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いま、そのとき、かんがえつつあること。

「かわいそう」のバランス

2007-04-14 | 料理
とある掲示板で議論したことをちょっと修正して転載しますとですね。

「わたしたち」は教育やメディアによって動物をころすのは「かわいそう」といった意識ができあがってしまっています。ですが、おさないころからトサツが身近であれば、そのようには感じないでしょう。世界に目をやれば、現実はそうです。ですが都市化がすすんだ日本では どうしてもトサツは「とおいところ」にある(屠場[とじょう]の立地も!)。そして「食肉産業従事者=被差別出身、だから両者を差別する」という図式が固定されたままになる。
要するに、屠場を公開することは「トサツをみせるだけ」では おわらない。差別をする側にとっては、差別の対象がチンレツされている状態でもある。

「わたしは差別者ではない」ということを根拠に、全面公開してほしいというのは、ちょっと無責任だということです。

屠場をタブーにしてしまえば、差別が強化されてしまうのも たしかです。ですが、なぜ屠場がタブーになってしまっているのかの根源は、被差別者や屠場労働者には ありません。

反差別だけでなく、動物をころすのは「かわいそう」という、あまっちょろい発想をひっくりかえすような教育や報道も必要ではないかと おもいます。そのながれにおいてこそ、屠場を公開する意義がでてくるのであって、動物福祉というきりくち「だけ」から屠場の公開を論じるのはバランスがとれていないし、弊害をふくんでしまうということです。
文脈が ぱっと つたわらないかもなので、さらに文章をかきたします。

肉をたべるなら、動物をころさねばならない。だが、わたしたちは、血をみることなくパックにつめられた「商品」を調理するだけで、そこに、血のにおいはない。「商品」が つくられる過程なら、たとえばパン工場の見学がある。わたしも いったことがある。パン工場の様子がテレビで紹介されることもある。だが、屠場は そうではない。

バーナード・ショーが つぎのように いっているそうだ。「傲慢なアメリカ国民は……黒人に自分の靴をみがかせ、次に彼が靴みがきだという事実によって黒人の劣等生を証明する」(マーティン・ガードナー『奇妙な論理1』)。

差別者にとって「都合のよい堂々めぐり」である。

動物をころすのは「かわいそう」という発想は、いったん完全に なくしまう必要があるのではないか。すくなくとも、かわいそうという気もちを「もってしまわないように」したい。とはいえ、都市化された日本では、こんなはなしは机上の空論のような気がしてしまう。一度めばえた感情は、すぐにすぐ かわるものではない。だが、じっさいにニワトリをつぶす経験をもつことで、平気になるひとも いるわけで、ひとは そこまでに固定的なわけでもない。けれども、大多数をかんがえるとき、むずかしいものを感じる。よく指摘されるように、そんなに「かわる」のが かんたんならば、とっくに社会は かわっているのだから。

それでも、「だからやるんだ」と、「かわいそうじゃねーよ」と いってみないといけない。「かわいそう」を否定してしまったあとに、あらためて「かわいそう」は なりたつ。バランスをとるために、「かわいそう」を否定するのだ。ひとの感情を支配したり、固定するためではない。わたしたちの感情を支配している社会の現実を改善するためなのである。

2 コメント

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ほんとうに. . . (やみぃ)
2007-04-15 07:55:15
バランスをとるために、「かわいそう」を否定するのだ。
──いいことば♪
 人に殺生をさせておいて、その肉を喰っておいて、動物だけ「かわいそ」がるなんて、変だなぁ、といつも思います。
 生き物を飼ったりして知るべきなのは、死んじゃったら「悲しい」、死んじゃったら「生き返らない」ってことで. . . それを「かわいそう」につなげる人たちは、何か大事なことを忘れているか、見て見ぬふりをしている気がします。
いきかえらない (ひつじ)
2007-04-17 09:41:44
「ひとは いきかえる」と信じている こどもが けっこういるという報道が最近ありましたね。幻想は幻想として あっていいのだけど、現実のきびしさに直面してしまうことも あるわけで、そのうち、「死んだら いきかえらない」というのをまなんでいくんでしょう。

こどものころ、『わくわく動物ランド』って番組かな? ライオンに たべられるシマウマをみていて、なんで撮影しているひとは あのシマウマをたすけないんだろうと おもっていました。

昆虫で あそんで、すぐに死んでしまったのをみて、とくには なにも感じなかったのも そのころだと おもうんですが。「ムシなら平気で、シマウマは かわいそう」。そういう感情もありますね。

そのへんのバランスも、とりなおす必要があるのかもしれません。