ふりかえれば、フランス。

かつて住んでいたフランス。日本とは似ても似つかぬ国ですが、この国を鏡に日本を見ると、あら不思議、いろいろと見えてきます。

21世紀はアジアの時代・・・時代が元に戻っただけ。

2010-09-07 19:01:07 | 社会
中島みゆきは『時代』で「まわるまわるよ 時代はまわる 喜び悲しみくり返し」と歌い、ジャック・アタリ(Jacques Attali)は『21世紀の歴史―未来の人類から見た世界』(Une brève histoire de l'avenir)で世界の中心は西ヨーロッパから西周りに動いている。ヨーロッパの数都市を経て、大西洋を渡りニューヨークへ、続いてカリフォルニアへ。そして太平洋を渡って日本へと、1980年代にはみんなが思っていたが、日本にその気がなく、いまだカリフォルニアで止まっているが、今後、中国、インド、オーストラリアへ移行する可能性がある、と語っています。いずれにせよ、21世紀は、アジアの時代。半ば既定事実になっていますね。

しかし、世界の中心がアジアへ移動することは何も驚くべきことではなく、時代が単に元に戻るだけなのだと、4日のル・モンド(電子版)が伝えています。

新聞社は経済部門をアジアに移転せざるを得なくなるかもしれない。そのことによって、記者たちは経済発展の中心に直接立つことができる。アジア・・・今日、すべてのことがそこで起き、経済成長がそこで生まれ、ドイツの輸出量はそこで決まり、パリの上場企業(CAC 40)の利益はそこで生み出され、アメリカの貿易赤字と財政不均衡はそこで生じている。

アジア・・・西欧にとっては、つねに経済的脅威と妄想の対象となっている。例えば、日本。円高と株安、巨額な財政赤字と金利の異常な低さ、低い成長率と低い失業率、最先端の科学技術と慢性的デフレ・・・理解しがたい神秘的な状況にあるようです。

そして、中国。その成長ぶりは、と言ってもごく最近のことだが、あまりに力強く、一つの記事では現状を紹介しきれないほどだ。世界1位の輸出国、世界2位の経済力、最大の自動車市場、最大の外貨保有国、石炭・鉄鋼・アルミニウム・セメント・肥料の最大の産出・生産国、最も高い貯蓄率・・・きりがありませんね。

購買力平価を基に豊かさを測れば、今や日本と中国の合計(Japachine)は、アメリカとEUの合計に並び、日中にインドを加えれば(Japinchine)世界最大の富になる・・・文明の優位性はもちろん、経済モデルに関してもゆるぎない自信を持っていた欧米に対し、それが単なる自惚れでしかなかったことを気付かせる一大衝撃だ!

クロード・メイエール(Claude Meyer)はその著“Chine ou Japon, quel leader pour l'Asie ?”(中国か日本か、アジアのリーダーになるのは?)で、19世紀はヨーロッパの世紀だった。20世紀は、アメリカの世紀。そして21世紀はアジアの世紀になる、と述べているそうです。

しかし、歴史をもう少し長いスパンで、しかも世界中を対象に考察すれば、アジアがようやく勃興したのではなく、アジアが2世紀の眠りから覚め、再び世界の中心に戻ってきたに過ぎないことが分かるそうです。そのことを紹介しているのが、イギリスの経済学者、アンガス・マディソン(Angus Maddison)がOECD勤務時代に著した“Chinese Economic Performance in the Long Run, 960 - 2030”。欧米の人々は歯ぎしりし、アジア、特に中国の読者からは熱狂的支持を受けました。その内容とは・・・

世界各地の経済的指標を長いスパンで丹念に調べていけば、19・20世紀を除いて、つねにアジアが世界経済の中心だったことが分かる。そして、最大の経済大国は中国だった。西暦1000年、世界のGDP合計の70%をアジアが占めており、1500年には65%、1820年でも59%を占めていた。しかし、この後、産業革命に乗り損ね、その上、自国の殻に閉じこもったアジアは転落の一途をたどる。世界のGDPに占める中国の割合は、1820年に29%、1880年に14%、そして1950年には5%以下になってしまった。中国は、1950年、国民一人当たりのGDPが1500年のそれを下回った唯一の国だった。

しかし、第二次大戦後、アジアはゆっくりとだが再出発をする。はじめは日本にけん引され、ここ30年は中国も加わり、成長のスピードを一気に加速させている、200年にわたるダイエットの後で、成長への飢餓感を一気に満たそうとするかのように。

マディソンの著作の読後感をル・モンドがロマンティックに表現しています・・・まるで、夏の夜、満天の星空を眺めるときの感覚に似ている。時空の限りない広がりを前に感じる、めくるめく陶酔。ここで、『ミスター・ロンリ―』が流れてくれば、まるで「ジェット・ストリーム」。城達也さんのナレーションが聞こえてきそうです(機長は、今では大沢たかおさんなんですね)。

多くの専門家が、どの国の四半期のGDPがどうとか、来年の経済成長率がどうとかいっているが、マディソンは、西暦1年から全世界の経済成長を調べてきた。しかも、経済指標だけでなく、経済成長が人々の幸福にどう影響しているかを理解するカギももたらしている。ほぼ1800年にもわたって地球規模での経済は停滞していたが、ここ200年、人類は突然物質的豊かさを享受できるようになり、子供たちは親たちの時代よりも豊かな生活が送れるようになった。ニューキャスルでの貧しい子供時代、子供に教育を続けさせるために多大な犠牲を払った両親を見て育ったマディソンの実体験にも裏打ちされているそうです。

しかし、物質的豊かさが人類をどう幸福にするのか・・・新たな疑問も出てきていますが、それに答えることなく、アンガス・マディソンは、今年4月24日、パリ西郊、ヌイイのアメリカン・ホスピタルで、ひっそりと息を引き取ったそうです。

ということで、21世紀がアジアの世紀になるのは、何も驚くべきことではなく、通常の状態に戻っただけなんですね。しかも、世界一の経済大国は中国。そうした状況で、日本はどう生きていくべきなのでしょうか。アメリカ追随の後は、時代の針を昔に戻して、中国への朝貢外交に活路を見出すべきか。長い物には巻かれよ、の生き方には、ぴったりですね。それとも、新たな生き方を模索すべきなのか。その新たな生き方とは・・・わたしたちは、今、第二の開国を生きているのかもしれないですね。
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フランス人の財布の中身・・・購買力低下。

2010-09-06 19:32:49 | 社会
フランス人の収入・・・いろいろなデータがあると思いますが、8月24日のル・モンド(電子版)が紹介しているのは、1か月の世帯当たり可処分所得。国立消費研究所(l’Institut national de la consommation)が発行している“60 millions de consommateurs”(6,000万人の消費者)という雑誌によると、今年6月の世帯当たり可処分所得の平均は、3,228ユーロ。約35万円ですね。

因みに日本の世帯当たり可処分所得は、直近のデータが見つからないので、ちょっと古いデータになりますが、平成13年でおよそ43万円前後。1980年代以降、ほとんど変化がないということですので(この分野でも、失われた20年)、現在でもほぼ同じ数字なのではないかと思います。

日本のほうが、フランスの家庭より可処分所得が多い、と思ってしまいがちですが、あくまで世帯当たりの数字ですから、単身世帯が多ければ世帯数が多くなり、世帯当たりの可処分所得は少なくなりますね。独立心の強いフランスとパラサイトの増えている日本。世帯当たりの数字では、簡単に比較できないですね。

さて、ル・モンドが伝えているのは、フランスの世帯当たり可処分所得が減少した、ということです。世帯当たりの収入は、1年前と比べて1カ月当たり32ユーロ(約3,500円)増えたそうですが、インフレ分が47ユーロに相当するため、可処分所得は差し引き15ユーロ(約1,600円)のマイナス。「もっと働き、もっと稼ごう」(Travailler plus pour gagner plus)というサルコジ大統領の選挙スローガンは、どこへ行ってしまったのでしょうか。年金受給開始年齢が引き上げられそうですし、週35時間労働も見直され、「もっと働き」は実現されそうですが、「もっと稼ごう」が消えてしまった。この秋、大規模なデモやストが見られるかもしれないですね。それを見越して、国民の関心を外へ向けようと、ロマなどの国外追放をやっているのでしょうか・・・国内問題で行き詰まると、国民の関心を国外へ向けて切り抜けようとするのは、為政者の常ですからね。

フランスは日本と異なりインフレなんだそうですが、もちろん、商品により、消費者物価が上がったものも、下がったものもあります。値上がりのひどかったのは、ガソリン(対前年比12%増)、自動車の補修・修理(3%増)、野菜フルーツ(14%増)。逆に値下がりしたのは、薬(対前年比7%減)、クルマ(2%減)、テレビ(11%減)、IT関連商品(7%減)、牛乳・チーズ・卵(2%減)。

クルマやテレビ、コンピューターの値段が下がったと言っても、しょっちゅう買い換えるものではないですし。それよりも日常の生鮮食品やガソリンの値上げの影響のほうが大きい。台所を直撃しているでしょうね。やはり、デモとストの嵐、でしょうか・・・

一方の我らが日本、世帯当たりの年収では、少なくとも平成11年・12年は600万円を超えていましたが、減少傾向に歯止めがかからず、13年には600万円を切り、平成20年の世帯当たり平均年収は、547万円。8年間で50万円も減少し、デフレ傾向があるとはいえ、「大変苦しい」と「やや苦しい」をあわせると58%。可処分所得が減少しているという人が増えているのではないでしょうか。その反映が、年金の不正受給、家族の離散、路上生活・・・漂流する「日本の家族」はどこへ行くのでしょうか、声も上げずに・・・
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背後には、いつも、「マネー」あり。

2010-09-05 19:30:21 | 政治
リビアの最高指導者、カダフィ大佐がイタリアを訪問。その言動が、物議を醸しています。8月30日のル・モンド(電子版)を参考にご紹介します。

まず、滞在しているのが、ローマにある駐伊リビア大使館の庭に設置したベドウィン風のテント。ベドウィンの誇りなのかどうか、どこに行っても、滞在するのはこのテントですね。また、市内を散歩した際には、300ユーロのいかにも安っぽい指輪を納入したとか。でも、32,000円。国家を代表する人の買う装飾品としては、あまりに安っぽいということなのでしょうね。

そして、最も耳目を集めているのが、夜のレッスン。モデル事務所に集めてもらった若く、きれいで、口の堅い女性500人・・・といっても、変なレッスンではなくて、イスラムの教えについてのレッスンです、誤解なきように。そのレッスンで語った内容とは・・・ヨーロッパはイスラムに改宗すべきだ! イスラムが全ヨーロッパの宗教になるべきだ!

口の堅い女性を集めたはずですが、さっそく内容がメディアを通して流れてしまっています。参加した女性たちには、一人80ユーロ支給されたそうですが、8,000円ちょっとじゃ、言われた通りに黙ってなんかいられないわ、ということなのでしょうか。それに、なにしろ、口の堅いイタリア人というものが存在するのかどうか・・・

カダフィ大佐がイタリアを訪問したのは、2008年8月30日に締結された「友好条約」の2周年を祝うため。この「友好条約」は、第二次大戦前のイタリアによるリビアの植民地支配を清算するためのもので、イタリアから50億ドルの投資が予定されています。その計画の中には、リビアの海岸線沿い1,700㎞に亘って敷設される自動車道建設も含まれています。一方のリビアも、イタリアから兵器を購入したり、金融機関へ投資し、その存在感を高めています。

そして、もちろん、今回のイタリア訪問中にも、いろいろなビジネス上の契約をまとめたいそうです。何しろ、相手は、ベルルスコーニ首相。メディア・グループの総帥であり、ACミランのオーナー。政治家なのか、ビジネスマンなのか。しかも、若い女性とのアバンチュールは枚挙に遑がない。両者、気が合うのか、非常に「友好」的な関係を築いているそうです。

ベルルスコーニ首相は800人のゲストを集めての歓迎夕食会を開くそうですし、その前には、カダフィ大佐が純血のベルベル種30頭とその騎手を特別にリビアから呼び寄せ、ローマ市内でパレードを行うそうです。また、写真展のテープカットにもそろって出席するとか。どこかで、個人的にも、ウィン・ウィンの関係ができているのではと、思えてしまいますね。

しかし、キリスト教関係者や人権団体は、冒頭にご紹介したカダフィ大佐の発言に、カンカン。ヨーロッパのイスラム化という危険な意図は見逃せない。絨毯売りの意見には注意しなくてはいけない。

この時とばかり、カダフィ体制への非難も噴出。リビアに送還された不法移民たちがどうなったのか、心配だ。リビアでは重大な人権侵害が行われていることを、会談の席でベルルスコーニ大統領から喚起してほしい。リビアにおいて信仰の自由が保障されるべきだ。

いろいろな意見が出ているようですが、カダフィ大佐の発言の意図を次のように解釈している人もいます。カダフィ大佐が言いたかったのは、西洋には威厳、品位というものがなく、ヨーロッパが信じているのはお金だけだ・・・

金融万能主義。儲かりさえすれば、手段は選ばない。金銭的に成功したものが、人生の勝者。カダフィ発言、意図が上記のようなら、確かに、一理ありますね。自由主義経済体制の国々に住む人たちの間でも、今のままでいいのか、と思っている人も多いのではないでしょうか。それとも、人生の敗者だけがそう思っているのだ、無視すればいい、ということなのでしょうか。人生の意義、人生の価値・・・みなさんはどう考えますか。
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サルコジ号令す、退くな!

2010-09-04 18:02:18 | 政治
フランスでは政界にもヴァカンスがあります。それも1カ月! とは言うものの、世界でさまざまな事件が起き、状況は刻々と変わるわけで、まったく政治がストップしてしまうわけではなく、政治家・閣僚もそれぞれに連絡を取り合ったり、必要な場合はテレビカメラの前でしゃべったりはしていますが、基本的には夏休み。

一方、日本の首相は1週間も夏休みを取っていませんが、それでもこの円高株安のときに何をやっていると、非難されていましたね。まあ~、国民も、1週間程度の夏休みですから。休暇よりも働くのが好きな国民性なのか、休みを取るとそれだけ人より遅れそうで休むに休めない心配性のなせる業か・・・

そういえば、次のような、記事がありました。
「ロイターと調査会社イプソスが有給休暇を使い切る労働者の割合を国別で調査した結果、フランスが89%でトップ、日本が33%で最下位であることが分かった。
 調査は24カ国の約1万2500人を対象に実施。フランスに続き、アルゼンチンが80%、ハンガリーが78%、英国が77%と高かった一方、日本のほか、南アフリカとオーストラリアが47%、韓国が53%と低かった。
 イプソスのジョン・ライト上級副社長によると、所得の高低に関わらず世界の労働者の約3分の2が有給休暇を使い切っている。また、年齢別では50歳以下の若い人の方が有給を使い切る人が多く、『経営幹部クラスでは60%が使い切っていなかった』という。
 同氏は『有給を使い切らない理由はさまざまだろうが、仕事に対する義務感の強さが主な理由だろう』と話している。」 (8月9日:ロイター)

少ない休暇日数を使いきらない、あるいは使いきれない日本人。一方、多い休暇日数を完璧に使い切るフランス人。好対照ですね。

さて、さて、その長いヴァカンスが明けて、最初の閣議が8月25日に行われました。そこで、サルコジ大統領が語ったこととは・・・同日のフィガロ紙(電子版)が伝えています。

「冷静に、しかし毅然と」、「職務に集中を」・・・治安維持のために非定住者の不法キャンプを撤去し、ロマや不法滞在の外国人を祖国へと送還したことに対し、フランス国内はもちろん、国連、ヴァチカンなどからも強烈な非難を浴びたのが、ちょうど1か月のヴァカンス期間。そのヴァカンスが明けて、サルコジ大統領が閣僚たちに語ったキーワード、それが上記の2点だそうです。

これからも、いろいろ批判はあるだろうが、国民の不安を解消するためにも、今まで以上に対話をしっかりとやろう。いつもながらの批判のための批判には決して屈してはいけない。「余の辞書に退却の文字はない」と言ったかどうかは分かりませんが、いずれにせよ、サルコ・ナポレオン曰くは、退くな、戦え!

サルコジ大統領は、閣議の席で、ロマをはじめとする移民や不法滞在外国人への強硬な姿勢を貫いているオルトフー内相(Brice Hortefeux)を称賛したそうです。そして、ほかの閣僚も、彼の行動を見習うように!

また、サルコジ政治の特徴は、バランスのとれた政治(une politique équilibrée)だそうで、今後も様々な政策を過不足なく実施に移すよう、閣僚に指示したそうです。今後予定している政策とは・・・退職制度の改革、経済成長、雇用の安定増大、財政赤字の削減、政教分離、治安、地方自治体改革など。

こうした政策と言うか、課題、日本にもそのままあてはまりそうですね。いろいろな点で好対照をなす日本とフランスが、同じ政治的課題を抱えている・・・国際化の時代、政治の担うべき課題は、国境を越えて同じようになっているのかもしれないですね。違いは、どのように取り組み、どのように解決していくかということなのでしょうね。そこに政治力の差が顕著に現れるのでしょうし、政治的成熟度もはっきりしてくるのでしょう。わたしたちの「政治」は、どこへ向かうのでしょうか。国民は、自らにふさわしい政治しか持てない、とも言います。政治は、私たちを映し出す鏡、でもあります。しっかり自分なりの意見を持ち、その上で政治家一人一人をしっかり判断していきたいものですね。言うは易く、行うは難しかもしれないですが・・・
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姦通、不義密通、不倫、火遊び、出来心。

2010-09-03 20:05:46 | 社会
フランスとイランが、女性への刑罰をめぐって非難の応酬! 8月31日のル・モンド(電子版)が伝えています。

事の発端は、二児の母親であるイラン人女性(Sakineh Mohammadi Ashtiani)が二人の男との姦通罪および夫殺しの共犯という罪状で訴えられ、99回の鞭打ちの後、石打ちの刑による死刑を宣告されました。すでに鞭打ちの刑は執行されたそうですが、石打ちの刑による死刑執行を前に、人権団体を中心に国際世論が非難の大合唱。刑の執行は一時延期されていますが、最終的には執行されるのでは、と言われています。

「人権宣言」の国、フランスは言うまでもなく抗議の声をあげていますが、その一人がサルコジ大統領夫人、カーラ・ブルーニ=サルコジ(Carla Bruni-Sarkozy)さん。彼女は渦中の女性へ公開書簡を送り、石打ちの刑はとても受け入れられるものではないと判決を非難するとともに、フランスはあなたを見捨てないと励ましました。

これに対し、イラン側が強硬に反発。編集長が最高指導者によって指名されるという保守系新聞「ケイハン」(Kayhan)が、カーラさんを繰り返して非難しています。先週土曜日には、「フランスの売春婦たちが、人権問題に介入」(Les prostituées françaises se mêlent à la polémique sur les droits de l’homme.)という見出しの記事で、カーラさんを売春婦と侮辱。今週火曜日には、さらに「サルコジ大統領の先妻(Cécilia)との離婚に彼女は関連しており、その生き方からして彼女こそ死に値する」と痛烈に非難。

フランスとのこれ以上の関係悪化を危惧してか、イラン外務省の報道官(Ramin Mehmanparast)は、政治の世界では、他国の指導者の言動を批判したり、異議を申し立てることは許されるが、侮辱したり、不適切な言葉を使用することはふさわしくない、イランもそうしたことを容認するものではない、と述べ、ケイハン紙の論調を和らげようとしています。

一方、フランス側は、同じく外務省報道官(Bernard Valero)が、ケイハン紙上やネット上で繰り返される、カーラ・ブルーニ=サルコジを含むフランス人に対する侮辱はとても受け入れられるものではないという抗議を、通常の外交ルートを通してイラン側に伝えると表明。

核開発をめぐっても、いろいろと問題を抱えているイランと欧米。今回の石打ち刑の問題、どう決着がつくのでしょうか。

ところで、不倫相手に夫殺しを依頼する・・・国は違えど、人間、同じようなことをするものですね。そして、イラン側が「死に値する」としたカーラ・ブルーニ=サルコジさんの生き方、あるいは生活態度とは・・・

イタリアの貴族の家系にして資産家の家(テデスキ家)に生まれたカーラは、誘拐が頻発する祖国を離れ、一家でパリへ移住。5歳の時からパリで育っています。何不自由のない家庭環境に育ちましたが、心のどこかに不安が影を落としていました。それは、父親の愛情。他の姉妹への愛情と違うような気がしていたようです。しかし、それは仕方がないことでした。書類上の父はテデスキ家の当主ですが、生物学上の父はブラジル人実業家(Maurizio Remmert)。母が不倫相手との間に作った女の子がカーラ・ブルーニだったわけです。

成長したカーラは、そのルックス、スタイルの良さから、モデルに。やがて、歌手・作曲家へ。スポットの当たる華やかな人生を歩んできました。その間には、さまざまなアバンチュールも。お相手は、エリック・クラプトン、ミック・ジャガー、ケビン・コスナー、ドナルド・トランプと、これまた錚々たる男性陣。しかも、文学編集者(Raphaël Enthoven)とは不倫、そしていわゆる略奪婚。一児をもうけるも、離婚。つねにマスコミを騒がせる存在でした。

こう見てくると、今までも女性の地位向上や待遇改善に関する発言を行ってきているとはいえ、カーラ・ブルーニ=サルコジが今回の件に特に深くコミットする理由も何となく分かってきますね。姦通罪が死に値することを認めることは、不倫関係で生まれたカーラ自身の存在を否定してしまうことになる・・・

人間、いろいろな「重き荷」を抱えて生きているものです。その「荷」の種類は国により、民族により異なる。しかし、重いことには変わりはない。どうしたら軽くできるものでしょうか。

そして、国により、民族により異なる、といえば、価値観。自分の価値観で、世界中の出来事すべてを判断してしまってよいものでしょうか。価値観には、進んでいる、遅れているという差があるのでしょうか。そうではなく、異なっているだけなのではないでしょうか。確かに、石打ちの刑は、残酷です。しかし、絞首刑、銃殺、薬物注射・・・方法は違えど、死刑制度はまだまだ多くの国に存在しています。また、同じ行為が姦通罪で死刑になる国もあれば、文学のテーマになる国もあり、不倫、火遊び、出来心として寛大に対処される国もある。国によりいろいろ異なる価値観がありますが、他国に迷惑をかけない限り、それぞれ、最終的には、その国の国民が維持する、あるいは変更するという決定をすべきなのではないでしょうか。意見を言うのは自由ですが、その国の歴史・風土の中で生まれてきた価値観を、外から武力や政治力・経済力を使って無理やり変えさせることはすべきではないと思うのですが・・・
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赤毛のダニー、サルコジを語る。

2010-09-02 20:37:09 | 政治
ダニエル・コーン=ベンディット(Daniel Cohn-Bendit)、人呼んで「赤毛のダニー」。懐かしい名前ですよね。42年前。そう、1968年の五月革命のリーダーの一人でした。今でも、政治の舞台で活躍しています。欧州緑の党・欧州自由同盟の共同議長で、欧州議会議員。選挙区は、パリ周辺のイル・ド・フランス地方。

ということで、一瞬、フランス人かと思ってしまいますが、ご存知のように、実はドイツ人。父はユダヤ系ドイツ人、母はユダヤ系フランス人。ドイツで暮らしていましたが、1933年、ナチスの迫害を恐れ、フランスへ。ダニエルは、1945年、ピレネーに近いモントバーン(Montauban)の町で生まれました。戦中・戦後の混乱もあり、ダニエルは14歳まで無国籍。その後、ドイツ国籍を取得していますが、当時、フランスには徴兵制があったため、ドイツ国籍を選んだとか。根っからの反戦家・・・

先にドイツに戻り、弁護士として祖国の再建に貢献していた父のもとへ。しかし、パリ・西郊にあるナンテ―ル大学に入学するため、再びフランスへ(ナンテ―ル大学、サルコジ大統領の母校でもあります)。1966年にストラスブール大学で大学の民主化を求める学生運動が起き、その運動はパリへも飛び火。ベトナム反戦運動も影響し、1968年には学生の自治や大学の民主化を求める運動がソルボンヌを中心に勃発。その運動の中心にいた一人が、ダニエル・コーン=ベンディットだったわけですね。

大学の自治の確立や教授の権威の縮小、学生の主体性の承認などを勝ち取ったこの五月革命は、世界の学生たちに大きな影響を与え、ドイツ、イタリアでの学生運動、そして日本の全共闘にも影響を与えたと言われています。

ダニエルの政治との関わりは、無政府主義から始まり、その後、“communisime libertaire”(自由共産主義)など非共産主義的左翼の活動へ。五月革命の最中、ドイツ国籍のため、国外追放となり、10年間の入国禁止処分が科される。従って、その後の活躍の主な舞台は、ドイツに。1984年には、緑の党に入党。86年には革命を正式に断念する著作(“Nous l'avons tant aimée, la Révolution”)を公表。89年にはフランクフルト市の副市長に。1994年には、欧州議会選挙にドイツ緑の党から立候補し見事当選。99年には、フランス緑の党から、2004年には再びドイツから、そして09年にはフランスから立候補し当選。

独仏間の戦争を二度と起こさず、欧州を一つのまとまった一大勢力に、と創設された欧州石炭鉄鋼共同体、そしてそこから始まったEUの歴史。その流れを象徴している人物の一人がダニエル・コーン=ベンディットだと言えるのではないでしょうか。なにしろ、ドイツ・フランスの歴史・価値観を背負い、それぞれの国から欧州議員として選ばれているのですから。

さて、前置きがとても長くなってしまいましたが、そのダニエル・コーン=ベンディットの目に、大学(ナンテ―ル大学、今日のパリ第十大学)の後輩でもあるサルコジ大統領はどう映っているのでしょうか。8月16日のル・モンド(電子版)が伝えています。

治安維持をお題目に、ロマなどの少数民族や不法滞在の外国人を国外追放しているが、これはサルコジ大統領の政治的無力さを隠すためのものだ! この政策にも見られるように、愚かさと憎悪の念こそ、サルコジ政治の中心にあるものではないか。まるでフランス人を馬鹿扱いしているように見える。治安、移民、ロマ、麻薬・・・その時その時の話題のテーマに強硬手段で国民の喝采を浴びようとしているだけだ。その過激な言動に、国民は一瞬、目くらましにあった感じがしてしまうが、その人気とりに惑わされず、しっかりと批判すべきは批判すべきだ。

確かに、世論調査などによると、スケープ・ゴートである移民や非定住者に対する拒否、非難、追放は多くの国民の支持を得ているように見えるが、その実態を明確にするためにも、しっかりとした議論が必要だ。欧州緑の党は、オルトフー内相と対決できるだけの意見・提案を持ち合わせている。また、ロマの人々をルーマニアやブルガリアへ送還することは人道上許されることなのかどうか、人道活動に長年携わってきたクシュネール外相とも討論をしてみたい。

ユダヤ系、移民の家系、若くして政治活動に携わる、何かと目立つ存在、しかも同じ大学に学んだ青春時代・・・共通項は多いのですが、ニコラ・サルコジとダニエル・コーン=ベンディット、目指すべき道は異なっているようです。

最後に蛇足を一つ。ダニエル・コーン=ベンディットの政治経歴、日本では、「変節」の誹りを受けかねないかもしれないですね。日本では、一つの主義主張に人生を賭けなければならない。途中で日和ったり、転向してはいけない。筋を通すべし! でも、人間、いろいろ考えながら長い人生を歩んでいるわけで、考えの変わることもある。変わった理由が説明できれば、変わってもいいのではないでしょうか。人生を自ら窮屈に撓めてしまっては、残念! よく言いますよね、無限の可能性がある。それは、何も若者だけに限ったことではないのではないでしょうか。人間、常に青雲の志。しかも、その雲は、時として形を変えたり、色を変えたり・・・それで、人生。人生十色、人生いろいろ。それでこそ、人生もより楽しくなるのではないでしょうか。人生、七転び八起き。敗者復活戦もあれば、リセットもある。そんな社会のほうが、人生、楽しいように思えますが・・・
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教育事情。あの国、この国。

2010-09-01 20:02:52 | 社会
時は国際大競争の時代。持てる資源をいかに活用し、競争をいかに勝ち抜いていくか・・・その資源の一つが、人材。その人材を育てる基礎は、言うまでもなく学校教育ですね。今では、各国共通のテストを行い、国別の順位までつけていますから、次代を担う子供たちの教育には、いっそう力を入れざるを得ませんね。

こうした背景があるからでしょうか、文部大臣ともなると他国の教育事情が気になるようで、フランスのシャテル文相(Luc Chatel)も26日からデンマークへ視察の旅へ。ル・モンド(電子版)が紹介しています。

8月26日はまだ夏休みで、視察なんて名目だけ。実際は単なる旅行じゃないか、とご心配の向きもあるかもしれませんが、ご心配なく。寒さの厳しいデンマークでは冬休みが長いからでしょうか、新学期は8月初めに始まるそうで、今年は11日からすでに授業が再開されています。デンマークの夏休みは、ドイツ、リヒテンシュタイン、オランダと並んで6週間と短い。一方のフランスは9週間で、新学期は9月2日にならないと始まりません。しかし、ヨーロッパでは9週間が平均的なんだそうです・・・日本は、地域による差はありますが、基本は6週間。エマニュエル・トッド(Emmanuel Todd)の分類する「直系家族」社会(“la famille souche”)に同じく属している日本とドイツ、夏休みの長さでも同じなんですね。

夏休み以外にも、フランスとデンマークの教育事情には、さまざまな違いがあるそうです。地理的にはそれほど遠くないのですが、所変わればで、かなり異なっているようです・・・まず、年間の授業日数ですが、フランスでは小学校が144日、中学校で178日なのに対し、デンマークではおよそ200日だそうです。OECDのデータでも、フランスは36週(実質的には35週)なのに対し、デンマークは42週。

しかも、週ごとの授業日数も異なっていて、デンマークでは5日登校しますが、フランスでは2008年から土曜日の授業が廃止されたので月・火・木・金の4日だけ。1日の授業時間も異なっており、デンマークでは、小学校では12時か12時30分、中学校でも14時か15時には終了してしまうとか・・・フランスでは夕方、多くの親や関係者が小学校の建物入口まで子供を迎えに来ています。確か16時30分までしっかり授業があったと思います。

またデンマークでは6歳から16歳までの義務教育が一貫教育になっているが、フランスでは小学校(l'école primaire)と中学校(le collège)で分断されている・・・一貫教育のほうが、カリキュラムの組み方など、やりやすいのでしょうか。日本でも、小中とか、中高の一貫教育が増えてきていますよね。

裁量権についても、大きな違いがあるそうです。デンマークでは、国は大きな教育目標などを策定するだけで、細部は各学校に任せている。例えば、総時間数の中で、教科ごとにどのように時間配分するかといったことも、各学校が自ら決めることができる。もちろん、最低限必要な時間数は、国が決めるそうですが・・・フランスでは、1968年の五月革命で学生たちが大学の自治の拡大を要求し、勝ち取りましたが、義務教育に関しては今でも中央政府が決定権を持ち、各学校にはあまり裁量権を与えていないのかもしれないですね。

教師と生徒の関係にも違いがあります。デンマークでは、生徒は教師をファースト・ネームで呼ぶ。また、短い夏休みなのに、教師の休みはさらに短い・・・新学期の授業の準備とか、やることはいくらでもあるのでしょうね。一方、教師も労働者とみなすせいでしょうか、フランスの教師たちは、子供たちと同じく長いヴァカンスをしっかり楽しんでいます。

教育にかける予算も異なる。GDPに占める教育費の割合が、デンマークは7.5%に達し、OECD加盟国中3位だそうです。1位はイスラエル、2位がアイスランド、4位は韓国。一方のフランスは、6%。教育にかける熱意の差が出ているのでしょうか。因みに日本は2005年の資料で、わずか4.9%。OECD加盟国中下から7番目。しかも私費負担部分が大きく、公的支出は対GDP比3.4%で、最下位。わたしたちの税金は、どこへ行ってしまったのでしょうか。飛行機の飛ばない日もある飛行場、巨大な釣り堀と化した輸出港、目的のはっきりしないダム、通行するクルマもまばらな自動車道・・・もっと教育に投資を! もっと人材に投資を!

ここまで見てくると、デンマークの教育事情には何も問題がないように思われてしまいますが、世の中、そう甘くはない。各国共通のテストが行われ始めている。例えば、PISA(各国の15歳を対象とした生徒の学習到達度調査。読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーが主要分野)。2000年調査分では、デンマークは参加31カ国中16位。がっかりの結果だったそうです。しかも、2003年、2006年の調査でも、大きな改善は見られなかった・・・この調査で特にいい結果を残しているのは、フィンランド。シャテル文相も、もしまだ視察に行ってないなら、フィンランドへ行くべきですね。

今回の視察目的は、あくまで他国の現状を知ることであって、フランスの教育モデルを探しに行くことではないと、シャテル文相は、あらかじめ繰り返し言っていたそうです。しかも、フランスの学校の年間スケジュールは3年さかのぼって決定されているため、デンマークから帰って急に変更というわけにはいかないそうです。しかし、フランスも教育改革に少しずつは取り組んでいて、9月の新年度から124の中学・高校で、午前中は教室での授業、午後はスポーツというカリキュラムを行って、その是非を判断することになっているそうです。

地下資源に決して恵まれているわけではない、日本。人材こそ、明日への活力。日本が人材の宝庫になるよう、教育には「知恵」と「お金」、惜しんではいけないのではないでしょうか。充実した教育、その結果としての科学立国。日本の目指す道ではないかと思っているのですが・・・
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