秋麗(あきうらら)

うーちゃんの節約日記です。
不思議だなと思う心、いつまでも忘れずにいたいな

人魚の尻尾が西国草創1300年記念印@観音正寺

2017-06-20 | 古代史のミステリー




人魚の哀願によって建立されたからだそうです。
でもこの人魚は、いわゆる女性ではなく男性。
ご朱印を賜った際にお尋ねしたら、前世が琵琶湖対岸堅田の漁師だったって。
殺生を業としていたために人魚に生まれ変わり苦しんでいたという。

観音正寺は、聖徳太子が近江国に創建された十二箇寺のひとつです。
この地に来臨された聖徳太子は、紫雲たなびくこのお山をご覧になって「これぞ霊山なり」とおぼしめす。

そこへ人魚が登場し「繖山にお寺を建てて、どうか私を成仏させてください」
願いを聞き入れた聖徳太子は、千手観音の像を刻み山頂に堂塔を建立したという伝説が残る。
寺にはその人魚のミイラと称するものが伝えられていて、かつてはTV出演したこともあるようです。

日本書紀によると、推古天皇27年619年に、近江の国司が「蒲生川に人魚がいた」と言っている、という記述があるらしい。

太子自らが千手観音の像を刻み、堂塔を建立されたと伝わるにしても、なぜに琵琶湖対岸堅田の漁師が登場することになるのでしょうね。




平安時代になると、万事吉祥縁結びの祈祷道場として広く信仰を集めるも、戦国時代には安土ですから、いろいろ紆余曲折を経ます。
織田信長によって六角氏が滅ぼされたのち、慶長2年(1597)再び山上に堂舎が営まれていた。
本堂が古びたので明治15年(1882)彦根城欅御殿を移し本堂としていた。

ところが、平成5年(1993年)火災で重要文化財に指定されていた本尊千手観音立像もろともに焼失。


本堂は平成16年(2004年)3月に再建され、ご本尊千手観音像もインドより特別に取り寄せた白檀で彫られました。



寄木造の立派な丈六仏です。
とても立派でやさしいお顔で、ほんまに千手あるそうです。
実際に千本の手を持つ千手観音を真数千手(しんすうせんじゅ)は作例少なく、他に有名なのは
・奈良市の唐招提寺
・大阪府藤井寺市の葛井寺
・京都府京田辺市の寿宝寺


本堂から細長い境内を見ると


この画像には写っていませんが、左側に山斜面が迫り、本堂に向かってなら右手になります。

石が積まれてあって、池を渡れば「えんむすび地蔵尊



さらに水かけ観音の「魚濫観音



観音様が魚の上に乗って、踏みつけられた魚は大きく口を開け悲鳴をあげているようにも見えます。

人魚と魚濫観音との間に何か繋がりあるような・・・




本堂左手前の杉大木の根元に、「白蛇大明神


「ご神体は白蛇形にして21日、37日間と限って参拝祈願するならば、福徳を得て祈願成就すると言い伝えられています。」

本堂内で朱印書いてくださったおっちゃんに、白蛇大明神祠もお尋ねしました。
「ここの謂れはわからない、なにせまだここで働くようになって日が浅いから」と言われました。





最後に、りひとさんのアンテナに引っかかった裏参道の入り口にある、結神社(むすぶじんじゃ)について。
ネット検索したことをつらつら並べときます。
立派な拝殿・弊殿・本殿があり、地方の神社とはとても思えない豪華さらしいです。
祭神は、応神天皇、仁徳天皇、神功皇后の三柱で 
主祭神は、誉田別尊、神紋は左三ツ巴の八幡宮です。
壬申の乱の際に、川島皇子(天智天皇の第二皇子)と忍壁皇子(天武天皇の皇子)が戦いを避けて、この地にいらしていた時に勧請したとされる。

なぜに結神社という名前なんでしょう。

「平安時代になると、万事吉祥縁結びの祈祷道場として広く信仰を集め」た観音正寺の裏参道入り口の神社。
本堂が移動してるんだから、参道も裏も表もそのとき次第。
いつの時代かには、表参道入り口にあたり、そこにこの神社があったのかもしれない。



4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ありがとうございます。 (りひと)
2017-06-21 12:33:46
今映画の花戦さ観た所です。で舞台が六角堂。
よく分からないでみたんですけど六角氏好きなので絡んでくるのか?と思ったので書いておきますね。織田氏にやられたんですね。調べないといけない事が増えてきました。超面白かったです。

で記事の中でいっぱいキーワード頂きました。堅田っていうのも心残りのある場所でして観音堂があったんですよね。あと小野照崎神社っていうところあるんですけど、野が堅田の堅のような字で以前から気になっていました。

またそれましたね。魚籃寺っていうのが東京にありまして以前魚籃観音にはまった時期あります。こちらのは竹冠なんですけど私もそこにこだわりありまして。竹籠持ってたような記憶あります。
人魚が男っていうのがまた私好みです。全く知りませんでしたよ。

そして結神社の件、なかなか情報はありませんでしたからありがたいです。境界なのかなあ?入り口?そして行くまでの奇跡も大事そうに思いますね。大昔の行き方とかを今探っています。
いつの日か行けたらなあと。

まだまだキーワードいっぱいあるのですが、見て超嬉しかったのでまずはお礼したくて。
さなぎの件も超気になりますね。私も蝉の抜け殻服に付けて遊んでいたのを思い出します。青虫さんは、進化しているのでしょうね。

今後が楽しみです。6842 偶数ばっかり、私が好きなのも偶数です。みんなが個性を活かし専門性をきちんと尊重していけるような世界になるといいですね。
返信する
りひとさんへ (ulala)
2017-06-21 15:38:00
花戦さ、面白そうですね。
六角堂は2011年に参拝して記録残してます。
2011-05-01 緑青々と六角柳 at 六角堂
2011-04-30 666★六道・六波羅蜜・六角堂
http://blog.goo.ne.jp/goo3820/e/02c89a4bf68f7a31d74e3973d4ec0ab5

コメントも含めてご覧いただくとまた何かヒントがあるやもしれません。
返信する
Unknown (りひと)
2019-08-07 11:54:17
甲子園の出場チームの誉ですけど、この前ちょっと八幡神のお名前としてはこちらの字のが昔の良き時代の音でいいなあって思った所だったんで高校の場所とか調べてます。で田県神社がまた私の好きな県
付くのと最近関わる神社と同じ様相でしてきたなあって思ってます。残念ながら負けてしまったんですけどね、誉れがあれば注目はまだ受けるでしょうね。けどあの地名は本当地元でも残していかないといけないいい音でいい字ですよね。その字の検索でかかったのがこの記事でした。多々あるのですが、こちらが気になり参りました。

堅田と人魚の件も関わる一族も別件でちょうど気になっていた事もあるんでまたびっくりでした。堅田と田県ってカタダとタガタなんか気になりません?
で田県の姫さまの旦那さんが亡くなったようで姫の父と開拓する二男四女抱えた姫ってまたなんか敵多そうですね。この前池行ってきたけど池や湿地帯は手の入れ方でいかようにも知恵さえあればと思うのである意味聖地、誉れっていうのも妥当にも思いますよね。

奈良にも通じるお話なのでこのニ男と人魚の父が私のワークに関わりそうに思うんですよね。で一番は人魚のお父さんが気になるわけです。
別お友達にも聞いた事あるお寺の関係でもあるので必要な情報のように思います。人魚さんが再生してくれるといいのになあ。結神社も妥当ですね。

そうはないくさやってくれると戦国の歴史もかなり興味持ってくれる人増えるんですけどね。表現の自由を憲法で保障している国なので変な忖度なんて必要ないし、それをやろうと思うテレビ局どこか出てこないかな?なんか最近個性出してきていて楽しみです。同じスタッフで次回作決まるまで映画って地上波やらないんですかね?アートの議論するよりもその方が映像ですから面白い効果ありそうに思いますよ。アニメも笑いもアートなので表現の自由があって永遠に人に影響を与えるもの、時代にも左右されない普遍的なものなので待てばいいんですけどね。

誉れって妬みなくみんなが凄いって賞賛できると思えるイメージ。今の時代とても大事ですよね。
返信する
りひとさんへ (ulala)
2019-08-08 13:23:57
今夏の甲子園は出場校決める予選大会でいろいろ話題ありましたね。
大阪のはローカルで視聴したので、甲子園見終えた気分になってました。
岩手県決勝、大船渡と花巻東で投手の登板回避させたこと、あなたならどうする~監督も悩むわね。

誉って、愛知でしたっけ?
田県神社も全く存じませんでした。
ちょっと調べてみよう~


返信する

コメントを投稿