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ハリソン君の素晴らしいブログZ

新旧の刑事ドラマを中心に素晴らしい作品をご紹介する、実に素晴らしいブログです。

『俺の話は長い』最終回

2019-12-16 00:00:11 | TVドラマ全般









 
2019年秋シーズン、1話も欠かさずに観た唯一の連ドラがこれでした。従って自動的に同シーズンNo.1作品ということになります。

ニート状態の主人公が新たな第一歩を踏み出すまでの充電期間をじっくり描いた点で、前シーズンの話題作『凪のお暇』と似てると言えば似てるんだけど、この『俺の話は長い』の方がはるかに共感できたのは単純に私が(こちらの主人公=満と同じく)男だから?

いや、それだけじゃないと思います。なかなか自分の意見を主張しないあちらの主人公=凪(黒木 華)とは全く対照的に、誰が相手であろうと思ったことを単刀直入に(そして的確に)ズバズバ言っちゃう満(生田斗真)はキャラクターとして魅力的だし、客観的に観て面白い。

それに、仕事も住居も人間関係もスパッと断ち切った凪は、弱そうに見えて実は強い。対して満はいくら口が達者で「孤独なライオン」を自称しようが、母親の庇護から抜け出せない正真正銘のヘタレですから、本質的にはずっと我々に近い。

諦めずに夢を追い続ける人は確かにステキだけど、大多数の人はそうも言ってられない現実に負けて、そんなに望んでもいなかった仕事に就くワケです、私みたいに。

それはやっぱり、名残惜しいし勇気の要ることです。屈辱でもあります。満みたいにそうしなくても生きて行ける環境にいれば(彼いわくニートでいられる才能に恵まれればw)そりゃなかなか踏み出せないですよ。

それでも、結果的に6年もかかったけど、彼は踏み出した。自然とエールを送らずにいられない家族や近隣住民たちと、それを受けて泣いてしまう満の姿に、私も自然と涙が零れました。

で、満が面接試験でも屁理屈全開で大口を叩くラストシーンがまた最高でしたw 相手は物怖じしない人材を求めてるって話でしたから、きっと合格するだろうし、議員秘書っていうのは本当に天職かも知れません。

満だけじゃなく、ファミリーそれぞれの成長、関係の変化も笑いを交えてよく描かれてました。そう、この「笑いを交えて」っていうのが重要なポイント。

特に光司さん(安田 顕)が義理の娘である春海(清原果耶)に初めて「お父さん」って呼ばれる場面。ホームドラマじゃ「ありがち」過ぎて逆に珍しくなっちゃった定番シーンなのに、自然と素直に泣けました。

これがもし日曜劇場みたいなゴリゴリの泣かせ演出だったら全て台無し。かと言ってクドカン作品みたいに全編小ネタありきの作劇じゃ(少なくとも私は)泣けません。笑いのサジ加減、涙とのバランス感覚において本作はパーフェクトだったと思います。

なにより素晴らしかったのは、いい歳した2人のおっさん(満と光司)が、無職なのにこの上なく幸せそうだったことw 結局はごく一般的な(いかにも日本的で窮屈な)価値観に囚われてた『凪のお暇』と違って、この『俺の話は長い』は「男が働かなくてなにが悪い?」っていう新しい価値観を示してくれました。

まったくあの屁理屈男の言った通りで、働かなくても生きていられる環境にいるなら、焦る必要なんかまったく無い。動かなきゃどうにもならない時が来たら自然と動きますよ、それまで待っててやりゃええやんって話です。

みんながそれくらいの姿勢でいれば、自殺とか衝動的な犯罪は減っていくような気がします。それじゃ国がダメになるとか言うけど、一方で働くことが好きな人だって沢山いるワケでしょう?

誰も彼も同じように働かなきゃいけないって決めつけるから窮屈になっちゃう。そりゃもちろん贅沢がしたいなら働いて稼がなきゃいけないけど、誰もがみな贅沢したいワケじゃない。私なんかはDVDとかモデルガンとかマジンガーZのフィギュアが買いたいから、その分だけは頑張って働くけど、あとは生活費だけあれば充分です。

夢を追いたい人は勝手に追えばいいし、ホームレスだって1つの選択肢だし、人それぞれ色んな生き方があっていい筈なのに、国にとって都合のいい理想像をメディアが押しつけるから歪みが生まれてくる。

とにかく、ここまでニートを肯定的に描いたドラマは今まで無かったと思うし、毎回2幕から成る『ちびまる子ちゃん』式の構成といい、久々に新鮮な連ドラが観られて私は嬉しかったです。

全てのキャラクターに対する創り手の愛も感じました。ダメでも幸せを感じていいんだって思えました。

「そうやって都合良く解釈して、お前はラクな方へ逃げたいだけだろう」って、努力することが好き(と言うより努力する自分が好き)なヤツはまた言うだろうけど、もう気にしません。私には、どんなにダメでも生きていられるという才能があるんだから。

ボインぼよよん画像は言うまでもなく、満の天敵である姉=綾子を演じた小池栄子さん。原田美枝子さんから小池さんに受け継がれたボインの血は、清原さんで途切れてしまうんでしょうか?w
 
コメント (2)
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『おっさんずラブ in the sky』#01~#02

2019-11-11 00:00:10 | TVドラマ全般









 
テレビ朝日系列の土曜深夜「土曜ナイトドラマ」枠で、改編期からひと足遅くスタートした新ドラマ。言わずと知れた2018年のサプライズ・ヒット作の続編です。

男どうしの純愛を描くドラマなんて普段ならスルーするのに、たまたま観てしまった前作の第1話があまりに面白く、そのシーズンの連ドラNo.1に挙げるほど私はハマリました。

その理由は至極単純で、要はコメディとしてのクオリティーが群を抜いてたから。また、それまで「禁断の」という冠がついてた同性愛をあれほど堂々と、明るく描ききった作品を初めて観た新鮮さですよね。

今回は主人公=春田(田中 圭)とヒロインw=黒澤(吉田鋼太郎)のキャラクターはそのままに、舞台を航空会社に置き換えたパラレルワールドみたいな設定で、二人の最初の出逢いから描き直してますから続編というよりはリメイクみたいな感じ。

なので、さすがに新鮮さはもう無いけど、コメディとしてのクオリティーは変わらず上々で、確実に笑わせてくれるから続けて観ることにはなりそうです。

でも世間じゃ賛否両論みたいです。否定派の多くは、前作でけなげな第2ヒロイン(実質は本命)だった牧(林 遣都)の不在を嘆いておられるようです。つまり、私たちが見たいのは春たん&牧くんのラブラブな姿なのに!と。

その気持ちもまぁ、解らなくはありません。本気であの二人の純愛に感情移入してた、多くは女性ファンの反応だろうと思います。

だけど私の場合は単純に「笑えるから」観てるだけなので、春田くんの相手役が誰になろうがあんまり関係ない。笑いの要となる吉田鋼太郎さんが抜けたらそりゃ大問題だけど。

あと、展開があまりに唐突すぎるとか、春田くんのリアクションが大袈裟すぎるとか言って批判してる人もいるけど、それは完全な的はずれ。あまりに唐突すぎる展開と、春田くんの大袈裟すぎるリアクションこそが本作の笑わせどころなんだから。

私に言わせれば、牧くんがいようがいまいが『おっさんずラブ』は『おっさんずラブ』だけど、あの唐突さと大袈裟なリアクションが無くなったら、それは『おっさんずラブ』じゃない。

このドラマを泣けるラブストーリーだと思ってるなら、それも大きな勘違い。確かにそういう要素もあるけど、それ以前に『おっさんずラブ』は究極の「おバカ」コメディであって、笑わせてナンボの作品なんです。

ボーイズラブとは全く無縁だった男が、いきなりその世界に巻き込まれていくサスペンスこそが肝であり、彼がそれを受け入れた時点で事件は解決。牧くんの役目はもう終わったワケで、続編に居場所は無いんです。

だから、同じストーリーの繰り返しを批判するなら「ごもっとも!」って思うけど、逆に前作との違いに不満をぶつけるのはお門違い。何も変えないのなら続編をやる意味が無いですから。それは『まだ結婚できない男』や『時効警察はじめました』にも言えることです。

(以下、ネタバレあり)



さて今回は、春田くんといい感じでくっつきそうだった女子社員=緋夏(佐津川愛美)が、実は黒澤の娘だったことが判明しましたw なるほど、そのテがあったか!w

つまり親子で春田くんを取り合う三角関係が描かれるワケで、ボーイズラブだけを見たい女性ファンにはそれも批判のネタになりそうだけど、男どうしのキスシーンは見たくない私としては大歓迎。笑えれば何でもいいんです。

そんなワケで、今さら『おっさんずラブ』について語るのもどうかと思ったけど、世間から聞こえて来る批判がどうもピント外れな気がしたのと、佐津川愛美さんのおしり画像をどうしても載せないといけないので、レビューしました。

ただ、もしボーイズラブだからという理由だけで敬遠してる方がおられるとしたら、それは損をしてるかも知れないので一度騙されたと思って観てみることをオススメしておきます。

これはそういうのじゃなく、あくまで「おバカ」コメディですから。
 

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『俺の話は長い』#01~#05

2019-11-10 00:00:11 | TVドラマ全般









 
2019年秋シーズンは特に「ハマった!」と言える連ドラが無い中、唯一毎週欠かさず観てるのがこの番組。日本テレビ系列・土曜夜10時枠で放映されてる異色のホームコメディです。

カツオが大人になって事業に失敗し、6年もプータローを続けてるパラレルワールドの磯野家、みたいな話と言えば分かり易いかも知れませんw

いや、屁理屈じゃ誰にも負けない主人公のキャラクターはむしろ『ちびまる子ちゃん』に近いかも? 毎回2話構成になってる作りがよけいにそう感じさせます。

そんな一見ろくでなしの長男=満(生田斗真)、気長に彼を見守る優しい母親=房枝(原田美枝子)、満の天敵とも言えるキャリアウーマンの姉=綾子(小池栄子)、そんな綾子に頭の上がらない再婚相手=光司(安田 顕)、綾子と離婚した前夫との娘=春海(清原果耶)、というファミリーの日常が描かれます。

お父さんは既に亡くなっており、お母さんが1人でプータロー・満の面倒を見てるんだけど、口うるさい姉・綾子のファミリーがマイホーム建て替えの期間だけ同居することになり、満の平穏(怠惰?)な日々に波風が立って……というシチュエーション。

ありとあらゆる屁理屈を並べて自分を正当化する満は、どう考えてもダメ人間に違いないんだけどw、彼の話には筋が通ってて不思議な説得力があり、時には感心すらさせられます。

特に第4話の2幕目エピソード。満の父が遺した喫茶店の常連客である営業マンの薗田くん(本多 力)が、新入社員の渡利くん(間宮祥太朗)を店に連れて来て、会社の中途採用試験を受けないかと、二人がかりで満を熱心に勧誘するシーン。

薗田くんには、プータローの息子に手を焼く店主=房枝さんから肩の荷を下ろしてあげたい気持ちもありつつ、真っ当な社会人として優越感に浸りたい気持ちが奥底にあったはず。

そして新入社員の渡利くんも、満と同じように大学を中退してしばらく好きなこと(彼の場合はバックパッカー)をしたけど目が覚めて、今は素晴らしい会社に就職できて充実してる、おまけに無職の時にフラれたカノジョから逆に求婚されたと、まるでネズミ講や新興宗教の勧誘みたいに我が身のハッピーをやたらアピールする。

けど、満には全く通じないんですよね。以下、全て満の台詞です。

「俺、無職でもカノジョいたけどね。逆に就職した途端に付き合えたって怖くない? カノジョは渡利くんの人間としての本質を全然見てないよね、そんな人と結婚して本当に大丈夫なの?」

「あとさ、ここまでたっぷり話す時間与えてるのに会社の魅力が全然伝わって来ないってことは渡利くん営業に向いてないと思うんだ、会社で令和の給料泥棒っていうあだ名つけられてない、大丈夫?」

「さっきからしきりに大学中退をアピールして来るけど20代で一般企業に勤めてるなんて中退の無駄遣いだと思わない? 完全にドロップアウトに失敗してるよね、同じ中退として恥ずかしいからあんまり言わないでもらえるかな?」

「あとバックパッカーで海外を放浪してたから自分のことを冒険心があって勇敢だと勘違いしてるようだけど、周りがどんどん就職して結婚してるのに自分だけが無職でカノジョもいないという孤独に耐えられなかっただけじゃないの?」

で、お母さんに申し訳ないとは思わないんですか?と薗田くんに問われ、返した台詞がこれ。

「だってそれはもうしょうがなくない? 俺には働かなくていいっていう才能があるんだから。東京に実家があってわざわざ独り暮らししなくていい才能、母親が未亡人で息子の将来より時に寂しさが上回ってしまう才能、薗田くんみたいに家族のために働く苦労や寂しさとは無縁の星に生まれた才能」

言ってて恥ずかしくないんですか?と反撃されても全く動じません。

「逆に上から目線で働くことを強要して恥ずかしいとは思わないの? キミのやろうとしてることは動物園のライオンに檻から出て自分で獲物取って来いって言ってるようなもんだよ?」

「そりゃ檻に入ってるから身の危険は無いし黙ってても毎日エサは出てくるし傍目からすればラクしてるように見えるかも知れないけど大間違いだからね? 動物園のライオンは闘ってないように見えて野生のライオンより闘ってんの。客に笑われて指差されながら毎日夢と孤独の狭間で闘ってんだよ!」

で、素晴らしい会社に就職してカノジョも出来て充実してた筈の渡利くんが、泣きながら言うんですよね。

「満さんのおっしゃる通りです! 俺は動物園の孤独から逃げて、野生の群れに紛れ込んだ臆病なライオンです! だから俺は会社辞めてもう一度檻に戻ります!」w

会社で学んだ営業トークでプータローを勧誘することなどチョロいもん、と完全にナメてかかってた二人を、その場の思いつきで並べた屁理屈で完膚無きまでに凹ませちゃう、その痛快さたるや! マトモに就職した人を指して「ドロップアウトに失敗した人」と形容しちゃう発想が凄すぎる!w

その後で薗田くんが言った通り、満の方がよっぽど営業マンに向いてるのかも知れません。もし勧誘に応じて就職すれば、トップクラスの成績を上げて出世するのかも?

だけど満は応じない。なぜなら、それは自分のやりたい事じゃないから。30歳も過ぎれば普通は世間体に負けて妥協するもんだけど、彼はどんなに笑われても檻に居座り続けてる。いやあ、立派です!……って錯覚させる力量がほんとに凄い!w

いや、錯覚なのかどうか、それは人それぞれの考え方次第であり、正解は無数にある。将来のことを考えれば早く就職するに越したこと無いけど、ムリしてまで急ぐ必要は無いし、高望みしなければ就職という形に固執する必要も無い。

実は誰も間違ってないのに、少数派を批判したり差別する人がやたら多いのは、自分の選んだ生き方が間違ってないと信じたいから。要は自分を正当化したいだけであって、満の屁理屈と何も違わない。

満の話が長いのは、そういう敵があまりに多すぎて理論武装しないとズタボロにされちゃうから。なにしろ多勢に無勢、ほぼ孤立無援なんだから。

敵を徹底的に避けるか無視する戦法(?)で生き延びてる私から見れば、逃げずに闘い続けてる彼はまさにライオン。幼い頃から口うるさい姉に鍛えられて来たお陰かも知れません。

ただ、そんな満にとっても最大の強敵は「孤独」なんですよね、きっと。孤独上等と開き直ってる私だって、そうやって開き直らないと負けそうになるワケです。

満の姪っ子である春海が義父の光司に、好きな同級生のことを指して無意識に言った台詞「あいつも寂しいヤツだから」の「も」は、つまり春海自身であり光司でもあり、家族みんな、人類みんなの事なのかも知れません。実際は孤独でなくても、孤独を恐れてる限りはみんな寂しいというか……私は何を書いてるんでしょうか?w

とにかく、プータローがサラリーマン2人をやりこめちゃう場面は痛快で、とても面白かった。それは満を演じる生田斗真くんの力量に因るものも大きいと思います。

斗真くん、映画『源氏物語』の時は全く魅力を感じなかったのに、数年で著しく成長されたのか単に私の眼が節穴だったのか、今回はそのパーフェクトな主役っぷりに驚いてます。

上記の長台詞は恐らくマルチカメラの長回しで、噛んだり間違ったりした形跡がほぼ皆無、しかも一言一句が聞き取り易くスーっと耳に入ってハートに響いて来ました。それに比して台詞量はずっと少ないのに聞き取りにくかった間宮祥太朗くんとは大違いで、キャリアの差を見せつけてくれました。

さすがに『リーガルハイ』の堺雅人さんにはまだ勝てないけど、『デート/恋とはどんなものかしら』の長谷川博己さん(いまいち良くない滑舌が弱点)には勝ってるかも知れません。それくらい上手かった!

清原果耶ちゃんはじめ共演陣もみな素晴らしく、それぞれの魅力を引き出した演出、そして日常の些細な出来事から面白いドラマを生む脚本と、文句なしです。

本来なら私にとって退屈でしかない春海の恋話(あんなクソガキのどこがいいんだ!w)も、そこに義父・光司を絡めることで面白くなってるんですよね。春海の知らないところで、好きな男子と義父がLINEのやり取りをしてる。それに気づいた春海が怒るかと思いきや、「あいつも寂しいヤツだから仲良くしてやってよ」っていう上記の台詞に繋がるワケです。

ギクシャクしてた義理の父娘がこうして距離を縮めていく、そのキッカケを作ったのが実は満なんですよね。

もし満というサンドバッグがいなかったら、綾子や春海のストレスはぜんぶ光司にぶつけられるだろうし、夫を亡くした房枝は寂しさに耐えられなかったかも知れない。ファミリーにとって満は、潤滑油として実は無くてはならない存在なのかも?

気がつけば私の話も長くなっちゃいましたm(__)m 今季はハマった連ドラが無いって書きましたけど、これはどう考えてもハマってますねw そんな風にジワジワと染み込んで来る作品なんです。

もう第5話まで来ちゃいましたが、前述の通り『サザエさん』や『ちびまる子ちゃん』みたいな構成なので、途中からでも全然大丈夫。未見の方には是非ともオススメします。

おしり画像は満と光司の隠れ家「Barクラッチ」のバイト娘を演じる、ファッションモデルのきなりさんです。
 

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『凪のお暇』最終回

2019-09-24 15:01:48 | TVドラマ全般









 
なにか新鮮なものが観られそう、と期待したドラマでしたが、恋愛ドラマ色が強まるにつれ興味がみるみる薄れ、ヒロイン(黒木 華)と男2人(高橋一生、中村倫也)の三角関係が出来上がって以降はどーでもよくなり、その辺からは「ながら見」になっちゃいました。

が、何となく居心地良さのある世界観なので一応ラストまで見届けることが出来ました。ながら見だけどm(__)m

結局、こういう話で1クール(女性視聴者を)引っ張るとなると、恋愛をネタにするしかないんでしょうね。別に恋愛ドラマを忌み嫌ってるワケじゃないけど、ヒロインはどっちの王子様を選ぶんでしょう的な話になっちゃうと、私はダメです。辟易します。

ただ、メインは自分で何も決められなかった女性が自立していく成長ドラマですから、どっちかの男を選んで結ばれてハッピーエンドっていうのはあり得ない。くっついちゃったら大なり小なり依存し合う関係が続くワケで、それじゃ何も進歩した事にならない。

だから結末は最初から判ってるんだけど、もし万が一どっちかとくっついたらボロクソ書いてやりたくて、それが楽しみだから最後まで観られたのかも知れません。ほんと歪んだ性格ですw

でもやっぱり、当然ながらヒロインは両方との離別を決意しました。フラれた男2人も言わば依存体質で、これを契機に彼らも成長出来そうな希望が見える結末でした。

だから文句は言えないんだけど、結局すべてが収まるべきところに収まった感じで意外性が微塵もなく、なにか新鮮なものが観られそうっていう当初の期待は裏切られた、と言わざるを得ません。

結局、いろんな人々との出逢いと交流が主人公を支え、成長させていく構図も「教科書通り」って感じで、まぁそりゃそうだよねって納得するしか無いんですよね。

大ハマり中の『それは経費で落ちません!』にも言えることだけど、結局「誰かと喜びを共有できること」が何より幸せっていうマジョリティーな価値観に、あらゆる作品が落ち着いちゃうのが私としては大いに不満です。

確かに、そういう相手がいればハッピーです。その通りだと思います。けど、そういう相手と巡り会えない人、うまくつき合えない人だって沢山いるはずで、そんな人にもその人なりのハッピーはあるんだってことを描くドラマが、10年に1本でもいいから創られないもんか?って思う。

決して否定はしません。でも、正解はそれだけじゃないでしょ?って。他にも正解が無数にある筈なのに、メディアが勝手に1つの正解を押しつけ過ぎてませんか?って。学校でクラスのみんなと馴染めないことがダメなこと、不幸なことって、みんなが思い込んでるのはいったい誰のせいなの?って。そりゃみんな空気を読んじゃいますよ、窒息しそうにもなりますよって。

昨今、報道番組はそうじゃない価値観をようやく肯定するようになって来たけど、連ドラは相変わらず「絆」こそが至高で「孤独」は底辺だ不幸だと決めつけてる。それを苦に自殺する人が増え続けてる現実を一体どう捉えてるのか?と問いたいです。

作品のクオリティーとは関係ない話になっちゃいましたが、初回を観た時にひと味違うものが観られそうな錯覚を勝手にしちゃったもんで、平凡この上ないストーリーにちょっとガッカリしました。

男と女がくっついて子孫を残す、あるいは身を守るために群れを作るっていうのは自然の摂理なんでしょうけど、そうしなくても生きていける世の中になってしまった以上、そうしない人を否定するような価値観は変えて行かなきゃいけない。せっかく変わりつつある価値観を、変わらないように変わらないようにとTVドラマ(特に民放の番組)が守り続けてる。視聴率を稼がなきゃいけない=多数派に媚びるしかないメディアの弊害です。

まさかこんな理由でイチャモンをつけられるとは、番組スタッフも全く思ってないでしょうねw ヒロインはちゃんと自立したんだし、間違ったことは1つもしてないのに、何を私は目くじら立ててるんでしょうか?w

何も間違ってはいないんだけど、例えば三田佳子さん演じる独居老人がサプライズパーティーでみんなに温かく迎えられる感動シーンを観ても、自分がそんな事されたら居心地悪くて逃げ出したくなるけどなあって、私なんかは思っちゃう。

独り暮らしを満喫する三田さんの描かれ方が素敵だなあって初回で思っただけに、結局みんなと一緒が一番ハッピー♪みたいな着地点に落ち着いちゃうのがすこぶる残念でした。

自分が孤独なもんだからそれを肯定して欲しいだけなんだろ?って言われれば、その通りかも知れません。いや、まったくその通りです。全員に肯定されなくたっていいけど、たまには誰かいないの?って思ってます。

私はとっくに開き直ってますから大丈夫だけど、死にたいほど苦しんでる人も無数にいる筈で、その存在の否定に繋がるような価値観は一刻も早く無くした方がいい。

同じことは『これは経費で落ちません!』にも言えるんだけど、あっちは他の要素が斬新で面白すぎて、そんな不満を感じてるヒマが無いんですよね。『凪のお暇』には、それだけのスキがあったという事です。

孤独に生きることが最高だとはさすがに思ってません。喜びや苦しみを分かち合える相手はいた方が良いに決まってます。そりゃそうです。

分かってるからこそ、同じことばかり繰り返し聞かせるのは、もういい加減やめて欲しい。自分が出来るんだから誰にでも出来ると決めつけないで欲しい。あまりにマイノリティな価値観による感想で恐縮ですが、だからこそ書く価値はあるんじゃないかと思って書きました。

セクシーショットはヒロイン・凪の元同僚で意識高い系OLたちのリーダー・足立さんを演じられた、瀧内公美さん。ほか、市川実日子さん、唐田えりかさん、水谷果穂さん、大塚千弘さん、藤本泉さん、といった女優さんたちが出演されてました。
 

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『だから私は推しました』最終回

2019-09-17 00:00:05 | TVドラマ全般









 
どういういきさつでヒロインの愛(桜井ユキ)が、地下アイドルグループ「サニーサイドアップ」のぽんこつメンバー・ハナ(白石 聖)につきまとうストーカーの背中を「押して」マンション上階から突き落としたのか?

……っていうミステリーを縦軸にしつつ、地下アイドルたちの実態やそのファンたちとの関係を、多少ドロドロした部分までリアルに描いてきたこのドラマ。

だけど最後まで観れば実に爽やかな後味が残り、本質は「青春ドラマ」だったことを実感させられます。私は正直、めっちゃ泣きましたw

愛がストーカーを突き落としたっていうのはミスリードで、実際にやらかしたのはハナであり、愛は彼女にサニーサイドアップ解散ライブへの出演を果たさせる為、とっさに無い知恵を絞って罪を被ったのでした。

重要なのは誰が真犯人なのかではなく、愛がそうまでしてハナに尽くそうとした事実と、ハナがそんな彼女の「愛」を受け止めたという事実。

自分が何を求めてるのか分からないまま大人になった愛は、とにかく周りの空気に合わせることに必死で、彼氏との交際すらインスタ映えのネタに過ぎなかった。

一方のハナは高校時代にイジメの標的にされ、みんなに無視される地獄を味わってきた。そんなハナが無意識に求めたのが「自分を見てもらうこと」「自分の名前を呼んでもらうこと」であり、それを叶えてくれるのが地下アイドルの世界だった。

愛はハナを推すことで初めて自分が夢中になれること、オマケにそれを共有できる仲間たちとも出逢い、偽りの自分を卒業することが出来ました。

そしてハナも、愛のアドバイスのお陰でファンを増やし、注目され名前を呼ばれ、挙げ句に無償の愛まで受けて心の傷を癒せました。

二人とも、学生時代に味わえなかった青春を地下アイドルの世界で味わい、成長し、たぶん大人になったんですよね。ハナは自ら警察に出頭してアイドルをすっぱり辞め、愛も会社を辞めて本当にやりたい仕事を探す決断をしました。

ハナは正当防衛が認められて不起訴になるんだけど、愛の社会的立場を守るため関係を断ち切っちゃうんですよね。取調室における握手が明らかに訣別を暗示してて、そこで私の涙腺が決壊しちゃいましたw

私自身も学生時代にはろくな思い出がなく、卒業後に始めた自主映画の制作こそが「初めて夢中になれること」「それを共有できる仲間との出逢い」の場であり、そこで監督と主演までしてましたから「自分を見てもらう」「名前を呼んでもらう」場所でもあった。今から思えば、人生において自分が最も輝いてた時期です。

それを辞めることは、ちっとも輝かない自分、誰にも興味を持ってもらえない本来の自分に戻ることを意味しますから、それが怖くてズルズルと10年以上も続けちゃいました。結局、プロになって自分の実力や情熱のショボさを思い知らされ、足を洗うことになるんだけど、10年以上も「青春」を味わいましたから思い残すことは何もありません。

だから同じことをまたやりたいとは全然思わないけど、人生で自分が輝けた唯一の時期ですから、思い出すたび切ない気持ちにはなっちゃいます。

ちっとも輝かない自分に戻ることは、すごく勇気の要ることです。そうやって特別なことをしなくても輝ける人、普通に楽しく人づき合いが出来ちゃう人には、たぶんその気持ちは解らないだろうと思います。

愛もハナも、輝けた期間は1年にも満たず、たしか「あの熱い夏の日々」みたいな台詞もありましたから、ほんの数ヶ月のことなんですよね。それだけに余計、訣別シーンが切ない。めちゃくちゃ切ないんだけど、二人がそれぞれ大人になるための、これは卒業式みたいなもの。そう言えば二人の握手は、卒業証書の授与式にも似てる気がします。

私はもう二度と輝くことも無いまま朽ち果てていくだろうだけど、まだ若い(そして美しい)二人にはまだまだこれから第二、第三の青春があるかも知れません。

いや、もしかすると世の中には「あの時の自分は輝いてた」って言える時期が全然思い当たらない人も、少なからずおられるかも知れません。愛やハナみたいに短期間の輝きでも、あるいは私みたいにちっぽけな輝きでも、あったと言えるだけラッキーなのかも?

いずれにせよ、久々にどっぷり自己投影できるドラマでした。つまり自分が抱える悩みとか虚しさなんて、別にそんなに珍しくもないって事ですね。

とりあえず今は、このブログだけが唯一のオアシスです。そう書くと寂しげだけど、あるだけラッキーと言えるのかも知れません。
 

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