わが大地のうた♪

NPOグリーンウッド代表理事:辻英之(だいち)が今、南信州泰阜村から発信する炎のメッセージと…日々雑感!

どこまでも

2013年04月21日 | 泰阜村のひとびと
今度は4月21日の話です。
なかなか追いつきません(笑)

この日は泰阜村最奥の集落へ行ってきました。

その集落には、拙著「奇跡のむらの物語」でも「わしゃ生まれ変わったら教師になりたい」の言葉を残した私の師匠:木下藤恒さんが住んでいます。

木下さんといろいろな話をするためとはいえ、この集落に来るのは相当の覚悟が必要です。

私の住む集落から車でたっぷり40分。

最奥の集落の人々は、私の集落の人々から「山ザル」と呼ばれていたそうです。

泰阜村の人が「山ザル」と言うほどのへき地。

想像しにくいですよね。

鳥も通わぬ険しい谷につけられた山道は、雨の直後で落石がごろごろ。

そして保水力を超えた山肌から、水がざーざーと溢れ出しています。

ガードレールもない道は、すれ違うのもたいへん。

一台も対向車は来ませんでしたが。

正直怖いのです。

▼落石がごろごろ




▼鳥も通わぬ・・・




引き返したくなる誘惑に打ち勝ち、最奥の集落「栃城」で、木下さんは待っていてくれました。

「よく来たな。まあ、あがりなんよ」

顔は怖いけど、心はやさしい。

ストーブを囲みながら1時間半ほど語り合いました。

いろいろと難しい相談や打ち合わせもありましたが、木下さんの顔がぱっと明るくなったのは、2回。

1回目は、今年も引き続き、村のこどもたち対象の体験教育活動「あんじゃね自然学校」をやりましょうという時です。

木下さんは、こどもたちの活動を支えることを通して大人が学ぶ場である「あんじゃね支援学校」の校長(座長)でもあります。

この村のこどもたちにはこんなことやってもらいたい、もっと大人が協力しなきゃだめだ、学校と地域はもっと手を組まにゃ・・・。

話が尽きません。

そして2回目は、震災支援で福島のこどもたちを今年も招待しようという話になったときの事です。

木下さんには、村のこどもも福島のこどもも関係ないのでしょう。

日本のこどもたちのために、この最奥の集落で生き抜く自らの身体と心が役に立ちたいと思っているのだと思います。

木下さんの言葉を、私の集落で聞くのもいいけれど、やっぱり「栃城」の集落で聞くから迫力があるし説得力があります。

それが泰阜村の底力。

今年も、木下さんのような人々が、どこまでもやさしい瞳で東北を見つめます。


▼「栃城」集落。肝心の木下さんの顔写真を撮るのを忘れました・・・




代表 辻だいち


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