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さもなくば、尊厳を保って死ね ネヴァー・ゲーム

2021年04月26日 | もう一冊読んでみた
ネヴァー・ゲーム/ジェフリー・ディーヴァー    2021.4.26    

ネヴァー・ゲーム』 の主人公コルター・ショウが、「訳者あとがき」に簡潔に紹介されている。

 この『ネヴァー・ゲーム』は、“懸賞金ハンター” コルター・ショウ を主人公とする新シリーズの第一作。

 今作で初めて紹介されるコルター・ショウは、別シリーズの主人公リンカーン・ライムとはまさに好対照。ライムはニューヨークの自宅から原則として動かない完全なインドア派だが、対するショウは、フロリダ州にある自宅にはめったに帰らず、キャンピングカーでアメリカ中を旅しながら行方不明事件の謎解きに挑み続けている。趣味はロッククライミングとオフロードバイク。
“サバイバリスト”だった父親から、何があろうと独力で生き延びるための術をひととおりたたき込まれた。それが懸賞金ハンターの仕事に大いに役立っている。


ショウは、懸賞金を求めてゲームを模倣した誘拐事件の被害者救出に奔走するも、これがなかなかの難事件。
「父の不可解な謎の死と兄の失踪」謎を絡めて、第二作に。

コルター・ショウの人となりが表現されている場面の抜き書き。

 ショウのブラックジーンズ、黒いエコーの靴、灰色のストライプのシャツ、ジャケットを見る。短く刈りこんだ金髪も。ネズミ男の脳裏を。“刑事”という語がよぎっただろうが、警察バッジを掲げ、しかつめらしい声で身分証の提示を要求するタイミングはすでに過ぎている。おそらくはショウを一般市民と判断しただろう。ただし、一般市民といっても見くびってはならないことも察したはずだ。ショウは身長百八十センチほど、肩幅が広く、筋肉はしなやかでたくましい。
頬に小さな傷痕、首筋にはそれより少し大きい傷痕がある。ランニングの趣味はないが、ロッククライミングをやり、大学時代はレスリングの選手として活躍した体は、ふだんから臨戦態勢にある。視線はネズミ男の目をとらえたまま揺らがずにいた。


 一般論では、相手が警察官であろうと誰であろうと、身分証を見せる義務はない。ただその場合、協力を拒んだ結果を引き受ける覚悟をしておかなくてはならない。世界で何より値打ちのある資産は時間だが、警察相手にあまり強気に出ると、その資産をごっそり失うはめになる。

 無罫のノートに小さな優雅な文字を完璧に水平に連ね、無関係と思われるものは切り捨て、参考になりそうな情報だけを書き留めていく。こちらからすべき質問が尽きると、あとはマリナーがしゃべるにまかせた。もっとも重要な情報は、こういったとりとめのないおしゃべりのなかに黄金のかけらのように埋もれているものだ。

 コルター・ショウは経験から学んでいた。愛とは、有効期限が定められていない、何度でも使える狂気の処方箋のようなものだ。

 証拠物件をこともあろうにドラッグストアのレジ袋に押しこむという許しがたい犯罪の容疑はめでたく晴れ、起訴手続も罪状認否手続も行われず、ショウの名前が公の記録に現れることもないが、事件の関係者であることに変わりはないわけで、めざといレポーターのなかには、現場でショウを見かけて顔を覚えている者もいるかもしれない。西部劇の賞金稼ぎにも通じる職業、映画スターのような容貌----“売れない映画俳優”レベルにせよ----の二つがそろったコルター・ショウは、メディアの餌食になりかねない。

 何人かの憎々しげな表情は、このような不愉快な展開になったのは、調子を合わせようとしないショウのせいだと言っていた。

 「動機なんてなかった。思惑なんて何もなかったのよ。生きるってさみしいことよね。人は誰でも、さみしい気持ちを少しでも癒やそうとするものじゃない?」

 「死なずにすませるのは簡単なことだ」アシュトン・ショウは十四歳のコルターにそう話した。「ただし、生き延びるのは困難だ」
 「死なないのと生きているのは同じではない。生きているのは、生き延びているときだけだ。そして生き延びるのは、失いたくない何かを失うリスクを冒しているときだけだ。失いかねないものが大きければ大きいほど、生きている実感を持てる」
 コルターは、この教訓が“べからず”の規則に変換されるのを待った。
 しかし父はそれ以上何も言わなかった。
 だからこそその教訓は、父からもらったアドバイスのなかでコルター・ショウの一番のお気に入りになった。
“ネヴァー”の規則をすべて合わせたよりも気に入っている。



    『 ネヴァー・ゲーム/ジェフリー・ディーヴァー/池田真紀子訳/文藝春秋 』


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