよう)(結髪しない稚(ち)児(ご)姿(すがた))の従者。思はずに=意外に。うち=「したたか」を強調する接頭語。したたかに=ものすごく。むくつけげに多かる=髪が気味が悪いほど多い。多くて=(従者が)。暇(いとま)なう=暇なく。やむごとなう=格別に。おぼえある=人望。あらまほし=望ましい。わざ=有様。
 区切りが難しいですね。左のように分けます。
「髪うるはしき、/うちしたたかに~」
 病は、物の怪が憑いて起こると信じられていました。それを祈祷で追い出すのが僧の仕事でした。源氏物語にも沢山出てきます。