ハリソン君の素晴らしいブログZ

新旧の刑事ドラマを中心に素晴らしい作品をご紹介する、実に素晴らしいブログです。

『すみれの花咲く頃』

2018-10-15 00:00:17 | 多部未華子









 
2007年1月にNHKで放映されたスペシャルドラマですが、これも劇場公開に値する作品かと思います。

福島県の過疎町で、スーパー勤めの母(秋野暢子)と寝たきりの祖父(笑福亭松之助)と3人で暮らす、女子高生の君子(多部未華子)。

放課後、忙しい母に代わって祖父の介護をしなくちゃいけないのに、君子はこっそりバレエ教室に通ってる。実は君子には、宝塚歌劇団に入団するという密かな夢があるのでした。

それがバレてクラスメート達にからかわれ、母には猛反対されるんだけど、君子は強い意志をもって夢を追い続けます。

やがて、バカにしてた筈のクラスメートに励まされ、根負けした母の許しも得て、いよいよ入団テストを受けるべく、君子は長距離バスに乗り込むのですが……

こうして粗筋だけ書くと、ありがちなサクセスストーリー、あるいは青春スポ根ドラマ的な、つまり明るく前向きな内容を想像されるかも知れません。

ところがどっこい、冒頭のバレエ教室におけるレッスン場面から、妙に重苦しい空気が充満してるんですよね。夢見る乙女である筈のヒロイン=君子も、あまり楽しそうに見えません。

レッスンが終わるや猛ダッシュで帰宅し、母が戻る前に祖父の食事を終わらせようと必死な彼女の姿は、むしろ痛々しさを感じさせます。

君子だけじゃなくて、お母さんも朝から晩まで労働の毎日で疲労困憊だし、クラスメートの祐介(濱田 岳)も、事故で母を亡くしてから無気力になった父(宇梶剛士)と暮らす日々にウンザリしてる。

で、ようやく念願叶ってバスに乗り込んだ君子なのに、数十メートル進んだ所で下車しちゃうんですよね。見送りに来てた祐介が慌てて「どうしたんだよ、早く乗れよ!」って促しても、君子は動かない。

なぜ君子は、ここまで来て宝塚への夢を諦めちゃうのか? 察しの良い視聴者は既に見抜いてたかも知れないけど、鈍感な私は「どうしたんだよ、早く乗れよ!」ってw、完全に祐介の気持ちとシンクロしてました。

いや、もちろん、せっかく夢への第一歩なのに元気が無いなあ位は思ってたけど、寝たきりで何も喋らないお祖父ちゃんが別れ際に折り鶴をくれたりしたもんで、感傷的になるのも自然な事だろうと思ってました。

そしたら君子が、こう言って号泣するんですよね。

「わたし……母ちゃん嫌いだった。爺ちゃん嫌いだった。この町嫌いだった。なんもかんもイヤだった! なんもかんも捨てたかった! 別に、宝塚じゃなくたって良かった……みんな捨てられるなら、何だって良かった……わたし、すっごくズルい……すっごく汚い!」

……私は意表を突かれて、涙腺が決壊しましたw 意表は突かれたけど、その時に全てが理解出来ました。さっきまで祐介の視点でドラマを傍観してた私が、君子の気持ちと完全にシンクロした瞬間でした。

閉塞した環境と鬱屈した日々から脱出したいが為に、君子は宝塚への夢を口実に使ってた。憧れる気持ちは嘘じゃないにしても、全てを賭けて取り組むほどの情熱は無かったんでしょう。

私自身、かつて映画監督という夢を追ってました。幸い、当時の私には君子ほど切迫した家庭事情が無かったもんで、なんとかプロデビューまで辿り着けたんだけど、当然ながら甘い世界じゃないワケです。

詳しいいきさつは省略しますが、プロになって初めて、自分の才能も情熱も中途半端だったことを思い知った私は、夢を追うことにしがみつくのを辞めました。もちろん苦渋の選択です。

普段は目立たない存在の私が、映画を創ってる時だけは周囲から一目置かれ、そのお陰で一生縁が無いと思ってた恋愛まで経験し、そりゃしがみつきたくもなるってもんです。

夢を追うことを辞めたら、自分は何の取り柄も無い人間になってしまう……もちろん好きで始めた事なんだけど、自分が映画監督を目指す本当の理由は、それだったんですよね。実はただのダメ人間だって事が、周りにバレるのが怖かっただけ。

そんなダメダメな本当の自分を、自分で受け入れることが出来たのは、プロデビューという1つの目標に一応たどり着けたから、だろうと思います。

もし、その前に諦めてたら、いまだに私は「本当の自分はこんなもんじゃない」って、妄想に取り憑かれたまま生きてたかも知れません。あるいは、現実とのギャップに耐えきれず崩壊してたかも?

だから、出発前に本当の自分を受け入れた君子は強い人だと思うし、受け入れざるを得ない状況に(あの若さで)置かれた彼女の心情を想うと、なおさら泣けて来ちゃいます。

『対岸の彼女』の魚子は、閉塞した日々からほんの数日間でも脱出できたのに、君子にはそれすら許されない。だけど、それでも前を向いて生きて行こうとしてる。

『HINOKIO』のジュンといい『ルート225』のエリ子といい、10代の多部ちゃんはそんな女の子の役が実に多い。その集大成が朝ドラ『つばさ』の玉木つばさ役ですよね。

多部ちゃんだけじゃなく、クラスメートの祐介を演じる濱田岳くんも素晴らしかった! けど、その親友=純一役の柄本時生くんには見せ場が無かったですねw

それは多分、純一は君子や祐介みたいな家庭事情を背負ってない、普通の子を代表するキャラだから。宝塚へ旅立とうとする君子を見送りに来なかったのも、祐介とのスタンスの違いを示してるんだろうと思います。

祐介は君子を異性として意識しつつ、それ以上に「此処じゃない何処かへ羽ばたく」夢を、彼女に託してたのかも知れません。

だけど、逃げずに現実と向き合う決断をした君子を見て、祐介も覚悟を決める。そんな彼は以前よりも晴れやかで、一段と頼もしく見えます。君子も祐介も、夢を諦める事によって成長したワケです。

夢を叶える事だけがハッピーエンドじゃないんですよね!

大抵のドラマは、目標を持って生きろ、夢を抱け、諦めなければ夢はきっと叶う!って、極端な理想論を我々に押しつけ、半ば洗脳しようとして来ます。

夢はきっと叶う……それは勝者が勝者だからこそ言える結果論であって、現実はそんな単純なもんと違うやろ?って、私は物凄く違和感を覚えます。

どんなに努力しても出来ない「向いてない人」や、そもそも君子みたいに、挑戦する事すらままならない事情を抱えた人が、世間にはいくらでもいるワケです。

そんな現実を無視して「夢を抱け」「諦めるな」って、偉そうに上から目線で、よく言えるもんです。その言葉によって苦しみ、追い詰められてる人が必ずいる筈ですよ。

目標を持たずに生きる人間は怠け者のダメ人間で、夢を諦めるのは愚かな行為だと言ってるようなもんですからね。それはあまりに無責任じゃないですか?

自分には生きてる価値が無いって思い込み、自殺や犯罪に走る人達の中には、そんな理想論に追い詰められた人もいるかも知れません。実際、かなり多いだろうと私は思ってます。

確かに、目標が無いよりは有った方が生き易いし、人に向上心が無ければ社会が保てないのも解ります。けど皆が皆、無理してまで夢を抱かなくたって良いでしょうに。

夢を追いたい人は追えばいいし、目標が見つからない人はそれなりに生きて行けばいい。メディアから指図される云われはありません。

そういう意味でも、私はこの作品にとても共感しました。ずっと夢を追い続ける人も強いけど、あの若さで夢を諦めた君子は、もっともっと強い。

彼女はきっと、幸せな人生を送ることでしょう。彼女なら大丈夫。
 

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2 コメント

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秀逸ドラマ (gonbe5515)
2018-10-15 10:37:23
このドラマはいいです。
暗くて重くてやるせなくて。閉塞感ってなに?問われたらこのドラマを見せればいいのではないかと思うくらい。同時に、その閉塞感を打ち破る可能性も感じさせてくれる・・いや信じさせてくれるドラマです。

ラストの桜吹雪の中、宝塚音楽学校の生徒さんを見つめる君子の目がなんともいえません。自分にとっての唯一の光だった宝塚。その制服を着た生徒さんたちを見る君子はなにを思うのか。

実際のところ、受験しても合格したかどうかはわからない。それでも受験を目指している間、君子は現実から目を背けることが出来ていた。そしてそれが救いだった。その制服をあきらめたあと、彼女が次に見つけるものはなんでしょうか。

いろんなことを考えたドラマでした。多部未華子さんも、濱田くんも宇梶さんもよかった。味のある演技を見せてくれた。観終わって感謝した、数少ないドラマのうちのひとつです。

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>gonbeさん (ハリソン君)
2018-10-15 17:17:56
並べてみるとファンタジックな作品が多い多部ちゃん出演作の中で、このリアルな重さは異色ですよね。

それでも陰鬱な後味にならず、希望さえ感じさせてくれるのは、多部ちゃんから滲み出る力強さのお陰なのかも知れません。『ルート225』『対岸の彼女』にも同じことが言えます。

だから我々は牽かれちゃうんでしょうね。
 
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