平和エッセイ

スピリチュアルな視点から平和について考える

原爆が戦争を終わらせたのか(10)

2007年07月24日 | 原爆が戦争を終わらせたのか
【広島・長崎の犠牲は人類を救った】

アメリカは国体護持の約束、昭和天皇の身柄保証を最後まで行ないませんでしたが、日本の降伏後、結局、この両方を認めざるをえませんでした。天皇という安定化の中心がなければ、日本には共産主義が浸透し、各地で革命暴動が起こったことでしょう。そして、日本がソ連の勢力下に入ることを阻止するために、アメリカは膨大な軍隊を追加派遣しなければならなかったことでしょう。

結局、終戦後、トルーマンは天皇問題についてグルーらの知日派の主張通りにせざるをえなかったのです。それならば、なぜグルーの建言を入れて、天皇制の承認と引き替えに早期に日本の降伏をかちとらなかったのか、ということになります。それはすでに沖縄戦以前に可能だった、という説まであります。沖縄では多くの日本人が悲惨な死を迎えましたが、米軍にも甚大な被害が出ました。天皇制を認めることにより、沖縄戦を回避していたら、米軍は多くの米兵の命を救うことができたはずです。原爆で数十万人の民間人を虐殺しても救わなければならないほど、一人の米兵の命が大切だというのであれば、なぜ沖縄戦を始める前に、日本と有条件降伏の交渉をしなかったのでしょう。

トルーマンは、日本の文化と国民性への無知のために間違ったのです。彼の誤り(その背後にあったのは無条件降伏を求めるアメリカの世論ですが)のために、広島・長崎に原爆が投下されました。その間違った政策決定を、「しょうがなかった」というあきらめや、「原爆のおかげで100万人の米兵の命が救われた」という偽りの神話でごまかすことは、歴史を直視しないことであり、また同じ過ちを繰り返すことにつながります。事実、その誤りは現在イラクでも繰り返されているのではないでしょうか? 相手の文化と国民性への理解と尊敬を欠いた、自分たちのやり方だけを正しいとする独善が、アメリカを泥沼に引きずり込み、イラクの国民に恐ろしい苦難をもたらしているのです。

多くのアメリカ国民は、今でも日本に対して行なった民間人の大量殺戮という戦争犯罪を直視しようとしません。そのために、広島・長崎への原爆投下を正当化することにつとめるだけではなく、原爆という兵器そのものを、核抑止力として正当化しています。

しかし、広島・長崎の大量殺戮についての、放射能の恐ろしさについての情報が漏れ伝わってきたとき、トルーマンは罪の意識を感じ、深く動揺したのです。それは一方においては、自分の原爆投下決定の事後的正当化の試みとなり、彼は徐々に「原爆100万人米兵救済神話」をつくり出していきます。他方、彼はこの悪魔の兵器の実戦使用に躊躇を感じはじめます。

朝鮮戦争のとき、劣勢に陥ったマッカーサーは、朝鮮と中国に原爆を投下して戦争を早期に勝利することを主張しましたが、トルーマンはマッカーサーを解任しました。この決定はトルーマンの人気を下げ、彼は次の大統領選挙に出馬することを断念せざるをえませんでした。

トルーマンがアメリカの世論に逆らってまで原爆の使用を断念したのは、明らかに広島・長崎の記憶のためです。広島・長崎の犠牲者の悲惨な姿が、彼に朝鮮戦争のときに原爆使用を思いとどめさせたのです。言い換えれば、朝鮮の人々、中国の人々は、広島・長崎の犠牲者によって救われたのです。

その後の東西冷戦の最中にも、核保有国の首脳は、何度か核ミサイルの発射ボタンに手をかけたことがあります。核を使うことを最後のところで躊躇させたのは、やはり広島・長崎をもっと大規模な形で繰り返すことへの恐怖でした。人類が核による破滅をまぬがれたのは、広島・長崎の犠牲者のおかげだと言っても過言ではありません。私たちは、8月6日、9日には、原爆犠牲者の冥福を祈るばかりではなく、彼らの尊い犠牲に感謝しつつ、心から世界平和を祈らなければなりません。

たいへん長くなりましたが、このテーマはこれで終えたいと思います。

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