北朝鮮のあの悪名高き独裁者金正日死去に関して日本の小泉純一郎元首相が12月19日、都内で記者団にコメントしている。《小泉元首相 “国際社会入り願う”》(NHK NEWS WEB/2011年12月19日 17時48分)
小泉元首相「キム総書記と2回会談しているが、キム総書記が元気なうちに拉致や核、ミサイルの問題などを解決して国交正常化への道筋をつけたいと思っていたので残念だ。
会談で印象に残っているのは、独裁者とか暗いというようなイメージはなく、大変明るく率直にものを言う人で、原稿もそんなに見ないで自分の意見を話していた。北朝鮮の国内情勢がまだどうなるか分からないが、誰が最高指導者になっても大変な時期で、だからこそ、北朝鮮は基本方針を大きく変えて核開発を放棄し、拉致問題を解決して国際社会に入ってもらうことを願うばかりだ」
今後の北朝鮮政策については一貫していると言えば、聞こえはいいが、今までの繰返しから一歩も出ない、いわば現在では誰もが口にしている情報発信となっている。
小泉元首相「未来志向で臨み、過去の問題をどう精算していくかという問題なので、与野党が拉致や核開発放棄に共通して当たるべきだ。これからも一筋縄ではいかないだろうが、しっかり基本方針を変えないでやってもらいたい。『対話と圧力』の方針は変える必要はないと思っている」
日本の偉大な元首相は悪名高き独裁者金正日を「独裁者とか暗いというようなイメージはなく、大変明るく率直にものを言う人」だと、評価していると間違いかねない人物評を下している。
だがである。外国首脳との会談ともなれば、最大限の外面を持って接することになるだろう。菅前首相などは、外国首脳との会談ではなくても、上機嫌なときの笑顔はこれ以上ないお人好しの好人物に見えるが、実際は官僚や東電の職員に対して怒鳴ることを専らとし、怒鳴って言うことを聞かせようとしていた。言葉の合理的な駆使を用いて相手を納得させ、指示に応えさせることができる政治家とは大違いだとは、あの笑顔からではとてもとても印象づけることはできまい。
イタリアのベルルスコーニ前首相などは会っただけの印象では未成年の少女を買春するような好色家には見えまい。
それが独裁者であったとしても、誰が独裁者丸出しの陰険・陰湿顔で首脳会談の席に臨むだろうか。
特に金正日の場合、2002年と2004年の小泉・金正日会談では金正日は日本人拉致は自身とは関係のない、一部の特殊機関が妄動主義や英雄主義に走って行った特殊機関の恣意的行動だとして、拉致被害者5人の存在を明らかにすることで日朝国交正常化の障害を取り除き、日本の巨額な戦争賠償と経済援助を手に入れようとしていたのだから、独裁者顔を隠して機嫌のよい顔を見せないはずはない。
子どもにしても親に小遣いをねだるとき、子どもは最大限にいい子の顔を演じる。
金正日が拉致を認めたことと5人の帰国を小泉元首相の手柄のように言うが、実際は金正日が日本からカネをせしめるために仕掛けた拉致演目であろう。
その証拠として北朝鮮側は当初は一時帰国は果たさせても、永久帰国はさせるつもりはなかったことを挙げることができる。金正日の意に反して日本側が一時帰国の約束を破って日本にとどめた上、5人以外の拉致被害者の帰国を要求するようになって、北朝鮮経済向上のために喉から手が出る程欲していた戦争賠償と経済援助を「拉致は解決済み」の口実のもと、断念することとなった。
戦争賠償+経済援助と5人以外の拉致存在の明示を天秤に掛けた場合、5人以外の拉致存在の明示の選択肢はなく、結果として戦争賠償+経済援助の選択肢まで断念せざるを得なかったということであろう。
このことは戦争賠償+経済援助よりも5人以外の拉致存在の隠蔽が上回ったことを証拠立てている。
考え得るその理由は5人以外の拉致存在を明示した場合、最高権力者としての金正日の存在自体を脅かす事実の露見の可能性以外に想定することはできない。
いわば金正日の自己保身と戦争賠償+経済援助を天秤に掛けた場合、戦争賠償+経済援助の選択肢を捨てて、最高権力者としての自己保身を選択せざるを得なかった。5人以外の拉致存在を明らかにした場合、最高権力者としての自身の地位をも失いかねず、元も子もなくしてしまう恐れがあったということであろう。
でなければ、拉致で握っているカードを早々にテーブルに広げて、日本側が握っている戦争賠償+経済援助のカードを喉から手を出してガッチリと自分のモノとしたはずだ。
日本の戦争賠償と経済援助を資本に北朝鮮経済を復興させて北朝鮮国民の飢餓・餓死を消去可能とした場合、強権に頼って刷り込んだ“将軍様”の称号を信頼に基づいた称号に変えることもできたはずだ。
だが、北朝鮮の現実は恐怖政治によって金正日独裁体制は打ち立てられてきた。体制批判した者、苦しい生活を逃れるようとして脱北を謀り、失敗した者は捕らえられて収容所送りとなり、重労働を課せられた。銃殺刑も言われている。
この独裁体制、恐怖政治に声を潜めた貧しく苦しい生活を余儀なくされている、権力者側・体制側に身を置かないその他大勢の北朝鮮国民にとって、日本の偉大な政治家であった小泉元首相が言う「独裁者とか暗いというようなイメージはなく、大変明るく率直にものを言う人」だという金正日の印象は、首脳会談の席では誰もが外面で臨むだろうことと併せて一切意味を持たない。
言葉を知らないからこそ言うことができた小泉元首相の金正日印象であろう。言葉を知らないとは目を向けるべき対象に的確に目を向けることができないことによって生じる情報解読のズレが自らの情報発信をもズラして結果的に招く言葉の無知を言う。
最近の例で言うと、一川防衛相の数々の発言を挙げることができる。米軍基地に関わる沖縄の歴史と現状に的確に目を向けていたなら、沖縄から汲み取るべき情報解読に於いても、汲み取って自らが事実としたことの情報発信に於いてもズレを招かず、結果的に言葉を知らなかったといった無様な窮状を曝け出すこともなかったろう。
小泉首相は「北朝鮮は基本方針を大きく変えて核開発を放棄し、拉致問題を解決して国際社会に入ってもらうことを願うばかりだ」と言っているが、金正日が私物化した北朝鮮はそういった体制にはなっていなかったからこそ、そのように願うことになるのであって、この点からも金正日を「独裁者とか暗いというようなイメージはなく、大変明るく率直にものを言う人」だとする情報解読(=観察)は目を向けるべき対象を間違えたゆえの間違えた情報発信であり、結果として発すべき言葉を知らなかったことになる。
金正日死亡に関わる適切な情報解読、情報発信の例を挙げてみる。
(余分なことだが、キーボードを「きむじょんいるしぼう」と打ったら、「金正日脂肪」と出て、何か暗示的なものを感じた。)
《【金正日総書記死去】自由を取り戻すこと希望 仏外相》(MSN産経/2011.12.19 20:13)
ジュペ・フランス外相「北朝鮮の人々がいつか自由を取り戻すことを希望しつつ、権力の継承を注視している」
〈フランスは10月、平壌に文化、人道援助分野での協力を目的とする常設事務所を開設したが、国交は結んでいない。(共同)〉――
野田首相は金正日死亡を受けて、昨日(2011年12月19日)午後1時過ぎから一川防衛相等の関係閣僚出席の安全保障会議を開催している。《安保会議 情報収集強化を指示》(NHK NEWS WEB/2011年12月19日 13時33分)
この記事は野田首相、その他閣僚の直接的な発言は何も伝えていない。〈この中で、野田総理大臣は全省庁に対し、北朝鮮の今後の動向について、情報収集態勢を強化すること、アメリカ、韓国、中国などの関係国と緊密に情報を共有すること、不測の事態に備え万全の体制を取ることの3点を指示したものとみられます。〉と解説しているのみである。
問題は安全保障会議が〈10分余りで終了しました。〉と書いてあることである。
二十代後半とされている金正日三男金正恩がこれといった政治経験もなく独裁権力を継承して、果たして軍を掌握できるのか、安定した体制を築くことができるのか、不安定化した場合の体制維持のための内外に対する対応は、拉致解決のチャンスと方策は、6カ国協議開催の可能性は、継承体制の盤石誇示のためにミサイル発射実験や核実験を強行する危険性は、この文脈からの韓国攻撃は――等々、出席閣僚それぞれが費やすべき、あるべき情報解読と情報発信が「10分余りで終了」したということはそれぞれが言葉を持っていなかったことの証明以外の何ものでもあるまい。
言葉を持っていないから、言葉を知らないことになる。
金正日死亡を受けた安全保障会議である。北朝鮮に関わるお浚いも準備もせずに出席したのだろうか。
言葉を知らない政治家という逆説は如何ともし難い。
参考までに――
2008年3月12日記事――《「日本人拉致首謀者は金正日」は想像できたこと - 『ニッポン情報解読』by手代木恕之》
2008年9月8日記事――《「拉致調査委先送り」/ただ承るだけで済ます程日本の外交は無能ではあるまい - 『ニッポン情報解読』by手代木恕之》
2010年2月20日記事――《中国の反撥を懸念した北朝鮮拉致日本外交力とオバマのアメリカ外交力との大違い - 『ニッポン情報解読』by手代木恕之》 |