昨日、山スキーで中山峠に行ってきたのだがその雪の少なさに驚いた。ゲレンデを越えて蓬莱山からその先には笹がまだ出ている。いつもなら、笹がほぼ隠れるほど雪はあるのだ。
そのため、蓬莱山から南下して左右の斜面を滑り降りるという計画は頓挫してしまった。
定山渓トンネル付近もさらっと雪がのっているだけの状態・・・。こういう状況をみると、地球寒冷化説よりも温暖化説の方が実感に即しているように思える。
さて、ぼくの「テーマ」・・・それはミッションに少なからず関係があると思うのだが、それは「再会」ということ。では、誰と再会するのか?
すくなくとも、地球上の様々な土地で生まれ生活した経験のなかで、そのときどきでお世話になり、関わりをもった人たちがいた。それらの中でも特に深い縁のある人がいる。それらの人とはその後の転生の過程で再び会い見えることのできた人もいれば、それっきりの人もいる。
具体的な事実は覚えていなくとも後悔の狭間のなかで改めて今世出会えたらその方のために尽くしたいという願いが湧き上がってくることは止めることはできないのだ。が、しかし・・・。
どれほどの哀しみが横たわっているのだろうか?僕のイマジネーションのレベルはせいぜい1万年前・・・程度のものだろう。それも、師がいてこそそのときの記憶のほんの一部が蘇るにすぎないのだ。そして・・・、
出会っていても、その事実の奥に隠されている真実が見えない、見えてないのかもしれない。覚者と呼べるお方にすら、まだかたちだけの、うすぺっらな感謝の想いしかない自分なのだから・・・。
そのため、蓬莱山から南下して左右の斜面を滑り降りるという計画は頓挫してしまった。
定山渓トンネル付近もさらっと雪がのっているだけの状態・・・。こういう状況をみると、地球寒冷化説よりも温暖化説の方が実感に即しているように思える。
さて、ぼくの「テーマ」・・・それはミッションに少なからず関係があると思うのだが、それは「再会」ということ。では、誰と再会するのか?
すくなくとも、地球上の様々な土地で生まれ生活した経験のなかで、そのときどきでお世話になり、関わりをもった人たちがいた。それらの中でも特に深い縁のある人がいる。それらの人とはその後の転生の過程で再び会い見えることのできた人もいれば、それっきりの人もいる。
具体的な事実は覚えていなくとも後悔の狭間のなかで改めて今世出会えたらその方のために尽くしたいという願いが湧き上がってくることは止めることはできないのだ。が、しかし・・・。
どれほどの哀しみが横たわっているのだろうか?僕のイマジネーションのレベルはせいぜい1万年前・・・程度のものだろう。それも、師がいてこそそのときの記憶のほんの一部が蘇るにすぎないのだ。そして・・・、
出会っていても、その事実の奥に隠されている真実が見えない、見えてないのかもしれない。覚者と呼べるお方にすら、まだかたちだけの、うすぺっらな感謝の想いしかない自分なのだから・・・。
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