ペタンク爺さん

ペタンクで遊ぼうよ!で20年

また一人役目を終え

2012年02月07日 21時01分08秒 | ペタンク爺さんの一日
昨日から気温が上昇していた、朝から雪が降っていたが窓から覗く雪はボタボタで本州の日本海側で降る雪が降っていた、それでいて靴が埋まるほどの量でなく降った後から溶けているようだった、午後から2月最初のツインキャップの練習日になっていた、今日から札幌雪まつりか始まっているのですすき野付近や大通り付近を避けて西区のツインキャップに向かわなければならず、予定の時間になったので月寒を出た、22条橋を目指し伏見、円山、市場付近のルートを選択して走った、通行量は心配した停滞もなく目的地に着いた時間は、予定より5分くらい遅れていたが早く着いた方と思っていた。
藤野の斉藤氏も来ていて、もうみんなの中に混ざって試合を開始していた、1時間ほど同乗して行った我がチームメートの特別個人レッスンをやる、ここの所試合にすぐ入っているので私を始めみんなの練習が出来ないでいたが、今日は普段の練習課題を出来たので、今後の試合に役立つこととなった。
スタートが遅かったので、今日の練習試合の終わったのが午後4時30分を過ぎていた、此れは少し時間超過したと一瞬、大事なことを思いだしていた。

昨日から、東京にいる次男坊から川端栄作さんの奥さんが亡くなり、今夜自宅近くのお寺でお通夜が午後6時からあると知らされていた、無論顔を出すことにしていたので、出てくるときに全部着替えの用意はしておいたが、それにしても少しペタンク練習試合が長引いたことに気が付くのが遅かったと思った。
西区八軒のツインキャップから月寒11丁目の自宅まで、すっかり日が落ちた暗がりの中来た時と同じルートで飛んで帰る、顔も洗わず着替えをしてトンボ返りの様に伏見あるお寺に駆け付ける、久しぶりにプロドランバーの片りんを披露した。
お寺に着いた時間は、きっぱり午後6時だった。・・・・やれやれ

川端さんはと云っても、あまり知られていないがダンヒル娘の川端恵美の母親で、彼女が小学生の頃父親と来て藻岩レーシングクラブに入会した時が、川端家とのお付き合いになる、我が女房も良く小さな恵美ちゃんを可愛がっていた、そんな時代から成長してゆく彼女をすぐそばで見てきたことは、懐かしく昨日の様に思い出せる。

今日、久しぶりに彼女を見る子供を抱えた姿は母親そのものだった。
藻岩レーシングクラブのヘットコーチだった原田氏、それにコーチの牧原氏と三人久しぶりに遭遇する、原田氏はもう定年近いとの話に、時の流れを感じる。一緒に写真を撮る

室内は汗ばむくらい