今回は、先月発売された集英社新書『台湾 したたかな隣人』(酒井亨著)の書評をお届けしたいと思う。書評というものはなかなかの難物で、著者の意図を歪曲せず、なおかつ対象に興味を持ってもらえるようにせねば用をなさないのだが、少しでもそうなることを願いつつチャレンジしてみる。
本書は、台湾在住のフリージャーナリストの手による、台湾社会の変化と発展を社会運動・民衆運動という縦糸を軸に描いた克明な観察記である。ここ約10年の台湾民衆史とでも呼ぶことができよう。本書を終始貫く論理は「台湾の民主化はひとり李登輝という英雄が成し遂げた『上からの革命』ではなく無名の大衆の民主化運動の賜物である」というものだ。そこまでは、民主主義の本質からして、少し理屈で考えれば分かるものだが、著者は、この大衆運動が主に環境保護運動や人権運動の形をとって現れたということを自らの現地での観察から具体的に明らかにしてくれる。とりわけ、外省人(大陸生まれで台湾に移住した者)の中で台湾の独立を渇望する者は、土着的なるものの象徴である土地への愛着という観点から環境問題と台湾独立意識がリンクしているのではないかという指摘は大変興味深い。
また、民進党の選挙運動に参加した経験さえ持つ著者による、民進党の簡明にして明快な分析は、なかなか読みごたえがある。読みながら、最近の台湾の各級選挙の手に汗握る攻防が明快によみがえってきた。著者の問題意識は「中国が(台湾は中国の一部であるという)主張を変えるわけもないから、中国が台湾の変化をみればみるほど、中台の緊張が高まる、という現実を前提にして、どうするべきか考えなければならないだろう。それには、とりあえず中国の主張はひとまずおいて、台湾の民主化の意味と過程を知っておく必要がある」というものである。そういう大前提があればこそ、単なる民進党礼賛記に堕することなく興味深い記録となったのであろう。
「台湾の独立」という概念に関しては、誤解されがちな点を丁寧に解説している。すなわち、現状維持=統一派ではないということである。「独立建国を口先だけで騒がず…選挙を通じて独立という既成事実を積み上げていけば、あと10年ほどで誰もが否定できない独立の実態が浮かび上がる」という著者の言葉に全く賛成である。
一つ難をつけるとすれば、サブタイトルの『したたかな隣人』というのがピンと来ない点である。ただし、これは編集の責任なのかもしれない。また、著者は自ら認める「左翼」だけあって、左翼的な記述が時折目に付くが、それはそれで本書によい味付けをしていると言うべきである。なお、著者の名誉のために一言断っておくと、左翼といっても日本流の得体の知れない左翼ではなくて、世界の潮流でいえばリベラルに属するということである。
本書が台湾に関する入門書として適するかと問われたら、いささか返答に窮する面もあるが、他の「無味乾燥」な入門書をあわせて読めば興味が倍増するとともに理解が深まるのではないかと思う。「台湾の生活言語である台湾語を使い、社会運動の活動現場にも足を運び、一般庶民とも苦楽をともにするなど、同じ目線で台湾を見続けた」という著者の自負に恥じない作品であると感じられた。台湾に興味を持つ人には一読の要ありだ。
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本書は、台湾在住のフリージャーナリストの手による、台湾社会の変化と発展を社会運動・民衆運動という縦糸を軸に描いた克明な観察記である。ここ約10年の台湾民衆史とでも呼ぶことができよう。本書を終始貫く論理は「台湾の民主化はひとり李登輝という英雄が成し遂げた『上からの革命』ではなく無名の大衆の民主化運動の賜物である」というものだ。そこまでは、民主主義の本質からして、少し理屈で考えれば分かるものだが、著者は、この大衆運動が主に環境保護運動や人権運動の形をとって現れたということを自らの現地での観察から具体的に明らかにしてくれる。とりわけ、外省人(大陸生まれで台湾に移住した者)の中で台湾の独立を渇望する者は、土着的なるものの象徴である土地への愛着という観点から環境問題と台湾独立意識がリンクしているのではないかという指摘は大変興味深い。
また、民進党の選挙運動に参加した経験さえ持つ著者による、民進党の簡明にして明快な分析は、なかなか読みごたえがある。読みながら、最近の台湾の各級選挙の手に汗握る攻防が明快によみがえってきた。著者の問題意識は「中国が(台湾は中国の一部であるという)主張を変えるわけもないから、中国が台湾の変化をみればみるほど、中台の緊張が高まる、という現実を前提にして、どうするべきか考えなければならないだろう。それには、とりあえず中国の主張はひとまずおいて、台湾の民主化の意味と過程を知っておく必要がある」というものである。そういう大前提があればこそ、単なる民進党礼賛記に堕することなく興味深い記録となったのであろう。
「台湾の独立」という概念に関しては、誤解されがちな点を丁寧に解説している。すなわち、現状維持=統一派ではないということである。「独立建国を口先だけで騒がず…選挙を通じて独立という既成事実を積み上げていけば、あと10年ほどで誰もが否定できない独立の実態が浮かび上がる」という著者の言葉に全く賛成である。
一つ難をつけるとすれば、サブタイトルの『したたかな隣人』というのがピンと来ない点である。ただし、これは編集の責任なのかもしれない。また、著者は自ら認める「左翼」だけあって、左翼的な記述が時折目に付くが、それはそれで本書によい味付けをしていると言うべきである。なお、著者の名誉のために一言断っておくと、左翼といっても日本流の得体の知れない左翼ではなくて、世界の潮流でいえばリベラルに属するということである。
本書が台湾に関する入門書として適するかと問われたら、いささか返答に窮する面もあるが、他の「無味乾燥」な入門書をあわせて読めば興味が倍増するとともに理解が深まるのではないかと思う。「台湾の生活言語である台湾語を使い、社会運動の活動現場にも足を運び、一般庶民とも苦楽をともにするなど、同じ目線で台湾を見続けた」という著者の自負に恥じない作品であると感じられた。台湾に興味を持つ人には一読の要ありだ。
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>まとめがなく、随想風なだけに、そこを考えるのが妙なのかもしれません。
そういう「考える必要に迫られる本」というのは嫌いではありません。さて、いつ買いに行こうか。未読の本がたまりすぎで…。
あっ!掲示板へのお誘いありがとうございます。顔出した時にはよろしくお願いしますm(__)m覗いてみたところ、クラシックのトピックスなんかもあって、私にとっては、そこからも入りやすそう♪
>むじな様
>イラク戦争以降、米国が中東に釘付けになり、極東問題に介入する機会が減少したことが、中台関係における中国の優位と台湾の劣勢を招いた
これは、事後的に痛感しているところです。「台湾人のための台湾の立場はどうあるべきか」ということには思いが至らなかったですが(それが日本に住む日本人の責務じゃないことは認めてくださることと思います)、よく考えてみると、あなたがなさったように台湾で反戦運動をしたというのは確かに理にかなっていますね。私見は、この場での思いつきですが、(1)賛成するとしたら「米国が台湾防衛にコミットすること」とセットじゃないと手抜かりかと思います。また(2)「アメリカは『一つの中国』なんだから台湾独自の意見などない」と関わらない選択肢はどうだろうか。これら(1)(2)が、現地在住のあなたの目から見て妥当性につきコメントいただけるとありがたいです。
この本で、911以降、とくにイラク戦争以降、米国が中東に釘付けになり、極東問題に介入する機会が減少したことが、中台関係における中国の優位と台湾の劣勢を招いたことが指摘されていることは、特に興味深かった。
というのも、イラク戦争は私は反対だったし、民進党の多くも実は反対だった。私は当時台湾独立左派系が行った無言による反戦デモにも参加した。
するとその場面がたまたまニュースで報じられて、金美齢に「何が反戦ですか」となじられた。
実際、金美齢に見られるように、台連、独立連盟など独立派右派は、「イラク戦争に反対することは反米であり、反米は中国を利する行為だ」という短絡的な発想から、イラク戦争に賛成していた。
ところが、その後の経過を見れば、イラク戦争は台湾にとって不利に働き、台湾はイラク戦争に反対すべきだったことが明らかになっている。
その点で、「中台激震」の示唆は、わが意を得たりで、台湾独立建国連盟などの親米右派独立派の考え方が、誤っていたことが明らかになった。
ところが、金美齢はその後、イラク戦争に賛成した誤りを謝罪していない。金美齢こそ中国人というべきだろう。厚顔無恥、反省を知らない。
そうですね。陳総統が「美麗島事件」という言論弾圧事件の被告である呂副総統の弁護団であったように、民主化への欲求というのが市民運動という基盤、そしてDPPという組織へと派生してきたといった理解ではないでしょうか。
「台湾人の信仰がよく解る本です」だったらオススメしないのですが、合衆国の対中政策とコインの両面の関係にある台湾政策の両面を見ることは、対米関係を絶対軸とする日本のあり方を考えるよいヒントになるのは間違いないと思います。
この本は記述の濃淡にむらはありますが、ざっと気付いていることの再確認と細部の肉付けには役に立つと思います。「従ってこうすべきだ」というまとめがなく、随想風なだけに、そこを考えるのが妙なのかもしれません。
実は、西日本地区の台湾好きの極少数で単に連絡とか雑談用の掲示板を設けているのですが、もしよかったらそこで読みながらお手すきな際に「このページのこれこれって・・・・」といった感じで軽く雑談でもしませんか?勿論単なる雑談も大歓迎です。同郷の士でいらっしゃいますから。(笑)
http://jbbs.livedoor.jp/travel/4967/
>著者もタイトルは何か妥協したようなこと書いていたかと思うのですが
著者がそんなことを書いていた記憶があるので、難を付ける形で著者に同意してみたというのが真相だったりします。
>DPPって何か欧州のリベラル政党みたいな感じだなぁと思っていたのですが
読むだけでもかなり痛感できますよね。そういえば、今日の読売朝刊の書評でも小さく取り上げられていましたが「民進党を軸にして描いた」みたいな書かれ方でした。確かに民進党についての記述は多いですが、著者の問題意識と違うような気がしたんですが、どうなんでしょうね。
>とかく「李登輝偉人伝」とか「旧領台湾を知る」といった方向ばかりが目立つ台湾関係の書物の中では特筆すべきもの
まあ、民衆運動の高まりと李登輝という偉大な才能が絶妙なタイミングで出会ったことが台湾の民主化を大きく進展させたというあたりが真実なんでしょうけど、そう書いてしまうと面白くも何ともないですからね。酒井さんはメリハリの付け方がうまいですよ。
『中台激震』推薦ありがとうございます。是非読んでみようと思います!それの書評は書かないと思いますが…(笑)
著者もタイトルは何か妥協したようなこと書いていたかと思うのですが、私自身は台湾人そのものが「したたかな隣人」って感じがするのでその意味では違和感はありませんでしたね。(笑)
逆に「草の根の視点から描かれた初の台湾現代史」という帯のコピーは巧いなと思いました。
DPPって何か欧州のリベラル政党みたいな感じだなぁと思っていたのですが、その発展の過程と特に00年以降の台湾政界の動向を簡明に描いている点は秀逸ですし、とかく「李登輝偉人伝」とか「旧領台湾を知る」といった方向ばかりが目立つ台湾関係の書物の中では特筆すべきものだと思います。
DPPの票読みの技とか04年銃撃事件の真相とかは大変興味深い解説ですし、昨秋の統一地方選で早々と呂副総統が「今回はあかんわ」みたいなことを言っていたのはそういうことだったのかと納得でした。
全くの「入門書」ではないと私も思うのですが、我々みたいに少しは知ってます程度だったら大変解りやすい本ですね。
DPPは日華議員懇親会の面々にプレゼントしたらと思うのですが、どうも無茶苦茶貧乏な政党みたいですしねぇ。(苦笑)