最初に伝えたのは「読売新聞」なのだろうか、複数の日本政府関係者の話として12月7日に判明、日本政府が中国政府の求めに応じて中国内の北朝鮮からの脱北者を日本の公館外から公館内に連れ込まないとする誓約文書を提出していたと報じている。
誓約文書提出の経緯を記事から拾ってみる。
中国遼寧省瀋陽の日本総領事館が脱北者5人を2008~09年にかけて保護。日本移送を巡って、脱北者を「不法な越境者」とする中国側が出国を認めず、足止めが約2年~2年8か月と長期化。
日本側は事態打開のため昨年(2010年)末、「脱北者を保護すべきでない」とする中国側の主張に「留意する」と口頭で伝えた。
中国外務省は軟化したものの、公安当局が難色を示し、「これまでに脱北者が日本に渡ることを認めた中国側の対応を評価する。今後は公館外からは連れ込まない」との趣旨を文書化するよう要求、要求に応じて提出後、保護されていた5人は5月までに日本への出国が認められた。
要するに日本の大使館、領事館の類が保護した脱北者が日本に渡ることを認めるのはこれが最後だとの通告である。この通告は日本側が誓約書を提出した時点で成立した。
そもそもからして、「脱北者を保護すべきでない」とする中国側の主張に「留意する」と口頭で伝える妥協を示した時点で既に外交的に負けていた。
どのような要求に対しても、あるいは「今後は公館外からは連れ込まない」と求められたとしても、なぜ人道上の見地からそれはできないと毅然とした態度で撥ねつけることができなかったのだろうか。
人権と民主義の観点から明らかに正義に反している相手の要求に一旦屈すると、正義に反したことが公になることの恐れが弱みとなって、それを隠すために相手の理不尽な要求に次々と屈することになる。
尖閣諸島沖中国漁船衝突事件での中国人船長逮捕と処分保留のままの釈放に於いても中国の圧力に屈して似たようの経緯を取ったのではなかったろうか。
日本瀋陽総領事館に脱北者が10年20年留め置かれようと、そうなることも覚悟して、人道上、そのような要求は飲むことはできないと毅然とした態度をなぜ取れなかったのだろうか。人道上からも人権の点からも、あなた方は間違っているとなぜ言えなかったのだろうか。
「MSN産経」――《中国への「弱腰」またひとつ 政府、中国に誓約「脱北者を公館に連れ込まず」》(2011.12.9 00:13)が、中国側が5人の出国を認めず、最長で約2年8カ月、外出禁止の領事館敷地内足止めとなったために体調を崩す者も出たと書いているが、こうなる以前の問題として、政治は一度でも表に出たのだろうか。
外務大臣が駐日中国大使を外務省に呼んで、人道上の観点から早期の出国を求めるといったことをしたのだろうか。あるいは駐中国日本大使館を通じて中国政府に対して早期の出国許可を出すよう求めるといったことをしたのだろうか。
鳩山元首相や菅前首相が中国首脳と会談した際に日本のトップが中国のトップに直接求めるといった形式で一度でも早期出国の許可を求めたりしたのだろうか。
もしそういったことをして、マスメディアを通じてこういう要求をしたと公表していたなら、マスメディアからの報道によって、中国がしている非人道的措置、あるいは中国政府の非人道性・権性が世界中に知れて、中国にとって都合が悪いことになり、早期出国許可の圧力となったはずだ。
だが、逆の方向を選択した。
但し野田政府は誓約書提出を否定している。Web記事で昨日(2011年12月8日)昼の参院外交防衛委員会で山本一太自民党議員が取り上げ、玄葉外相を追及したと書いてあったので、参議院動画を見てみた。
玄葉大臣の答弁から状況証拠にしかならないが、誓約書の存在否定に正当性を与え得るかどうかを判断してみる。
山本一太議員「玄葉大臣、一つだけちょっと今日、気になったことがあったのでお聞きしたいんですがね。
今日のですね、読売新聞の一面にですね、えー、政府が脱北者を保護しないということを中国に誓約したと。えー、中国の国内法を重んじて、脱北者を公館外から公館内に連れ込むことはしないと。
この誓約するという文書を提出していたという報道がありますが、外務大臣、これ事実でしょうか」
玄葉外相「あの、脱北者につきましては、あー、まあ、ご存知のようにもう既に100名を超える脱北者を、日本、自身、受け入れをしていると言うか、入国しているわけであります。
今のお尋ねは、じゃあ、中国でどうなんだと、こういうお話でありますけれども、おー、中国には最も多くの脱北者がいるものと、いうふうに考えて、えー、おりまして、まあ、色んな中国との遣り取りはございます。
ただ、これだけははっきり申し上げておきますけども、我が国として中国からの脱北者を、おー、受け入れを今後行わないと、いうことでは、全くありません」
第一番に「はっきりと申し上げ」るべきは誓約書を提出したかどうか、否定するのか肯定するのかいずれかであって、そうなっていないところが既に誓約書の提出を肯定していることになる。
また、「我が国として中国からの脱北者を、おー、受け入れを今後行わないと、いうことでは、全くありません」と力強く断言しているが、脱北者が中国当局の警戒体制の関係からアメリカやドイツ、あるいはフランスといった大使館、領事館の類に逃げ込んで、北朝鮮帰還事業で日本から北朝鮮に渡ったかつての在日である等の事情で日本への出国意思を示した場合、その出国意思は外国政府の介在を経た日本政府への通告という形式を取るゆえに、例え「今後は公館外からは連れ込まない」とする誓約書を提出していたとしても、決して受け入れ拒否はできないだろうから、「我が国として中国からの脱北者を」云々の論理は成り立つ。
だが、「今後は公館外からは連れ込まない」とする誓約書を提出していたなら、日本の大使館(警戒が厳しく難しいだろうが)、領事館の類に逃げ込んだ場合、日本政府は脱北者を中国政府に引き渡すことになって、「我が国として中国からの脱北者を」云々の論理は成り立たないことになる。
問題はあくまでも日本の大使館、領事館の類に逃げ込んだ脱北者を中国政府に引き渡さずに今後共日本が受け入れるのかどうかの答弁、確約にあったはずだが、そのような答弁、確約を行わずに、それ以外の例として可能とする場合の受け入れに言及したに過ぎない。
勿論、そこまで考えていたかどうかは分からないし、単に言い逃れのために「受け入れます」と言っただけのことかもしれない。
山本一太議員「それではこの読売新聞の一面にはですね、えー、誓約書を日本政府が提出したというのは、これは大臣、事実ではないって言うことですね」
玄葉外相「あのですね、あのー、ま、新聞報道、私も今、手許にございます。ございますけれども、率直に言って、ま、色んな遣り取り、イー…、につきましてですね、やっぱり、ま、安全とか、プライバシーとか色々ありますので、率直に言って、こういった具体的な事案についての、ま、様々な遣り取り、について、えー、今、こういう場合でですね、申し上げると、こういうのはやはり差し控えなければならないだろうと。
ただ、先程申し上げましたように、じゃあ、中国からですね、脱北者を日本が受け入れないのかと言ったら、絶対にそういったことはございません」
肯定も否定もできずに申し上げることは差し控えなければならないと言っているのだから、答弁自体の怪しげ言葉遣いと共に事実か否かを証明して余りある。
日本の大使館、領事館の類に逃げ込んだ場合の脱北者を中国政府に秘密裏に引き渡していたなら、逃げ込んだ脱北者は一人として存在しないという事実がデッチ上げ可能となって、受け入れる・受け入れない以前の問題で収束することとなり、玄葉外相の受け入れないということは絶対にないとする断言は後になって露見することはあっても、当座は巧妙に隠蔽することができる。あるいは永遠に事実を闇に葬ることも可能となる。
山本一太議員「あのですね、この記事について、日本側が中国に脱北者を保護しない、まあ、とにかく外から連れ、あのー、オー、あのー、引っ張り込んだりしないという誓約書を出したかどうかっていうことをお聞きしてるんです。
大臣ね、これは、あらゆる常任委員会の中で最も大事な外交防衛委員会ですから、私、いつもそう思って出席していますから。
この政府の対応について、ここでこれからするべきものではないって、どういうことなんですか。誓約書を出したのか、出さなかったのかっていうのは、これは日本の対中外交の対、にとって、大事なことですよ。
答えてください、明確に」
玄葉外相「やはりここはですね、いや、ここはやはり、関係国との、おー…、やはり、まさに相手国との関係がありますから、やはり、そういった遣り取り、イー…、全体をですね、えー、こういった場で申し上げると、いうわけにはいきません」
中国側が要求する脱北者取締まりを受け入れ、脱北者の人権を売り渡して日本のどのようなメリットがあるかというと、日本の立場を良くしたということぐらいではないのか。断った場合に発生可能となる中国人船長逮捕時のような中国側の対日経済圧力を避けるというメリットを考えていたのだろうか。
山本一太議員「あのね、誓約書を提出したかどうか言えないっていうのは誓約書ね。まるで大臣、こういう場所で色々あるから言えないっていうのは、それは、これは事実だって言っているみたいに聞こえますよ、ね。
脱北者保護をやらないっていうのは、日本政府としてやらないって言ったんだから。それでこれについて言えないって言ったら、では、事実でなければ事実でないって言えばいいでしょう。
これはもし事実だとしたら、今大臣のおっしゃった、脱北者を保護しないって言うことは、日本政府としてやらないっていうことに矛盾しますが、どうでしょうか」
玄葉外相「ですから、当然中国政府との関係って、やはり、中国に於ける脱北者との関係では大事なので、色々遣り取りもありますよ。
だけど、冒頭私が断言申し上げたように、中国からの脱北者の受け入れを日本が行わないなんていうことは絶対にございません。そのことだけは、もう、断言を申し上げます」
いくら断言を申し上げられても、日本の大使館、領事館の類に脱北者が保護を求めてきたなら公館内に保護して、脱北者が意思する国への出国に努める、それが日本であった場合は日本に今後共受け入れると断言申し上げていないのだから、断言自体が信用できないものとなっている。
大体が語るに落ちる形で誓約書の提出を自ら認めている。「当然中国政府との関係って、やはり、中国に於ける脱北者との関係では大事なので」と、「中国に於ける脱北者との関係」よりも「中国政府との関係」を「大事」だと上に置いている。
脱北者の人権よりも中国政府との関係を優先させたということであろう。何という弱腰な人権意識だ。
山本一太議員「もう一回聞きます。じゃあ、この誓約書、を提出したかどうかってことについては、外務大臣、この外交防衛委員会では答えられないっていうことですね」
玄葉外相「あの、いずれにしても、言えることは、脱北者の受け入れを、中国からですね、日本が行わないなどというような誓約書を出したなんていうことは絶対にあり得ません」
山本一太議員「分かりました。そういう誓約書はないというふうに答弁されたので、きちっと議事録に残ると思います」
野田訪中延期の追及に移る。
玄葉外相は「誓約書を出したなんていうことは絶対にあり得ません」と言っているが、脱北者の中国から日本への入国は既に触れたように日本の大使館や領事館、あるいは日本政府主催で何か催事を行なっていた場合の日本政府関係の施設に保護を求めた脱北者に限られるわけではないのだから、日本政府関係の施設に保護を求めてきた脱北者であっても中国政府に引き渡さずに、あるいは施設の扉を閉ざして締め出すといったことをせずに中に入れて保護し、望む国への出国に努力すると言明して初めて誓約相提出否定の証明となる。
そのような証明となる言明がない以上、最初からの答弁の経緯から見た、「絶対」を「絶対」と受け止めるわけにはいかない状況証拠、これらの傍証として、「中国に於ける脱北者との関係」よりも「中国政府との関係」を「大事」だと上に置いた発言を考えると、玄葉外相のみならず、藤村官房長官や当時外相だった前原政調会長がどう否定しようと、誓約書の存在を事実と見ないわけにはいかないはずだ。
尖閣諸島領有権問題と中国人船長逮捕事件で菅政権は中国に対して毅然とした態度を示すことができず、中国の圧力に屈した。そのツケが中国をして日本に対して足許を見させ、以上のような人権問題を否定する不合理な行動の受容となって現れたに違いない。
人権問題にしても、どのような外交問題であっても、常々毅然とした態度で対処していたなら、中国の恣意的な指図を受けることはなかったはずだ。
これが民主党が言う“柳腰外交”というわけなのだろう。
外交的に裏で屈していて、野田首相は「対中戦略的互恵関係の進化」だと言う。 |