百休庵便り

市井の民にて畏れ多くも百休と称せし者ここにありて稀に浮びくる些細浮薄なる思ひ浅学非才不届千万支離滅裂顧みず吐露するもの也

「とんがり帽子」随想 ~ 「昭和音楽大学合唱団」さんの素晴らしい歌を視聴して

2018-03-31 16:23:40 | 日記
 今「昭和音楽大学合唱団」さんが イケテます。乗ってると言いますか、勢いに目覚しいものが感じられます。オイラが 石井桐花さんのファンという理由だけではないです。聴いてて イチバン 心に響いてきます。技術的な進歩が目覚しいのか、それとも真っ直ぐに打ち返してくれる若さが ビンビン 我が胸を揺するのか、、、多分 そのどちらもでしょう。今 合唱団さんの中で イチバン 輝いておられます。

この画面から始まった菊田一夫さん詞 古関裕而さん曲「とんがり帽子」、素晴らしかった !!!。H30.3.27 BS-TBS「日本名曲アルバム~センバツ入場行進曲特集」の初っ端。



テノール:宮下さん バス:小野田さん、お二方とも 素晴らしい声質をお持ちです。

ソプラノ:石井桐花さん アルト:津田詩織さん 伸びやかさが素晴らしいです。



もちろんメンバーさん全員 素晴らしいからこそ、感動呼び起こす歌が生まれるのです。





 「とんがり帽子」という歌、オイラは子供のときから大好きで、愛知県尾張旭市の工場に勤務していた折ですから、33,4歳の頃です。その工場の大運動会、オイラは設計でしたので B集団。その応援団を 2年連続 受け持ちまして、その2年目 集団のテーマ音楽を「とんがり帽子」に設定したのです。集団演技(踊り)も バックデコレーションも「とんがり帽子」ということです。

その工場には ちょうど5年 勤務してますが、その間でイチバン楽しく想い出されるのが、最初の年の「ピンクレディ」さんの「サウスポー」と、次の年の「とんがり帽子」の運動会なのでありまして、当時の写真を並べ、懐かしむこと、どうか お許し戴きたく存じます。なお 応援団 ならびに他の方々から、何のご了解も得ずの掲載となりますが、ご関係の皆様方には、何卒のご容赦 賜りたく よろしくお願い申し上げます。

長男を連れ 入場しました。

「とんがり帽子」を踊ってます。後ろの巨大な建物は 愛知医科大学付属病院さんです。



応援団の皆さんと 集団長 副集団長さんです。2年目ですからオイラはあまり表に出ず、その代わり若い人が率先し、素晴らしい頑張りを見せてくれました。嬉しかったです。

この工場での 2回の運動会は、本当に楽しい想い出となっています。横浜の戸塚の工場に 10年、尾張旭の工場に 5年、計15年の工場勤務の中でも、とりわけ楽しかった、否 わが会社人生の中で 仕事以外なら、否 全会社生活の中で イチバン楽しかった想い出であると言えるものです。







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お孫様:春休み 4泊5日 ご逗留録 ~ お陰様で 召使ひ:ジジババも 楽しゅうござゐました

2018-03-30 18:55:15 | 日記


 本日(H30.3.30)朝、お孫様、ご帰還前のスナップです。今度 小3と 年長組になる この子たち、世界中で 母さんが イチッバン ダイッスキだけれど、昨年末からですが 二人だけでも ジジババ宅で過ごせるようになりました。

岡山理科大学さん内に開設されたばかりの「恐竜学博物館」さんへ行きました。先生や研究員さんが優しく接してくださいました。飾り気なし、恐竜学の最前線が感じられる、素敵な博物館であります。









「笠岡市立 カブトガニ博物館」さんに行きました。足の動きは ロボットのようです。蜘蛛の仲間であることを知りました。但し孫は、オイラの血が 1/4 入っているだけに、とっくに よ~くご存知であられました。





次は 我が家でイチバン人気だった、スリル満点「ロープウエイ遊び」です。
 






こんな小さな子供でも恐るべし、人間心理を読むの エライ長けてるし、大人顔負け、慰める言葉も その掛けどころも心得てる、まさに「人間学の大家」であります。いじらしいし、可笑しみがこみ上げてくるところが いっぱいあって、トロケてしまうぐらい カワイイ・・・ですが、ちょっぴり 恐ろしさも感じた 4泊5日でした。

なお、来るべきはずの上りが、貨物列車が故障停止しているとかで到着せず、20分くらい経った頃でしたか、駅員さんからの「まだまだ遅れそうだから東岡山まで下り、赤穂線周りで姫路に出たほうがいいでしょう」との指摘(事後 駅員さんに確認したところ、復旧したのは 13:30頃とのこと、赤穂線周りは大正解でした)に従ったのですが、そうしたこともあってか、今日はいつもより疲れてる感じがしてますので、風呂は明朝まで遅らせ、早めに寝るようにします。




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「わたなべちひろ」さん 13歳、楽しみな方です ~ H30.3.19 NHK-G 放送 「イマジン そこに「境界」はない」より

2018-03-25 17:47:35 | 日記
 標記番組は、左足膝下喪失のダンサー「大前光市」さんと



生まれつき視力を失ってられる ピアニスト 兼 歌手 「わたなべちひろ」さんに スポットを
当てた、夢のある 素晴らしいドキュメンタリー番組でございました。








ここでは、13歳の「わたなべちひろ」さんに絞って、書き留めておきたく存じます。
 
2歳から 自ら進んで おもちゃのピアノに向かいだしたそうです。

6歳のときには、「ヘレンケラー記念音楽コンクール」で優勝されました。

7歳の折には、盲学校を訪問された「ゆず」さんと一緒に 歌ったこともあります。

今は歌手を目指して、毎日 ピアノの前で楽曲の習得や創作、そして自由なピアノアレンジに取り組み、地域でのライブ演奏もこなすなか、歌があれば誰とでも心を通わせられるとの確信を深めるにつれ、じゃぁ世界一のエンターテイメントシティのニューヨークの人たちに、本当に届くのだろうか確かめたいと、昨年(2017) 10月、勇気を持って 渡米したのでした。


初めての 路上ライブにも挑戦しました。



プロ・ゴスペルグループ「Infinity's Song」とも、路上セション しました。
活躍中のジャズ・ピアニスト「マシュー・ウィテカ」さんとも 即興で共演を楽しみました。




そして、マイケル・ジャクソン スティヴィー・ワンダー ダイアナ・ロスといった歌手さんたちも潜(くぐ)ったという スターへの登竜門、名高い「アポロ・シアター」での「アマチュアナイト」に出演したのでした。評価基準は、情け容赦なくブーイングを浴びせかける、超 耳の肥えたニューヨーカー 1,500人の拍手です。 



いよいよ ちひろさんの出番です。

唄い終わりました。結果は 2位。大健闘です。



アポロシアターのプロデューサーさんから すごい評価をいただきました。





新聞記者さんの評価も高く、このような特集記事を組んで下さいました。





そして番組では、素晴らしく楽団編成された「イマジン」と、
「ゆず」さんと共演の「またあえる日まで」という、ふたつの歌のプレゼントがありました。






わたなべちひろさん、大いに期待してます。まだまだ訓練が足りなく、荒削りなのは分かってますが、大人たちには どうか変にイジクらないで、伸び伸び 育ててってほしいと思います。あくまで本人の美的感覚と音楽的感性に委ねるようにして。

終わりに、こういう番組を拵えて下さった NHK さんに、深く感謝申し上げます。
もちろんオイラは、上の 2曲、CD に取り込まさせていただきます。ゴッツアンです。




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芳賀徹先生の日本芸術院賞および恩賜賞受賞をお祝い申し上げます ~ そして 我が さくら讃歌 ~

2018-03-24 15:43:35 | 日記
 昨日(H30.3.23)の産経新聞に、芳賀徹先生が日本芸術院賞および恩賜賞を受賞される旨 記されてました。
  

僭越ながら 勝手に、芳賀徹先生を師と仰がせていただいている老生ですから、誠に嬉しい限り、ココロから喜んでいます。オイラの夢は、絶対無理なことは100も承知なれど、先生のような 高度に重層的で極めて優れた芸術的知見をお持ちの教養人になることですから、謂わば先生はオイラの憧れの人物像と言えるお方なのであります。

ですから上の写真、612ページもある 本体価格5,800円と高価な「芸術の国日本 画文交響」という本を、ちょうど8年前購入してまして、枕元に置き毎夜、その美しい装幀を眺めているのです。実は今のところ 20分の1ぐらいしか読めてなく、但し読んだとこも完忘につき、老生 息尽きる時までには、必ずや完読(注:この言葉も前の「完忘」も辞書にありません)する積りでございます。

手前の事情はトモカクとして、「先生、此度の受賞、誠におめでとうございます。嬉しいです。」と申し上げたく、本稿 起こした次第です。





 これは ↑ 14年前から我が家の標準木としているサクラの、本日10:45 の模様です。ご覧のように満開。花形はソメイヨシノに似ていますが、今年の開花日は 3.14 、ちなみに昨年は 3.19 と、我が家に植わっているソメイヨシノよか、2週間程度 早く咲いてくれます。

実は このサクラのことを書いた投稿が、H15.3.29 の産経新聞「談話室」に採り上げられたのです。人生2度目の 我が新聞掲載文章となったサクラですから、特別の思い入れがあるのです。

ちなみに最初に新聞に出たのは 昭和38年ですから高校3年時、11月末頃でしたか 地元新聞での、ケネディさん暗殺に関する感想を述べたものです。で、産経さんにはこの後 6回採用されてまして、〆て 1,000×7、「朝の詩」が1回ですから+2,000=9,000円が、オイラが退職後 文筆で稼いだお金(実際には図書券)ということです。ブンピツギョウハコトホドキビシュウゴザヒマス。



そのときの根元の直径は5,6cmぐらいか?、それが今や 周長ですが、140cmほどにもなってまして、こんなに多く花を咲かせてくれるまでになりました。一方 大きなソメイヨシノの 2本の木は、先がピンクになって 少し膨らんだ程度、他方 ヒガンザクラと河津ザクラは ↓ このように咲いてくれてます。




 ここのページに、サクラに関する既投稿ブログを再登場させたく存じます。H10.4.21付 投稿記事「百休世去り詩(7)【いつの間に出でし山の桜よ】再登場」という稿です。かなり時間を掛け創った、オイラが遺しておきたい詩でありますので、またまた再編集にて再々登場させたく存じます。なお写真も、この春 そのような景色になりましたなら、入れ替えるつもりです。

  × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × × ×  
 
 下の写真は 我が家の裏山です。山桜 爛漫、そこで今日は 愚生の辞世の歌の一つとして、既に当ブログで披露させていただいているのではありますが、この山桜をテーマにして作っております【いつの間に出でし山の桜よ】を編集し直し、再登場させるといたします。(写真は H30.4.10 Pm5:45 撮影分に入れ替えしてます)


      

       



 

   

 

      




       いつの間に出でし山の桜よ


     二十数年前、裏山いったいの松が根こそぎ
     枯れてしまひました。枯れた松の 枝が落ち
     幹が朽ちて白くなり、それも目立たなくなった
     ある春の日に・・・ふと見あぐれば
     萌黄色した山の中、薄紅色が華やかに、あちら
     こちら、浮かんでいるではありませんか。
     さ、桜です。桜が咲いているのです。きっと
     鳥たちが種を運んでくれたのでせう。が    種…み 
     それにしても、よく生えて、こんなに大きう
     綺麗になってくれて・・・


            さくらさくら
            いやおいのそらは
 
      いつの間に出でし山の桜よ
      いま旅立ちの
      春の芽吹きたる山肌に
      君たちは降り立ちて
      らうらうとやはらかな
      薄紅色に浮かびでて
      ここにいますと謳ふかや    謳…うた
      ここにいますと謳ふかや


            さくらさくら
            くゎげつのそらは

      いつの間に出でし山の桜よ
      いまたけなわの
      深き緑に包まれて
      君たちはどこにある
      怱怱と降りしきる       怱怱…さうさう
      夏の太陽浴びてはたたきて   太陽…ひ
      木枝は丸くなりしかや     木枝…このえ 丸…まろ
      木枝は丸くなりしかや


            さくらさくら
            かうしうのそらは

      いつの間に出でし山の桜よ
      いまをちこちの
      宴の色と彩なして
      君たちはどこにある
      ほのぼのと頬染めて
      秋の神社のお祭りに      神社…おみや
      身を繕ひて遊ぶかや
      身を繕ひて遊ぶかや

     
            さくらさくら
            ろうげつのそらは

      いつの間に出でし山の桜よ
      いまむき出しの
      冬の木立と並びたつ
      君たちはどこにある
      ひふひふと吹きぬける
      寒風忍んで春立つ日      寒風…さぶかぜ
      花の芽抱きて待つとかや
      花の芽抱きて待つとかや
      春の芽抱きて待つとかや

            はるまくや、はるまくや
            はるかたまくや
            はるまくや


 < 追 伸 > H30.4.14 記
本日 午前中の、我が家の ポストサクラの 花模様、手前から リキュウバイ & ニシキサンシュウ & ハナミズキ & ハナズオウ です。
 





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井上章一 & 坪内稔典 両先生の好かった記事 ~ 小阪・大坂・大阪の話 そして 「モーロク満開」 サヨナラダケガ人生ダ

2018-03-23 18:50:52 | 日記
 ここのところ「国際日本文化研究センター」さん、略して「日文研」さんは 大脚光を浴びてられます。梅原猛顧問 笠谷和比古名誉教授が 先鞭を付けられ、井上章一教授は「京都ぎらい」で大ブレーク、礒田道史准教授は NHKさんの歴史番組で大活躍、呉座勇一助教授の「応仁の乱」は大ベストセラーといった具合、まさに「日文研さんブーム」到来の感ありです。それはそうでしょう。それぞれの皆さんの発想や視点が斬新 かつ 切れ味抜群ですから、歴史が本来持っている 生き物感 とか 躍動感 というものを取り戻せれたからに他なりません。

今 産経新聞に週一で「井上章一の大阪まみれ」というコラムが掲載されてます。直近記事(H30.3.20)に、オイラの識らなかったことが書かれてました。



                 現在は  「大阪」
          明治維新の前までは 「大坂」と記すのが普通であった
 蓮如が本願寺を建てる(1496年)前までは 「小阪」であった(おさかと読むのでしょう) 

で 何はともあれ今日のマスコミは、江戸時代は「大坂」、明治以降は「大阪」という使い分けるのが常識とのことですが、不覚にも老生、この歳まで識らなかったです。恥ずかしながら。




 次いで ネンテン先生の「モーロク満開」、本日(H30.3.23)の「サヨナラダケガ」は、久方ぶり、めっちゃ好かったです。

好かったとこを、デジタル化します。

       勧酒(酒を勧む)  于武陵(うぶりょう)作
    
      君に勧む 金屈卮(きんくつし 卮は当字です)
      満酌 辞するを須(もち)いず
      花発(ひら)けば 風雨多し
      人生 別離足る

       勧酒        井伏鱒二さん訳

      コノサカズキヲ受ケテクレ
      ドウゾナミナミツガシテオクレ
      ハナニアラシノタトヘモアルゾ
      「サヨナラ」ダケガ人生ダ

サイコウデス。サスガブンガクシャサンハチガヒマス。カンゲキシマシタ。





 
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トリビュートしてほしい物故者さんたち               ~ このまま埋もれたままにしてて いいのしょうか?

2018-03-22 20:46:07 | 日記
 13年ほど前 興味を覚え 買っといた本があります。ダ・ヴィンチ特別編集…7「消えた受賞作~直木賞編」。この本です ↓ 。
 
                          ↑ オイラの持ってる テープです
直木賞作品であっても本屋さんで入手できない 代表的な小説を収録している本ですが、5年ほど前のこと、宮沢賢治さんに係わる本を軒並みアサっていたとき、今現在でも賢治さん研究の第一人者の地位は揺るがないのではと思える、直木賞作家の森荘己池さんに 行き着いたのですが、この本こそが その方の情報が分かる 唯一の本でありました。

直木賞作品すら この世から消え失せてしまうのです。音楽の世界だって、とりわけ浮き沈みの激しい流行歌の世界は なおさらでありましょう。ただ ここ数年、BSの歌番組が充実してきてまして、その中で 偉大な 作曲家・作詞家・歌い手さん の特集が組まれることが多くなってきてはいるのですが、待てど暮らせど、オイラの好きな方が 採り上げられないのであります。

● まず 上の写真「三船浩」さん。声の響き まさに痺れる声とは この方の声。こんないい声の歌い手さん、以後 出てきてられません。これからもでしょう。「男のブルース」「東京だより」「さよなら故郷さん」最高 !!! 。特集して下さい。

● 次は「オーケストラがやってきた」を主宰、クラシックの普及にご尽力され、オイラにとりましては、社会人になると同時にリリースされ、以来 常に寄り添ってくれてる まさに老生の「座右の歌」であります、森繁久彌さん作詞 ドラマ「7人の孫」主題歌「人生賛歌」、そして「男はつらいよ」主題歌を作曲された「山本直純」さんであります。オイラにとりましては 小澤征爾さんよか 断然 身近で大切な、人生の大恩人と言えるお方であります。ぜひとも再評価 下さりまして、大々的にトリビュート願いたく存じ奉ります。
            オイラの持っている CD の ↓ 曲目リスト部分を撮ったものです
 

● 次は作詞も手掛けられる 作曲家「石坂まさを」さん。藤圭子さんの「圭子の夢は夜ひらく」「新宿の女」他 で有名ですが、オイラは何といっても秋吉恵美さんの唄われた「心歌 十二章」が断然、好きであります。これほどココロに沁み入る歌を創作された「石坂まさを」さんを、ぜひ特集願いたく存じます。
   
                ↑ オイラの持っている CD の裏面写真です
● 皆様 よくご存知ですから写真も作品も省きますが「川内康範」さんです。オイラは、康範さんの創られる詩には、他の作詞家さんにはない ずば抜けたリアリティを感じます。一部の作品だけ抜き出せば、阿久悠さん 山口洋子さん 安井かずみさん 星野哲郎さん 陽水さん みゆきさんを始めとする有名作詞家さんたちが、ズラッ と並ぶのですが、全体的・総合的に勘案した場合、オイラは康範さんの詩が イチバン好きであります。ズバッっと心に突き刺さるのです。何卒、特集番組 放送願います。

番組で採り上げられないのは、他に何か理由があるのかもしれません。「ダメです」と遺言されてるとか、所有権や著作権絡みの問題を抱えているとかの。でもその場合、ぜひツマビラカにしていただきたいものであります。

桂銀淑さんの「昭和最後の秋のこと」「花のように鳥のように」「かもめ」「すずめの涙」「大阪暮色」等々、you-tubeで聞けても TVでダメなのは分かってます。でも そうまで自粛 or 懲らしめなくてもいいのではないかと思います。you-tubeじゃ 物足りません。彼女を恨みます。


以上 つまらない内容で失礼いたしました。ただ オイラが一度は書き留めておきたかったテーマにつき、何分のご容赦、切にお願い申し上げます。



 < 追 記 で す > H30.3.25 記
 三船浩さんと石坂まさをさんの CD、Amazonで検索してみましたら、そこに 中古品ながら 1,000円、および信じがたいことに 1円、しかも ”非常に良い"という、まさに宝のような商品がありました。オイラは矢も盾もたまらなくなりました。

それにしても世のお人、本当に素晴らしいものを分かってられないようです。でも そうだからこそ、送料込みで 1,350円と 351円という 嘘のような値段で入手できたのではありますが。特に石坂まさをさんと秋吉恵美さんの「心歌 十二章」、お二人が人生の全てを賭け、全身全霊を傾け創り上げた 渾身の名曲アルバム、魂の叫び と言えるものであるだけに。

  

   
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上村松園さんより好かった谷口仙花さんの絵           ~ 呉市立美術館さんで観てきました。H30.1.7のこと

2018-03-19 11:03:01 | 日記
 1月7日に遡ります。長男から2,500円で買い受けた 1回分青春18切符で、その最終日、山陽本線三原から JR呉線乗り換えで呉まで行きました。広島市内に単身赴任時、会社の営業車で、もちろん仕事でですが、海沿いの道を三原まで通り抜けたことはありますが、一度はこの路線を、電車で、景色を眺めながら通ってみたいと思っていたのです。

呉では、以前から よく耳にしてる「大和ミュージアム」でも覗いてみるか と思うぐらいで、行き先は二の次。で、海沿いの景色は やっぱ期待通りのものでしたが、28年振りぐらいに見る呉駅前は、いきなり「呉バブ工場」と 海しかなかった当時の記憶が嘘としか思えない、まったく別の所へ来たが如き様変わりを呈してまして、唖然としながらも 人の流れに任せ 歩けば、そこは自ずと目的地 といったアンバイ。

日曜日なので大勢の人です。技術的にいくらスゴくても、しょせん時代錯誤の産物、何ら戦功を立てることなく惨めな最期を迎えてしまった「戦艦大和」。愛国老人のオイラですら、好い印象は持ち合わせてなく、「大和」そのものよりか、運命を共にされた多くの犠牲者の方々に目が行き、気の毒で気の毒でならないのです。この前の民主党政権と同じく、旗振りがロクデモナイと悲劇的な末路しか残ってませんよという格好の見本でしょう。

オイラは思いました。「大和ミュージアム」は愛称で制式には「呉市海事歴史科学館」と呼ぶようですが、見せ方にもよると思うのですが、内容的に訴えかけてくるものに乏しく、ダシモノもハリボテで誂えたもののような印象を多く受け、テンポラリーな展示施設ならともかくも、お役所が管理運営する常設の博物館的施設としたなら、ちょっと切実さや重みに欠けるのではないだろうかと思えた次第です。

時間はまだタップリあります。呉市立美術館へ歩いて15分 と案内にあり、そちらに向かいました。呉はご存知のように 横須賀・佐世保・舞鶴と並び 明治22年、海軍省の地方軍政機関である鎮守府が開庁され、東洋一の軍港・日本一の海軍工廠として栄えた町でありますが、

その鎮守府跡地一帯は現在 入船山公園として、美術館・図書館・記念館・歴史民族資料館 が配置され、また司令長官官舎や 東郷平八郎参謀長の離れ屋敷といった歴史遺産が 修復・保存されてまして、山裾の小高い丘という好立地と相俟って、落ち着いた風情の、由緒正しき 風格ある 誠に素晴らしい文化ゾーンが形成されているのでした。

さっきの喧騒とは打って変わって、オイラにとっては嬉しい限りの、ぽつぽつとしか人を見かけない中 一通り見て廻りましたが、 めっちゃ良かったのは 呉市立美術館さんでした。何の情報も持たず行ったのですが、「開館35周年記念 呉市立美術館のあゆみ展」という大きなイベントが、まさに始まったばかりだったのです。


なかでも「郷土ゆかりの画家 谷口仙花」コーナーは、特に好かった!!! です。これほどの絵描きさんが埋もれていたなんて、信じられないです。オイラは思いました。日本で初めて 女性で文化勲章を受けられた上村松園さんの絵よりか、優れているのではないかとすら。

松園さんの絵は、いろんな出版物でよく馴染んでますし、松柏美術館さんや山種美術館さんで実際の絵を見てますし、宮尾登美子さんの小説「序の舞」を読んでいて、いい方にバイアスが掛かっていると思うのですが、オイラは 谷口仙花さんの絵のほうが 好い絵だと感じるのです。

どうしてだか 考えました。まず思いつくのは、松園さんの絵は きつすぎるのです。凛として そりゃ綺麗ですが 勁(つよ)すぎて、温ったか味を感じさせないのです。ですから 近づき難く、美人であっても魅力に欠けるのです。一方 仙花さんは、美しいはもとより、とても やはらかで、女性らしいふくよかさがあって、そこに母性のようなものも感じられたりして、オトコ(オラハマダオトコナノダ)として惹かれるのでしょうか。

オイラの住まうとこは ド田舎。悲しいことに 別嬪さんにお目にかかることは、無いと言っても過言ではありません。そこでこの画面上に オイラの慰み処・Eye-Fresh する場を 拵えたく存じます。当日 購入してる 図録を撮影させていただき、以下 展示させていただくとします。

ちなみに 本図録、2,000円だったですか 忘れましたが、仙花さんの多くの作品が キチンと整理されたうえ 収録されていて、参考資料もあって、画業や年譜の解説も充実の 非常に良くできた、めっちゃ値打ちある貴重な商品ではないかと思ってます。


まず この版画に ↓ 釘付けになりました        村山槐多さんのこの絵は ↑ 有名です


  
 




      

      

    

締め括りは、谷口仙花さんの簡単な プロフィールです。
    
なお 能画にも素晴らしい作品が数多くありました。白洲正子さん、ご覧になったことあるのでしょうか?。


 < 追 記 で す >
 それでです、駅へ戻る道すがら、呉線の真下にある「風街」さんという食堂に、あたかも引かれでもした如く ふらりと入りまして、やや遅い昼食を摂ったのです。時間が経ってますから、注文した品名 忘れてしまったですが、それはそれは すげぇ安くて、めっちゃ美味しかったです。伺いますと、試行錯誤しながら造り上げた (風街さん独自の) 一品であり 味わいです とのこと。皆様、ぜひ一度 ご賞味 下さいますか?。旨いです!!! 。 






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「百休庵」花便り と 新保裕司先生 正論大賞受賞記念講演概要

2018-03-17 20:34:41 | 日記
 今朝(H30.3.17)の、当庵周りの花の様子です。

                  当庵前の 鹿児島紅梅、満開です

二箇所の ↑↓ サクランボ畑、満開です。今年は 保育園 小学校とも 声掛けするつもりです 



 昨日の産経新聞に、第33回正論大賞に輝かれた 文芸批評家・都留文科大学教授の新保裕司先生の大賞受賞記念講演概要が出てまして、やはり素晴らしい内容でありますので、掲示したく存じます。この切り抜きの裏側が 1面でして、そこに「いつの日か「海道東征」を ウイーンで・・・」と書かれてました。日本人は海外の評価に からっきし弱いので、これは実に いい案だなぁと感心した次第ですが、一日も早く実現できますこと、願ってます。



ここまで仕上げた後、思い付いたことがあります。ウイーンはワルツのイメージが強く、雰囲気が合わないのではないかと思ったのです。目指すなら英国、それも「THE PROMS」をターゲットにすべきではないだろうかと。

日英同盟締結は 1902年ですから、2022年はちょうど120周年。この節目の年、「JAPAN’S Sir Edward William Elgar KIYOSHI NOBUTOKI」を 銘打ち、「JAPAN DAY」を設けてもらうよう働きかけたらどうかと思うのです。

都合好いことに、お二人は 47年もラップしてご存命ですから、同時代と言っても差し支えないと思います。
    「海道東征」作曲家 信時潔さん         1887~1965
    「威風堂々」作曲家 エドワード・エルガーさん 1857~1934

資金が必要ですが、寄付を募り、コンサートツアーを計画したらと思います。オイラは 応じ、参加します。老生のような者は、日本中 多くいるはず。何せ「にっぽん興し !!!」をやるのです。きっと数多の賛同 得ること 間違いなし。いいですねぇ、イギリス 行きたいです、こんなイベントなら 喜んで。


 < 追 伸 > H30.4.14 記
本日 午前中の、我が家の ポストサクラの 花模様、手前から リキュウバイ & ニシキサンシュウ & ハナミズキ & ハナズオウ です。
 




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図書館について思うこと~火坂雅志さんの小説「児島高徳」を引き合いに

2018-03-16 19:27:18 | 日記


 H30.3.16 NHK-BSプレミアム「英雄たちの選択~"奇跡"の藩政改革者 山田方谷 無血開城に挑む」で取り上げられた 山田方谷(やまだほうこく)さんは、岡山後楽園 閑谷学校の造営や建設、田原用水・百間川放水路・新田開発といった土木工事を成し遂げられた 津田永忠(つだながただ)さんと双璧の、今や世界中の人たちに「岡山県人には、こんな立派な人がいるんですよ~」と大きな声で叫べる我らが英雄、郷土の尊敬を一身 否 二身に集める このお二方でありますが、もし今生きてられたら、このこと いったいどんなふうに思われるでしょう。

 本日は、老生が平素 図書館について思っていることを書き留めたく思っております。後楽園 岡山城近く、県庁前の道路を隔ててと、最高とも言える立地条件の下、H16年9月開館した県立図書館は、12年も連続し 貸出図書数 全国NO1 でして、このことを、喜び・心地よく・誇りに思い・自慢する県民が ほとんどではないかと思われるのですが、

老生はまったく逆とまではいかないにしても、決して自慢できることではないのではと、むしろ 悪しき県民性が露骨に出た 恥ずべき事象ではないのかと思うのです。何ら負担せずして、めっちゃコストの掛かっているサービスのみ 当然のことのように享受する、独りよがりの姿勢が あからさまに感じられるからです。

むかしむかし 超有名なジャーナリスト 大宅壮一さんは、日本全国の県民性を分析され、岡山県人のことを「日本のユダヤ人」と形容されてます。ユダヤ人の方には失礼ではないかと思ったりするのですが、冷たく・実利に聡く・こすい・閉鎖的・他者を思いやらない・めっちゃノリが悪い・チマチマしてる という意味であれば、的を射ているのではないかと思ってます。   

また そこには、情けないことに、作者が 書物を興すまでの 長きに亘る 人生を賭けた 壮絶なる、学識習得・研鑽・発掘、文書化にあたっての 葛藤・労苦 へ思い遣りのカケラも見いだせないからであります。オイラは、成人した社会人であれば少なくとも、個人が著した書籍は、@10,000円以下で買えるのなら、自前調達で読むべきではないかと思っています。

それだけの敬意は、作者や編集者に対し 払うべきではないかと思います。手にしたその書籍が上梓されるに、どれほどの物質的コスト、精神的コスト、知的コストを伴っているのかに、深くなくてもいいです、ほんの少しでも 思いを馳せるべきであります。なので 図書館で貸し出す場合、最低限 著作権料に見合ったフィーは課すべきと考えます。

今の時代 古本は 昔と較べますと、もう隔世の感ありで、極めて容易に入手できるのですから、新刊本が無理なら、時間を置き 古本で賄えばいいのです。そして思うがままに シルシ付けや書き込みをし、自分の生きた証としたらいいのです。


 ここで 一冊の文庫本となる小説を創るということが、どれほどのものであるかということを実感したいと思います。引き合いにした書籍は、平成21年(2009) NHK 大河ドラマ「天地人」の原作者 火坂雅志さんの著わされた「太平記鬼伝 児島高徳」という、オイラが 12年前に読んだ小説です。
         
ご存知かどうか ? ですが、太平記に出てくる、隠岐へ流される後醍醐天皇を救おうとした備前の国の豪士、オイラの住んでる熊山のクマヤマサンで旗揚げ、美作の院ノ庄(津山の作楽(さくら)神社)で 桜の幹を削り「天勾践(てんこうせん)を空しゅうすること寞(なか)れ 時に范蠡(はんれい)無きにしもあらず」と、実際は漢文でですが 記したという、当地では数少ない伝説上の人物「児島高徳」さんの小説です。

地元に住んでる人間ですから、小説に書かれているネタ(情報)が どれほどのものであるか評価しやすいと考えたからですが、作者の火坂さんは新潟県ご出身ですから、岡山には縁もゆかりも無いはずなのに、オイラの知らない ここらへんの地名や出来事が バンバン出てき、いったい どこで誰から手に入れたのだろうと思う情報満載で、これほどの情報 よくぞ掴み、面白く物語化して下さったものだと感嘆する一方で、どんなにタイヘンだったことだろうかと思うこと 頻りでありました。

脈絡問わずで、オイラが永久保存しておきたい情報のみ ピックアップしますと
・紀州の熊野本宮にいた山伏の一団が備前の国児島に移り住み、児島五流山伏といわれた
 集団を結成
・交通の要衝であったため、熊野本山を凌ぐ一大集団に成長し、巨大な経済力・軍事力を
 もつようになり、朝廷とも深い繋がりを持つようになった
・児島高徳は、その五流のうちの筆頭 児島頼宴(らいえん)を父とし、邑久郡豊原庄
 和田備後次郎範長の娘を母とする、3男1女の 3男として生まれた
・和田家はもとの姓を三宅と称し、かっては大和朝廷の直轄地 児島屯倉(みやけ)の管理を
 行っていたが、後 豊原庄に移住、当地の東大寺領の荘管を務め、水運にも携わり、
 備前の国きっての富裕な名家であった
・高徳は とりわけ優秀な子であったため、7歳でその和田家の養子となり、以後
 和田備後三郎高徳と名乗った
・山伏は山の武士であり、日本中の霊山、岩木山 早池峰山 金華山 出羽三山 男鹿三山
 鳥海山 蔵王 日光山 赤城山 相模大山 富士山 秋葉山 飯綱山 浅間山 御嶽山 立山 白山
 伊吹山 飯道山 愛宕山 生駒山 笠置山 吉野山 信貴山 葛城山 金剛山 熊野三山 書写山
 那岐山 熊山 児島 伯耆大山 剣山 石鎚山 英彦山 求菩堤山 阿蘇山 霧島山 を巡る
・熊山は唐より渡来された鑑真和上が奈良の都に上る途中「かの峰には霊気漂うなり」の
 言あり、山頂に帝釈山霊仙寺(りょうざんじ)という山岳寺院を開いたのが最初である
・太平記によると、児島高徳は今木 大富 射越 原 松崎などの三宅一党 200余騎と 
 児島五流山伏を率い、熊山で挙兵とある
というようなことが、挙げられます。


オイラは思います。この一冊だけをとっても、これだけの小説を上梓することが どれほどたいへんなことか、こんな拙いブログを書いてるオイラですら、身に沁みて よ~く分かるのです。ですからタダで読もうなんて ヨコシマな気持は持たないで欲しいのです。受益者負担が当たり前の世の中です。キチンと対価を払っていただけないものかと、心から思います。特に この思いを強くいたしますのが、県内図書館ネットワークで最寄りの図書館に、タダで届けてもらえることです。大層 有り難く便利な機能ではありますが、これにはいったい どれほどのコストが掛かっていることでしょう。

音楽教室からも著作権料を徴収するという判断が文化庁でなされました。H30.4.1 から実施とあります。JASRACさんは自分たちの権利主張に躍起です。ちょっとやりすぎではと思うぐらいです。今じゃ 歌枕を使った文章なんて書けなくなってしまいました。たった一行の引用でも、この gooブログに於いても許されないのですから、何という味気ない時代になったものでしょう。それにしても音楽(楽譜含む)と小説など書籍の 著作権料運用の違い、めっちゃめちゃオカシナコトだと思われませんですか?。





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宮沢賢治さんのお話「紫根染について」 ~ NHK-BSプレミアム「新日本風土記~岩手山」を絡めて

2018-03-12 15:54:41 | 日記
 前回に引き続き宮沢賢治さんに関する話題です。オイラは数ある賢治さん作品の中でも、とりわけ「紫根染について」という お話が好きであります。オイラはこのお話、花巻の宮沢賢治記念館さんで購入した 長岡輝子さん朗読の この ↓ CDを、運転中聞きまして初めて知ったのですが、とにかく やたら面白く、げらげらげらげら笑いながら走ったの、思い出します。
    
特に面白かったのが、途絶えてしまった紫根染の情報を得るため、それを識っているらしい西根山の山男を町に招待すべく動くのですが、その案内状の宛名を「岩手郡西根山、山男殿」と記入し投函、「ふん、これさえしてしまえば、あとはむこうへ届こうが届くまいが、郵便屋の責任だ」と先生がつぶやく というところでして、今でも おかしくておかしくて たまらないのです。

そしてこのCDには、朗読されてる童話を掲載の小冊子も付属されてますから、むろん「紫根染について」も記されていますが、実情を申しますと、こういった活字には目もくれず、オールウエィズ 聞くだけ。で「何や、入っとたんかぁ」と、このブログを書く直前 気付いたという始末。


当時はそんな具合で、本も欲しくなりまして、この「未知谷」さん発行 たなかよしかずさんの木版画入り「紫根染について」も購入したのであります。何せオイラは、このお話が取り立てて好きですし、「西根山の山男」さんと「紫根染研究会長」さんが大好きでありますからして、当然の成り行きではあるのですが。ただ よく見てみますと、この本の「紫根染について」には、宛名の記述が どこにもないのです。賢治さんの童話は、推敲の度合いにより いくつかのバージョンがあるのは知ってましたが、肝心の文言の無いのだったとは、至極 残念です。
    


 そんなことで、本日(H30.3.12)午前中のことですが、3月2日 NHK-BSプレミアム放送「新日本風土記~岩手山」の録画を見てましたら、3分の2ぐらい過ぎたところで、何と何と紫根染に関する場面が 流れだしたではありませんか。「オーオーー」オイラは唸りました。賢治さんのお話以上のことは知りませんから、その補足情報に偶然 接しられたことが無性に嬉しくなってきまして、「こりゃ~今日、けえにちいて、ブロゲぇ書き留めとかんといけんな~」とあいなった次第です。では、その数場面 どうぞご覧下さい。なお番組では、賢治さんの このお話には、何ら触れることは無かったです。

            説明は不要かと思いますが、オイラも大好きな山、岩手山です

                        紫根染された 織物

                 紫根染の原料となる ムラサキの木

                 ムラサキの根を乾燥し砕き煮立てます



            紫根染めの第一人者 藤田繁樹さん

            やはり 西根山 とおっしゃってます

「紫根染について」という賢治さんの作品、本当に面白いです。げらげら笑えます。そして これを読みますと、賢治さんが決して堅物やオタクなんかではなく、世俗にも馴染み・通じた、めっちゃ明るい ユーモアのある方だということが、よ~くお解りいただけます。ぜひとも お読み下さいませんでしょうか。


 < 追 伸 > H30.3.17 記
 購入していた 木版画付き「紫根染について」ですが、気に入ってる文言が入って無いということは、オイラにとりましては かなりショックなことでありまして、急遽、青空文庫さん発行 デカ文字版「紫根染について」を購入したのでありますが、今度は、あったです あったです。

度々言って恐縮ですが、その箇所はオイラが特に気に入っているところでして、時々覗き笑いたいという願望と、皆様方に その違ってる状況をお見せできたらという思いで、以下 その写真を掲示いたします。
  
                        木版画にあって ↑ 文章に無いとは

青空文庫さん版 ↑ ↓ です  この研究会長さんの描写も ↓ めっちゃ可笑しいです
               
 

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第158回直木賞、門井慶喜さん著「銀河鉄道の父」を読みました

2018-03-10 18:33:56 | 日記
        
 標記本を読みました。賢治さん大好き人間のオイラとしましたら、ある種の嬉しさを伴って、ほとんど抵抗なく すいすい読み進めれました。賢治さんと妹トシさん、および 政次郎さんと賢治さんの会話するシチュエーションが多くありますが、どの場面描写も 実にリアリティに富んでて、ほとほと感心させられながらの 読了でした。

最愛の妹 トシさんの臨終の場面は、父:政次郎さん 賢治さん 妹:トシさんという 主役3人が一堂に介した、この本の山場とも言えるものであると思いますが、たいへんよく書けていたのではと思います。オイラは 泣いてしまいました。ただ惜しむらくは、トシさんの臨終の言葉が「うまれてくるたて、こんどは・・・」で終わっていることでして、ここは是非とも最後まで書いていただきたかったと思うのです。「こんど生まれてくるときは、こんなに、わりゃのことばかり苦しまないように生まれてくる」と、ここまで。

そうは言ったって 小説家さんはスゴイです。登場人物は どなたも実在の方といえども、実際にあったかのごとく ここまで物語化できるとは、本当にスゴイこと、たいしたものであります。でも これが小説家の小説家さんたる所以なのでしょう。

それから あの「雨ニモマケズ」の詩(オイラは、世界中で、一番短かく(十句観音経除く) 一番分かりやすく 一番進化してる 一番優れてる 万人すべからく心すべき お経 or 教典なのではないかと思っています)ですが、これまで 東京で書かれたものとばかり思ってましたが、認識違いでして、昭和6年11月3日 花巻於いてでありました。へなへなしない手帳になら、書きやすいカタカナなら、衰弱して寝ている状態であっても書き留められる・・・といったことも。

また、盛岡在住で 賢治さんの10歳年上で、手紙のやり取りも実際の行き来もお持ちの直木賞作家・森荘己池(もりそういち、本名:森佐一)さん、この方は「オラの本は読まねでえがら、賢治さんの本さ読んでけれ」と周囲におっしゃられていた方ですが、氏の著わされた「宮沢賢治の肖像」という本によりますと、

父 政次郎さんは「あれが天才であることは若いときからとっくり知っておりました。しかし私ら家の者まで、世間といっしょになって、天才などと言っては絶対いけないと思っていました」、「あれは若いときから、手のつけられないような自由奔放で、早熟なところがあり、いつ、どんな風に、天空に飛び去ってしまうか、はかりしることができないようなものでした。私は、この天馬を、地上(つち)につなぎとめておくために、生まれてきたようなもので、地面に打ちこんだ棒と、綱との役目をしなければならないと思い、ひたすらそれを実行してきたのであります」とおっしゃっておられたようですが、とか

賢治さんは、生涯一度も女性と交わってないようですが、性知識は、ここら辺りでは敵うものがないほど豊富で、その類の本も 積み上げると 1m ほどにもなるぐらい持っておられ、なかでも出色・特筆すべきは、ハバロック・エリスの性学体系という相当分厚い英語の原書を取り寄せ、読みこなしてられたとか、ニュートンは生涯 一滴も精液を外に漏らさなかったと言っておられたとかの

こんなこと この本には書かれてませんでしたが、果たして誠治郎さんは実際 賢治さんが存命中 ご存知だったかどうか は気になるところでございますが、置いておきまして、記されてるような政次郎さんと賢治さんのヤリトリは、実際にあったような気がしてます。それにしても 政次郎さんが、これほどまでに賢治さんベッタリだったとは、思いも寄りませんでした。

賢治さんの親父さん 政次郎さんが主人公の「銀河鉄道の父」という小説は、今まで見ることの無かった親父目線での著述ということですから、トシさんイチさんを始めとする家族の方々も、単一パルスではなく線型化というか連続化されての登場となりますから、賢治さんを取り巻く世界が、お陰様で、ぽつぽつ写真から 8ミリモノクロフィルムとなりました。

ただオイラは思います。天才 宮沢賢治さんに迫るのは至難の技です。賢治さん並みの、自然との接し方・あらゆることの見識 が無ければ、どだい無理な話です。賢治さんが スゴ過ぎるのです。でも 親父さんの政次郎さんだったら、感情移入はできます。でも、果たしてそう言えるのか・・・

政次郎さんも、未だ法華経 理解できないオイラに較べますと、スゴイお方です。しっかり読んでないので当然と言えば当然ですが、まして、賢治さんの創られた童話、賢治さんおっしゃるに、どれも法華経を解かりやすく表したものです とのことですが、オイラには いったい どこがどう該当するのか、恥ずかしながら 皆目 見当つかないのです。でも 政次郎さんは、ちゃーんと法華経を理解してらっしゃる。これだけ観ても スゴイお人・・・

という隘路は残っているのですが、政次郎さんは、東大合格くらいヘノカッパの、IQ の高いお人であるのは 確かでしょうが、天才ではありません。作者の門井慶喜さんは、そこに目を お付けになられたのではないかと思うのです。

ですから 賢治さんが到達してる 人文科学的境地・自然科学的境地・宗教的境地について、少ししか踏み込んでおられません。これは言葉は悪いですが、ある種 ずるい方法ではないかと思えます。が しかし 賢治さんを深く掘り下げようとする本ではないのです。親父さんからみた、賢治さんを頭とした家族について述べた小説なのです。なので、まあ これでいいかぁ といったところです。

では、上述の書籍、森荘己池さん著「宮沢賢治の肖像」と (財)宮沢賢治記念会さん発行「宮沢賢治」という本に載ってました数枚の写真を撮らせていただき、以下、賢治さんを お偲び申し上げたく存じます。

最後にタラレバで申し訳ないですが、それにしても惜しい方を 早くに亡くしたものです。妹 トシさん、賢治さんより勉強が出来、文章も上手だったとは。でも、多分、トシさんは 生前中、己の総てを賢治さんに注ぎ込まれ、旅立たれたのではないかと・・・オイラはそう思いたい・・・ということも含め、賢治文学は トシさんが亡くなられたからこそ生まれ得た、というのは間違いないのではありますまいか。


                         これは 自筆サインだと思います













 


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H30.3.6の昭和音大さんの歌「贈る言葉」と7日の「朝の詩」、そして  遅ればせながらの平成29年 百休賞発表

2018-03-07 20:19:07 | 日記
 H30.3.7(水) の 産経新聞「朝の詩」、埼玉県久喜市 金田裕美さんの「歓迎」という詩、爽やかで 瑞々しく 明るく 活き生きしてて、かつ オイラには絶対 創れない詩でありまして、とても感銘を受けました。



 昨日(3.6)の BS-TBS「日本名曲アルバム」での 昭和音楽大学合唱団さんの「贈る言葉」は、若者らしい清潔感といいますか清廉さといいますかに裏打ちされた、旅立ちにあたっての不安や希望や緊張感といった 心のひだが見事に表現されてまして、胸を打たれました。いい歌 聴かせてくれて有難う。心から感謝申し上げます。









    昨年のスペシャルコンサート終了後、高本さんから 津山市のご出身 と伺ってます





      ご覧になって お気付きかと存じますが、オイラは 石井桐花さんのファンです
      ここのところ お見かけしなかったので、実のところ案じてました




この歌を CDに落としました。それもオープニングでであります。終盤近く、天高く舞い翔ぶ美しいお声、いつでも聴くことができます。(本段落、3.13 追記しました。)




 さて、これから当ブログ 年に一度のスペシャルイベント、あのアカデミー賞にも匹敵、賞金も賞品もない代わりに、当ブログ内限定とはなりますが、めっちゃめちゃスゴイ権威を誇示できる、実に栄誉ある「平成29年 百休賞」を発表致したく存じます。2件以外は 既に、当ブログで ご紹介済みではありますが。

● 順不同とは申せ、まず最初に挙げたいのは 聖徳太子さんです。H29.10.13 NHK-G 放送「歴史秘話ヒストリア ~ 聖徳太子の柩」です。太子さんは実在しているのだという心強いメッセージ、何より嬉しかったです。(なお 9月30日 始まった NHKスペシャル「シリーズ 人体」は 誠に素晴らしい番組で、選考は間違いないところでありますが、シリーズ途中につき、次年度扱いにさせていただいてます)


● 続いて NHKさんの番組から。再放送(初回放送 H16(2004))ですが、H29.11.3 NHK-BS1 「にんげんドキュメント ~ ただ一撃にかける」です。これは未来永劫 記憶すべき、記念碑的・伝説的内容であるは間違いないところです。よくぞ再放送して下さいました。感謝申し上げます。


● 美術展、まず「ゴッホ展」を挙げなくてはなりません。今回は特に日本との関係に焦点を絞ったもの。ですから この感動は、日本人しか味わい得なく、しかも極上のものであると言い切れます。


● 美術展で忘れてならないのが「草間彌生展」です。この感動は一生 と言ったって あと僅かしかありませんが、忘れられないものであります。


● 美術展をもう一つ「茶の湯展」。これほどの出し物、今後 集めるのは至難の技でしょう。


● 歌にまいります。まず昨年ナンバーワンとして推しますのは、森山良子さんとフェリス・フラウエンコーアさんの唄われた「空に星があるように」です。めっちゃ丁寧で、めっちゃ繊細で、めっちゃ情感こもった、めっちゃめちゃ高品質な歌でした。


● 歌の2番目というよりは、上記と同じくらい好かったと評価できる、夏川りみさんとコール・ステッラさんの唄われた「時の流れに身をまかせ」です。音声をCDに取り込んだら映像を消してしまってまして写真もなく、ご覧いただけないのですが、この歌は史上ナンバーワンの「時の流れに身をまかせ」であると、オイラは自信を持って言うことができます。素晴らしかったです。

● 歌の3つ目は、森麻季さんと杜の音シンガーズさんによる「さくら」です。詩も曲も最高水準な上 見事な編曲が加わり、さらに 当代トップ歌い手さんによる歌唱という、まさしく頂点を極めし歌。こういう歌が聴けるシアワセ、何という有難さでありましょう。






● 歌の4つ目は、杜の音シンガーズさんの唄われた「道頓堀川」です。この情感たるや、ハンパじゃありません。しっとりと とろけてしまいそう。それに何という見事な盛り上げよう。めっちゃ美しい 新しい演歌の表現形態、一つ築いて下さいました。




● 歌の5つ目は、フォレスタさんの唄われた「サライ」です。これはH29.3.20 BS日テレ「BS日本・こころの歌」の映像ですが、この「サライ」、編曲 歌唱 盛り上げとも 抜群の出来栄え。フォレスタさんならではの完成度の高さ。これこそがまさに 史上ナンバーワン 究極の「サライ」だと、やはり自信を持って宣言できます。












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浜圭介さん「昭和最後の秋のこと」 & 喜多郎さん「空海の旅」が、やたら 心に沁みてきちまって・・・

2018-03-06 16:58:31 | 日記

 H30.3.5 BS日テレ「歌謡プレミアム~作曲家・浜圭介スペシャル」の最後を飾り ご本人が唄われた「昭和最後の秋のこと」は、近頃 希に見る 素晴らしい歌でした。2016-01-13付け当ブログで 船村徹さん歌唱の「別れの一本杉」を取り上げていますが、この歌に迫らんばかりの好い歌、オイラは震えてきたことです。

 今 夢枕獏さんの原作が素材の「空海」という映画が公開されてるようですが、その影響でしょうか、空海さんを扱った TV番組が2本、どちらも BS-TBS さんからですが、オンエアされました。

   ↑ ↓ H30.3.3 BS-TBS 「諸説あり! 超人・空海の野望」



   ↑ ↓ H30.3.5 BS-TBS 「にっぽん!歴史鑑定 超人・空海 誕生の秘密」


老生にとりまして 特段 目新しい情報というものはなかったですが、「にっぽん!歴史鑑定・・・」の出来栄えは素晴らしく、オイラは感心したのですが、では何でここで 空海さんを採り上げてるのかと申しますと、少し前ですが もう一つ 空海さんに関係する話題が、アメリカであったからです。

もう発表は 終わってまして、生憎 今年も受賞ならずでしたが、「シルクロード~絲綢之路」作曲・演奏で有名な、あの喜多郎さんの「空海の旅」という音楽が、アメリカの超高名なグラミー賞に 5年連続ノミネートされる という快挙を成し遂げたのです。しかし、オイラは未だ どの番手も聴けてませんで、急遽 Amazon or ヨドバシカメラさんから 中古品取り混ぜ、1~5 まで総て取り寄せたのであります。


 1月中旬、すぐ近くの施設入居の婆さん(義母)の様態が あやしくなった頃ぐらいからでしたか、咳と痰がやたら出始め、1.24の葬儀の時は もう最悪でして、式以外の時間は控え室で、布団に包まり 寒い寒いと寝るばかり。喉が やたらめったら乾いて痛く、辛うじて自宅までたどり着き、翌日のリウマチ定期検診で インフルB が判明。リウマチ関連の薬は中断し一週間後に処方と・・・・こんな感じで、まぁほとんど2月いっぱいかかって、徐々に快方に向かって行った具合ですが、鼻水がしょっちゅう出るものですから、鼻の付け根が 5,6ミリ 切れっちまうという二次傷害に合ったり・・・

でも 3月4日、無事とまでは言えませんが、ほんの少し有事に 49日法要を済ませ、やっと一段落したかと ほっと一息ついていたものの、他にもいろいろあったりして。世の中 なかなか思い描くようには参りません。でも、法事当日の天気予報、当初は雨だったのです。それが不思議なことに、たいへんあったかい 超快晴になったのです。悪いことばかりあるのではないです。

今朝には 藪の中に、椿が ほんとうに可愛いく 一輪 咲いてるのを見つけるといったこともありました。これが その椿です。花弁が多くあり 小振りですので、薮椿の変種でしょうか。高さは 約 1.8 m 。オイラはすぐ、庵の上の 枯れたモミジの跡へ移植しました。
 

時間は前後しますが、昨日早朝、中でも気に入ってる「空海の旅」3 と 4 を聴いたです。何と ココロが 洗われたことでしょう。やはり 喜多郎さんはええなぁ と、心底 思えました。ですから今日の朝、昨日 録画していた 浜圭介さんを見る気が湧いてきたのです。本当に どちらも 涙を流しながら聴きました。下の写真は喜多郎さんの その CD です。


    
       
    


喜多郎さんも アメリカを舞台に、日本というものを 奥深く えも言われぬ美しい音楽で表現され、広め、高めて下さっています。四国88箇所 総ての曲作り 10年かけて為さるとか。それが叶った暁には、間違いなくグラミー賞 獲得されると思います。そしたら 羽生選手のように、ぜひとも 国民栄誉賞 授けて頂きたいものであります。


 < 追 記 > H30.3.7 Am8:00 撮影   
 
                  八重の、やや ピンクがかった花弁です

 
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京都国立近代美術館「ゴッホ展」& 八咫烏神社・樫原神宮さん参拝

2018-03-03 20:35:26 | 日記
 H30.3.3 の新聞に、羽生結弦選手への国民栄誉賞授与の検討を政府が決定 と記されていましたが、老生は 当然ではと評価する一方、めっちゃ嬉しく感じてもおります。と言いますのも、2.27 行われた 外国特派員協会記者会見での羽生選手の発言に、オイラは 輪を掛けて 甚く感銘を受けたからであります。日常生活に於いても競技に於いても、日本人というアイデンティティを 殊のほか大切に活かし 生きてられてることについてであります。

例えば、フリーの演技曲目は、クラシックなどの洋楽でなく平安時代の安倍晴明さんがモチーフの「陰陽師」だったり、以前 表彰台に上がって「君が代」を流せないのは悔しい と発言されてたり、勝負メシは 日本人だからご飯と答えられたり、日本人だから 行うのだと思うが 寝具や備品はキチンと片付け 部屋を後にするとか、そして、他人から何と言われようと自分で考え信じてることを貫きたい等々明確におっしゃられたことであります。

老生は、羽生結弦選手は そりゃ 66年振り2大会連続金メダルは めっちゃすごいことなんだけど、この記者会見の内容は、実はそれ以上にスゴイことなんではないだろうか と思ったのです。過去、日本および日本人の地位向上に尽くされた方は大勢いらっしゃいますが、その代表的な方と言えば 「武士道」の 新渡戸稲造さん、「茶の本」の 岡倉天心さん、「代表的日本人」の 内村鑑三さん、「禅」の 鈴木大拙さんたちであろうかと思いますが、その方々にヒケを取らない、否 それ以上の貢献が 現に、記者さんおよびその向こうの幾多の世界中の人たちの面前で、実に解かりやすく、この瞬間 為されたのではないか、これはその歴史的瞬間ではないだろうか と思えたのであります。

こういうことは、多分 リベラルという言葉の響きが大好きな、国籍不明、いや どちらかと言えばではない 明白に中韓寄りの報道姿勢を示す 大手マスコミ連は一切触れることなく、報道の自由という詭弁を弄し、スルーを通すに違いないでありましょうが、ところがどっこい、老生のココロには、涙がでるほどに届いたことでありまして、本稿タイトルには関係ないことですが、まずは初っ端、申し上げさせていただいた次第にございます。

 
 オイラは ゴッホさんが大好きです。札幌・東京・京都と持ち回りで開催される「ゴッホ展」にタイアップしてか、テレビで 三本の特集番組が オンエアされました。

   ↑ ↓ H29.09.17 NHK-Eテレ 日曜美術館「熱烈! 傑作ダンギ ゴッホ」

    ↑ このお二方とも、下方に掲示してます 本展覧会図録の著者であられます

    ↓ H29.11.03 NHK-G 「ゴッホは日本の夢をみた」


    ↓ H29.12.03 BSフジ 「松下奈緒 ゴッホの青春 そして 色彩が生まれた」
 

オイラは二番目の、吉岡里帆さんが案内役を務めた番組が一番気に入っておりまして、 

その一場面で表示された、この ↑ 「私の絵のすべては日本の芸術の上に成り立っている」
という ゴッホさんの言葉と、

「この花魁さんは、めっちゃ行きたい日本と、日本の芸術を心の底から愛するオイラ、フィンセント・ファン・ゴッホ自身だと思って観て下さいますか」と、哀しいまでに訴え掛けてるように見えるこの絵と、テレビで多くの説明がありましたが、ゴッホさんの 老生の想像を遥かに超えた、一途で純粋で哀しいまでの日本への想いが、数あるゴッホさんの肖像画のお顔と重なり合って、オイラに覆い被(かぶ)さってくるのでありまして、大袈裟のようですが、泣けてくるぐらい オイラのココロに沁み入ってくるのであります。

こんな具合ですから、ゴッホさんは めっちゃいじらしく、何回も会いたくなってしまいまして、今回の 7:50 大阪駅近く発 樫原神宮参拝バスツアーには 前泊しないと参加不可というのを絶好の機会と捉え、京都国立近代美術館の「ゴッホ展」に馳せ参じたということであります。

         地下鉄 東山駅改札を出たところの通路の壁に設置されてる案内です
 
土曜日です。やはり 人が多過ぎて、じっくり見るは到底無理な話につき、ここでは全体的な印象を掴むだけに留め、詳細は 購入済の図録に頼ることとしました。ゴッホさんの絵は、黄色とかオレンジとかの明るい色を多用しているのですが、そこには そこはかとない哀しみが漂っているようで、構図は、やはり 日本的と言っていいくらい 日本人が親近感を抱きやすい、とても馴染みのあるものでありますから、当の日本人が好きになるのは 極めて当然なことではないだろうかと思っています。

ここでは屋外に設置してました大きな衝立形案内板に描かれていた絵の写真と、絵葉書および本展図録を撮った写真を並べまして、親愛なるゴッホさんを偲びたいと思います。









 

 

 

オイラは どんな美人さんであっても、大体において肖像画というものは、あまり好きでありません。但しゴッホさんだけは別でして、こうして並べて見たかったのであります。下は これから読むのが楽しみな 本展覧会の図録ですが、ゴッホさんと日本の係わりについての一連の報道・展覧会・成果物・著作物というものは、近年 希に見る、日本人にとって 誠に感慨深く有意義な、かつ世界に誇れるコンテンツであるのは間違いないのではないかと思っています。



本項締め括りに当たり、当たり前なことを一言申し添えます。パリを中心とする当時のヨーロッパが 空前のジャポニズムに沸いたのも、ゴッホさんが こんなに 愛し傾倒してくれたのも、北斎さん広重さん春信さん歌麿さん抱一さん豊国さんらを始めとする先人絵師さんたちの、素晴らしい作品が在ったからに他なりません。この大前提、私たちは心して、肝に銘じるべきであります。


 次は ゴッホ展へ行くきっかけを作ってくれた サンケイトラベルさんの このバスツアーです。老生は常々、樫原神宮さんには キチっとお参りしたいと思ってました。八咫烏神社さん参拝も付いてます。サッカーファンのオイラには、何とも魅力的な企画でありました。









 
  八咫烏神社さん ご本殿です         日本サッカー協会据付の八咫烏像です

オイラは この八咫烏像には、目を疑いました。ここは遊園地ではないのです。神聖なる境内です。この漫画チックなマナコ、そして あろうことか、日本中捜しても、恐らくはここでしか見られないだろう 神様を見下し見るという設置のなされよう、この耐えられない 無知さ・軽薄さ、呆れてモノも言えない状況。八咫烏様は神様なんです。何たる 日本サッカー協会のセンス !!!。「アホか !!! 、テメエは!!!」と言葉を荒げたくなるココチです。即刻 やり直すべきと考えます。



念願の樫原神宮さんに 正式参拝できました。右隅の宮司さんが案内して下さりました。で この機会を捉え、老生はこの方へ、2017-01-29 付け当ブログに掲示してます 当神社さん所蔵 谷本蘇牛さん作「神武天皇御一代記御絵巻」を、是非とも 冊子化 or 絵葉書化を図り 販売して頂きたい旨のお願いを、強くいたしております。


本旅行は最後に、皇學館大學研究開発推進センター神道研究所 佐野真人助教授さんの「平安時代から中世における神武天皇観」というタイトルの講演会付きでした。オイラは遠くなった耳を一生懸命ソバダテて聞いたとです。決して眠くはならなかったとです。

なお これは、樫原神宮さんで購入の 八咫烏さんの交通安全ステッカーでして、本来は八咫烏神社さんで売られてて然るべきでしょうが、当神社さんのサービス体制は 未だそこまで整ってないようです。なお この八咫烏さん、非常に素晴らしいデザインでして、オイラは高く評価してます。
     


















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虫明焼展を観てきました~岡山県立博物館平成29年度特別展「むしあげ~岡山に花開いた京の焼物」

2018-03-02 13:16:40 | 日記
 老生は昨12月以来、2週間毎 岡山まで行かねばなりません。リウマチの薬を最新の「オルミエント」に変えて以来、痛みが嘘のように引いていき、たいへん喜んでいるところですが、認可され 1年未満という薬につき 2週間分しか処方されません。で この通院日の H30.3.1のこと、ついでに 県立博物館へ寄り、平成29年度特別展として開催中の「むしあげ~岡山に花開いた京の焼物」展を観てみたいと、かなり余裕を持って出掛けたのであります。

ネットで 9時開場を確認、後楽園脇駐車場に車を留め その時間に行ったのですが、9:30~とあります。後で調べますと 4~9月の場合でした。そのとき「梅が満開かも?」が ひょっと頭をよぎりまして、目の前の後楽園に入ったのです。65歳以上は 150円。こんな時は本当に有り難いと思えます。梅林は いっとう奥です。

さらに奥まったところに、こんな ↓ 絶好ポイントのあること、初めて知りました。



 岡山県瀬戸内市邑久町虫明は、平清盛さんの親父さん 平忠盛さんが備前守となって着任されたとき、「むしあげのせとのあけぼのみるおりぞ都のこともわすられにけり」と詠まれてますように、昔から、そして 多くの牡蠣筏が浮かぶ今日にいたりましても、たいへん風光明媚なところとして有名ですが、

茶人の間で「日本一清楚な焼物」として愛好されている「虫明(むしあげ)焼」の生産地でありまして、今年が造り始めてから 約200年という節目の年ということ。で、これを記念した特別展が、まず当地 岡山で開かれてまして、この後 京都でも開催される運びとなっております。


 上の写真は、現地の 立て看板 を撮影したものでして
 以下3枚は「茶道資料館」さん発行「当展示会図録(1,400円で購入)」を撮影したものです







本特別展は地味ながら、たいへん格調高いものがございまして、「日本一清楚な焼物」というコピーが実感できる展示物が多くあり、たいへん後味の爽やかな展覧会となっております。で 今回の岡山と、この後 京都で開催される本展が、備前焼に隠れた感が 無きにしも在らずの虫明焼が、これをきっかけに 見直されるような展開になればいいがと 願わずにはおれません。

そして お調子者のオイラのこと、毎日飲んでる抹茶、今朝からしばらくは むしあげ焼きの
お茶碗でと・・・
 
この2客は ↑ 、25~30年ほど前ですか、岡山市表町の中国銀行本店さんの斜向かい前に開いてました 虫明焼専門店、有名作家さん黒井さんの奥様が店番なさっておられましたが、そこで求めたものでありまして
 
左上は、つい先日 オイラが現役時代、いや 退職後もそうでありますが、オイラが めっちゃお世話になっている 県庁ご出身の大先輩の大奥様から戴いたものの一つであり、右上は(以下は H30.12.24 追記)、白梅の絵の素晴らしさに惹かれ、Yahoo!オークション於 無競合で落札したものですが、これほどの絵付けの施された虫明焼、そうあるものではございませんで、極上品であると評価いたしております。
 
 < 追 伸 > R1.6.4 記
 此度 新たに この ↓ 2客 の 虫明焼抹茶茶碗を揃えております。 
 
         ↓                      ↓

        
 
香山さんの入札写真を見た途端、この道入さんの楽茶碗が浮かんでき、いっぺんに気に入ってます。なお 上の 香山さん・英山さんの解説は、事後に取り寄せた 今は絶版の 日本文教出版さん S48発行 岡山文庫 桂又三郎さん著『岡山の焼物』より頂いてます。

 なお、ファイナルを飾るに相応しい、このような素晴らしいお茶碗が手に入ったことでもあり、26 の折から 趣味として取り組んでいた抹茶茶碗集めは、今回でケリをつける所存でございます。

 < 追 伸 > R2.4.27 記  
地元の大好きな焼物なので、ネットで ついつい手が・・・一楽さんと 香泉さんのお茶碗です。R2.8.6 追記⇒これでおしまい とはいかなくて、一樂さんと香山さん 泊舟さんが増えてます。
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......  本当に、もうおしまいにしなければ・・・ 
上の図録に 虫明焼は『日本一清楚な焼物』と書かれてますが、何十年も 日本全国 いろんな産地のお茶碗で飲んできてるオイラの実感を申し上げますと、普段遣いのお茶碗としては虫明焼が最高である ということです。地元からくる身贔屓なんかでなく、本当に好いお茶碗である と言えます。

何故かと申しますと、掌(て)にしたときの感覚・・・重心が直ぐ上にあるという感じが とても好く、お茶の香りとトロミを損なうことなく 何処の抹茶茶碗よりも 引き立ててくれますし、充分な品格を有しているのですが、構えることなく 閑かに向き合えるし、ベタベタした感じがしないと言うか 人間との距離感がとても素晴らしく、使い勝手が非常に良く、使い込んでゆく変化も楽しめるという、まさに 理想的なお茶碗であると言えるからであります。

 






 
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