本家ヤースケ伝

年取ってから困ること、考えること、興味を惹かれること・・の総集編だろうか。

改・再度、自衛隊に入ろう♪

2007-04-26 21:21:34 | 社会
 A級戦犯合祀が御意に召さず、侍従日記に昭和天皇の不快感(読売新聞)

 昭和天皇に仕えた故・卜部(うらべ)亮吾元侍従の日記に、昭和天皇が靖国神社への参拝を取りやめた理由について「直接的にはA級戦犯合祀(ごうし)が御意に召さず」と記されていることがわかった。

 昭和天皇がA級戦犯の合祀に不快感を示していたことは富田朝彦・元宮内庁長官の日記で明らかになったが、その事実が改めて確認された形だ。

 卜部日記は、1969年に侍従となってから32年間に及び、横書きの日記帳33冊に記されていた。日記は卜部元侍従の生前に朝日新聞社に託され、出版を予定している同社が26日に一部を公開した。

 靖国神社に関する記述は、88年4月28日の「お召しがあったので吹上へ 長官拝謁のあと出たら靖国の戦犯合祀と中国の批判・奥野発言のこと」と、2001年7月31日の「靖国神社の御参拝をお取り止めになった経緯 直接的にはA級戦犯合祀が御意に召さず」の2か所。4月28日の「靖国」以降の記述には赤い下線が引かれていた。

 富田日記にあるA級戦犯合祀についての不快感と、卜部日記の戦犯合祀についての記述の日付は、ともに88年4月28日。昭和天皇は富田長官に続いて、卜部元侍従にも合祀について考えを語っていたことがわかる。

 昭和天皇は戦後8回、靖国神社を参拝したが、75年11月が最後。昭和天皇がその理由を明らかにしたことはなく、A級戦犯の合祀と、三木首相の参拝を契機に政治問題化したためという二つの見方があった。

 卜部元侍従は、京大卒業後に人事院入りし、69年に侍従となり、昭和天皇崩御後も皇太后宮職御用掛として香淳皇后に仕えた。2002年3月に78歳で亡くなった。卜部元侍従の日記は既に存在が知られており、内容の一部は読売新聞でも96年2月4日付朝刊で報じている。
(2007年4月26日14時28分 読売新聞)

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 *安倍ポンら自民党のファシストたちは『国賊』である。
 奴らは『富田日記』には何と言っていたか。言うに事欠いて、自分たちの下品さは棚に上げ「天皇のお言葉にしては品がない」とまで言っていたのだ!
 「アンチ・昭和天皇」であり「大日本帝国軍隊礼賛・崇拝者」そのものである奴らは、『靖国神社』共々この国から一掃されて然るべきである。

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 *ご参考までにファシストらの当時の言い分を以下に示します。 ↓

 【正論】釈然とせぬ昭和天皇のご発言メモ 全体に陛下らしいご風格見えず
元駐タイ大使・岡崎久彦 2006年8月2日 産経新聞

≪戦犯を認めてはおられず≫
 昭和天皇のご発言メモ、私はいまだに釈然としない。何度も読み返してみ たが、昭和史についての私の知識から言ってどうしても昭和天皇のお言葉と 読めないのである。
 英国風の君臨すれども統治せず、を信条としておられた陛下が、こんなに 乱暴に、A級戦犯の合祀(ごうし)と御親拝中止を自分の御意思で結びつけ られるだろうか。
 そもそも戦争犯罪者というものについて、昭和天皇は、「占領軍にとって は犯罪者であっても、日本にとっては功労者」あるいは「朕(ちん)の忠良 なる臣僚」とおっしゃったこともあり、日本の犯罪者と認めておられない。
 また戦犯に限らず、戦後の政治家、靖国宮司について、ご自分の臣僚の悪 口をこんなに露骨におっしゃるだろうか。
 具体的に論争すれば、ああだこうだという反論はあり得よう。ただ、私の 感じるのは、全体の流れに昭和天皇らしいご風格が見えないことである。
 この陛下のお言葉らしくないものが、どうして出てきたかの理由を考えて 色々なことを想定してみた。
 富田元宮内庁長官が、当時の時流から考えて、陛下のためを思って、陛下 が平和主義者、戦争反対だったことをことさらに強調しようとしたのか、あ るいは警察庁の先輩でありボスである後藤田元官房長官の靖国参拝中止の政 策を、背後で宮内庁からバック・アップしようとしたのか、とも思った。
 しかし、それはいずれも、富田氏のような忠実な官僚がすることとしては 大胆に過ぎる。

≪一対一のメモだったのか≫
 あるいは陛下のご健康の衰えのためかとも思った。しかし、当時の陛下 が、健康はともかくご判断力の上で、そこまで衰えられていたという証言も ないし、また、私としては到底信じられない。
 そうしているうちに妙なことに気が付いた。テレビでも新聞でも公表され ているこの文書の末尾の1行である。それは、「・関連質問 関係者もおり 批判となるの意」と読める。
 「関連質問」というのは、宮内庁内の記者会見の際、常用される言葉の由 である。これを普通に読めば、「その後関連質問が出たが、その趣旨は(批 判された人々の)親族なども居るので、批判がましくはないか、ということ であった。」ということになる。
 これは明らかに富田氏の質問ではない。記者会見の後の記者からの質問で ある。
 また、私は確認はしていないが、その前のページに「PRESS(プレ ス)の会見」という字があるようである。
 とすると、これは、陛下と富田長官の一対一のメモでなく、何らかの記者 会見のメモである。
 関連質問の内容からすれば、オフレコの記者会見であったろうが、いずれ にしても陛下ご自身の記者会見とは、到底思われない。天皇陛下にこういう 関連質問がされる可能性は、富田氏からも、記者団からもあり得ない。
 そもそも、記者会見のような場所で昭和天皇がこういう発言をされる可能 性は、既に述べた私の個人的感触だけでなく、少しでも昭和天皇のことを 知っているすべての人が否定するところであろう。
 昭和天皇が富田氏に一対一でひそかに語られたということで、わずかに信 憑性(しんぴょうせい)(既に述べたように私はそれも疑っている)が生ま れるのである。

≪徳川氏会見メモの可能性≫
 その後、私自身が確かめたわけではなく、ひとから聞いた話であるが、陛 下87歳の御誕生日前日の昭和63年4月28日に、どんな記者会見があっ たかといえば、昭和天皇ご自身によるものはなく、その前の4月12日に勇 退された徳川侍従長が、それまで職務上、固く沈黙を守っていられたのが、 元侍従長として自由な立場で記者会見を行ったことがある由である。
 そこには富田氏も長官として同席し、メモを取っていた、という事実があ るようである。
 この徳川氏の記者会見に同席された方のメモ、少なくとも記憶があれば、 この問題は解明される可能性が出てくる。ただ、もう18年前のことであ り、出席者が誰も残っていないとすれば、この問題は解決されないままに なってしまう可能性もある。
 その場合、私としてはこのメモの信憑性に疑いをもったままであろう。私 の尊敬し個人的にも親しい歴史学者たちが、おおむねその信憑性を信じてい ると新聞が報じている中で、私だけは異端者となるがそれもやむを得ない。
(おかざき ひさひこ)

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cf."A級戦犯合祀が御意に召さず。卜部侍従日記が明かした真実"

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 2007/04/26-15:18 解釈変更による容認は問題=集団的自衛権の行使-自民・山崎、谷垣氏(時事通信)

 自民党の山崎拓前副総裁は26日昼、山崎派総会であいさつし、政府が集団的自衛権行使の個別事例を研究する有識者懇談会を設置したことについて「解釈改憲、政権によって政策が変わることになれば、憲法の土台が揺らぐ。解釈で集団的自衛権行使を取り扱うことは非常に問題がある」と述べ、憲法解釈の変更によって行使を認めることは問題との立場を示した。
 谷垣禎一前財務相も谷垣派総会で「解釈の変更によって行うべきではない」と同様の考えを示すとともに、「安倍晋三首相好みの人を集めたのではないか」と指摘し、メンバーの人選に疑問を呈した。

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   流出イージス艦資料、海自学校教材として拡散か
2007年4月25日(水)12:10 (朝日新聞)

 海上自衛隊第1護衛隊群(神奈川県横須賀市)の2等海曹(33)がイージス艦の資料を自宅に持ち帰っていた問題で、この資料は海自第1術科学校(広島県江田島市)元教官の1等海尉が多数の学生にコピーさせていたことが、神奈川県警と海自警務隊の調べで分かった。

 調べでは、1尉は「教材としてコピーさせた」と話しているという。捜査当局は、多数の学生たちに拡散した資料はその後もコピーが繰り返され、最終的に2曹のパソコンの外付けハードディスクの中で見つかったとみている。

 この資料は、かつて存在した「プログラム業務隊」の数人が作成した「教育用資料」。この中に、日米相互防衛援助協定で定める「特別防衛秘密」に該当する情報が含まれていた。

 今年1月、県警が2曹の中国籍の妻を入管難民法違反容疑で逮捕して自宅を家宅捜索した際、2曹のハードディスクに情報が入っていたことが発覚した。2曹は捜査当局の調べに対して、同僚だった3等海曹(30)のパソコンからコピーしたと供述。一方の3曹は資料提供を否定していた。

 捜査当局は今後、1尉の情報入手経路や、流出ルートの解明を進める。

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 海自HP、独自CMが話題に 20日間でアクセス67万件
2007年4月25日(水)08:48 (共同通信)

 インターネットの海上自衛隊ホームページ(HP)へのアクセスが、4月に入って爆発的に増えている。3月に制作した独自のコマーシャル映像が話題を呼んでいるためで、映像を閲覧できるページへのアクセスは約20日間で67万件を超えた。2006年度の海自HPへのアクセスは約201万件。この3分の1を1カ月足らずで集めた計算で、CM戦略が大当たりした格好だ。

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 cf.JMSDF海上自衛隊HP

 *既に皆さんご覧になっているだろうが、なんというか「ゴレンジャー・ビデオ」ってか、娯楽動画感覚、遊び感覚の自衛隊CMである。以前の生真面目なCMと比べるとその差は歴然としていて試写を見た防衛省幹部らが唖然として一瞬言葉が出なかったというのも充分頷ける。w

 *右傾化した若者たちはまさか自分が戦争に行くなどとは露ほども思っておらず、そういう危ないことはみんな自衛隊の皆さんがやってくれるものだと勝手に決め付け思い込んでいるから、こういうCMビデオがもてはやされるのも当然ということだろうか。愚かにも何の根拠もなく、これを全くの「他人事」としているからこそ笑って見ていられるのだ。

 勿論このアクセスの中には我々興味本位のおっちゃん連中も数に含まれているから、これで自衛隊志願者が急増するということもないだろうが、しかし誰かが応募して入隊してくれないことには我が自衛隊も成り立たないのだから、そこは誤解のないようにしてな♪

 自衛隊に入って海外で米軍と行動を共にし、他国の軍隊その他の人々と命のやり取りをするのは君か、さもなくば君の家族、友人知人の誰かなのである。
 今政府は「日本国の上空を米軍グァム基地を目指したミサイルが飛んで行っても打ち落とせない」などと「机上の空論」を持ち出して騒ぎまくっているが、そのような局面は既に「戦争」状態となっているわけであって、グアムがどうたら言う前に我が日本と在日米軍が攻撃を受けている筈である。

 こんな詭弁を彼らが操る真意は何かと言えば、当面の狙いは「海外派兵時におけるフリーハンドがどうしても欲しい」ということなのである。

 これを安倍ポンは現行憲法のままやろうとしているがとんでもないことである。

 cf.自衛隊に入ろう


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