日本の進路を考える

戦後70年が過ぎてもいまだに自立できない日本を考える。

アンサンブルVIVOクリスマスコンサート

2015年11月30日 | Weblog

ルーテル市ヶ谷ホールには初めて入った。先日IT技術者むけの出版会議で市ヶ谷に来たので、なんとなく親近感アリ。時間つぶしにJR駅上のスタバでコーヒー。外人の集団が木造りのベンチとマットなどを交差点を挟んで運ぶ姿が非常に奇妙で写真を撮り、Facebookのアルバムにしてみた。こちらはブログには載せない。

さて、コンサート会場は半地下の立派なホールで椅子もすわり心地もよく毎日イベントで埋まっているのも成程である。空き席を見つけるのに苦労するくらいの埋まり方で中にはこちらを見つけて声をかけたり、手を振る方もいたりして自分だけと思っていたのに驚いた。

この日のコンサートは海外駐在経験のあるお姉さま方(古希の自分より年上も多い)の女性合唱団によるクリスマスソングを含めた楽しいコンサートであった。メインはマザーテレサ愛の言葉、日本語の間にキリエ、アニュースデイ、グローリアなどのミサ曲の一節をラテン語で交えた愛の言葉、神への祈りで雰囲気も素晴らしいものであった。お年を考えると見事というべきだろう。

何を聴きにいったかと言うと実はピアノ伴奏。

8月のことのみ児童合唱団の雰囲気が昨年に比べてちょっと物足りなかったこともあり、その日のブログではコメントもしてみたが更に伴奏を聴いてみたいと思ったのだ。

プログラムの日本古謡、中山晋平作曲集より、の2つは編曲が凝っていて伴奏も相当難物と思われたが、気合が入った見事な伴奏で久しぶりに感動した。歌の方を聴くことに集中せず伴奏を聴くと言う変ったコンサートの楽しみ方である。ことのみの演奏会はビデオで再現できピアノの調子も今一つかなぁというか、余りに慣れ親しんだ普通の曲ばかりでどうやら聴く側もマンネリに陥っているのかもしれぬと思い始めていた。今日、伴奏を聴いて感動したことが更にその思いを強くさせることになった。指使いも良く見えて、ピアノ伴奏の姿勢がこれまで見たことのない気合の入ったものだと思った。

お疲れ様でした。

自分が男声合唱を好むのはピアノ伴奏が邪魔だからである(笑)アカペラのハモリの楽しさを知るとピアノ伴奏は邪魔でしかない。ただ、女声合唱や混声合唱ではピアノ伴奏がつきものであり、指揮者の技量にもよるがピアノが実質の指揮をしていることも時々聴くことがある。

そのこととある意味で関係があるが、故人はあることで、女声でもアカペラでやる合唱団をやりたいと団を立ち上げ数年でいなくなった。この先どうなるのかわからぬが皮肉にもピアノ伴奏をする方が後をついで指導されているようだ。ことのみでもアカペラの児童合唱を取り入れて素直で素晴らしいハーモニーを聴かせてくれている。今や自分は殆ど関係ないが(笑)消え去らないで欲しいと願うものの一人だ。

 

 

 


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