本家ヤースケ伝

年取ってから困ること、考えること、興味を惹かれること・・の総集編だろうか。

神農さんの縁日。

2006-11-24 15:58:38 | 社会
*縁日というと最近では必ず「神農商業組合」と名の入った白く四角い大きなゴミ箱を処々見掛けるが、神農さんというとテキヤ(露天商)の神様、一方博徒が拝むのが天照大神という先入観が私にはある。これは別に誤りという程ではないが正確でもない。神農というのは古代中国の薬事一般を司る霊験あらたかな神様(皇帝)であり、その日本移植版がいわゆる神農さん「薬の神様」なのである。

少彦名神社という神社が大阪市中央区にある。その例大祭が例年11月22・23日に行われる。
 そこへ昨日ちょこっと出掛けた。
 もう夕刻は肌寒い時節であるから、季節外れの縁日という感も否めないが、流石にテキヤの神様だけあって(?)人出の割りには露店の数は桁外れに多かった。

暴力団ミニ講座には「博徒系暴力団」と「的屋系暴力団」という記述があったが、博徒もテキヤも暴力団も一列併記して論じるようなやり方には、私は全く不服である。

 別に暴力団の肩を持つつもりはないが、彼らの前身が近代警察の勃興期や敗戦直後の混乱期に私的警察組織として治安維持に努めていたことは紛れも無い事実である。
 公権力が体裁を整えるに従って彼ら私的警察権力が排除されて行ったのは「ズルイ兎が尽きれば良狗は煮られる」の伝である。
 この国では博打は公営ギャンブルを除いて禁止されているから博徒は生計を立てる手段を失って久しい。博徒は公的にはその存在すら認められていないのだ。英国のブックメーカーのような存在もまた公的には認められていない一方、賭け麻雀や高校野球のトトカルチョなどは日常茶飯事として公然と行われている。これも違法脱法行為である筈だが・・。

*いやしかし、博徒はともかくテキヤまで暴力団呼ばわりするのはどういう了見なのか、私にはまったく理解出来ない。第一、テキヤ・露天商がなくなったら日本の祭や縁日は成り立たないのではないか?!寅さんはどうする?!(はあ?)
 個々人に関わる実行行為を摘発し処罰するのが法である。テキヤ関連で仮に労基法その他の違反があればその都度取り締まればいいだけの話で、羽仁五郎風に言えば、「団体は立小便出来ない」のである。 

cf.:炎帝神農氏.


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