フィクション『同族会社を辞め、一から出直しオババが生き延びる方法』

同族会社の情けから脱出し、我が信ずる道を歩む決心をしたオババ。情報の洪水をうまく泳ぎ抜く方法を雑多な人々から教えを乞う。

ベランダにて

2018-04-21 22:06:58 | ショートショート

仕事が休みの土曜日、よく晴れた朝9時、

アキコは家族の洗濯物をベランダで干していた。

男物の肌着をハンガーにかける。

『これは夫の…』

それはアキコの夫のものだ。アキコはそれを見て、このあいだ逢ったばかりのタケルのことを思い出した。

彼も同じようなのを着ていたっけ。

タケルの妻も私と同じように「夫」の肌着を干すのかしら?

アキコはぼんやりと、肌着を見ながら考えた。

私が夫の物を洗濯して干すように、

タケルの妻も彼の物を洗濯して干すに違いない。

だって「夫」の物だもの。

そう思いながら、アキコは、ふと自分がどんな存在なのか分からなくなっているのに気付いた。

私はタケルの何なんだろう。

私はタケルの肌着を「夫の物」として干すことが出来ない。

夫の肌着もタケルの肌着も同じ男物でよく似ているのに。

どうして私はタケルの「妻」でないのだろう。

タケルの肌着を「妻」としてベランダに干すことの出来る女を、

アキコは少しだけ羨んだ。

夫の肌着を見るたびにきっと、

タケルとその妻のこと、

彼らの日常のしぐさまで目に浮かんできそうである。

「夫」と言うのは家みたいなものだ。

雨宿りが出来るように夫を手に入れたのだ。

ならばタケルは家ではない。

ペンションか?ホテルか?

たまに行くところ。

いつもいるところ。

世の中、誰が決めたわけでもなく、

なぜか私が生まれたときからそうなっている、とアキコは感じた。

生まれてくることも、父と母がいることも、

アキコと名付けられたことも。

 

 

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