フィクション『同族会社を辞め、一から出直しオババが生き延びる方法』

同族会社の情けから脱出し、我が信ずる道を歩む決心をしたオババ。情報の洪水をうまく泳ぎ抜く方法を雑多な人々から教えを乞う。

あの時あのホームで

2018-10-27 22:44:33 | ショートショート

律子はF駅近くにある銀行の窓口での用事を終えて再び会社に向かう途中だった。

T線に乗り込むと車内はあいている席がない程度に混んでいた。

『早く出ないかな…』

律子は車窓から何気なく外を見た。

ふと下方に目をやると、S線のホームが見えた。

あれは…先日…。

ほんの一時彼と一緒にたたずんでいたホームではないか?

そうだ、あの時、彼が停まっている電車を見上げて、

『あれは何線なの?』と聞いた。

律子は『T線よ。初めてうちの会社に来てくれたときに乗ってきた電車よ』と答えた。

T駅行きの電車が停車して発車した。

あの時、私が乗り込んだ電車よ。ああやって私はT駅まで戻った。

非日常であったはずの彼との逢瀬が再び目の前に現れる。

リプレイだ。

律子は毎日それを繰り返す。

駅を見ては、電車を見ては、胸がチクリと痛む。

これに乗りさえすれば後はほんの数分で彼に会える。

彼はいつもの場所で待っている。

律子の中で、彼に会わない日は一日としてない。

…これに乗りさえすれば、後数分で彼に会える。

律子は深いため息とともにうずく胸を抱えて、次は深呼吸をする。

私はいつでも、その電車に乗ってしまいそうな衝動にかられる。

それに乗りさえすれば彼が待っているから。

彼に会えるから。

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