ちいチャンとおばあちゃんは、海に沿った道を歩いています。
ふと見ると、電信柱や塀に何かしるしが書いてあります。
おばあちゃんは立ち止り、じっとしるしを見ています。
「ちいチャン、これはな、津波の波がここまで来たというしるしなんだよ。」
と、おばあちゃんが言いました。
そのしるしは、小さいちいチャンの背丈より、ずっと高い位置にありました。
ちいチャンは、泳げないので、
(こんな高さまで波が来たら、おぼれてしまう。)
と、思いました。
近所の人が数人出て来て、おしゃべりを始めました。
「津波が来た時、うちのばあちゃんは、庭の木に登ったそうだ。」
「若だんなは、電信柱に登ったんだと。」
「生きた心地がしなかったそうだ。」
と、伝え聞いた話を始めました。
そして、ちいチャンは、おばあちゃんに、
「おばあちゃん、浮き袋をふくらませて、枕のとこに置いておく。そして、津波が来たら、浮き袋で泳ぐよ。」
と、言いました。
おばあちゃんは、返事をせずに、小さく微笑むだけでした。
今、大きくなったちいチャンは、
何も言わなかったおばあちゃんの頭の中を、覗いた気がします。
おばあちゃんは、どんな気持ちで、電信柱や塀のしるしを見ていたのかと。