ビーズうさぎのハナちゃんです!!

日々の生活、山登りや釣り、ドライブなどをアップします。ここの所、巨樹めぐりがメインですが!(汗)

埼玉県本庄市、金鑚神社の御神木クスノキです!!

2015-08-06 06:06:23 | 巨樹・大木
金鑚神社は、本庄市役所の西約2kmのところ

国道462号線の東側にあります

社殿の北側に駐車スペースが有ります

鳥居です

本庄新八景の石碑です

神社説明版です
    金鑚神社
          所在地 本庄市千代田3-2
      金鑚神社の祭神は天照皇大神・素戔嗚尊・日本武尊の三神である。
      社伝によると、創設は欽明天皇の二年(541)と伝えられている。武蔵七党の一つである児玉党の
     氏神として、また、本庄城主歴代の崇信が厚かった。
      境内は、ケヤキやイチョウなどの老樹に囲まれ、本殿と拝殿を幣殿でつないだ、いわゆる権現造りの
     社殿のほか、大門、神楽殿、神輿殿などが建っている。本殿は享保九年(1724)、拝殿は安永七年
     (1778)、幣殿は嘉永三年(1850)の再建で、細部に見事な極彩色の彫刻が施されており、幣
     殿には、江戸時代に本庄宿の画家により描かれた天井絵がある。
      当社の御神木となっているクスノキの巨木は、県指定の天然記念物で、幹回り5.1m、高さ20m
     樹齢約300年以上と推定される。これは本庄城主小笠原信嶺の孫にあたる忠貴が社殿建立の記念として献
     木したものと伝えられる。
      このほか、当社いは市指定文化財となっているカヤ、モミ、大門、神楽小笠原忠貴筆建立祈願文がある
        昭和六十年三月                  埼玉県
                                 本庄市


御神木のクスノキです

埼玉県指定文化財 金鑚神社クスノキの標柱です

クスノキの説明版です、幹回りが6mと神社説明版より30年あまりで、90cmも太くなっています


北側から


北東から


クスノキの直ぐ北側にあるのがカヤの木です

本庄市指定文化財 金鑚神社カヤの標柱です

カヤの説明版です、樹齢約400年の古木です


東側から

手水舎です

本庄市指定文化財の大門です

金鑚神社由緒です
    御縁起(歴史)
     本庄の市街地の中心部を東西に貫く県道勝場・本庄線は、かつての中山道である。日本橋から十番目に
    当たる本庄宿は、中山道最大の宿場であった。宿場の西端近くに鎮座する当社は、本庄宿の総鎮守として
    広く知られている。
     社記によれば、当社の創建は欽明天皇の二年(541)のことで、社地は日本武尊がかつて駐軍した古
    跡であるという。
     鎌倉時代には、武蔵七党の一つである児玉党の武士によって信仰され、とりわけこの地を在所とした本
    庄氏の崇敬が厚かった。
     降って天正十八年(1590)、徳川家康の関東入国に伴い、小笠原掃部大夫信嶺が本庄城主となった
    が、同氏もまた当社を厚く崇敬し同年九月に本庄城に入るや翌十月には当社の社殿に装飾を加え、武運長
    久を祈願している。小笠原氏は、信嶺の子信之の代に下総国(現茨城県)古河城に移封され、更にその嫡
    男の忠貴は関宿城に移るが、忠貴は本庄城で生まれた縁故により、当社への信仰が特に深く、寛永十六年
    (1639)に社殿の改築を行った。天然記念物として保護されている三本の神木(楠・榧・樅)はこの
    時植樹されたもので、忠貴は他に自筆の額や祈願状(市指定文化財)を奉納している。
     当社は明治五年に村社になったが、由緒があり信仰圏も広い故をもって、同十七年に県社に昇格した。
     


本庄市指定文化財 金鑚神社社殿です

本殿です

神楽殿です

境内社です


他にも社が並びます


金刀比羅宮は本殿北側の小山の上に有ります

では、次へ行きましょう

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