この映画のタイトルが、「生きものの記録」。
今なら、動物を扱っている記録映画みたいなタイトル。
実際は、原爆、水爆を怖がっている鉄工所の社長(中島喜一)の話。
主人公の社長は、若い(35歳)三船敏郎が、老人役になって演技。
映画の詳細は、ここを参照:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%AE%E8%A8%98%E9%8C%B2
映画の中の会話:
調停委員の父(原田:志村喬)が、息子に問いかける場面:
父:「なぁ、進」
息子:「はぁ」
父:「お前、原爆だとか水爆、どう思う」
息子:「なんです、急に」
父:「まあ良いから。どう思う。怖いかい」
息子:「そりゃ、怖いですよ」
父:「本当に怖いかい」
息子:「本当ですよ。誰だって怖いに決まっていますよ」
父:「じゃあ何故そうやって落ち着いてられるのだい」
息子:「そりゃ・・・・、だからと言って、どうしようもないじゃないですか」
(食事の場面:中略)
父:「しかしだよ、それをまともに受け止める人があったとっすればだがな」
息子:「冗談じゃないですよ、そんなことをしたら、神経衰弱になるのが関の山ですよ」
父:「それが、違うんだよね。絶対、神経衰弱じゃなんてものじゃないなぁ、ありゃ」
息子:「何なんです、一体。今日の裁判の話ですか」
父:「ああ」
息子:「で、どんな」
父:「うむ・・・・、どうも、検討がつかんな、あの人は」
と、まともに、原爆、水爆を怖がっている人が主人公。
この映画は、戦後10年目(昭和30年、1955年)の作品。
つまり、日本に原爆が2つ、実際に落とされてから10年しかたっていない。
一方、アメリカは水爆実験をしている。
そんな時代背景を理解しないと、その恐怖を持つ人の気持ちはわからないと思う。
調停委員での会話:
中島:「ばか、命あっての、ものだねということが、わからないのかね、お前たちは」
次男:「お父さん、命、命といいますがね。人間、誰だって、遅かれ早かれ死ぬんじゃありませんか。そう考えれば、水爆の放射能も」
長女:「そうよ、そうよ、そう考えれば・・・・」
中島:「死ぬのは已むを得ぬ。だが、殺されるのは嫌だ」
不安の実感は、どういう動機からきているかを、調停委員が中島(三船敏郎)に聴取している場面:
中島:「不安。いやぁ、そんなものは感じておりません」
調停委員A:「では、何故、慌ててブラジル等へ」
中島:「わしは、原水爆だって、避ければ避けられる。あんなものにムザムザ殺されてたまるかと、思うているからこそ、この様に慌てているのです。
ところが、臆病者は、震え上がって、ただ、ただ、目を瞑っている。倅どもが良い例です」
自分の工場に火をつけて、その後、精神病院へ。
精神病院の医者:「しかし、あの患者を診ていると、なんだかその、正気でいるつもりの自分が、妙に不安になるのです。狂っているのはあの患者なのか、こんな時勢に、正気で居られる我々が、おかしいのか・・・・・・・。」
病院の個室で調停委員の原田(志村喬)が、中島(三船敏郎)に面談する場面:
原田:「原田です。」
中島:「へえ、良くおいでなすったなあ。
ふふふ、やあ、ここならもう大丈夫じゃ。ご安心なさい。
ところで、その後・・・、地球はどうなりました?
まだ、だいぶ人は残っているじゃろか。
人はまだ沢山おりますか?
え、そりゃ、いかんなあ。そりゃ、いかんぞ。
早く逃げないと、遺憾ことになるぞ。
なぜ、それがわからんのかな。
え、ここへ、この星に逃げてかなければ、いかん。
早く、この星」
(中島の顔に日が当たり、窓越しに太陽を見て)
中島:「はあ、ああ、地球が燃えている。
はあっ、地球が燃えとるぞ。
ああ、燃えとる。
燃えとるぞ。
ああ、あ、あ。
あ、燃えとる、燃えとる。
ああああ、とうとう地球が燃えてしまった。
あっ、あああ。」
最後のシーンは、調停委員の原田が、階を降り、妾の娘が階にゆっくり上がる。
足音だけが、コツコツと響く。
映画の「終」が表示されてから、黒い画面で、怪しい曲が流れる。
考えさせる映画である。
閑話休題:
映像的に、見入ってしまったシーン:
①精神病院の個室で、中島と原田が、太陽を窓越しに見ながら、逆光で撮影しているシーン
②精神病院のスロープを、降りる、中島家の家族と見舞いにスロープを上がる原田とのすれ違いシーン
原田が帽子をとる、中島家の家族には原田が目に入らない、原田が足をとめる、原田が覗きこむ。
それぞれの人が、違った行動・反応をしているが、画面は、同じ。
③原田がスロープを降りる時、バックライトで照らして、原田の大きな影をスロープの床に描写している。
②と同じシーンのようでありながら、妾の娘とすれ違う時は、原田と挨拶もなく行き交い、顔見知りでない関係の演出。
同じバックライトを当てているが、妾の娘には、手すり近くを歩かせて、大きな影を消しての描写
等。
それ以外も目を見張るシーンは、沢山あり、計算つくされた画面作りが凄いと感じさせる映画でした。