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日本の進路を考える

戦後70年が過ぎてもいまだに自立できない日本を考える。

奥の間、綺麗な装飾ながら、実用の部屋。

2010年11月04日 | Weblog
大広間の縁側を進むと、奥に昭君之間、若松之間。ここの障壁画が素晴らしい。
お殿様との会議では重臣だけの時は比較的狭い二間で、大勢の時は大広間に家臣
手前の間にお殿様という配置だと解説。なーるほど。

写真の右に大広間、奥に見えるのがお殿様専用の一段高い部屋。
周りが見事な障壁画で飾られている。大きな会議ではお殿様がこちらに出てきたと。

ここの入出口でも同じように靴を脱いだり履いたり。そこには韓国の観光団も多数。
それこそ、最初に書いたように朝鮮征伐の加藤清正のお城。どんなき気持ちだろう?
普段は散々文句を言って暴動を起こす民が観光客になると大人しく良い子になるのがおかしい。

もっとも熊本では盛大なお祭の名前が無くなった。
「ぼした祭」清正による朝鮮征伐の成功を祝った言葉と聞いてきたが、その意味は
「ほろぼした」友好的でないと、もちろん彼らの抗議もあり変更されたのは残念だ。
正式な名前は藤崎八幡宮秋季例大祭である。
以来、「ぼしたぼした」の掛け声は禁止され「ドーカイドーカイ」と叫ぶそうだ。
どーかいどーかい(笑)

よその国の文化に手を突っ込んでくる国が、伊藤博文を殺したテロリストを英雄にして祝う。
この国の人は抗議せんねぇ。

むらむらする話はこの位にして、

この大広間の下を通るのが宇土櫓の方から暗闇を通る石垣に囲まれた通路。
この様な形のお城は他に類がないと案内書にある。しかも本来は闇の中の通路には
途中階段まであり、知らない人には非常に危険な通路でもあったようだ。
現在は緊急車両のためにでこぼこの無い坂道になっている。



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