花鳥風月

生かされて行くもの達の美しさを見つめて,
ありのままの心で生きている日々の、
ふとした驚き、感動、希望、

札幌市のワクチン予約は、、26日から第二回目が受付です。

2021-05-21 14:17:06 | Weblog

本日はcoronaのワクチン予約電話につながりました。

   やっとつながったと思いましたら、、、

      かなり、お疲れなような低温の声の女性が

        申し訳なさそうに言いました。

 

申し訳ありません、、、今回のワクチンは終了しました。

     次は26日からです。

私たちは、電話番なので、どうしてあげることもできないのですが、、、      何回も電話をかけるという、、、

ネット世界から置き去りの老人は

            

電話口で、

           一日を

「つながらない電話と向き合うという」現実。

 余命の時間から言うと、、、

結構もったいない時間ではないかと思えるのですよね。

何か良い方法で、

 

医療崩壊を防ぐワクチンを

          滞りなく済ませる事は出来ないものかと。。。

 ネットで

       日本の各地域の自治体のワクチンの予約と

      実行の方法を検索してみた。

     

医師の少ない地域での老人や、慢性病の持ち主は

かかりつけの医師にゆだねている地域も

開業の先生方のボランテイァ精神で

集団の接種が滞りなく進んでいる地域など

              さまざまであった。

    関西地方のある地域では、

接種券と返信用往復はがきを同時に発送して

   接種希望の人たちの希望の日時を記入してもらい

     希望に応じられない重複の日は

  可能な日時を書いて送り返しているのが有りました。

 

 確かに往復はがきの金銭はかかりますが

 無数にいる老人の一日の時間を、、、

 ≪つながらない電話機≫の前に

    政治的に拘束する孤独感よりは

     はるかに、、、合理的だと感心した。

 

 病院は生死を争う、、、コロナ以外の重症の患者さんが

 救急車で送り込まれてくるのを

 治療するのが、、、

 coronaの患者さんの為に

 ベッドもICUも、、、フル稼働していて

昨日のテレビでは、、頑張っていられる病院の皆さんが

医療崩壊寸前の現状をさらに、、、

 重症患者さん受け入れのベッド数を

 コロナ患者さんの重症様に無理されてベッドを増やし

コロナの重症に、、、

一般の病気は治療が受けられないという

医療崩壊寸前の現実を思うと、、、

ワクチンを私も受けなくてはならないと思うのですが

   電話がつながりません、

    毎年検診を受けている近所のクリニックでは

    看護師さんがおっしゃるには

かかりつけの患者さん衣限ると、

持病の無い私にはワクチンの予約には遠い存在でした。

後は、、、黑い星印の医療施設に

並んで予約をとるという手段はありますが

集団の列の中に行くよりは、、、電話がつながる日まで

  急がずに待機することにしました。

勤務医の家内というのは

相手が大きな組織の病院だけに

ちょっとした疾患で

かかりつけの先生のように

診断や診療を受ける気にはなりませんので

主人は30年以上勤務していますが

個人的な便宜にかかわることは一切ありませんし

    私も、手術とか、肺炎で入院とか

       救急車で運ばれた藤棚から落ちた時しか

病院にお世話になった記憶が有りません。

つららが落下してきて

頭にあたったときは、、、

主人の勤務病院は病院のときでしたので

バスに乗って電車に乗って

歩いて北大の救急外来に行きました。

初めは主人の同級生の先生が診てくださって

   「奥さん、、、これは救急ですよ!

  ダメですよ、、、冷やして出血を手拭いで圧搾したぐらいでは!!

おどろいたな~バス乗って電車乗って、歩いて

一時間かけて、、、病院にやって来たなんて、、、

丁度、御主人が外来に居るから呼んできてあげるから

   縫ってもらうといいよ、、、」

寒い季節で、つららが刺さっても、、、痛覚神経がマヒして

手拭いで圧迫して止血したつもりでしたが、

頭のてっぺんなので、頭蓋骨が確り守ってくれて

出血はかなり、、、視覚的には手拭いが真っ赤になりましたが

細かく縫って5針ほどで完治しました。

頭は出血はしますが、づ骸骨がヘルメットになっているから

私は、脳みそはやられてないから、、、甘く考えてしまいました。

救急車は、もっと急病の人の為に呼ぶものdと

30代の私は勝手に

「大丈夫、、、ちょっと違出ているだけだから、、、」

大学勤務時代は収入の無い時だったこともあり、

タクシーは思いつきませんでしたね~~

車は旦那が乗って行ってしまっているし、、、

   外来で、消毒してもらって、

主人に塗ってもらったことを

想い出しました。

   しかし

ワクチン接種の予約や接種で

 日常の勤務でパンクしそうな病院には

    近所の医院の先生が、紹介してくれるか

   おおきい病院でないとできませんよ、、、と言われるまでは

近所とか、集団のワクチンの予約で、、

   コロナのワクチンも受けられたらと考えています。

次は、、追加の25日からの電話で、、、予約できたらいいな~~~!

あせらず、、、順番を待つことにしましょう!!

しかし、、、はがきなどを使って、、、

   もう少し、合理的な予約の方法が

      札幌市ともあろうものが、、出来ないのは

        「 特別事業」という

 日常業務とは異なった仕事の要領が

混乱を招いているのかもしれませんね。

 

 このままでは、、、電話局に一日かかって、、、

十円玉を公衆電話並みに,、、、カチャ、、カチャ。。と。

   時間で造った十円玉が、すごい数、、、失われてゆきます。

 「ただいま電話が込み合っています。、、、おかけなおしを、、、」

         時間で造られた       10円玉、、カチャ、、、

              

 無料電話の総合会場にも、、、カチャ、、、ゼロ円、、ではない時間。、

 「ただいま、、、繋がりにくくなっています、、、

     後ほど、、おかけなおし、、、」

                

 仕事が一段落するたびに、、、

    電話をかけていたけれど、、、

 

 とうとうつながりました!!!

 「ただいま。ご予約のワクチンは無くなりましたので

 次は26日からの予約受付でございます。。。。」

 解る様な気もしますが、、、

    ほかに良い方法は無いのだろうか??

 

ワクチンの接種自体が

「医療崩壊の救急車受付できない病院の前兆のようで、、、

        コワイですね!!」

               

 札幌市が市長さんらのご努力で

     「特別事業」として

 大会場を設けて、日本の国の為に、

 感染症を撲滅する方向に動いているのに

予約の段階で、、、

時間も電話も無駄が多いので

  ネットで、、、と思っても

  ネット予約分は40分で終了!

     画面が出ません。

   何かもっと、合理的な方法で、、

         

           、ウイルスに、、、

 人間様が振り回されない方法は無いでしょうかね??~~

 

 

  病院には、、、患者様と呼ぶようにと

  厚生省???では無いですよね?

    周りが言っていた時代が有りましたが

  厚生省は、、、患者様に、、、

ムダデンヮ、、、無駄時間

 お待たせ過ぎ、、、を体験されて、、、きっと

医療現場の難しさは、、、

難関の東京大学受験のように

周りのすべてが精鋭という条件下の

 幼少期からの準備をさせてくれない、、、

    抜き打ち現実なので

頭の良さだけでは、、、どうにもならないと思って、、

  万策尽きているかもしれませんね、、、???

 

  医療現場の大変さが理解されていた時代は

    昭和30年前後まででした。

  全国でも医師の数が極端に少ない時代でした。

それが、、、戦争現場の軍医や野戦病院の大佐などになって

  戦場に散ってゆきました。

 

 終戦後は、壊滅状態になった東京には

  三井三菱住友、、政府関係建築界の会社が

 東京整理の為に、持主の居なくなった土地を

 政治の先導で買い占めて行ったそうです。

 

そして、、、現在の東京の様な

整理された総合の大都市にと発展して、

戦後の復興を果していったそうです。

 

 日本は第二次世界大戦の時に第12回の大会!!

 オリンピック(1940年)を返上して

 ヘルシンキが受け継いだものの、、、

        中止となっていますね!

 

  第13回の大会も中止

  第14回のオリンピック大会の復活は

  1948年、、、

   実に8年後、、、イギリスで復活しています。

                             

  そして、、、日本とドイツという、、、

       戦争のお騒がせ国は

     招待されなかったという

 

 世界からお灸をすえられた時代が有り

       この、、、歴史的な、、、

 日本の発達途上国が、鎧兜時代の国盗り物語が

    世界大戦に巻き込まれた時代に

 

 主人も、私も、、、生まれてきました。

戦後の復活を果たす「団塊の世代が生まれてくる先発隊として??」

 

 確かに、、日本が

   「丁髷‹ちょんまげ」をザンギリ頭にして

 世界からのアクセスを受ける開国と同時に

 明治維新になって、、、

    急には

先進国の文化に追いつけるはずがないのは、、、

         仕方がなかったと思いました。

 

 無線も、ネットも、、、

アメリカの若者の

世界制覇の通信網はすごいですね!

日本は、東京大学を頭に、、、

      動いてきたと思うのですが

ネットの時代になると、、、

 ITが頭になるという事も考えられますよね。

 時代はどうなるのでしょうね?。

 

   オリンピックは第18回の大会が

  「東京オリンピック開催!」という快挙で

  日本は世界の仲間に受け入れられた瞬間でした。

            

    大学生だった私は、

     すでに、、、過労死して

    54歳の人生で終わった父の分も

    オリンピックを観ておきたいと、

     銀座のビルの屋上まで

   5輪を描くジエット期を観に行きました。

      

        カラーテレビを買ってくれた父は、

      患者さんの手術を終えて、夜中まで

          麻酔の覚めるまでと、、、

         緊張が続いたのでしょうか?

 

       早朝5時に、、、兄が回診の時に

     父の姿が寝ているにしてはおかしかったのでしょう、、、

        姉弟3人を、、、小声で起こして

      母にはいきなりショックを与えないようにと、、

   わずかに、、あたたかな手を握って私たち弟妹は

  8歳上の新進の内科医の兄の命令に従って

   父の蘇生を祈りながら

   いつまでも、、いつまでも、、、

  兄の行う心臓マッサージを見つめていました。

       

  「あんなに、、、オリンピックを楽しみにしていた父なのに、、、」

              

 

心臓マッサージの間中、、、

父が話してくれていた

オリンピックの事を

               

心で、話しかけていました。

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 第一回は、、、アテネだよ、、、

 マラトンの闘いで、、、

「見た、、、来た、、、勝った、、、!」

  マラソンが始まりなんだよ。。。

 

  本当なの??。。。マラソンが、、、はじまりなの?

 1912年、、、

    日本は初めて第5回大会のスエーデンのストックホルムに

      三島選手と金栗選手が参加したんだ

   「ストックホルムというと、、あの有名なノーベル賞の?」

 

  「いや、、、日本が初参加したオリンピックの都市だよ!」

 

       父の口もとは、、、笑っていた 。

        明治の終った年である。、、、

 

       NHKでも大河ドラマで放映していましたよね、、!

 

走るのが大好きな,、、金栗さん、、、、

 第一次護憲運動のさなか、、、

日本の激動期が始まった時代ですよね。

 

 その4年後の

1916年、、、第一次世界大戦、、で、、、

 ベルリンのオリンピックは中止になってますよね!

 

     日本は大隈重信内閣の時代で

 中国、、、日本、、、ロシア、、、アメリカの

    ベクトルが、、グラと揺らいで

 アメリカが満州にかかわっていた時代ですよね、、、

 

  ロシア革命が起きた時代ですよね、、、

 

 日本は、本当は東洋にも,、、ヨーロッパの様な、

 親戚の国をゆめみたのとちがいますか??

 300年も鎖国して、

 自分の国の平和を守ろうとしていても

 世界の関連の一国として、、、足並みそろえて、

  地球全体の平和を考えないと

 地球は戦争で、、破壊されて、、、

大自然の破壊は、、、地球温暖化、、、戦争で科学が進歩!

 「太陽が与えてくれるエネルギーの保存庫付き住宅、、、

      「地球」の破壊にも似て

 地球全体が破壊による貧困にあえぐ

   心の貧乏人が増えてっ行く。

 自分しか、、、見えない、、、愛は何処??

 地球の変貌が始まった時代ですよね。

 

 頭の良さだけではどうにもならない、、、

世界各国のイデオロギーの

 怒涛の津波が

日本を巻き込んでしまったのとは違いますか??

 

 オリンピックが中止になる時って、、、

  世界が平和を守れない時代であるという事ですよね、、、!

 しかし日本は

 激動の時代も

 オリンピック選手の代表を

大会に送り込んでいますよね!

 

 1920年

ベルギーのアントワープで行われたオリンピックには

      テニスの熊谷選手が銀メダルですよね!!(^^

 1924年 

フランスのパリでのオリンピック大会には

レスリングの内藤選手が銅メダルでしたか??

 

1928年 

オランダのアムステルダムのオリンピック大会では

        かの有名な、、、

織田幹夫選手が金メダルですよね!

 人見絹枝さんが、、、

母の言葉には10回以上出てきましたが

 銀メダルでゴールしたときは

 日本の「男尊女卑が非難される日」が来ると,、、

  興奮したそうです。

 

       日本の女子は、、、すごい!!!

                  

 しかし、、、よくよく振り返ってみると、、、

      たった2か月しか

 総理大臣の席にはイラッシャラナカッタ、

 石橋湛山55代内閣は、、病気の為とはいえ

 過去に東洋経済新報に於いて記者だったことからも

 学生たちにはいろいろな議論の対象になった。

 

 第一次世界大戦のドイツとの戦いの

  根源の様な

 「青島」問題に対して

  自由主義を説いていた。

 

「日本は人材や、技術といった「ソフト」の優秀さで戦うべきだ」と!

 

 対外的膨張主義を批判していたせいもあるのだろうか??

 第一次世界大戦の間で、、、ヨーロッパの戦乱に於いて

      中国に膨張していった日本は

         最終的には、、、

  アメリカとの利権争いに

  まきこまれていったのでしょううか?

 

  そして、、、第二次世界大戦で 

    日本は、、、

    星条旗には無い星に

  見えてしまう位地の、、、、、「日米星食」で

 世界からは、、、影に見えてしまう時間なのでしょうか?

 

 日本人は勤勉で、根っこは謙虚で、、、

 日本の風土を愛していますから

 世界遺産の標榜をしっかりと

 歴史が創る平和のゾーンとして

 世界全体に認めてもらいたかったですね!!!

 

 coronaのおかげで、、、お客さんは呼べなくても

1964年、、、、、、

18回オリンピックは、、、

父の最後の贈り物のカラーTVで

  東洋の魔女、、、葛西さんの長身の姿がまぶしかったですよ!!

 

 確か、、、その後、、、

自衛隊の人と結婚されましたよね!!

 三宅さんのお父様にあたる

    「初代 三宅選手」の

   重量上げ;;;重量挙、、、は

 子供たちの間に、、、その時の真似が大流行りして

                 面白かったですよね(^^

 

 父が早逝したというのに、、、

  オリンピックの画面が目の奥に残っています。

         

             

              

 初めての衛生中継のオリンピックが、、、

 1964年

 私が20歳の時の、、、Olympic オリンピック大会が

        東京で開催されました。

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    今、、、coronaで、、、

   オリンピックが開催がどうなるのかと、、、皆

   日本人なら、、、心が揺らいでいると思うのですよね、、、

 

  先日の、YVでも、、、日本体操人の

 美しい鉄棒や、あん馬、、、すごいと思いました!!

     順天堂も、、体操で

        メダルが、手の届くところに

           光っていますね。

 画像オリンピックで好いじゃないですか!!!

画象での

   快挙のオリンピックとたたえられるとおもいますよ

  、人間同士が無茶苦茶にした、、、世界大戦ではないのですから!!

    画像で、世界のお茶の間に、、、

      生まれたままの

       人間の筋肉の

          美しく流れるスポーツを

                 観てもらえるだけでも

   世界の選手は日本のTVや画像のオリンピックの映像を

   しっかりと心で受け止めてくれると思います。

   corona対策と、、、オリンピックは、、、

    やりようで両立すると思いませんか?

 

 その代わり、、、選手には予防注射

  付き添いのスタッフ全員に

 予防注射を義務としてもらい

 観客はシャットアウトで例外を認めない

 

「緻密な水際対策」を義務付けて

 

 各国から

「、感染予防の専門医師や看護師さんは同行」してもらい

 試合前から、専属の宿舎に待機してもらえれば

 日本国内だけの、、、感染予防を完全にして

     抑え切れれば、、、

  選手の精進した日々の為にも

      選手だけの競い合いで、、、

     世界新記録が出るにちがいありませんよね!

 

  5月21日現在、、、

     予防注射の予約もゲットできない

         77歳の茶の間の婆ちゃんが

   アンバランスに若さを保っている脳ミソに押されて

    スケールの大きすぎるオリンピックの問題を

     茶の間レベルで考えてみました。

 

           ここからは、、、

     頭に残っている感動の映像の記録を話して

        今日の日記としますね。

 

 

  茶の間で、蚊帳の外から、、婆ちゃん、、寝言いうなよなんて

        価値も無い意見を描きながら、、、

  coronaワクチンの予約電話でおっわてしまって

 

        繋がったとたん、、、

次は26日から、、

      電話してくださいと、、、電話番の声!

 

     

        ストレスを巨大なオリンピックにぶっつけて

   私が生きようと死のうと、、、

    国という単位では

         一個人の話です。

            大した問題ではないが

     coronaだけではしのたくないですよね、、、

    ミクロのウイルスに、、、負けてたまるか!!

                     

                 

   さて、、、1972年の

     札幌の冬季オリンピックには

     札幌にて、GOOD-WILL-GUIDE

       のボランティァをさせていただきました。

 

    上が扇の白い日の丸で真ん中が赤地に白で

    GOOD-WILL-GUIDEと英語で描いた

    バッチとワッペンを下さりました。

 

              あれから50年の歳月が経っているのに

 私の認定薬剤師の証書と一緒に

  ビニールに仕舞ってあったからでしょうね!!

  あの日のまっさらなままで、、

      、懐かしく掌で温めて観ました。

  あの時、日本語が出来なかった外人さんとは

 その後も、何十年も航空便のお手紙を交換しましたが

  60歳を過ぎるころから、、、いつの間にか、、

   クリスマスカードが届かなくなりました。

  自分も、、明日がわからない年になって、、、

 札幌市の板垣市長さんの時代だったかしらね~~~?

  忘れちゃったけど、、、

   懐かしく思い出します。

   ちいさな、、国際親善でした。

 2016年   

   ブラジルではリオのカーニバルがTVで放映されました。

       そして、、、

    肝心のオリンピックでは「ドーピング問題」で

        大騒ぎになりましたよね!、、、

     100人以上、、、110人以上だったかな

        出場停止になったって報道されました。

 

 2012年のオリンピックでは、、、

         各国の女性選手が華やかで

 まさか次のオリンピックに、、ドーピングがおこるとは、、、

  美しき強い女性選手のオリンピックの参加が 

   男性の競争力になる,、、燃える闘志と肉体美の競争意欲に

   火をつけてしまったと仮定したら、、、

 

   美貌と強さにも罪は有ったのかしらね???

 

  2008年の北京オリンピックでは

    水泳の北島康介選手の、、、名言が飛び出し、、、

  楽しいオリンピックでしたね!

 

  2004年、、、柔道の野村選手でしたか?快挙でした。

 野口みずきさんの金メダルで

 オリンピックは女性の花型が一世風靡しましたね!

        体操は、、、

   団体競技で確かメダルをとりましたよね!

 帰国の空港に待ち受けた報道陣の中で金メダルが光っていました。

           そして、、、世紀の分かれ目の

 2000年のシドニーオリンピックは、、、

  オーストラリアの国の素晴らしい観光地も、

  世界に紹介されて

  身近な先生がたが、、、オーストラリアの観光に

        次々と行かれました。

  高橋尚子選手が可愛らしい姿で、

      マラソンのテープを切って優勝しましたね。

 

   そして、、、今や雲の上の人になりましたけれど

         女性柔道家の「柔ちゃん」!!

         別格の強さでしたね、、、、

         結婚されテない時代でも金、、、

         田村亮子さんでも金だった。

 

  特別に長いベールで、周りを白く染めての結婚式は

              TVで報道されましたね、、、!

 

  そして、、、名言が生まれた1996年のオリンピック!!

         有森裕子さんの銅メダル!!

           努力と忍耐の女性でしたね!!

      アトランタでしたね、、、

         アトランタって、、アメリカですよね!

         1992年スペインのバルセロナで有森裕子さんは

         初めての銅メダルに輝いたのですよね!

       1988年、、、韓国はソウルで初のオリンピックでした。

    金メダルをとった選手がドーピング問題で大変だったことが

 そもそもの、、、

   「ドーピングとオリンピック」の一大事の事件として

        お茶の間も驚かされました。

  結局、、金メダルはどうなったのでしょうね?

  長い間には、、忘れちゃうこともありますね!

 

1984年

アメリカのロスァンゼルスでの第23回オリンピックです。

  ソ連と東側圏のいざこざが有りましたが

 オリンピックに、、、政治問題を絡ませるのは

 スポーツ精神に対して、在ってはならないと、、、

          お茶の間は思いました。

 1980年、、、

  私は30歳半ばの頃です

 モスクワで開催されたオリンピック大会に、、、

     なんと!!

  アメリカも、西側諸国も、、、参加しませんでしたよね、、、

 

 こうした、、、政治的な判断がオリンピックに入ってくると

アメリカでのオリンピックボイコットのように

 水の掛け合いがおこってしまって、、                             皆の国が困るから

     政治とオリンピックは切り離した方が

     スポーツの祭典として

     永遠にスポーツを

     共通の事として

          民間の平和外交にも

       大きな役割が果たせて

  

     政治のからまない舞台の祭典は

  地球平和への大切な国際交流の場として

  生まれたままの人間の体力知力技術力忍耐力、が

       見事な美しさを描き、、、

  魂の洗濯をしてくれるイベントだと思いますよ

 

 1976年カナダのモントリオールの大会では

   なんと言いても、、、あのひと!!!

  コマネチさん、、、ルーマニアの、、、メディァ コマネチさん!!

         見事でしたね!!

    私は32歳を過ぎたばかりですよね 

    日本も体操が強かったですよね、

     コマネチさんが、、、今でも、、、見えるようです。

 

1972年、、、西ドイツのミュンヘンでの大会、、、

    ここは、、、各自の記憶に任せます。

 

 1968年、、、これも、、、

     オリンピックには

  あってはならない政治が絡まりましたね

  メキシコシティ、、という、、、

  世界中の国の人たちが集まるオリンピックで

  キング牧師の無念を、、、、、思う黒人の選手!

   、、黒人のメダル獲得選手と

    白人が巻き込まれた受章台の出来事は

 映画にもなりました。

 私には、、、判断できない心の問題なので、、、

    何とも言えませんが

 せっかくの栄光のメダル選手の、、、

     後半んの人生をかけるだけの

        大きな問題だったのだろうと、、、

 心だけが、、、もやもやしています。

 

 人は、、、何故、、、

    肌の色とか、、、国の違いとか

 キング牧師の様な、黒人の 太陽だった人を

     保護できなかったのかと

 オリンピックの事件が起きてから、、、

      青年たちの、、

     あたら栄光の人生を、、、と

 未然に情報を得て、、、防げなかったのだろうかと

 

  オリンピックの、、、政治問題を絡めることの哀しさに

       情報は、、、大切だと思いました。

           そして、、、

   私のオリンピックフアンになった原点の

 1964年の東京オリンピックに戻って感激を日記に残しておきます。

        お父さん、、、あなたは、、

     患者さんに全人生の時間を当てたかもしれない

    そして、二十歳までの人生を一緒に生きたけれど

     54歳で、、、若すぎる旅立ちをしたけれど、、、

    カラーテレビを買って、残してくれたことは

         オリンピックを、、

   お父さんと一緒に観戦している気持ちになれました。

          

                  

 

           77歳にもうすぐなる私は

    54歳の若いお父さんと,、、

   オリンピックが有るたびに

   テレビの前で、一緒に観ました。

 

  お父さんの方が、、、だんだん若くなってゆくので

      オリンピックの来るたびに、、、

     大学生だった私に戻るようにしています。

    

  日本はcoronaで、、Olympic関連の人は大変なご苦労をされています。

        でもね、、、お父さん!!

  未開国でも、アフリカの奥地でも、先進国でも

 人間の生まれたままの肉体と精神力の限界を競うスポーツは

   選手だけが、、、競技場で競える為の、、、

       スタッフさえいれば

  その映像は、、、観客がテレビの前で見れれば

       充分だとは思いませんか?

   coronaに勝つには、、、、競技の原点を

  映像で、、世界に届けられるかどうかで決まると思いませんか?

  歴史の番組のあの人だって、、、

  皆の中に入っておしゃべりしているように

     臨場感が有りますよね、、、

   額縁を、一本の線にすると、、もっと臨場感が出ますよね!

    技術の日本を、、、

   Olympicで世界に認めてもらえる

        映像技術の国であると認めてもらえる舞台が

   coronaが持ってきたのかもしれません、

 

     感染源の三密を排除して、専門家の指導で

    感染症の拡大をストップさせて、

  ピンチをチャンスに変えてこそ

  石橋湛山さんの記事のように

  日本の活路が有るのではなかろうか??

 

  自分の、、、corona予防のワクチンのや薬さえ取れない

    アホ婆ちゃんが、、、Olympicを語るなって!!

   

     これは、、、婆ちゃんの日記帳だからの

     

  菅首相だって、、、初めから、、、

Olympicはするって言っていますよね!

   感染予防大国、、、技術ソフト面技術大国、

  頭で勝負の、、、Olympicを期待しています。

  オリンピック反対の人もいるから、、、

 賛成の婆ちゃんもまだ、、生きとるよちゅ程度で

  オリンピックまでには、、、ワクチンセンと

           ホンマニ、、、

 おらは、、シンジマッタダ~~になるべさ!